1964年、神保町古書街で『宝石』(推理小説専門誌)を見ことがある。澁澤龍彦が「黒魔術の手帖」(1960~1961)を15回連載していた。澁澤がオカルティズムの初期の頃のエッセイ。悪魔学、サバト、黒ミサ、錬金術、タロットカードなど、西洋の黒魔術について紹介した書物。「青ひげ」のモデルといわれる幼児殺戮者ジル・ド・レエ侯について紙幅を多く割いている。『宝石』は古本屋の店先に積まれてあったからよく立ち読みしていた。単行本の『夢の宇宙誌』を錦糸町駅ビルで買ったのが澁澤との最初の遭遇である。『黒魔術の手帖』もすでに単行本で本屋に並んでいた。<読書傾向も澁澤本の手引きで南方熊楠(末吉麦門冬)、稲垣足穂、酒井潔、日夏耿之介へと続く。

 東京古書会館の古書即売展で、金城朝永の『異態習俗考』を入手し。酒井潔『愛の魔術』の贅沢版を捲ったことがある。酒井は、風俗大衆雑誌のオルガナイザーの梅原北明の盟友で、澁澤龍彦の「魔道」にも先鞭をつけている。金城も伊波普猷も風俗雑誌に論考を発表していた。
 『宝石』(ほうせき)は、日本の推理小説雑誌。1946年創刊、1964年まで発行された。出版社は、創刊時は岩谷書店、1956年からは独立した宝石社となった。この期間の日本の推理小説界を代表する雑誌。宝石社の倒産後、光文社が版権を買い取って、1965年10月に男性向け月刊総合雑誌として再刊し、1999年まで発行された。光文社は他にも『宝石』を冠する姉妹誌として、『週刊宝石』『小説宝石』『SF宝石』を刊行。この光文社版と区別して推理小説誌時代を旧『宝石』と呼ぶこともある。

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1967年、東京で紀田順一郎の『古書店地図帖ー東京・関東・甲信越』図書新聞社を入手した。専修大学の方には移転する前の長門屋書房と同じ通りに巌南堂、崇文堂、向かいの通りに篠村書店、原書房、高山本店などがある。反対の御茶ノ水駅に向っては明倫館書店、一誠堂、田村書店、小宮山書店、玉英堂書店、東陽堂書店、弘文堂書店、大屋書房、三茶書房、文庫川村などがある。この本を片手に東京古書会館に出入りした。また高円寺の球陽書房も知った。この本が最初に出合った紀田順一郎氏の著書である。今では紀田氏書斎も大体想像できる。後に紀田氏がこの本の発行年を誤植、それを指摘すると、紀田氏自筆の葉書をもらった。これは私の宝物となっている。


澁澤龍彦に会おうと思ったのは、テレビで千円雑誌『血と薔薇』発行が報じられたからである。5日後、鎌倉に澁澤を訪ねたのは1968年の10月9日であった。年配の女性がお茶を持ってきてくれたり応対してくれた。(同年、澁澤は夫人・矢川澄子①と別れたばかりであったから母堂であろう。)そのうち2楷からトックリシャツ姿でパイプを持った澁澤が応接間の椅子に座り、甲高く透き通る声でいろいろ話をしてくれた。「京都に行く機会があれば稲垣足穂さんに是非会うといい。子どものような純粋な精神の持ち主だ」「沖縄出身の友人に彫刻家が居る」とか、発禁本の話もしてくれた。澁澤は1987年8月5日、59歳で逝去。今の私は澁澤の年齢から9年も越えている。
①矢川澄子 やがわ-すみこ
1930-2002 昭和後期-平成時代の小説家,詩人。
昭和5年7月27日生まれ。渋沢竜彦と離婚後,44年ごろから創作活動にはいり,短編集「架空の庭」でデビュー。また美術書や児童書の翻訳も手がけ,おおくの訳書がある。平成14年5月29日自殺。71歳。東京出身。東京女子・学習院大卒,東大中退。詩集に「ことばの国のアリス」,評論集に「反少女の灰皿」,翻訳にエンデ「サーカス物語」など。(→コトバンク)


1973年4月ー沖縄タイムス創立20周年記念事業『現代の幻想絵画展』(朝日新聞社後援)
□藤野一友「抽象的な籠」→ブログ「藤野一友=中川彩子作品集 天使の緊縛(河出書房新社)ー藤野は、澁澤龍彦と交流があり、瀧口修造から評価を受けた日本のシュルレアリスム系の画家である。藤野一友の絵画の魅力は、潜在意識(夢、幻想)の世界を描きながら、自動筆記(シュルレアリスム的手法、お筆先)に走るわけでもなく、かといってアンフォルメル(無形象)や抽象に走るというわけでもなく、どこまでも明晰に細密ともいえる具象画の方法で追求したことにあるだろう。画法としては、夢の世界を具象的に描いたという点で、サルバドール・ダリに近いと思えるが、ダリが俗なる人間の本性を暴露する方向に向かったのに対し、藤野は反対に俗なるもののなかから、至高性へと向かっていく傾向があるように思える。 」、古沢岩美「コルドバの朝の幻想」、香月泰男「業火」

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