山田有度は明治末、奥武山琉歌会の世話人、山里永昌(山里永吉の父)宅や安仁屋宅などに集い流行も取り入れ琉歌を発表している。山田有度「自転車ー見ちもおもしろや与所の手もからぬあしのふむままに巡るくるま」「さかもりに咲る言葉の花や雪霜やふても匂とましゆる」「旅にをる間やしらてやりしちもつれなさや夢の夜夜に通て」「庭のしら菊も空に照る月も共にうきやかゆさけふの空や」「孫かほしゃしゅたる親のまひるうちに生まれらぬたすとももらみゆる」



第12回史跡民芸の旅ー写真左上に宮里栄輝、中央上に山田實、大嶺政寛、二人置いて新垣栄三郎、2列目に島常賀、右端に大城,宗憲,、前列左に宮平初子、大城亀、南風原の織物関係の諸氏が居る。

□沖縄文化協会
1954年7月1日ー沖縄文化協会設立総会を那覇琉米文化会館で開き、初代会長に豊平良顕。役員には、仲宗根政善、川平朝申、南風原朝光、大嶺政寛、護得久朝章、真境名由康、城間朝教、与那国善三の諸氏が任命された。
1955年11月26日~27日ー東京日本青年館で開催された第10回文部省主催、芸術祭参加公演に沖縄芸能団(団長・豊平良顕)を組織し、総勢23名を派遣した。
1963年7月ー第1回「史跡・民芸の旅」石垣島と竹富島へ、65名が参加した。
1964年7月ー第2回「史跡・民芸の旅」沖縄島中・北部の史跡巡り。
1965年6月ー第3回「史跡・民芸の旅」沖縄島南部の史跡を巡る。
1966年7月3日ー第4回「史跡・民芸の旅」大宜味村字喜如嘉の芭蕉布等見学
1967年8月5日ー第5回「史跡・民芸の旅」久米島を訪問、このときから沖縄芸能協会、沖縄写真連盟も共催。


表紙ー沖縄タイムスデザイン部
写真ー水島源晃、山田實
カットー大嶺政寛





1968年8月12日ー第6回「史跡・民芸の旅」奄美大島訪問。
1969年8月18日ー第7回「史跡・民芸の旅」与那国島訪問。
1970年6月3日ー第8回「史跡・民芸の旅」山陰、山陽地方と大阪万博見学。
1971年7月23日~25日ー第9回「史跡・民芸の旅」伊平屋、伊是名島を訪問。参加者100名。
1972年7月29日ー第10回「史跡・民芸の旅」奥羽地方、益子、日光、奥の細道を巡る。参加者80名。
1973年8月1日ー第11回「史跡・民芸の旅」四国訪問。70名参加。
1974年7月23日ー第12回「史跡・民芸の旅」飛騨高山地方へ。80名参加。