私(新城栄徳)は1970年以来、京都や大阪の図書館で戦前の新聞を見て、ウチナーンチュの先達の息吹をとらえることを道楽としてきた。ヤマトの人(オキナワにも居る)が沖縄を書いているのを見ると大抵、新左翼崩れの平板で無味乾燥(現実には何の役にも立たない流行モノ)の理屈が目立つ。その中にあって本書は素朴で人間味がある内容となっていて、そのことに敬意を表したい。

本書には当然ながら大阪略図があり沖縄の在阪機関と関連施設が番号で表示され、大正区に集中していることが分かる。大阪における沖縄の情報源である沖縄県大阪事務所、沖縄関係資料室、関西沖縄文庫や、沖縄タイムス、琉球新報の支社と、沖縄の美術品が所蔵されている博物館、美術館も所在地、電話番号を付して紹介されていて便利である。

大阪と沖縄の物流史にもページを割いている。大阪から沖縄へ運ばれた大阪製の船舶、車両、鉄道のレール、人力車などの経過を紹介し、また沖縄から大阪へ運ばれたものに、戦前は砂糖、石炭、牛馬、キャベツ、戦後については花、モズク、ゴーヤーなどを紹介している。そして砂糖の関連では、大阪にもかつてサトウキビ畑が広がっていて、戦前の沖縄ならどこにでもある製糖風景が大阪にもあったことを気づかせてくれる。

多少の誤りを指摘しておくと、年表の明治10年に「沖縄広運会社が大阪に支店『丸一商店』を設立」とあるのは、同じ尚家資本の経営ではあるが、広運社(明治20年設立)と丸一商店は別個で、丸一大阪支店が設立が設立されたのは明治21年である。この設立のことを、明治21年4月27日の京都『日出新聞』は「琉球人、数名大阪に来りて西区立売堀五丁目に三ヶ所の倉庫を借り入れ琉球物産会社を準備中」と報じている。

最後に欲をいうと、「大阪の沖縄」年表もあるので参考文献、索引も付けて小事典としても活用できるようにしてほしかった。が、これはウチナーンチュの今後の課題としよう。