写真ー初代西川扇一郎

初代西川扇一郎ニシカワ センイチロウ(市川錦彌)
職業奄美・琉球舞踊家
生年月日大正5年 4月13日、没年月日昭和40年 12月19日 (1965年) 昭和期の奄美・琉球舞踊家。
富田誠夫・貞松の長男として住用村見里に生まれる。本名富田盛勇
昭和10年 東城校高等科卒業
昭和11年 東洋活動写真俳優養成科卒業。西川嘉扇に師事する。
昭和13年 兵役にて中支那(出兵)
昭和15年 嘉野写真館①に勤める
①嘉(納)写真館(嘉納善七、龍郷村中勝出身)ー嘉納善七氏は、大正7年、名瀬市永田町大島病院の向かい角(現肥後プロパン付近)で開業。弟子に藤井セツ、平兼豊がいた。昭和18年ごろ廃業。若いころ東京にいて、その時分に写真術を修得したらしい。風景写真を好み、芸術家はだで、写真技術は優れていた。(名瀬・藤井セツ氏談) →1996年7月『改訂 名瀬市史』「2巻 歴史編」

昭和18年 嘉野ウメ(龍郷町中勝出身)と結婚
昭和19年 長男・穂積誕生(千葉市で獣医)
昭和22年 次男・竜馬誕生(鹿児島でNTT勤務)/奄美芸能協会中堅幹部として参加、日舞を担当。メンバーは鳥越義雄、内山一三、青山一郎(本名・安藤俊博)、橘馨、伊是名謙志(伊是名流家元)、英とし子らであった。
昭和24年 奄美芸能協会一行と那覇に渡り、好評を博した。那覇市壺屋で市川錦彌舞踊研究所を設立。
昭和26年 三男力弥誕生(二代目西川扇一郎)

二代目西川扇一郎

昭和29年 十世宗家西川扇蔵に師事、西川扇一郎を許名。
昭和30年 市川舞踊研究所を西川扇一郎舞踊道場に改める
昭和37年 ふるさと旗揚げ公演 奄美にて初代西川扇一郎舞踊道場(名瀬・住用村、古仁屋・喜界島)
昭和38年 南條舞踊賞受賞



1958年 「新人芸能祭」




1961年 「芸術祭」




1962年 「第9回芸術祭」