1927年ー渡口精鴻『呼吸器病の知識ー付肺結核の臓器療法』南江堂
国民新聞 1921.11.17(大正10)「百日咳の世界的新療法」
○百日咳に対する世界的の新療法が警視庁細菌検査所の渡口精鴻氏に依って発見せられた始め動物試験に於て成功したる同氏はそれを自分から自分の家族に試み更に最近に至って済生会病院の豊福博士慶応病院の唐沢博士神田の藁科小児科病院等に於て患者に之を試みたが何れも大なる好成績を挙げていると云うことである新療法とは百日咳に対するアンタゴニスムス(拮抗菌)の発見である・・・・□→神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 衛生保健(3-182)

関西沖縄県人会初代会長・渡口精鴻


1933年5月5日ー大宜味朝徳主幹『南島』(郷友版)□「医学博士・渡口精鴻氏に物を訊く座談会」
渡口精鴻氏の経歴
記者・博士の出生地はどちらでありますかー渡口「那覇泊ですよ明治14年1月20日生まれです」。記者・沖縄県では矢張り県立医学校を御卒業になりましたかー渡口「そうです明治35年卒業と同時に熊本で開業医の試験を受けて医師の免許を受けたのです」。記者・上京しましたのはいつ頃でありましたー渡口「明治42年に上京して約一ヵ年間伝染病研究所と帝国大学の病理教室で実地の研究をしました」。記者・官途におつきになったのはー渡口「明治43年末より大正12年まで青森、香川、神奈川関東庁警視庁茨城において防疫官ならびに衛生技師として就任してきました、その間には赤十字病院の検査部長を兼任していたこともありました。愛国婦人会や看護婦養成所の講師に招聘されたこともあります」。記者・大阪で開業せられたのは何年でしたー渡口「官職をやめて大正12年に大阪で独立開業しましたが研究其の他の都合で大阪を引き揚げて東京に参りました。上京当時は一時青山北町に診療所を開設しましたが大正15年に現在の場所(蒲田区蒲田470)に新築移転してきました」。

大阪の県人会
記者・大阪の沖縄県人会長に就任せられたのは大阪で開業せられた時ですかー渡口「そうです。大阪の県人会は陣容はなかなか堂々たるものです。春秋の会合は一流の公会堂で開催しますが会員の熱心が東京とはちがいます」。記者・東京の県人会と大阪の県人会とどう違いますかー渡口「東京は学生が多いが大阪は勤労者が多い。従って東京は理論が多いが大阪はどっちかと云えば実際運動が多いようです」。記者・只今ほかに公職に御関係がありますかー渡口「出来るだけ御免を蒙りたいと存じますがそれでも医政調査会と日本医師刷新聯盟の委員になっています」。

博士になるまで
記者・あなたは県人中第一番目に博士になられたと記憶していますが学位はいつ得られましたー渡口「大正12年の4月9日東京帝国大学医学部教授会から医学博士の学位を授けられました、論文は『インフルエンザ菌および百日咳菌と他の細菌との関係ー共棲ならびに拮抗作用に就いて』でした」。記者・其の研究のために奨学資金を得られたんですかー渡口「そうです東京帝国大学と横浜医学会から2回受けました、百日咳薬と肺結核の新薬として僕の創製したハイルミンは昭和6年6月内務省国産奨励指定薬にされています」。記者・博士になるまでの苦心談を聞かしてくれませんかー渡口「僕のは苦心と云えば苦心もあったが、防疫官または衛生技師と云う仕事が自然研究せしめたようなもので仕事に一生懸命やったことが僕の研究を大成せしめたと云うのでしょう。伝染病または防疫上研究に都合のよい地位にいたことが主です。医学会には実験報告は47、8回だしました」。

(略)

沖縄救済問題
記者・沖縄救済運動に就いてどう考えますかー渡口「沖縄救済運動も大正10年ごろから叫ばれているが声の大きい割合に、成果は挙がらんようだネーもっと根強い根本的な運動が必要である。それにしても常に当局を鞭撻する政治家がなければならぬと思う、開会中だけj上京し或いは旅費を貰って陳情運動に出てくるようではカラ熱はない。代議士も知事の尻馬にばかり乗っていずにもっと自主的に自己の党を動員して仕事は出来ないもんかネー」。

東京沖縄県人会1933年春季大会ー中央右より渡口精鴻・東京沖縄県人会会長、長嶺大佐、上与那原大佐


1934年


1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社

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2009年9月17日ー「第45回琉球新報賞」を大田昌秀、大城光代、山田實の諸氏とともに受賞した獣医学博士・根路銘国昭氏(右)と挨拶をする新城栄徳(左端)

1995年  根路銘国昭『ウイルスで読み解く[人類史]』徳間書店

□1996年1月ー根路銘国昭『超ウイルスー太古から甦った怪物たち』(カッパ・サイエンス)光文社
2000年8月 根路銘国昭『驚異のウイルスー人類への猛威と遺伝子が解く進化の謎』羊土社
2004年  根路銘国昭『出番を待つ怪物ウイルスー彼らはすぐ隣にいる』光文社



『沖縄タイムス』2016-9-20□那覇市保健所は20日、市内の日本語学校に通う留学生らが結核に集団感染したと発表した。最初に症状が出た外国人の20代女子学生を含む感染者は計10人。うち女子学生ら4人が発病し通院中だが、治療を受けたことで周囲に感染する恐れはないという。ほか6人は発病予防のための内服薬を飲んでいる。市保健所によると、女子学生は今年1月ごろからせきやたんの症状があり、4月に肺結核と診断され入院。女子学生と接触した計39人が健康診断を受けた結果、9月7日時点で、同居する学生や学校関係者ら9人に感染していたことが分かった。