御茶ノ水駅南側
 1997年に紀田順一郎と谷口雅男(株)ふるほん文庫やさん会長が監修、岡崎武志、茂原幸弘の編で『ニッポン文庫大全』がダイヤモンド社から発行された。私も蔵書は出来るだけ場所を取らない文庫本が理想と考えている人間だから、しかも安いから興味が無くても、つい買ってしまう。文庫本というのは古本屋に持って行っても二束三文だから売るということは頭に無い。とにかく携帯に便利で場所を取らない文庫は好きである。だから「ふるほん文庫やさん」も、神保町の「文庫川村」も行ったことがある。しばらく文庫やさんを忘れていたので、思い出して検索してみた。 


 奈良・智林堂店主のプログに○文庫本という判型が好きなのはわかる。当店の客にも文庫しか買わない人がいる。しかし、個人の趣味ならともかく商売的には文庫一本に絞るのはどう考えても不利なのだ。文庫本だけではやっていけない。これは古本屋なら誰でもそう思うはず。文庫だけで得られる利益より、それ以外の本も置いていたら得られたであろう逸失利益のほうが大きい。誰もやらないのはそれなりの根拠と理由があるのだ。神田には「文庫川村」という専門店が昔からあるが、それは例外中の例外。好立地に恵まれ店を拡大したりせず厳選した本を置いているからこそできること。それにあそこは新書や単行本も少しは扱っていたと思う。 次に谷口氏が文庫本の巨大な古書店だけでなく図書館まで造ってしまったという点。これはどうしても理解できない。書店と図書館というのは本来相反する関係にあるものだしな。大企業が美術館を設立するように、本業で儲かりすぎて余剰資金で造るならわかるがそうでもなさそうだ。むしろ内情は火の車だったようで、それで今回の失踪劇ということになったのだろう。株式会社だから株主も債権者もいるはず。建物の貸手も家賃を滞納されたままで困惑しているという。そして何より残された膨大な本の救済のためにも会長は出てきてほしいものだ。
結局ふるほん文庫やさんは倒産したらしいが、監修した『ニッポン文庫大全』は歴史に残る本である。

  70年の歴史をもった麹町区と神田区は昭和22年3月14日を限りに、翌15日から千代田区として、新しくも輝かしい第―歩を踏み出すことになりました。→「千代田区」

神田・神保町で出されたタウン誌

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平成2年2月 『本の街』「子規と虚子ー神田塵劫記①」/平成元年12月 『かんだ』「神田に生きる(7)酒井宇吉さん(一誠堂)」



水道橋駅は、東京都千代田区三崎町二丁目にある東日本旅客鉄道と、文京区後楽一丁目にある東京都交通局の駅である。 JR東日本の中央本線と、東京都交通局の都営地下鉄三田線が乗り入れ、接続駅となっている。JR東日本の駅は特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。 ウィキペディア

湯島聖堂は、東京都文京区湯島一丁目にある史跡。江戸時代の元禄3年、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。 ウィキペディア

 

 実業之日本社が発行した実用百科『本のガイド』も入手した。百科事典はともかくとして性文学の項目に関心があった。そして庄司浅水が「財産を生む蔵書の活用法ー古書と値段」、八木福次郎の「東京大阪古書店ガイドー詳細地図つき」がある。とくに大阪ふるほんやガイドは京都に住むようになってからよく活用した。この本の広告に紀田順一郎の『グループ成功時代ー英雄なき現代の生き方』がある。最初の本はバラバラになり何れの本も後に古書展などで入手したもので2代目である。東京時代は何でも見てやろうと本屋と同じように博物館、美術館、図書館、資料館などもよく行った。

紀田順一郎 資料


『’90「読書の秋はワセダから」古本共和国』№5/古書現世『マスコミ関係文献目録』