写真左『琉球の文化』第二号/null     






2017年3月 沖縄県立博物館・美術館『山元恵一展/まなざしのシュルレアリスム』



 外間正幸(山田實・撮影)

戦前のヤマトのなかの「琉球展」
1928(昭和3)年
1月25日ー東京銀座松屋呉服店
4月16日ー京都四條大丸呉服店


4月ー『古琉球 紅型』□伊波普猷改題/巧藝社(東京市日本橋区)□紅型の現品は八重山・上里参治、東京・岡田三郎助、山村耕花、京都・菊池契月、北野恒冨の賛助

□山村耕花 やまむら-こうか
1886-1942 大正-昭和時代前期の日本画家。
明治19年1月2日生まれ。尾形月耕に師事し,東京美術学校(現東京芸大)にまなぶ。風俗人物画を得意とし,文展,院展で活躍。版画,舞台美術も手がけた。昭和17年1月25日死去。57歳。東京出身。本名は豊成。作品に「業火と寂光の都」「うんすん歌留多(かるた)」など。(→コトバンク)

1937年
7月ー新宿伊勢丹で「琉球と薩摩の文化展覧会」□宇宿捷『琉球と薩摩の文化展覧会目録』「尚裕ー沈金美花御小飯並御菓子盆、御玉貫並に台、黄色地縮緬牡丹付袷、水色地麻菖蒲に蝶型付単衣」

1940年
6月ー東京日本橋高島屋で「琉球紅型と時代裂展覧会」

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11月ー日本民藝館で「琉球工芸文化展覧会」、東京銀座三越で「琉球風物写真展覧会」、「日本生活工芸展覧会」

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写真・日本民芸協会主催「琉球工芸文化展覧会解説」


1941年
5月ー東京日本橋高島屋で「古代琉球染織と時代裂展覧会」


YouTube「京福電鉄(嵐電)嵐山本線(四条大宮-嵐山)前面展望ビデオ 」を見た。京都は、大阪などと違って風景は極端には変わらないので、京都在住の独身時代を思い出した。地図の下左に京福電車路線が見える。


1972年6月24日『朝日新聞』「季刊誌『琉球の文化』 本土の書店にも登場」



1972年、京都書院に『琉球の文化』を置いてもらうとき染織と生活社(田中直一代表取締役)を訪ね編集長の富山弘基氏に相談した。京都書院は美術関連の出版社で鎌倉芳太郎の『古琉球紅型』も発行。京都書院河原町店は現代美術の本も豊富で私の好きな場所でもあった。富山編集長の御宅で布コレクションを見せてもらったり、富山編集長依頼の贈物を読谷花織の名工に持って行ったこともある。

染織と生活社『染織と生活社』
 富山弘基(とみやま・ひろき)氏
■略歴
昭和 9年 京都市生まれ(1934年)
昭和28年 京都府立嵯峨野高等学校卒業
昭和28年~38年 テキスタイル・ウイクリー社・大阪文化協会ほか勤務
昭和39年~47年 染織図書出版・はくおう社代表
昭和48年 (株)染織と生活社代表取締役 同50年~取締役
昭和48年~55年 『季刊染織と生活』編集長
昭和56~平成11年10月 『月刊染織アルファー』編集長
平成11年11月~14年 9月 同取締役編集主幹
平成14年10月~ 同編集委員~同編集顧問
平成12年 9月~16年 成安造形短期大学非常勤講師
平成16年10月~平成19年 5月 大阪成蹊大学芸術学部非常勤講師
 ■現在就役
財団法人・手織技術振興財団顧問
全国裂織協会顧問
つむぎ道場顧問 日本紬織物文化協会専務理事 日本染織文化協会副会長
財団法人・京染会相談役 羽越しな布振興会顧問 貝紫染研究会顧問
伝統的工芸品産地プロデューサー(財)伝産協会登録 日本きもの学会常任理事
京都伝統染織学芸舎主宰(平成19年10月9日設立) 各種公募展の審査委員・フォーラム・サミットのコーディネイター

平成 4年 『京の友禅史』編纂委員会編集委員
平成13年 『20世紀西陣織物総覧』編纂委員会委員
平成18年~『きもの文化検定』教本監修委員会委員
■出版物
昭和40年 『日本民芸織物全集』全5巻・田中吉之介監修・執筆 富山弘基 はくおう社刊
昭和42年 『日本の伝統織物』富山弘基・大野力 徳間書店刊
昭和46年 『沖縄の伝統染織』富山弘基・大野力 徳間書店刊
昭和50年 『日本伝統織物集成』後藤捷一監修・辻合喜代太郎編・
                執筆 富山弘基・朝日奈勝・大野力 染織と生活社刊
昭和60年 『染織文化シリーズ(1~5)』企画立案・富山弘基 朝日新聞社
平成21年 『琉球の型紙』 解題「古琉球<型紙>物語」 青幻舎刊
その他『太陽』、読売新聞ムック、辞典などに執筆及び対談 (市原亀之助商店が発行する月間広報誌『かめさん便り』)

『染織と生活』第1巻第4号<特集・琉球の伝統織物>染織と生活社1974年2月(編集発行人・富山弘基)
     

『染織と生活』第9号<特集・琉球紅型>染織と生活社1975年6月(編集発行人・富山弘基)