○沖縄は「水社会」ではない❔・・・・・・・・・・・・・・・・・・・玉城哲
PHOTO”レポート”カー〟再発見ー宝口樋川/金城大樋川/佐久之川/竜樋/仲村渠樋川/ウティンダ/チジンガー嘉手志川/与座泉
「北水南送」からの脱却・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・東一彦
宮古における水と生活誌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仲宗根将二
「新しい水」の開発・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・古川博恭

2016年7月ー昨日7日のテレビニュースで、今年の夏、首都圏は空前の水不足に見舞われそうだ。水源のダムはこの時季としては「最低の貯水量」(国土交通省管理事務所)になっている。と呑気に報じていた。これでオリンピックを迎えられるか少し気になる。日本は食料自給率が低く、世界最大の農産物輸入国である。このため、食料輸入という形で大量の仮想水を輸入しているので水不足を真剣に考えない体質となっている。仮想水(かそうすい、virtual water)とは、農産物・畜産物の生産に要した水の量を、農産物・畜産物の輸出入に伴って売買されていると捉えたものである。ヴァーチャル・ウォーターともいう(ウィキ)。このアベ政権になってからどうも国民生活の基盤がガタガタだ。電気は将来も原発。国防はアメリカの「核の傘」、この抑止力とやらは尖閣でも分かるように中国の覇権に対し抑止力が疑わしい)。

龍脈/16日午前、沖縄気象台と鹿児島地方気象台は、沖縄・奄美が梅雨入りしたとみられると発表した。
1933(昭和8)年11月2日 那覇市泊「高勝い」の上之屋浄水場で通水式ー開栓は照屋宏那覇市長。那覇市内は綱曳で水道通水を祝った。


 1925年10月、那覇市長に就任した岸本賀昌は水道敷設に執念を燃やし、1928年2月、政府の許可を得るための滞京中に病没。そのあとを受けて3月に小嶺幸慶助役が那覇市長に就任。小嶺市長は大阪に出張し、専門家から意見を聴き、兵庫県尼埼市技師の山中小六を那覇市水道調査技師に迎える。しかし市会で一票の差で可決後、水源地の宜野湾村の猛烈な反対運動の最中、1931年7月、小嶺市長は水道汚職で辞任することになる。後に一中同窓の東恩納寛惇は1933年12月『琉球新報』で水道敷設にかけた小嶺を称えている。ちなみに1900年の卒業生は伊波興旺、漢那憲英、國吉眞徳、崎浜秀主、島袋慶福、比嘉盛珍らが居た。戦前の水道敷設については那覇市歴史博物館に詳しい資料もあるので、それを見てもらうことにして、この水道敷設は沖縄戦でほとんどが破壊された。戦後、水道施設が再建され、大型ダムも続々と建設された。沖縄県内の水道普及率は1998年に99,8%に達した。沖縄は大きな長流もなくお天気任せの水事情である。

1935年4月  東恩納寛敷『那覇市水道誌』那覇市役所
1974年10月 『水と人間』創刊号<水底考 その自然と文化>□宮本常一「琵琶湖の文化」 琵琶湖問題研究機構


1988年6月 『新沖縄文学』76号<特集・水と暮らし>
○水ーその民俗誌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いれい・たかし
水管理と地域自治・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・多辺田政弘
水の南北問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・島袋久光
自給への試み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宇井純
水資源開発の限界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・賀川健二
河川汚濁とその対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・下地邦輝
水道の水質は安全か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遠山英一
<年表>上水道のあゆみ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・賀川健二・編 
<随筆>近代沖縄の新聞人群像・・・・・・・・・・・・・・・・・新城栄徳


1989年4月 『水の美味帖ーハウスポケットライブラリー6』ハウス食品

1991年11月 「国営公園 淀川河川公園利用マップ」
1993年3月 『雨水利用の手引ー雨水を暮らしのなかに』沖縄県企画開発部振興開発室
1996年11月 『PURE ピュア 水の情報誌』「川のない橋 橋のない橋」「涙の不思議」「氷枕」大阪市水道局
1998年10月 『沖縄の水』沖縄県企業局
1999年5月23日『琉球新報』「沖縄20世紀の光芒 昭和初期まで天水と井戸/収用法適用ー那覇市水道敷設」
2000年10月 『沖縄の水』沖縄県企業局経営計画課
2002年8月 『水浪漫』10号□長嶺恵美子「井戸端の思い出」 沖縄建設弘済会
2003年3月 「知ってて得する水の知恵」<日本の食料の60%は世界の水に頼っています。地球はひとつ。世界の水問題は、私たちの問題です>大阪府 水道部
2003年8月 『水浪漫』13号□富永麻子「泡盛とおいしい水」 沖縄建設弘済会
2003年11月 『水浪漫』14号□田場由美雄「四昔前の水」 沖縄建設弘済会
2004年1月1日『琉球新報』「水 多様な可能性ー沖縄産の自然水やミネラルウオーターが人気を集めている・・・」
2004年1月1日『沖縄タイムス』「深刻化する砂漠化ー毎年1000万ヘクタールの土地が利用不能に」
2004年2月 『なはすいどう』大1号<那覇市水道通水70周年記念> 那覇市水道局
2004年7月6日『琉球新報』「ビジュアル版 世界の水危機」
2008年 『潮』沖大幹「最大の環境問題ー世界を襲う”水の危機"。-現在、世界で約10億人の人々が水への『完全なアクセス』が不可能な状況下におかれている。」
2011年1月 『沖縄の水』沖縄県企業局

 2012年発行の『今がわかる時代がわかる世界地図』成美堂出版□日本は水の大量輸入国ー食料(トウモロコシ、牛肉など)というかたちでで水を大量に輸入していることになる。→バーチャルウォター」/『会社四季報 10年後に浮かぶ業界 沈む業界』東洋経済新報社□水ビジネスに勝機はあるかー現状では、水メジャーのような運営まで含めた事業の広がりはない。今後は業界の垣根を超えた、オールジャパンの取り組みが必要になりそうだ。水ビジネスは商社と親和性が高い。■最近(2016年3月)三菱商事、三井物産は資源不況が直撃し歴史的な巨額の赤字だという。

2013年2月 『水から見た日本文明史と世界の水問題』リバーフロント研究所
2013年9月 自然と科学の情報誌『milsil』ミルシル<水の惑星「地球」№5ー生命に不可欠といわれる水はどこからやって来たのか>国立科学博物館