2月28日「粟国島の福木」写真をバックに照屋寛孝氏(福木ひろめる会会長)、右が新城栄徳(粟国島出身)

1976年7月 沖縄の雑誌『青い海』通巻55号 榮喜久元「蛇身の美しい男と女の恋」

蘇鉄/榮喜久元『蘇鉄のすべて』
2004年1月31日『沖縄タイムス』新城栄徳(書評)ー榮喜久元『蘇鉄のすべて』南方新社/琉球学の巨人・東恩納寛惇の史料ノート(1926年)に蘇鉄極楽と題し「昔は『蘇鉄世』と云う語があった。金はあっても食いものがなかったのである」「蘇鉄地獄と云うのは食いものはあっても金のない事を意味する」と記されている。題からして寛惇は蘇鉄地獄の名称がお気に召さなかったようである。

『鹿児島大百科事典』で「蘇鉄(奄美)」を見ると榮喜久元氏が書いている。私は1970年前後に収集し今でも手元にある『与論島の民謡と生活』『奄美大島与論島の民俗』の著者として榮氏の名前は知っていた。

本書は『南海日日新聞』に連載したもので前記の著書でも蘇鉄については触れられている。榮氏は与論島で生まれている。そして「蘇鉄は島の生活のなかで大切なものです。いつしか(略)蘇鉄が地球上にあらわれた時代はいつであるか、ということも知りたいと思うようになりました」と本書を書き出している。国内の蘇鉄の巨木、蘇鉄の名前の語源、方言や、蘇鉄を素材にした文芸から民謡、蘇鉄の精虫、蘇鉄葉の輸出、「ソテツ地獄」などを面白く紹介している。

私の故郷・粟国島は「ソテツの島」とも言われている。『奄美郷土研究会会報』第34号の徳冨重成論文には蘇鉄が「与論島には粟国島から、多良間島には慶良間から移植されたという伝承がある」と紹介されている。那覇市久茂地で「居酒屋ひさみ」の経営かたわら「世界のソテツを守る会」を主宰する玉寄貞夫さんは粟国島の先輩でもある。その居酒屋で佐竹利子さんを紹介された。
佐竹さんは精米機・製粉機メーカー「サタケ」の代表者。父君の佐竹利彦は『植物研究雑誌』に「ソテツの変異株」などを発表するソテツ博士である。

那覇市資料館の川満洋子さんに「蘇鉄」を検索してもらうと「ソテツ」「そてつ」を合わせて1万5百件もある。本書はその大量の蘇鉄情報への案内書、または埋め立てなどの環境破壊の波が押し寄せている「琉球弧」への過去からの問いにもなっている。

1914年1月ー横山健堂『薩摩と琉球』中央書院