井上 友一郎(いのうえ ともいちろう、1909年3月15日 - 1997年7月1日)は、日本の作家。
大阪市生まれ。本名・友一。早稲田大学仏文科卒。「都新聞」記者となり、1939年『文学者』に『残夢』を発表して作家生活に入る。風俗小説作家として活躍、戦後は雑誌『風雪』に参加したが、『絶壁』が、宇野千代・北原武夫夫妻をモデルとしていると言われ、抗議を受けた。1970年代には、忘れられた作家となっていた。短編「日本ロォレライ」などがある。(ウィキペディア)


井上 友一郎の本

1935年9月14日 井上友一郎、昭和会館参観
   




戦時下の沖縄/1940年1月『月刊文化沖縄』2巻1号 「菊池寛・中野實来県」

戦時下の沖縄/1940年1月『月刊文化沖縄』2巻1号 「菊池寛・中野實来県」
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1940年12月ー菊池寛・中野実来沖

出迎えた渕上知事と中野実、菊池寛
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(竹久コレクション)

 日本文壇の大御所菊池氏は台湾に於ける文藝銃後運動講演会の途次、渕上本県知事の依頼により12月午後2時半下り航空便で中野實氏同伴来県、13日午前9時50分より男子師範学校に於いて講演、同夜7時から一般県民の為め市公会堂に於いて菊池氏は「時局と武士道精神」と題し約1時間余中野氏は「宣伝戦と銃後」と云ふ演題で講演したが、流石文壇の大御所だけあって聴衆殺到超満員し、拡声機を備へ屋外まで一杯約5千の県民に感銘を与へて散会、翌14日午後2時半空路台北へ向かった。