1966年7月 沖縄タイムスホール「第5回 儀間比呂志個展」 宮本常一「限りない郷土への愛」

宮本常一 1907(明治40)年〜1981(昭和56)年
 1907(明治40)年、大島郡家室西方村(現 周防大島町)で生まれました。大阪府天王寺師範学校を卒業後、小学校の教員となったころから民俗学への関心を深め、民俗学者・柳田國男の指導を受けました。1939(昭和14)年、渋沢敬三が主宰するアチック・ミューゼアム(現神奈川大学日本常民文化研究所)の研究員となります。以後、全国の離島や農山漁村などを訪ね、特に「歩く・見る・聞く」ことを大事にしながら地域の人々と語らい、記録し、生活の移り変わりを明らかにしました。
 常一は「暮らしの中の工夫こそが文化」と考え、周防大島では、常一の呼び掛けで生活文化の継承を目的に、失われ始めていた民具が集められ、それらは「久賀の諸職用具」「周防大島東部の生産用具」として国の重要有形民俗文化財に指定されました。また、周防猿まわしの復活を支えたほか、離島振興法の成立に力を尽くし、離島でも水道や電気が使えるようになりました。日本観光文化研究所所長、武蔵野美術大学教授などを務め、満73歳で亡くなりました。→山口県の先人たち


1974年 儀間比呂志『沖縄風物版画集』 限定600 岩崎書店〇宮本常一「ふるさとを背負った仕事ー儀間氏の版画と沖縄」



儀間比呂志ポスター


『沖縄の歴史』表紙 儀間比呂志「かわき」 (琉球政府・大阪市立博物館・沖縄タイムス社・朝日新聞社 1972年発行)巡回展図録(東京三越、大阪市立博物館、名古屋オリエンタル中村、小倉玉屋、松山三越)/1972-5-3~9大阪梅田・阪神百貨店で開催された朝日新聞社主催「沖縄を彫る 儀間比呂志版画展」展覧会の図録,7-21~26 高知・土電会館


1973年1月~12月『青い海』扉原画 1974年1月~12月『青い海』扉原画


1976年5月 儀間比呂志版画連作集 みやらび』みやざき書店


1979年7月 日本報道企画センター(大阪市北区南森町1-1-25)『グラフ日本』第8巻第7号