09/27: 世相ジャパン 2026

日本大学の近藤健史氏は、令和2年から約7年間、科研費による三木露風の研究に取り組んでこられました。本展では、近藤氏のこれまでの研究成果をわかりやすく紹介します。
[と き] 令和8年10月24日(土)~12月6日(日)
[時 間] 9時30分~17時(入館は16時30分まで)
[ところ] 霞城館
[入館料] 一般200円、小~大学生・65歳以上100円






2026年10月3日 なは市民活動支援センター「上里春生を語る会」
司会・島袋和幸/報告・上里澄夫。上里修、近藤健史(日本大学)



1985年1月 島袋和幸『浮亀山物語』漉林書房

関連/1991年1月発行の『沖縄近代文芸作品集』(新沖縄文学別冊)



那覇市民ギャラリー「第31回 高良憲義絵画個展/生贄として亡びゆく沖縄」9月29日(火)~10月4日(日)10時~19時 最終日は17時まで






2026年6月 島袋和幸『上里春生を語る会』第1号

第52回 エイサー祭り




がじまるエイサー広報部·第52回がじまるエイサーまつり
雨中の中、無事に開催。当初は雨天中止の予定でしたが……。
降ったりやんだりの天気で中止のタイミングを失ってしまいプログラムはとうとう最後まで進行してしまいました。悪天候の中、出演者も観客も出店の方も運営のスタッフもボランティアの皆さんもみんなみんな頑張りました。感謝感謝です。

大濱 聡 ·9-27
■元読谷村長の山内徳信氏が26日に老衰のため逝去された。91歳。
39歳の時に高校教師から村長に当選。知恵と突破力で米軍補助飛行場内に役場庁舎や野球場を建て、後に返還にまでつなげた。
壺屋の陶工たちを誘致して「やちむんの里」を建設するなど、文化行政にも手腕を発揮された。
先頭に立って米軍への抗議デモを行うなど、現場に出て闘う首長は全国広しと言えども他にいただろうか。
■本島長崎市長が昭和天皇の戦争責任について発言、物議をかもした時、全国の革新首長も沈黙する中、真っ先に支持を表明したのが山内村長で(ノーマ・フィールド『天皇の逝く国で』)、議会でも「天皇は戦争の最高責任者」と答弁したという(横田信行『赦し 長崎市長 本島等伝』)。
■1983年頃、大阪で高校教師をしていた金城実氏(彫刻家)が読谷村に移住を決めたのは、カーター大統領に手紙を書いて直訴した山内村長のことを知って感銘を受けたのがきっかけである。
■6年前、その金城氏と山内家を訪ねて懇談したのがお目にかかった最後になった。当時85歳、室内でも若干歩行に支障がある様子だったのが気になった。
大変お疲れ様でした。心からお悔やみ申し上げます。合掌。
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