新島政之助は戦前ガリ切の達人で知られていた。
新島政之助が編集した本

1932年1月21日『沖縄朝日新聞』新島政之助「長編敘事詩 季節の処女」
1956年5月2日ー新島政之助宅「真和志市誌出版紀念短歌会」参加者は泉國夕照、原神青酔、上里堅蒲、宮里ひろし、石川正秋、比嘉俊成、國吉灰雨、邦吉之輔。



1963年12月 津島寿一『芳塘随想 第11集 先輩・友人・人あれこれ 巻三<森賢吾さんのこと>』

津島 寿一ツシマ ジュイチ
大正・昭和期の政治家 蔵相;防衛庁長官;参院議員(自民党)。
生年明治21(1888)年1月1日 没年昭和42(1967)年2月7日
出生地香川県坂出市
学歴〔年〕東京帝大法科大学政治学科〔明治45年〕卒
経歴大蔵省に入り、昭和2年には欧米駐在の財務官となって金解禁に伴うクレジット設定の衝にあたる。9年に帰国後は理財局長を経て岡田内閣の大蔵次官、日銀副総裁、北支開発会社総裁を歴任。太平洋戦争の終戦前後に蔵相を務め公職追放となったが、解除後は外務・大蔵両省顧問となり、26年日比賠償全権委員、27年外債会議日本首席代表としてフィリピン、インドネシアとの賠償交渉や米英との外債処理協定をまとめた。また28年には参院選全国区に当選、岸内閣の防衛庁長官を務めている。一方、多芸多才で知られ、日本棋院総裁、日本庭球協会会長、日本オリンピック委員会委員長、日本体育協会会長なども歴任し、著書に「閑適生活(全3巻)」がある。→コトバンク