3月25日、与儀公園のデイゴが一本の木に一輪づつ花を咲かせていた。沖縄県立図書館で石川正通の「春潮曼荼羅」を見る。
□腕っぷし大佐とかけて、何と解く?
年頃の娘と解く。
心は?
初めて月の物を見た。
和意談で筆を起こした趣旨は、比嘉春潮の名に触れるプロローグに、したかったからである。腕っぷしはアームストロング。アポロで、初めて月に降り立った宇宙飛行士である。比嘉春潮の春潮、新潮社の新潮は、娘が初めて見る初潮と同じく、月経ではないでしょうかと、私が怪問したら、春潮さんは、びっくりして、早速中国人のインテリに、訊き正したそうである。
沖縄で、初めて春潮さんに接したころは、確かに春朝であったように記憶している。図書館で、エスペラント講習会をやられる前の話である。ハクソー嫌いで有名な東恩納寛惇君(彼は君という呼称が好きであった)が、「ハクソーを人間に分類したのは、神の誤りである」と言ったとかで、東京の沖琉群人の間で、ハクソー問題が話題になったとき、春潮さんは、親の代に西原にチジュー(居住)したが、僕は首里の士族であると、家系を明かされた。

沖縄師範を卒業したとき、東京の物理学校(今の東京理科大学)への入学資格を得たが、家が貧乏で、東京に行く金がないので、下級の島袋盛範に権利を譲ったと述懐された。春潮さんが小学校長のとき、部下の教員の使い込みの不始末に、心を痛めて毎晩さまよい歩き、石垣の穴を見つけては、指をつっこんで、ハブに噛まれて、死を選ぼうとした噂があったが、これはあの春風駘蕩たる春潮さんの温かい人柄を示すエピソードで、根も葉も無いフィクションかも知れない。
    深く掘りなどが胸うちぬいじゅん(泉)ゆす(他所)たゆ(頼)て水や汲まぬごとに
伊波普猷先生が四十四歳の春潮さんに送られた歌で、ニーチェの「人間的な余りに人間的な」というニーチェの言葉を、読書家の芥川龍之介は「芸術的な余りに芸術的な」と、文字ったが、私の発想は常に「沖縄的な余りに沖縄的な」でワラビナー(童名)に、薄れ行く沖縄情緒を、次のように偲んでいる。私の家は男女同県だから、沖縄語しか使わない。テレビはカーガーウドイ(影踊)、ラジオはドゥチュイムヌイーサー(独言者)という風に、マカイ(ご飯茶碗)と(湯呑み)茶碗とを区別しない国は野蕃国である。
    ミーニシの吹くころ鷹や渡るらむ東京に居て沖縄に住む
不治のノスタルジアに冒されて、馬齢を加えて行くばかりである。

伊波ぬヤマーウンチュー、漢那ぬモーサーウンチュー、比嘉ぬタルーッチー、当間ぬウシーッチー、瀬長ぬカミーッチー、仲吉ぬカマーターリー、大湾(中村政忠)ぬカナーグヮー、宇久(貞成)ぬマカラー、武元(朝朗)ぬサンデー、山里(永吉)ぬトラー、と呼ばして戴いていた。

伊波普猷=ヤマー
比嘉春潮・金城朝永・親泊政博・宮城邦栄・岸本賀章=タルー
宮里栄輝・比嘉俊成・渡嘉敷唯信・石川正通=ジルー
真玉橋朝起・当間重民・山里永明・比嘉賀成・渡嘉敷唯達・島袋全章・山之口貘(山口重三郎)=サンルー
漢那憲和・東恩納寛惇=モーサー
富名腰義珍・伊礼肇・瀬長良直・長浜真徳・宇良宗亀・親泊興照=カミー
池宮城積宝・山城政行・石川正義・古波鮫唯信(漂雁)=カナー
神山政良・許田重発・備瀬知範=スター
友寄英彦・嘉数詠達・照屋仁栄=ニヨー
高嶺明達・真玉橋朝英・照喜名重照・当間重国・船越義英・尚暢=カマデー
当間重剛・島清(島袋牛)・松岡政保(宜野座政牛)=ウシー
小嶺伸(幸申)・大湾政行・高嶺百才=ハークー
仲吉良光・嘉数昇=カマー
祖慶実徳・渡嘉敷唯義=トラジュー
石川逢篤・石垣孫顕=カミジュー
石川正芳(私の父)・照屋彰義・渡嘉敷唯仁・浦崎永錫・山口保仁・小禄朝器・比嘉賀秀(靜観)・南風原朝光=マチュー
照屋宏・浜松哲雄(比嘉)=マチャー
大浜信泉=マントゥー

伊波先生とは、毎晩のように、会談・快談・怪談に耽ったが、学術語以外は、殆ど沖縄語で終始した。私が、所かまわず、沖縄語を使うので、春潮さんは、「石川君、君の沖縄語は正しいと思うか」と言われた。いくら春潮さんでも、これは愚門だと思った。しかしこの質疑は、春潮さんの頭の中の学庫の秘密を解く重要な鍵である。
言葉は時代時代によって変遷するもので、その世代の仲間の言葉が、その世代では正しいのである。時代は動く。語法も語彙を包んで動く。