2014年3月2日『新報小中学生新聞ーりゅうPON!』新城俊昭「人ものがたり/ウルトラマンの脚本家 金城哲夫」


1992年8月 山田輝子『ウルトラマン昇天ーM78星雲は沖縄の彼方』朝日新聞社/1999年10月 上原正三『金城哲夫 ウルトラマン島唄』筑摩書房

金城哲夫 きんじょう-てつお 1938-1976 昭和時代後期の脚本家。
昭和13年7月5日生まれ。34年円谷(つぶらや)英二に弟子入りし,41年からテレビのウルトラマンなどの「ウルトラ」シリーズの脚本・監修を手がける。44年幼少期をすごした沖縄にもどり,沖縄芝居の作者や監督をつとめ,50年の沖縄国際海洋博の式典の演出を担当した。昭和51年2月26日死去。37歳。東京出身。玉川大卒。→コトバンク




1981年9月 『嘉手納農林昭六会誌』ーこの本は天野鉄夫さんから頂いたもので中に松川寛保氏が「戯曲・天衣無縫 六幕」で天野さんのコレクションを紹介している。金城忠栄氏が「我が人生のドラマ」で息子の哲夫のことにふれている。