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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
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来間泰男『沖縄・日本復帰への途ーよくわかる沖縄の歴史』日本経済評論社(東京都千代田区神田駿河台1-7-7)2026年4月☆米軍統治下の沖縄において、人権侵害や土地強奪、墜落事故といった苦難が、どのようにして日本への復帰を求める運動へと繋がっていったのか、その歴史的過程を解説しています。

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4-24 なるみ堂のお客さん、埼玉で平和薬局を経営されている神田信行さん、店主の翁長良明さん
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

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宜野湾市立博物館 春の企画展「島(シマ)の時間 ~新城征孝絵画展~」4月18日〜5月31日

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
沖縄風俗之図 / Okinawan manners and customs, illustrated
Romanaized title Okinawa fūzoku no zu
仲宗根嶂山(なかそね・しょうざん)の明治22(1889)年の作品である。折本。当時の人々の髪型、針突、簪、各種商売人の風俗、婚礼、葬礼などが色彩豊かに描かれている。当時の風俗を記録した貴重な史料である。以下に上江洲均氏による解説がある。『琉球風俗絵図』、本邦書籍、1982年。仲宗根は、本名を真補(しんぽ)、唐名を査丕烈(さひれつ)、雅号を嶂山と称す。尚育9(1843)年、首里生。尚泰18(1865)年に王府の絵師となる。没年不詳。ほかに「花鳥図」(1874年)、「首里旧城の図」(1894年)などの作品がある。→琉球大学琉球・沖縄関係貴重資料デジタルアーカイブ

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左から村口一雄第一書房社長、新城栄徳、上江洲均氏、新城亘氏

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島袋盛敏
○私の家は当蔵町のアダニガーお岳の下にあったが、仲宗根章山家も名護から引き上げてお岳の傍らに来た。私の隣人になっていたのである。そうして章山翁の長男真吉君と私は大の仲良しになり、毎日行ったり来たりして遊んだものだ。章山翁は初め沖縄県庁の役人や分遣隊の士官達の求めに応じて、絵を売り生活しておられたとのことであるがその需要がなくなったので、名護の教員になられたのであろう。しかし教員も長く続かず再びアダニガーお岳の傍らに落ちつかれたものと見える。その時は、すでに分遣隊の士官達はいなくなって、その代わりに金持ちのご隠居さんが、床の間の掛軸とか、あるいは観音さまの仏像などを求めて来るようであった。(略)ちょうどそのころ、真吉君、摩文仁賢和君、新垣良光君と唐手をやり出した。それで師範では屋部先生にほめられた。

2月2日、沖縄県立図書館から平成23年度・新収蔵資料展のハガキが来た。ハガキには山田有彜の美人画が載っている。

平姓・山田家/赤が山田有彜/下右が山田有彜の美人画

2009年7月 『琉球絵画展~琉球王朝から近代までの絵画』沖縄文化の杜(金城美奈子)/2012年2月 『沖縄県立図書館 新収蔵展』

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

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山城 明 ·4ー16 ホワイトビーチ向け☕

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4/14 首里徘徊 沖縄美ら島財団で上江洲安亨さん、金城正仁さん

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JAおきなわ首里支店/日本キリスト教団首里教会/沖縄県立芸術大学附属図書芸術資料館
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首里城 - 弁財天堂・円鑑池/円鑑池は、首里城の北の城壁のすぐ外側に位置する、石垣で囲まれたため池です。1502年に作られたこの池は、首里城の淡水源から重力によって水を集めて、その下の龍潭に水を運ぶためのシステムの一部となっています。円鑑池は、隣の円覚寺を含む仏教建築群の一部となりました.→国営沖縄記念公園
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第32軍司令部壕:1944年(昭和19年)3月、南西諸島の防衛を目的に第32軍が創設され、同年12月には第32軍司令部壕の構築がはじめられました。1945 年(昭和20年)5月、第32軍司令部は沖縄島南部へ撤退しますが、その時に壕の主要部分と坑口(壕の出入口)は破壊されました。第32軍司令部壕は首里城地下にあり、直線距離にして約375m、壕の総延長は約1,000mと推定されています。→沖縄県/角萬漆器・首里琉染/首里安国寺

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大濱 聡 4-12■2028年のNHK大河ドラマが「ジョン万」に決まった。
180余年前、日本人として初めて米国大陸に上陸したジョン万次郎。そして、沖縄ともゆかりのある人物である。
■土佐市清水の貧しい漁師の家に生まれた中浜万次郎。1841年、14歳の時に仲間4人と漁に出て漂流。アメリカの捕鯨船に助けられてハワイ~アメリカ本土へ。
10年後、2人の仲間と琉球(沖縄)糸満の大度浜に上陸。約半年間、琉球に止められた後、薩摩~長崎を経て土佐へ。その後、幕府の通訳などで活躍する(以下略)。
■以前からジョン万に関心があり、13年前、ジョン万の足跡をたどるツアーに参加した。その時から「絶対、大河ドラマになる」と確信していた。だいぶ遅ればせの実現だが、期待したい。