沖縄風俗之図 / Okinawan manners and customs, illustrated
Romanaized title Okinawa fūzoku no zu
仲宗根嶂山(なかそね・しょうざん)の明治22(1889)年の作品である。折本。当時の人々の髪型、針突、簪、各種商売人の風俗、婚礼、葬礼などが色彩豊かに描かれている。当時の風俗を記録した貴重な史料である。以下に上江洲均氏による解説がある。『琉球風俗絵図』、本邦書籍、1982年。仲宗根は、本名を真補(しんぽ)、唐名を査丕烈(さひれつ)、雅号を嶂山と称す。尚育9(1843)年、首里生。尚泰18(1865)年に王府の絵師となる。没年不詳。ほかに「花鳥図」(1874年)、「首里旧城の図」(1894年)などの作品がある。→琉球大学
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左から村口一雄第一書房社長、新城栄徳、上江洲均氏、新城亘氏

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島袋盛敏
○私の家は当蔵町のアダニガーお岳の下にあったが、仲宗根章山家も名護から引き上げてお岳の傍らに来た。私の隣人になっていたのである。そうして章山翁の長男真吉君と私は大の仲良しになり、毎日行ったり来たりして遊んだものだ。章山翁は初め沖縄県庁の役人や分遣隊の士官達の求めに応じて、絵を売り生活しておられたとのことであるがその需要がなくなったので、名護の教員になられたのであろう。しかし教員も長く続かず再びアダニガーお岳の傍らに落ちつかれたものと見える。その時は、すでに分遣隊の士官達はいなくなって、その代わりに金持ちのご隠居さんが、床の間の掛軸とか、あるいは観音さまの仏像などを求めて来るようであった。(略)ちょうどそのころ、真吉君、摩文仁賢和君、新垣良光君と唐手をやり出した。それで師範では屋部先生にほめられた。

2月2日、沖縄県立図書館から平成23年度・新収蔵資料展のハガキが来た。ハガキには山田有彜の美人画が載っている。

平姓・山田家/赤が山田有彜/下右が山田有彜の美人画

2009年7月 『琉球絵画展~琉球王朝から近代までの絵画』沖縄文化の杜(金城美奈子)/2012年2月 『沖縄県立図書館 新収蔵展』