兪氏 元祖は平安座親雲上重明7世川平親雲上惠直支流5子兪廷器川平筑登之親雲上惠孝。その9世惠英が山口姓。10世の惠典が山元姓になる。12世恵易の長男が惠孝で、次男の惠順が山元恵一の父。



1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社「山元恵孝」「山元恵順」

大正2年 1913年 丑年 うし ー5月13日 那覇西村で山元恵一生まれる
1910年  山之口貘、那覇の甲辰尋常小学校入学

1918年 縄県立第二中学校卒業生ー島田寛平

1919年

1920年  山元恵一、那覇の甲辰尋常小学校入学
1922年  山之口貘、豊多摩郡戸塚町の諏訪神社裏に下宿し日本美術学校に入学。入学式のとき南風原朝光に会う。1ヵ月で同校退学。
1924年  沖縄県立第二中学校卒業生ー新垣金次郎、池宮城秀意、稲嶺一郎、大浜皓、𤘩宮城昇、比嘉賀秀、国場公憲、池間栄三、名渡山愛順
1925年  沖縄県立第二中学校卒業生ー宮城清市、永丘智行(饒平名)、冨名腰尚武、慶留間知高、山口重勲(許田)

1927年  山元恵一、沖縄県立第二中学校入学

二中樹緑会ー前列右3人目が山元恵一。後がOB、大嶺政寛、名渡山愛順らがいる。

1931年  山元恵一、沖縄県立第二中学校卒業 同期生ー西村菊雄、八木明徳、山田有勝、又吉康哉、南風原英佳、与那原良規

1933年  山元恵一、東京美術学校入学


1933年  

右側の下から2番目に山元恵一の名がある。
郡山市立美術館 展覧会:グループ〈貌〉とその時代展 会期:2000年11月11日~2001年1月14日
グループ「貌(ぼう)」は、1937年(昭和12年)東京美術学校油画科在籍中の学生が、国外のシュルレアリスム運動に触発されて結成した昭和8年入学の同期生中心のグループ。メンバーは、鎌田正蔵、杉全直、加藤太郎、高橋善八、杉原正巳、山本占太郎、福留五郎、日向裕、石原寿市、山元恵一、白瀧彰彦、若松光一郎→Weblio辞書


1934年 東京神田の東京堂「沖縄美術協会」展ー後列左から渡嘉敷唯信(?)・新川唯盛・仲嶺康輝・西村菊雄 前列左から 兼城賢章・南風原朝光・大城皓也・山元恵一

山元恵一1935年


1938年  山元恵一、東京美術学校卒業。宮森俊三の紹介で東宝映画(トーキーシステムの開発を行う写真化学研究所(Photo Chemical Laboratory、通称 PCLは、1937年関連会社JOと合併)にて円谷栄二の下でしばらくアルバイト。同年12月、東京市役所勤務の大浜信恭(大浜信泉弟で作家志望)の紹介で東京市厚生局勤務。これ以降、東京では殆ど絵を描く時間がなかった。


1939年

1941年  山元恵一、沖縄県立第二中学校美術教師
1944年  渡嘉敷唯信、東宝撮影所特撮合成美術部入所
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山田有登①郁子夫妻(写真家・山田實さん両親)、山元恵一宅を訪ねる


①1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社「山田有登」