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古美術なるみ堂主人の翁長良明氏、厚子さん/司会の大村巌氏、喜納吏一氏、平良大氏、島袋奈美さん

古美術なるみ堂主人の挨拶

福島千枝さん、上間友美さん

喜納吏一氏、平良大氏、島袋奈美さん

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 前は沖縄県立博物館は歩いては行けなかったが、今は歩いて直ぐである。少し前までは沖縄県立図書館も歩いて行ったが、数え70になると東陽バスで行くのが増えた。今年12月には図書館はモノレール旭橋駅と直結するという。私にとって都合は良いが、図書館近くに住んでいる國吉さんは不便になるという。


2000年10月 「沖縄の図書館」編集委員会(代表・伊藤松彦)『沖縄の図書館 戦後55年の軌跡』教育史料出版会

写真右からー大城宗清氏、伊藤松彦氏、新城栄徳/2000年11月5日『沖縄タイムス』新城栄徳「書評/『沖縄の図書館」」


写真左から大城宗清氏、新城栄徳、漢那憲治氏(梅花女子大学教授)
□大城宗清ー1932年1月生まれ。1958年ー琉球政府立法院事務局図書室。1967年ー琉球政府厚生局医学図書室。1972年ー沖縄県立図書館、73年に同館長。86年ー沖縄県立博物館長~1992年定年退職。昭和51年12月 大城宗清『歌集 古里の土』新星図書




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コメントはメールにお願いします→shinjo8109@gmail.com

2081年6月17日 「中之橋上空」ひより撮影/ひより、「ゆいむい」で撮影

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2018-7-14『沖縄タイムス』「沖縄を彫った版画家 儀間比呂志さん追悼展開幕 写真ー生前の儀間さんと親交のあった山内栄氏」

2018-7-14『琉球新報』

原爆の図 丸木美術「追悼・儀間比呂志展」


2018年07月13日(金) ~ 2019年01月06日(日) 沖縄県立博物館・美術館 コレクション展「儀間比呂志の世界展 」
儀間比呂志(ぎま ひろし1923-2017)は、沖縄の画家、版画家であり、絵本作家です。郷土を愛する情熱的なメッセージを込めた絵本は、沖縄の民衆に根ざした歴史を伝え、多くの子どもたちの心を虜にしました。人物描写を得意とする儀間作品の特徴は、南方系の女性を太く黒い線で描いた油絵や、沖縄の美しい風土、その美しさを奪った戦争などをテーマにした木版画で、1970年以降は版画に専念します。
本展は、2017年に他界した儀間比呂志による油絵、木版画を中心とした追悼展です。

1995年9月 『島を出た民の戦争体験集』沖縄県人会兵庫本部/2017年5月『榕樹』第426号



山田薫氏、儀間進氏、山田聡氏

喜友名ひとみさん、新川明氏、儀間進氏/儀間進氏、山田和子さん、渡口彦邦氏

写真左から田名真之氏、儀間進氏、新川明氏、平良京子さん

儀間進氏と田名真之氏/山内栄氏


儀間ファミリーと池原盛浩氏(右)/儀間ファミリーと田名真之氏(左)

儀間進氏、喜久村徳男氏/兄・比呂志の遺影の前で儀間進氏

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新宿 THE GALLERY 1(〒163-1528新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28階 ニコンプラザ新宿内) 2018年7月17日(火)~7月30日(月)「生誕100年記念 山田實写真展『きよら生まり島 -おきなわ』 」
トークイベント: ※申込不要・参加費無料
2018年7月17日(火)19:00~20:30
仲嶺絵里奈(写真史家)×鳥原 学(写真評論家)
2018年7月28日(土)19:00~20:30 金子隆一(写真史家)

 山田實(1918~2017年)は、いま世界的にも注目されている沖縄写真の礎を作った写真家である。
 沖縄戦で命も歴史も失われ、真っ白になって始まった「アメリカ世」の沖縄でカメラを持った山田實が見たものは、普通に生きている沖縄の男や女そして子どもたちであった。そのまなざしは、なにものにもとらわれない清々しくまっすぐなものである。そして山田の写真は、社会的な何ごとかを強く訴えるものではなく、表現として強固なスタイルを構築することや目指すものでもなく、あまりにも普通のことを普通に無造作に写し出している。それは山田實というカメラを持った人間が生きてきた沖縄という日常を等価に現しているといえよう。
 今あらためて山田實の写真を見ることは、占領から復帰を経てイメージ化された「美しい南の島・沖縄」に織り込まれ見えなくなった沖縄の日常の襞を掘り起こすだけでなく、山田實という写真家の「きよら」なまなざしを経験することとなるにちがいない。(ディレクター:金子隆一/写真史家)

2017年9月22日『沖縄タイムス』仲嶺絵里奈「展評ー山田實展」/2014年3月ー左から豊里友行氏、山田實さん、金子隆一氏、仲嶺絵里奈さん

山田實(やまだ みのる)氏プロフィール
1918年 兵庫県で生まれる
1920年 家族と沖縄に渡る
1941年 明治大学専門部商科本科卒業。日産土木株式会社入社、満州に赴任
1945年 北満州で終戦、シベリアに抑留
1952年 沖縄へ帰還、「山田實写真機店」開業
1959年 「沖縄ニッコールクラブ」結成(会長就任)
1972年 本土復帰に伴い、「沖縄ニッコールクラブ」は「ニッコールクラブ沖縄支部」に改称(支部長就任)
1978年 沖縄タイムス芸術選賞大賞受賞
2002年 写真集『子どもたちのオキナワ 1955-1965』刊行、地域文化功労者表彰、沖縄県文化協会功労者賞受賞
2012年 『山田實が見た戦後沖縄』刊行、写真展「人と時の往来 -写真でつづるオキナワ」(沖縄県立博物館・美術館)
2013年 第29回写真の町東川賞 飛騨野数右衛門賞受賞
2017年 逝去
パブリックコレクション 沖縄県立美術館、東京都写真美術館、北海道 東川


2018年7月22日(日)から 8月19日(日)までの夏休み期間、名護市喜瀬の万国津梁館では沖縄の新旧の芸術文化・作品に触れることが できる2つの展覧会、「山田 實(みのる)写真展」並びに「粋な名工展」を開催。



山田實の本

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1974年4月 沖縄の雑誌『青い海』32号 大浜聡(NHK東京)「島影追想」

大濱聡「八重山の旅」
7月10日
■森口 豁氏(フリージャーナリスト)との八重山の旅、台風8号接近のため2日前倒しで帰ってきました(本日搭乗予定の航空機は欠航になったため正解でした)。「しばらく八重山便りが続くかもしれません」と予告しましたが、西日本の大雨被害を見るにつけ、誰かさんのように大雨の最中、且つオウムの死刑執行前夜に賑々しく開かれた宴会の写真を自慢げに投稿するような神経は持ち合わせていないため、旅先からの投稿を自粛していました。
■台風は今後、八重山に接近していくようです。今回は鳩間島、西表島、石垣島の皆さんと身近に接してきただけに、いつも以上に心配です。大きな被害がないよう祈っています。

7月4日

■ここ3週間で、我が石垣島を含む八重山を舞台にした森口 豁氏(フリージャーナリスト)の著書4冊を10-30年ぶりに読み返しました。というのも、明日から石垣、鳩間島の旅をご一緒させていただくことになり、復習のため改めて読み直ししたものです。
氏は沖縄での新聞記者を経て、日本テレビのディレクターとして沖縄をテーマに数々のドキュメンタリーを制作。数多いTV制作者の中で最も沖縄に寄り添い、沖縄を理解し、且つ優れた作品を作り続けた敬愛する大先輩です。
■ご本人は「弥次喜多道中の旅」と言われますが、私としては石垣で合流する地元在のU氏とともに、黄門様に従う助さん、格さんのつもりでいます。3名は30余年前、東京での沖縄関係者の集まり「ゆんたく会」のメンバーでした。
■というわけで、明日からしばらく八重山便りが続くかもしれませんが、悪しからず。




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19802月15日 儀間比呂志、第14回沖縄タイムス芸術選賞大賞を受賞(城間有さん確認)


1980年8月26日~9月6日 大阪府立現代美術センター「儀間比呂志 版の世界展/」高橋亨・大阪府立現代美術センター館長「その木版画の根の深さ」

1983年8月29日『読売新聞』「青春紀行ー儀間比呂志 南洋の果て・・・沖縄の心」



1983年10月 沖縄物産センター「儀間比呂志 版の世界展」

沖縄物産センター



1984年3月26日~4月14日 みずさわ画廊(渋谷区千駄ヶ谷1-24-12)「儀間比呂志版画展」婦団連会長・櫛田ふき「沖縄の真実を刻む」霜多正次「儀間比呂志と沖縄ー沖縄では個人の家でも、喫茶店や飲屋でも、公共の施設でも、あちこちに儀間比呂志の木版画が飾られていて、彼が沖縄の人びとにひろく親しまれていることがよくわかる。・・・」


霜多正次 しもた-せいじ
1913-2003 昭和後期-平成時代の小説家,評論家。
大正2年9月5日生まれ。第二次大戦後,新日本文学会にはいる。米軍占領下の沖縄をえがいた長編「沖縄島」で昭和32年毎日出版文化賞。新日本文学会をはなれ,40年日本民主主義文学同盟設立につくす。46年「明けもどろ」で多喜二・百合子賞。平成15年4月16日死去。89歳。沖縄県出身。東京帝大卒。旧姓は島袋。評論に「文学と現代」など。(コトバンク)


1985年8月『版画藝術』室伏哲郎「わが胸の沖縄のここには・・・・」

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左から仲里渚善さん、平良昭隆氏、平良知二氏、百恵さん/寛仁くん親子

花城良廣氏「乾杯のあいさつ」






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沖縄コンベンションセンター/写真左から新城栄徳、仲松庸次氏(1952年沖縄県那覇市首里生まれ。城西小,首里中,首里高,金沢大卒。現在,沖縄県読谷村で学習塾。大学では心理学を専攻)京子さん(曽根信一の娘さん)


2018年7月6日 末吉安允氏と某団体の灯籠流しに参加した。右が末吉安允氏


1970年8月 『太陽』「今月の人ー曽根家の人たち」左から3人目が曽根信一氏


「ニッコールクラブ写真展」(沖縄三越)ー石垣里公(書道教師)、森幸次郎(沖縄県庁広報)、平良正一郎(ソベ電器)、又吉(医師)、山田實、有銘盛紀(那覇市役所)、曽根信一、ビセ(那覇市役所)小橋川門副(写真館)、上江洲清徳(南映劇場) 、伊元源二(沖縄県庁)

金城安太郎展の情報の紙面展開がタイムスは新報に比べて少ないので、6月8日にタイムス出版部の後田多敦氏を訪ねた。氏は6月16日のタイムス文化欄に「琉球の美を求めてー金城安太郎と沖縄美術」を書いたという。そのうち四方山話になり球陽日本画会のことで謝花雲石の名前が出て、写真家の山田實さん保管の雲石の戦前の作品の話になった。後田多氏、学芸部の友利記者に連絡、3人で話をしているうちに取材に行こうということになった。この場合、取材する側、作品を解説する人と山田さんの都合が合わないと取材は成立しない。電話で都合を確認するとお互いに運悪く(?)都合は良いとのこと。新報との兼ね合いもあるというのに。

私が雲石と出会ったのは中学のころ、見聞きしたことがあるが本格的に興味を持ったのが、1972年2月10日、亀岡の大本本部に奉仕活動に来ていた金城ひろみさんに誘われて那覇での大本「琉球国魂鎮座祭」に参加し大本に関心を持ったときである。雲石は戦前から大本の信者であることが分かり親しみを持った。以来、雲石周辺に居た人たちとも出会った。曽根信一(名刺の字は雲石書)照屋栄一親泊元高山田實らの諸氏とも出会うことになる。それはともかく、タイムスには6月9日に「謝花雲石戦前の書見つかる」として1面に載った。新報は山田氏の明治大学の戦後の後輩、宮城記者が取材し、6月17日に「謝花雲石の戦前作発見」として23面に載った。(2009-6-19記)
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1967年6月4日『潮流ジャーナル』小中陽太郎「<ルポ>沖縄の右翼たち」1967年3月29日、福地曠昭は路上で短刀を持った二人組に襲われた。短刀で刺され、全治2ヶ月の重傷。4月3日に犯人が逮捕された。犯人は「東亜友愛事業協同組合」沖縄支部(宜保俊夫支部長)のメンバー金城義雄(22)と野原林一(21)。「沖縄政治研究会」は東亜友愛事業協同組合のダミー組織.。

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前島にあった海勢頭豊氏の店で、左から新城栄徳、儀間比呂志氏、福地曠昭氏
〇儀間さんには『沖縄戦 朝鮮人軍夫と従軍慰安婦』1995年、福地さんには『哀号・朝鮮人の沖縄戦』月刊沖縄社1987年がある。

 2004年3月23日、「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」があった。友人たちのバスで会場の北谷公園野球場前広場に1時に着く。テレビで宮古に大雨警報とあったが、会場も雨であった。2時に大会が始まる前に会場を一周した。テントで福地曠昭氏と、安仁屋政昭氏が話をしている中に割り込んだ。福地氏に今度の『オキナワグラフ』に氏の名前を引用している旨を話した。そのうちかつての全軍労の闘士・上原康助氏も福地氏の会話に加わってきた。上原氏を目前にするのは初めてだがテレビで馴染んでいたせいか以前からの知人のように感じた。また西尾市郎氏も抗議活動を展開していた。



2006年6月 福地曠昭『つりと海ー今昔物語ー』那覇出版社

□福地曠昭 ふくち-ひろあき
1931- 昭和後期-平成時代の労働運動家。
昭和6年2月28日生まれ。昭和31年沖縄教職員会にはいり,祖国復帰運動に参加。43年屋良(やら)朝苗琉球主席の誕生につくす。平和・教育運動に活躍し,47年沖縄革新共闘会議事務局長,平成2年県教組委員長。沖縄県出身。青山学院大中退。著作に「村と戦争」「沖縄の混血児と母」など。→ウィキ

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福地曠昭の本

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国場幸太郎氏を囲んで
左から新城栄徳、国場幸太郎氏、後方左から鳥山淳氏、森宣雄氏、福地曠昭氏