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歌誌『梯梧の花』

2011年9月18日『琉球新報』喜納勝代(すみれ歌会主宰)『合同歌集VII 梯梧の花』 強く生きた足跡を描写
 海底プレートの揺らぎで思わぬ東日本大震災が起こった。映像を見る限り焦土と化した沖縄戦がよみがえった。東北の人々は勇気を持って立ち上がってほしい。『合同歌集VII 梯梧(でいご)の花』が通巻80号記念号として発刊された。出詠者は21人、1人30首で630首を収めている。表紙は紺碧の空に映える真っ赤なデイゴの花である。沖縄のナイーブな詩歌がデイゴの花のように命あふれている歌群である。
 「梯梧の花」の創刊は昭和3(1928)年。今から83年前に結成された、沖縄では最も長い歴史のある短歌結社である。それは会員の質の高い知性とたゆまぬ努力の賜物であろう。会員の吉川安一は「はじめに」の一文で「短歌は、多くの人に愛され詠まれ、短歌人口を形成する。歌人は、人生の季節を重ね、歌歴を積んで、短歌創造の喜びを味わう」と説いている。「梯梧の花」の先輩歌人たちがほとんど逝去した今日、今の歌人たちがしっかりと受け継いでほしい。昭和50年代に私も時々同会に参加させていただいたが男性が多かった。現在は女性が多く、頼もしく思う。
 多くの会員が歌集を出すベテラン歌人たちである。長い年月を経て詠まれた歌作には優しさと厳しさを感じさせる。沖縄の厳しい現実と相対しながら自然や家族、戦争、基地、生活諸般を詠む。時にせつなく、またたくましく生きてきた足跡が細やかに短歌に描写される。本書は沖縄のソフト面を知る手近な手引書になるのではないだろうか。
 サイパンの戦場は仲村繁一の作品で学び、沖縄戦は長田紀春の歌を読むとつらくなる。私も幼いころに南部を逃げ回った記憶があるので身につまされる。沖縄戦がもたらした基地の問題は未解決のまま宙ぶらりんになっている。人間の鎖に参加したそれらの短歌にも共感したが、一番つらかったのはサイパンや地上戦の悲痛な叫びである。沖縄の自然詠や家族の歌には心が和んだ。それぞれ個性が磨かれていて粒ぞろいである。より一層の努力で先輩歌人たちを乗り越えてほしい。

1976年10月27日ー久茂地文庫開設

写真・久茂地文庫で、右端が真喜志康徳氏、4人目、屋部公子さん、喜納勝代さん
1978年5月ー久茂地文庫1周年記念文集『照千一隅』


左から屋部公子さん、喜納勝代さん、船越義彰氏、星雅彦氏、新川明氏

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2016-11 ひより「作品」
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「伊江島のヰーハチャ展ー島の香りをキャンバスにのせて」
〇伊禮芙紗子/阿部好弘


知念登治氏(〒251-0045 神奈川県藤沢市辻堂東海岸2-2-17 ☎FAX 0466-34-0892)と作品「寓意一変容」

知念登治氏作品「城山眺望」

知念登治氏作品「凱風の城山」

玉城照政氏と作品「旧阿良の港桟橋」「ニライカナイの入口」

玉城照政氏作品「旧阿良の港桟橋」


島袋和幸氏(左)、長嶺福信氏
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 いよいよドイツ系アメリカ人のトランプ氏(70)の不法移民の強制送還や環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退など、米国益を最優先する「米国第一主義」を標榜する、史上最低の人気を誇る大統領が誕生する。しかも隣国メキシコを敵視するのは、アメリカ属国日本が海を隔てた隣国中国を敵視するのと似ている。そのドイツ西部コブレンツで21日、右派ポピュリスト政党党首らの会合がドイツで開かれた。出席者は既成政治への不満を追い風にしたトランプ米大統領就任を歓迎し、各国でのさらなる躍進を誓い合った。オランダの極右・自由党のウィルダース党首は演説し、「愛国主義者は米国だけでなく、欧州全体で勝利する」と強調。フランスの極右政党・国民戦線のルペン党首はメルケル独首相の「エリート政治」を批判。会合には、反難民を掲げるドイツの新興政党「ドイツのための選択肢」のペトリ共同党首も出席。(時事通信)

ポピュリズムに警告=「ヒトラー生む」とローマ法王
 フランシスコ・ローマ法王は21日付のスペイン紙パイスに掲載されたインタビューで、ポピュリズム(大衆迎合主義)がナチス・ドイツの独裁者ヒトラーのような「救世主」を生み出すと警告した。(略)
 法王は「欧州のポピュリズムの例は(ナチス政権が誕生した)1933年のドイツだ」と指摘。「ドイツはアイデンティティーを取り戻す指導者を求め、そこに現れたのがヒトラーだった。彼は国民に選ばれ、国民を破滅させた」と述べた。【マドリードAFP=時事】

フジテレビ系(FNN) 1/21(土)トランプ政権始動 「オバマ路線」大きく転換 今後は?」
 トランプ大統領は、オバマ政権時代の政策を初日から次々とひっくり返しました。TPP(環太平洋経済連携協定)は離脱を正式に表明し、NAFTA(北米自由貿易協定)は、交渉のやり直し。そして、「オバマケア」に関しては、撤廃となりました。「アメリカ第一主義」を掲げて船出したトランプ政権。ワシントン支局の松山俊行記者に聞きました。
 世界が注目したトランプ新大統領の就任演説だが、選挙中の演説の焼き直しで、新味に乏しく、内容とは裏腹に、アメリカの「団結」よりも「分裂」を印象づけるものだったと言える。
トランプ新大統領は、就任演説で、選挙で掲げてきた「アメリカ第一主義」を連呼して、移民政策を強化し、国内に雇用を取り戻すことを約束した。しかし、就任式や、パレードに集まった人は、オバマ前大統領の就任式の熱狂的な群衆とは比較にならないほど少なく、市内のあちこちで、反対デモが頻発するなど、自身の過激な物言いで、逆に国民の「分裂」が深刻になったことを裏づけるものだった。
演説でトランプ新大統領は、「バイ アメリカン」つまり、アメリカ製品の購買運動という、80年代の日米経済摩擦時代の用語を持ち出して、国内企業を支える姿勢を示した。
 こうした姿勢は、アメリカが経済のグローバル化の流れに逆行し、「保護主義」に走ることを、高らかに宣言したに等しく、実際にそうした政策を実行したとしても、経済成長に結びつくとは限らず、今後、実態が明らかになるにつれ、国民に失望が広がる可能性も指摘され始めている。

 今までの言動からしてトランプ氏は核のボタンを平気で押すタイプと思われる。そこで「核シェルター」が話題になる。ネットで見ると、核シェルターに関連する検索キーワードは核シェルター 価格/核シェルター 値段/核シェルター 販売/核シェルター 自作/核シェルター 構造/皇居 核シェルター/核シェルター 普及率/日本核シェルター協会/核シェルター作り方/核シェルター ノアなどが並んでいる。イギリスとフランスでは、有事の際に指揮をとる任務にあたる政治家や政府高官のためのシェルターは完備しているものの、公共の場にシェルターはない。シェルターに入れない国民には、屋内退避が指示されることになっている。
 アメリカ合衆国では、冷戦時代に政府存続計画を取りまとめ、北アメリカ航空宇宙防衛司令部等の軍事施設や政府機関にはシェルターを完備している。冷戦時代には公共の場にも市民シェルターを用意していたが、現在ではその大半が廃れている。それでも、アメリカ戦略軍は核戦争をも想定した単一統合作戦計画を堅持し、戦略軍の実働部隊である航空戦闘軍団およびアメリカサイバー軍はアメリカ本土の護りを万全にしている。アメリカでは、ウェストバージニア州ホワイト・サルファー・スプリングスのホテル「グリーンブライヤー」の地下に連邦議会の巨大な核シェルターが存在することが明らかとなっている。ちなみに日本における人口あたりの核シェルター普及率は、NPO法人日本核シェルター協会調べによると0.02%という。→ウィキ 


 若い女性のヒミツは愛すべきものだが国家権力の秘密(陰謀)はいただけない。尖閣ビデオや警察庁のテロ捜査協力者リストがネット上に漏洩したニュースが飛び交って一服したところに、アメリカの秘密外交公電がサイト「ウィキリークス」で公開されはじめた。アメリカ連邦捜査局(FBI)などが捜査を始めたと共同通信社は伝えている。これは当局の秘密(危機)管理の拙さを棚にあげ、治安維持法をつくる口実にしようとするもので日本の民主党・弁護士センゴクや同じくアメリカ民主党・弁護士のヒラリーも企んでいるようだ。FBIとは私などはすぐフーヴァー長官を思い出す。このフーヴァーは「ウィキペディア」によると、人種差別主義者にして反共ヒステリー、マフィアとも親しく、アメリカ大統領のスキャンダル情報も好んで集めて、大統領にもFBⅠ運営に口を出させない体制を創った人物である。

 FBIはその末裔であるからヒラリークリントン・アメリカ国務長官や夫で元大統領のスキャンダルも握っていると思われる。民主主義の国には秘密(陰謀)は似合わない。火の気の無いところに煙はたたない。国民に疑惑(胡散臭さ)を持たれないように当局は正々堂々と仕事を自己とそれに繋がるものの利益だけでなく、国民のためにすべきだ。秘密の秘は必ず示すという字である。中華資本主義国でもグーグルが撤退し、ノーベル平和賞受賞者も弾圧されているが、今やネット情報の時代、世界は連結している。秘密(陰謀)で成り立つ国は早晩世界から孤立し、民衆によって解体させられる。

『琉球新報』 2017年1月18日
 〇米軍普天間飛行場移設に伴う辺野古新基地建設に関し、沖縄防衛局は18日午後、沖縄県政記者クラブ加盟14社に対し、臨時制限区域に立ち入った場合の刑事特別法の罰則規定「一年以下の懲役または2千円以下の罰金もしくは科料に処される」を示した上で「許可なく立ち入ることのないようお願いする」と申し入れる報道室長名の文書をファクシミリで送った。沖縄防衛局報道室によると、米軍キャンプ・シュワブ沖の臨時制限区域に関し、報道社に申し入れするのは初めて。申し入れた理由として「報道関係者と思われる人が乗船した船舶が臨時制限区域に許可なく立ち入り、当局の警備業務受注者の警告に従わない事案が発生した」ためとしている。

  〇公安調査庁が最新の報告書の中で、中国側の動きとして「『琉球独立』を標ぼうする我が国の団体関係者などとの学術交流を進め、関係を深めている。背後には、沖縄で中国に有利な世論を形成し、日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいるものとみられる」と分析していることが17日までに分かった。
公安調査庁の内外情勢の回顧と展望
 報告書「2017年 内外情勢の回顧と展望」で、中国が日本の「右傾化」への警戒を国際社会に呼び掛けていると指摘した。中国側は、在日米軍基地が集中する沖縄で「『琉球からの全基地撤去』を掲げる『琉球独立勢力』に接近したり、『琉球帰属未定論』を提起したりするなど、中国に有利な世論形成を図るような動き」を見せたと報告。コラムで、昨年8月に人民日報系の環球時報が「琉球の帰属は未定、琉球を沖縄と呼んではならない」とする論文を掲載したことを記している。2016年、北京で沖縄と中国の歴史研究者らが集まり「第2回琉球・沖縄最先端問題国際学術会議」が開かれた。「琉球独立勢力」は会議に参加した県内研究者を指すとみられる。
 公安調査庁は取材に「中国のシンクタンクなどが日本側の独立を標ぼうする団体と学術交流を進めていることや、沖縄を訪問していることから『接近』とした」と答えた。シンクタンクの詳細や沖縄訪問の回数、時期などについては「回答できない」とした。一連の報告について「中国政府の公式な表明ではない。主語を中国政府とは書いていない」とした。

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「沖縄遊学レポート」出版/鳥取県の池原正雄さん
『琉球新報』2002年11月5日
□鳥取県で長年、沖縄を紹介するミニ文庫「てぃんさぐぬ花」を開き、沖縄好きが高じて県内の大学で2年間学んだ池原正雄さん(56)=鳥取ピース・クロス世話人=がこのほど「爆音の中の平和学-私の沖縄遊学レポート」と題した冊子をまとめた。沖縄に住んで実感した爆音などの基地被害、本土と違う沖縄ハンセン病事情、県内各地の祭りなどをエッセーや写真でまとめた。
池原さんは「爆音や普天間基地移設をめぐる動きなど沖縄で起こる問題は鳥取にも通じる普遍的なもの。でも住んでいないと見えないこともある。大事なことが大きな流れの中で忘れられないか、問う作業を続けたい」と話している。鳥取県職員として勤める傍ら被爆者支援やハンセン病問題に取り組んだ池原さんは、学生時代に復帰前の沖縄を訪れ、関心を持った。1983年には自宅の一室にミニ文庫を開き、鳥取で沖縄の問題を考える場を13年間提供。基地問題などを紹介する通信を年8回発行してきた。99年に沖縄へ短期移住。沖国大、沖大で2年間学んだ。冊子の「基地の町のカジマヤー」では北谷町砂辺を取り上げ、花で飾ったオープンカーに乗るおばあさんの様子や容赦なく襲う米軍機の爆音を描写し、「平和への取り組みと、人々の強い絆(きずな)に裏打ちされた祝賀が子供たちに命のメッセージを送っている」と書いている。

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1926年5月ー『沖縄及沖縄人』<沖縄救済問題号>創刊号□埼玉公論社・埼玉県所沢町
□「沖縄及沖縄人の使命」・・・・・・・・・2-3
「より良き沖縄を建設せよ」・・伊波学人・13
○斯ふ云ふ見地からして、相互ひに同じ風俗習慣、生活を持っている人々が、それ自身の生活拡充のためにモンロー主義を主張すると共に各個人にあっては、自我の権威を飽迄認識すると共に、之が拡充せんことを乞ひ願ふのは自然である。人類がモンロー主義、自我への自覚のプロセスを辿り然してより自然な、より真実なる競争闘争する所謂生存競争が生ずることに依って不自然なものが倒れ、よりよい意味のものが創造され、成長するのである。人類の進歩向上は自覚するに 上の事実を要約したものを称するのである。
沖縄モンロー主義、沖縄スピリットの依って立つ処の基調なり概念は沖縄県人が、排他的、偏狭な立場を固執せんとするのでなくして、全日本をよりよくする前提として、先づ沖縄県に生まれたものは先づ、よりよき沖縄を作り、延て其気運を普遍化し他に及ぼさんとするに他ならぬのである。

「沖縄及沖縄人の発刊を祝す」・・渡口精鴻・・13-14
「貴族院議員・伊江男爵訪問記」、「京浜学生会近況」、「沖縄県の新聞界」、「郷土通信ー名護公園計画、警部合格者、海外発展の県人、矢作博士講演、阪神那覇直航、憲政支部活動、東宮記念碑、沖縄青年同盟」、「在京県人動静」、「発刊に至る迄」、「京浜沖縄県人名簿」、「読者の叫び」、「編集後記」
○同誌は沖縄朝日新聞東京支局長の小那覇三郎も事業部主任として参加。同年6月号には山田真山の弟子真帆による「山田真山画伯出世物語」、「東京美術骨董界の重鎮」として三槐堂上運天令儀が紹介されている。のちにハワイ・ホノルルに在住する幸地朝則は一時、母の妹の夫が経営する三槐堂につとめていて、この頃のことを崎原貢『がじまるの集いー沖縄系ハワイ移民先達の話集』で述べている。

1926年
『沖縄及沖縄人』7月号

『沖縄及沖縄人』9月号
沖縄救済より新郷土文化の建設へ・・・・・・・・3
十人十色・・・・・・・・・・・・渡口精鴻・・・・・・4-5
沖縄救済問題概論・・・・伊元富爾・・・・19-23
早老亡国論・・・・・・・・・・徳山浩一・・・・6-8
関西に於ける県人と事業へ・・・・・・・・・・12-13
琉球史概観・・・・・・・・東恩納寛惇・・・・・・・9-11
野島
郷土思慕と先輩に就て・・・宮里定顕・・・・・5-6
東京球陽倶楽部生る・・・・・・・・・・23-24
県内外事情・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16-18
他府県事情・・・・・・・・・・・・・・・・・15-16
在京県人名簿(二)・・・・・・・・・・・・・28-29


『沖縄及沖縄人』12月号

1927年
『沖縄及沖縄人』1月号

1932年1月ー大宜味朝徳『最近の秘露事情』東京・海外研究所
1933年
『南島』(第一号、2,3,4,6,7,8号)
1934年
『南島』(第9号、10,11,13,14号)  
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8月ー大宜味朝徳『我が統治地南洋群島案内』東京・海外研究所

1937年
11月ー大宜味朝徳『現代沖縄県人名鑑』東京・海外研究所

12月ー大宜味朝徳『海外人事録』東京・海外研究所
1938年
8月ー大宜味朝徳『沖縄振興と精神作興』南島社


左から 仲宗根源和、大宜味朝徳、兼次佐一、瀬長亀次郎

1954年
4月ー大宜味朝徳『琉球案内』沖縄興信所
1963年
7月ー大宜味朝徳『目で見る琉球写真案内』沖縄興信所

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左が大城尚子さん、仲田幸司氏


写真左から屋嘉宗彦氏、比嘉豊光氏、伊佐眞一氏、仲田幸司氏



沖縄タイムス 2017年1月22日
 しまくとぅばプロジェクト2016「鼎談(てぃだん)・ないるかじり しまくとぅばっし かたてぃんじゃびら『伊波普猷』」が15日、県立博物館・美術館であった。沖縄学の創始者・伊波の思想や課題を、研究者らがしまくとぅばだけで約3時間語るユニークな取り組みに約100人が詰め掛けた。伊波の思想を、登壇者が生活実感を込めてしまくとぅばで生き生きと表現した。主催沖縄美ら島財団。
 伊波を研究する伊佐眞一さん(沖縄近現代史家)が沖縄の近代、伊波による沖縄学について報告。明治政府による琉球処分で、政治や文化、暮らしもヤマト風に変わった結果、沖縄の人々が「どぅーがどぅーやら、まーぬたーやがんでぃ わからんなてぃいちゅん(自分自身がいったいどこの誰か分からない)」と説明した。
 激動の近現代を生きた伊波が着目した沖縄の個性。伊佐さんは「うちなーんちゅが、むっちょーるタマシんりしぇー、たーちとぅねーらん(沖縄の人の精神性は他と比較しようがない)」と表現した。しかし「日本帝国、ヤマトぬなーかんかい、あてぃ決まいん。日本ぬ国離れてー、ないるむんあらん」と述べ、個性は日本との関係性において発揮されることが前提だったと指摘した。 
 第2部では、屋嘉宗彦さん(法政大学名誉教授)、比嘉豊光さん(写真家)も加わり、仲田幸司さん(阪大大学院在学)のコーディネートで、伊波の思想が現在沖縄にいかに影響しているかを、しまくとうばで討議した。

 うちなーぐちし ちゃー あびーそーねー、やまとぅぐちし 書ちぇーる レジュメぬ 文言(むんぐん) 読むんちすんねー、読みかんてぃーし 舌(しば)かんちーねー すたん。うちなーぐちぬ あびーよーし、やまとぅぐちぬ 文言 読みがーたーん すたん。昔(んかし)ぬ うちなーんちゅんかいや、やまとぅぐちや じゅんに 「外国語」どぅ やたんでぃしが ゆーわかいん。うちなーぐち すしとぅ、やまとぐちすしや、口ぬ なーかぬ んじゅかしよーぬ 違いんでぃしが わからんねー、うちなーぐちぇー じゅんねー あびゆーさんやー。ひらがな とぅ 漢字しぇー 書からん 発音ぬ うすまさ まんでぃる をん でー。うりが ならんかじれー、うちなーぐち ないんでー 言ららん。

 ちぬーや、なーふぇー よーんなー、また やふぁってーんぐゎー 話しぶさー あたしが、時間ぬ ちゃんさくん ねーらんどぅあぐとぅ、犬(いん)なかい 追わぁーとーんねー すたさ。

 やしが、んかしぇー 伊波(いふぁ)さん、太田(うふた)さん、東恩納(ひじゃうんな)さんたーや、んな むちかさぬ はなしん、むる うちなーぐちし しる をくとぅ、わったー ゐぬ うちなーんちゅが ならんでぃちぇー ねーやびらん。ないんどーん でぃち、し 見しぃらん かじれー、ちょー、たーん がってぃんのー さんさ。口(くち)びけーん くさむにーぬ 学者ぬ、うちなーや  まんでぃやー。

          
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1938年9月 木村毅『小説研究十二講』新潮文庫/1945年12月 木村毅『甘藷傳來記』開成館〇甘藷傳來記・・・ところで種子島は琉球に近い。その頃の琉球は、まだ日本の領土ではなく日清両属と申して、支那を父とし、日本を母とすと云って両方についていた國であります。幕府は鎖国して、外国とは往来せぬ建て前になっていますから、琉球の監理は鹿児島の島津家に任せた。種子島弾正久基は先に申す通り、島津家の家老職をつとめている上に、距離が近いから、琉球とはゆき來がある。その中に、甘藷が大変に結構なものだといふことを聞いて、琉球の王様に願はくばその種子を少々贈って頂きたいと云って無心をしてやりますと、竹籠に入れて贈ってきました。これが元禄11年3月でありました。これを
種子島久基は西村権右衛門といふ者に云ひつけて、植えてみよと命じた。この西村権右衛門は、明治時代の儒者として聞え、又大阪朝日新聞の主筆をしてをられた西村天囚博士の遠い先祖であります。/鎮西八郎為朝ー南海の琉球列島、その中心をなす沖縄!これを思ふて血の湧き立たぬ者が、皇国一億同胞の中に、只の一人でもあるでありましょうか。戦争中沖縄県民の奮戦ぶりを讃えて、先頃徳富蘇峰先生が『さすがに源為朝の子孫だけの事がある。鎮西八郎の血に耻じないものだ』といふ事を書いてをられた。・・・


1948年7月 木村毅『小説の創作と鑑賞』暁書房

1955年3月『明治文化全集 月報№3』日本評論新社 木村毅「未開拓の新聞史源」
1955年3月『明治文化全集 月報№3』日本評論新社 木村毅「未開拓の新聞史源」
○日本の新聞史の材料も、国内にあるかぎりは、小野秀雄氏を主軸として何十年にわたる努力の累積で、九分九厘までほり出されたといってよかろう。オランダ関係の史源は板沢博士によって、かなり明かにされてきている。これに反しアメリカは、英語だから、着手できる人が多いにかかわらず、その史源がほとんど処女地のままで、うっちゃらかしになっているように思う。
 
日本の新聞の元祖は、ジョゼフ彦である。彦は自伝があり、さらに故人の石井研堂翁や小野氏によって、まだ生存していたころ、未亡人までたずねて、埋もれた資料が開発せられたので、あそこまで探索されておれば、吾々はその努力と成果に一おう満足せねばならぬ。(略)明治維新や、さらに咸臨丸の太平洋横断よりも、更にさかのぼって、ペリイの黒船来航以前のジョン・万次郎やジョゼフ・彦時代から、新聞記事をあさってくれば、今まで不明だった国史の陰影が多少ともうかび出てくるであろうし、ことに彦は、その後ワシントンにいってからも、社交界の寵児としてひどく新聞でさわがれているのだから、これらの記事だけは、誰かによって、コピイされて、日本におくられることを希望してやまない。


1955年6月『明治文化全集 月報№5』木村毅「櫻洲山人をめぐりて」
○本全集の読者は、だいたいアカデミックな学風を愛する人が多いと思う。そういう人は正史にこだわって、小説や、巷説や、伝聞を無視するうれいがある。しかし、それにも時代の雰囲気としての正しさは含蓄されている筈だから、これを参考にしないでいい理由はない。中井桜洲山人などは、ことに、その方面の材料の多い人物だ。(略)あの頃の風流人のならいで、桜洲の家庭は吾々の模範になるようなものではなかったと思うが、私は、この人の風格は非常にすきで、いつか一度小説にかいてみたいと思って、前に、いろいろ材料をあつめたことがあったが、今は多く散逸してしまった。

1982年6月 木村毅『日米文学交流史の研究』恒文社「第25章 アプトン・シンクレェアの『ジャングル』」

きむらき【木村毅】
1894‐1979(明治27‐昭和54)
大正・昭和期の小説家,評論家。明治文学研究の先駆者。岡山県に生まれる。1917年早稲田大学英文科を卒業し,隆文館,のち春秋社で編集者として活躍するかたわら評論活動をする。23年退社し,近代小説の理論的研究を行う(《小説の創作と鑑賞》1923,《小説研究十六講》1925)。一方,24年には日本フェビアン協会の創設に参加し,日本労農党の出版部長を務める。また明治文化研究会に入り,第3代会長となる(1948)。(→コトバンク)
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沖縄の雑誌『青い海』98号 太田良博「ジョン万次郎外伝ー摩文仁からはじまった開国の曙光」

写真左から嘉陽安男氏、新城栄徳、太田良博氏


1986年9月 井伏鱒二『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』新潮文庫(万次郎漂流記の初出は1937年で、木村毅の蒐集したジョン万資料に拠る/1938年(昭和13年)、「ジョン萬次郎漂流記」で第6回直木賞受賞、『文学界』誌の同人となる。)〇・・・そこで短艇に積んでいた台所道具を運んで来て、牛豚の肉を料理して前夜以来の空腹を充たし、コーヒーも飲んだ。そうして食後の休息をしていると、そこへ土人が来て手真似で3人を案内しながら番所のような仮小屋に連れて行った。土人等は彼等3人を外国の漂流人と思っていた。この島(沖縄島マブニマギリ)の土人等は漂流人の取扱い方が上手であった。親切に飲水を汲んで来てくれるものもあるし、甘藷を持って来てくれるものもあった。米を持って来てくれるものもあった。・・・


2016年1月12日-新年の挨拶がてら金城先生を訪ねた。-写真左から、音楽家の大城政明氏、歯科医の金城竹治氏、和田達雄氏(NPО法人ジョン万次郎上陸之地記念碑建立期成会広報部長/携帯 090-2143-6306)

2016年12月16日 バジル・ホール来琉200周年記念碑除幕式での大城政明氏

写真左から大城政明氏、渡口彦邦氏

2017年1月8日『琉球新報』渡口彦邦「声ー沖縄の『独立』は当然」


写真左から大城政明氏、安仁屋眞昭氏


「中濱萬次郎 家系図」(部分)NPО法人ジョン万次郎上陸之地記念碑建立期成会広報/和田ジョンたつお

2001年7月発行の川澄 哲夫 (著), 小沢 一郎 (監修), 阿川 尚之『ジョン万次郎とその時代』:廣済堂出版を見た。和田さんに聞くと、政治家の小沢氏と同一人物という。また沖縄のジョン万次郎団体と小沢氏の関わりを話してくれた。

   
1851年2月2日 ジョン万次郎、琉球(大度浜)上陸


2017年1月10日 ジョン万次郎、琉球上陸の地を訪ねる。そこで、雑草を刈っていた和田達雄氏(NPО法人ジョン万次郎上陸之地記念碑建立期成会広報部長)に遭遇。 写真ー新城栄徳、右が和田達雄氏(高知県吾川郡いの町越裏門出身)。下記は和田氏のジョン万次郎資料

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