Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

旧盆ウンケー/旧盆ウークイ

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 東北関東大震災後の関西に出てみた。(東日本大震災 2011年3月11日午後2時46分、三陸沖で発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震により引き起こされた大災害。最大震度7の強い揺れと国内観測史上最大の津波を伴い、東北・関東地方を中心とする広い範囲に甚大な被害をもたらした。また、東京電力福島第一原子力発電所が被災し、放射性物質が漏れ出す深刻な事態になった。→知恵蔵)〇2019年(令和元年)7月9日時点で、震災による死者・行方不明者は1万8429人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万4890戸が公式に確認されている。震災発生直後のピーク時においては避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上等の数値が報告されている。復興庁によると、2019年7月30日時点の避難者等の数は5万271人となっている。→ウィキ

 新城栄徳日記メモー1995年1月1日ー奈良東大寺大仏初詣/1月17日午前5時過ぎに京都で大きな揺れ。東大阪の息子に電話。午後2時23分電車で京阪淀から近鉄経由で布施。/1月24日、尼崎市の兵庫沖縄県人会事務所。沖縄県からのビニールシートが届いていたので配送を手伝う。息子名義で見舞金を贈ったとき宮城幹夫氏も来所し見舞金を贈られた。挨拶をした。1月30日、西宮からバスで三宮。午後8時に帰宅。1月31日、大正区へよって、阪神青木から東灘区へ。その後、息子も神戸へ。

 10・10那覇大空襲の日である。1944年7月のサイパン陥落。10月、アメリカ軍はフィリピンへの進攻作戦を準備。これに先立って、後方の南西諸島から台湾方面に散在する日本軍の拠点を、空母艦載機をもって攻撃した。10日の沖縄の大空襲はこの一環として行われたものとされている。このとき那覇市内の9割が消失して壊滅した。死者は255人以上にのぼった。大阪は翌年45年3月13日から深夜から翌日未明にかけてに最初の大阪空襲が行なわれた。同年3月23日には粟国島空襲、26日には慶良間諸島にアメリカ軍が上陸し沖縄戦が始まった。大阪ではその後、6月から8月にかけて空襲が行なわれた。これらの空襲で一般市民 10,000人以上が死亡したと言われる。それから60数年。未だにアメリカ軍は「トモダチ」としてオキナワ・日本に居座っている。何ら疑問も感じない日米両政府。それを容認する国民の感覚も分からない。今日まで核の傘、原発も容認してきた国民。これからも<しょうがないにゃあ>。


大阪の本・雑誌
 午後から大阪市天王寺区生玉町界隈を見学。法音寺は天王寺区の北部、建物は南面している。新しい本堂だが、古い屋根瓦がよく目立っている。1612年創建。1945年ー大阪大空襲により焼失。戦後再建された。画家上田公長の墓所でソテツもある。浄土宗圓通寺には俳匠の大江丸墓所。ソテツもある。大江は大坂出身。飛脚問屋・嶋屋の主人で、家業上諸国を旅したので、交際がきわめて広く、またたいへん筆まめで、そのうえ長寿でもあったので、残した紀行文や随筆、そして発句などは莫大な数にのぼる。作風としては京都の蕪村派の影響を受けているが、西山宗因や上島鬼貫の模倣をした作品もある。のちに江戸の大島蓼太に私淑し、著書においても蓼太を師として敬っている。
 生魂山齢延寺には幕末に私塾・泊園書院を興して活躍した儒者の藤澤東咳・南岳父子や、画家の鍋井克之、名刀鍛冶師の左行秀の墓がある。また、緒方洪庵、斉藤方策と並ぶなにわの3名医のひとり・原老柳ゆかりの老柳観音がある。やがて「いくたまさん」と呼ばれる難波大社 生國魂神社北門入り口に着く。鳥居をくぐって生玉北門坂をのぼる。神社本殿の脇には11社の境内社がある。一番右側の鳥居は「浄瑠璃神社」で、近松門左衛門や竹本義太夫など人形浄瑠璃(文楽)に成立に功のあった『浄瑠璃七功神』をはじめ文楽および女義太夫の物故者を祭神として祀られている。
 境内社の1つ「鴫野神社」。大坂城外鴫野弁天島にあった「弁天社」は淀君の崇敬が厚く、後に「淀姫神社」として祀られるようになったが、1877年に現在地に移転された。家造祖神社は、家造の祖神を祀り、建築関係者の崇敬が篤い。鞴神社は、鞴(ふいご)の神・鍛治の神を祀り、製鉄などの金物業界の崇敬が篤い。
 境内に井原西鶴像がある。西鶴は1680年、「生玉神社南坊」で一昼夜独吟四千句を興行した。後ろの碑は「南坊」の所在跡を示す石碑、「南坊」は明治初期の神仏分離の折、現在の中央区島之内に移転した法案寺の前身である。「米澤彦八の碑」に京都で露五郎兵衛によって始められた上方落語は、大阪では当社境内を舞台に米澤彦八が広めたとある。「八雲琴の碑」には「二つ緒の八雲の琴に神の世の しらべを移し伝え来にけり」と記され中山琴主(愛媛の人、文政年間出雲大社に参拝し神事を得て完成したと伝えられる、琴は二弦で「八雲琴」)を顕彰。
 1496年、本願寺八世蓮如上人が生國魂神社に接して『石山御坊(後の石山本願寺)』を建立したが、1580年、織田信長に屈し灰燼に帰した。1583年、豊臣秀吉が石山本願寺(現在の大阪城の二の丸周辺にあった)跡に大阪城を築城。そのため、神社に社領を寄進し社殿を造営。1585年に現在の鎮座地に遷されたと伝えられている。明治維新の廃仏毀釈によって境内にあった神宮寺が境外へ分散するなど境内は著しく変化したが、1871年、官幣大社に加列された。社殿は(明治45年)『南の大火』、1945年の戦災による消失、1950年の『ジェ―ン台風』による倒壊など幾度も被災と造営を繰り返し、現在の社殿は1956年(昭和31年)に建立されたものである。10月22日から神社参集殿で「出口王仁三郎耀琓展」が開かれるという。
 近松門左衛門の墓は菩提寺、尼崎・広済寺と、妻側の菩提寺の大阪・法妙寺に建てられ、共に夫婦の戒名が刻まれた比翼墓である。法妙寺は大空襲で焼失し大東市に再建され、後に墓だけが元の場所に戻された。近松の墓を見て、西鶴の墓がある誓願寺を訪ねる。戦災で本堂も繰りも焼けたため、一時途絶えた時期もあったが、毎年9月には「西鶴忌」が行われる。西鶴の墓は1887年を前後する頃、誓願寺境内の無縁墓に押し込められていたのが発見された。境内には、大坂に於ける私立学問所「懐徳堂」を140年余にわたり経営し、江戸時代大坂の文教の発展に貢献した、中井一族の墓がある。→稲垣國三郎にも『中井竹山と草茅危言』(大正洋行1943)の著がある。

大阪の本・雑誌
 誓願寺門前にプロレタリア文学を経て、転向。西鶴の浮世草子の作風に学んだ「市井事もの」を著し、時代の庶民風俗の中に新しいリアリズムを追求する独自の作風を確立した 武田麟太郎文学碑がある。この文学碑は武田の小説『井原西鶴』の一節が刻まれている。大阪市中央区上本町「東平公園」にある薄田泣菫の『金剛山の歌』の碑。詩は、作者が本長寺に仮住まいしていた頃、散歩の途中、朝日に輝く金剛山を見て、詠んだと言う。薄田泣菫(1877~1945)は岡山県生れ、24歳で大阪に出て文芸雑誌、詩集を刊し、象徴派詩人として名声を得た。 午後ー近鉄布施駅から鶴橋。近鉄駅改札のまん前にある「高坂書店」では数多くの在日コリアン関連の書籍が売られている。いわゆる「嫌中本」「嫌韓本」も意外に数多く揃えてあり「マンガ嫌韓流」といった山野某の本もある。私はブックオフで買った山野「在日の地図」で、日本の中のコリアンを見つめなおしている。鶴橋商店街はいつも見慣れているが、面白いのは、ガード下にも広がる市場の存在。闇市の世界をそのままに、という風景で八百屋、魚屋、肉屋、乾物屋、そしてキムチ屋、ありとあらゆる韓国食材が揃う、まさに日本の中の朝鮮。大阪の東の玄関口として戦前から発展してきた下町、鶴橋。大阪府は全国で最も在日韓国・朝鮮人が多く、人口は15万人。その多くが大阪市東部の生野区を中心としたエリアに住んでいる。生野区の人口14万人の4分の1に当たる、3万人程度が住んでいると言われる。
 明治、大正時代の大阪は、日本の急激な工業化に伴い大量の労働者が必要となり受け入れた。大阪は大大阪となる。現在の生野区や東大阪市、八尾市あたりには、朝鮮半島から出稼ぎをした人間が大勢住む事となった。終戦直後には210万人程度居たと言われている。その多くが京阪神に住んでいた。現在も在日韓国・朝鮮人の人口は60万人程度居るが、今では在日二世・三世がほとんどで、中には帰化をして日本人になっているものも多く、その実態を掴むのは不可能だ。
 鶴橋商店街を通っていつもは通らない反対の方向に行く。やがて大阪市生野区弥栄神社に出る。秋祭りの地車(ダンジリ)の手入れの最中であった。傍で子どもらが鐘と太鼓の練習をしていた(→「秋祭り」画像検索)。彌栄神社とはバス道ひとつ隔てて鎮座しているのが御幸森天神宮。仁徳天皇を主祭神とし、昔の東成郡猪飼野村の氏神、天皇崩御の後、この森に社殿を建立し、天皇の御神霊を奉祀して、御幸森と称したという。このバス道がかっては百済川だった。猪飼野は猪甘津と呼ばれ、 百済川には日本最初の橋が架けられたと言う。天神宮に沿って御幸通商店街がある。反対側に韓国式の立派な門、沖縄の守礼門と似かよっている。商店街は東西で3つの区画に分かれており、コリアタウン色が強いのが御幸通中央商店街。ほとんどの店舗がキムチ屋や肉屋、韓国料理店や屋台料理、民族衣装、それに韓国の音楽CDやDVDを売る店舗となっている。この商店街は大阪に永いこと住んでいるが初めて来た。

井原西鶴
西鶴は本名は平山藤五。大阪生まれ。貞門派の俳諧師としてはじめ鶴永と名乗る。『生玉万句』(1673)を契機に談林派に転じ、西鶴と号す。オランダ流と評された前衛精神で1日に2万3500句もの独吟(矢数俳諧)を成功させる一方、浮世草子の処女作『好色一代男』(1682)が評判をよんだこともあり、発展途上の大坂の出版界と並走して二十数編の浮世草子を手掛けた。好色や金銭という装置を通して巧みに世の人心を汲み上げる才能は抜群で、八文字屋本などの後続作に多大な影響を与えた。代表作は『好色五人女』『好色一代女』『本朝二十不孝』『日本永代蔵』『世間胸算用』などがある。
null
□西鶴の墓は誓願寺にある。(大阪市中央区上本町西4-1-21)/1979年11月 桝井寿郎『井原西鶴』カラーブックス保育社


□井原西鶴像(大阪市天王寺区・生國魂神社)

 末吉麦門冬の甥・佐渡山安治と文通で親交があった森銑三によると、西鶴作であることが明記されているのは『好色一代男』のみであること、また『一代男』とそれ以外の浮世草子の文体の違いなどから、西鶴自身が執筆したのは『一代男』ただ一作のみであり、他は監修であると唱えた。森説は近世文学研究者の間ではほとんど無視されており(後に中村幸彦らによって再評価されたが)、『新編 西鶴全集』(勉誠出版、2000-2007年)『決定版対訳西鶴全集』(明治書院、1992-2007年)でも採用されていない。(→ウィキ)、また、1910年、沖縄県立沖縄図書館開館にあたって麦門冬は『西鶴全集』『蜀山人全集』などを寄贈した。

□大田 南畝(1749年4月19日~ 1823年5月16日)は、天明期を代表する文人・狂歌師。漢詩文、洒落本、狂詩、狂歌などをよくし、膨大な量の随筆を残した。勘定所幕吏として支配勘定にまで上り詰めたが、一方、余技で狂歌集や洒落本などを著した。唐衣橘洲(からころもきっしゅう)・朱楽菅江(あけらかんこう)と共に狂歌三大家と言われる。南畝を中心にした狂歌師グループを、山手連(四方側)と称した。名は覃(ふかし)。通称、直次郎、七左衛門。別号、蜀山人、玉川漁翁、石楠齋、杏花園。狂名、四方赤良。また狂詩には寝惚先生と称した。1801年(寛政13年)、大坂銅座に赴任し、大坂在住時から「蜀山人」の号を使い始めた。号の由来は、銅の異名を「蜀山居士」と言ったことから。大坂滞在中、物産学者・木村蒹葭堂や国学者・上田秋成らと交流する。(→ウィキ)

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02


古堅哲氏の書簡/新城栄徳作「才賀藤吉を主にした沖繩電氣株式會社/沖繩電氣軌道株式會社の流れ」

沖縄の電力事業史の本に1981年9月発行の古堅哲『うるまの灯ー沖縄の電力事業史』財団法人・日本電気協会がある。著者の古堅哲氏は1926年7月15日に名護市の屋我地島で生まれた。2013年2月4日に亡くなられた。著に1996年『ゴバン型集落 済井出村の源流』がある。98年に『達姓(大宗家)古堅・世系図』を発行しておられる。
1915年8月1日の『琉球新報』に「沖縄電気株式会社取締役社長・才賀藤吉 病気のところ昨夜死去」記事がある。才賀藤吉の名前は古堅哲さんの『うるまの灯ー沖縄の電力事業史』で知った。今はウィキで才賀藤吉の経歴や沖縄電気は詳しく知ることができる。「才賀 藤吉(さいが とうきち、1870年8月7日(明治3年7月11日) - 1915年(大正4年)7月29日は明治末期から大正初期にかけて活躍した実業家、代議士。各地の電気会社や鉄道会社の経営に参画し、電気王と称された。」

才賀藤吉、その書簡/1913年『日本紳士録』


1915年7月30日『大阪朝日新聞』「才賀藤吉氏逝く」


1983年11月 金城功『近代鉄道沖縄の鉄道と海運』ひるぎ社

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
null
上田正昭さんが沖縄に来られたとき写真に収まってもらった。ご本人の著書は1971年末からの付き合いである。

 京都丸太町の古書店で『立替え立直し』(1971年5月)を買う、梅棹忠夫・上田正昭の対談「出口王仁三郎における変革の思想」が載っていた。上田正昭は何かと大本には縁がある。当時、京都で発行されていた『日本のなかの朝鮮文化』の執筆常連でもあった。沖縄との関わりも深い。私も朝鮮文化社にはよく遊びに行き、編集室奥の部屋で鄭詔文さんのコレクション、李朝の白磁などの陶器を見せてもらったりした。このコレクションが後の高麗美術館とつながる。
 前出の『立替え立直し』の発行は亀岡の大本本部天恩郷で、ちょうどそこには沖縄から金城ひろこさんが奉仕活動に来ていることを京大付属病院保健課の大城敬人さん(現・名護市会議員)の話で知り訪ねた。都沖青の一環で亀岡の渡文や大本亀岡本部はよく訪ねた。本部から離れたところに王仁三郎の生地瑞泉郷がある。大本本部の大本資料室で王仁三郎の沖縄訪問時の資料、王仁三郎扮する七福神や神々の写真パネルを見た。王仁三郎手製の楽焼の茶碗も見た。本部では茶道、八雲琴の演奏なども聴いた。
null
null
『日本のなかの朝鮮文化』朝鮮文化社(鄭 詔文)

nullnull
1973年3月ー『琉球の文化』第3号□広告に朝鮮文化社がある。


1974年1月『東アジアの古代文化』創刊号 大和書房 江上波夫+鈴木武樹「辰王朝に倭国王の出自を探る」/国分直一「南島古代文化の系譜」/佐々木高明「南島根栽農耕文化の流れ」〇歴史雑誌。鈴木武樹が創刊を提案し初代編集長をつとめたが、多忙のため4号で降板した。鈴木武樹は1934-1978 昭和時代後期のドイツ文学者,社会運動家。昭和9年8月11日生まれ。38年明大講師,50年教授。小田実(まこと)らと交遊。ベ平連などの平和運動,プロ野球選手のための生活相談所開設,東アジアの古代文化を考える会などの市民運動にかかわる。昭和53年3月27日死去。43歳。静岡県出身。東大卒。訳書に「ジャン=パウル文学全集」(1,2,6巻)など。→コトバンク /1974年、近鉄沿線の駅で鈴木武樹さん、鄭貴文さんと会う。


備仲臣道『蘇る朝鮮文化ー高麗美術館と鄭詔文の人生』明石書店〇著者はあとがきの末尾に「1941年、日本の植民地朝鮮の大田に侵略者・日本人の息子として生まれてしまった私の、本来なさねばならぬ仕事のほんの一部がいま出来たという思いのほかになにもない。」と記している。/1966年3月 鄭貴文『民族の歌』東方社/1987年3月 『日本の中の朝鮮民芸美』朝鮮文化社〇1963年3月、東京で鄭貴文主宰で『朝陽』が創刊された。その第二号には霜多正次が「学生時代の金史良」を執筆。この雑誌は総連の圧力で廃刊となった。

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

‎佐竹美也子‎2019-9-23いいねうるま市ー昨日と今日は横浜市鶴見区の入船公園で「ウチナー祭」が行われました😊屋台が出店してステージでは歌が披露されました心配してた雨も降らず楽しい1日でした❗

 水島朝穂エッセイ  直言 安倍政権が史上最長となる「秘訣」――飴と鞭(アベと無知)2019年9月23日ー安倍政権では、災害のたびに、同じことが繰り返されている。くどいようだが、記憶を呼び起こしていただきたい。「平成26年豪雪」(2014年2月)の時は高級料亭で天ぷら、広島の豪雨災害の時はゴルフを中断せず(同8月)、熊本大地震(2016年4月)の時は、酒を飲んだ後の赤ら顔でぶら下がり記者会見、大阪府北部地震(2018年6月)の際は赤坂の料亭で高級しゃぶしゃぶ、西日本豪雨(同7月)の時はご存じ「赤坂自民亭」、台風21号(同9月)の時は、総裁選のための新潟訪問。北海道胆振東部地震(同9月)の時も「やってる感」を懸命に演出していた(直言「大災害と「大災相」」参照)。この首相は大規模災害における対応がまったくなっていない。この点、トランプも似た者同士で、9月1日の大型ハリケーン「ドリアン」の対応を理由に、ポーランドでの第二次世界大戦開戦80周年式典を欠席。ゴルフを楽しんでいるのをCNNがスクープした。

 赤坂自民亭事件(あかさかじみんていじけん)とは、平成30年(2018年)7月5日夜に首相の安倍晋三や自民党議員ら約50名が東京・赤坂の議員宿舎で開いた宴会のことである。豪雨警戒の夜であるにも関わらず宴会を開催し、この初動対応の問題が平成30年7月豪雨における被害の拡大につながった。

「くろねこの短語」2019年9月22日ー10月の消費税増税に絡んでポイントがどうしたこうしたってんで、キャッシュレス化が急速に進んでいる。でも、零細な小売店にとってはキャッシュレス化って、カード会社に手数料取られるだけで何のメリットもないんだよね。単価100円の商品を売って、カード決済の手数料を数パーセント取られたら利益どころか赤字の可能性だってないわけじゃありませんからね。
 でもって、消費者にとってのキャッシュレス化ってどうなんだろうと思ってたら、なんと銀行が「預金口座の維持のため手数料をとることを検討」というニュースが聞こえてきた。一瞬、うん?と首を傾げたんだが、すぐにピンときましたね。キャッシュレス化ということは、何かを買えばその購入金額は銀行口座から最終的に引き落とされるわけで、預金者としては「口座の維持のための手数料」を取られるからって銀行預金を解約してタンス預金にチェンジするという選択肢がなくなるってことを意味している。
 そもそも、自分の金を引き出すだけでも場合によっては手数料をとられるという理不尽な状況をどうにかすべきなのに、預金口座維持のための手数料なんてそれこそ「開いた口がふさがらない」(小沢一郎)、ってなもんです。これは、もはや強制的なか「税金」みたいなもんですよ、ったく。「死亡税」や「貯蓄税」なんてのが検討されているという噂もひっきりなしに流れてくるいま、一般大衆労働者諸君は為政者と上級国民のためにせっせっと汗を流す奴隷と化すことになりますよ。 

「くろねこの短語」2019年9月21日ー(前略)台風15号の被害はシカトしておいて、久々に世間に顔を晒したかと思ったらこれだもんね。オヤジの晋太郎が「おまえは政治家として最も大事な情がない」と評し、カミソリ後藤田をして「安倍晋三だけは首相にしてはいけない。人としての情がない、恥を知らない」と言わしめたその理由がわかろうというものだ。
 NHKの中継でペテン総理の観戦を声高に叫ばなかったのは、さすがに「恥」という文字が頭に浮かんだか・・・ってそんなことはないか。臭いものには蓋、くらいの感覚なのかもね。


RANKO2019-9-19/やく・みつる2019-9-22


『日刊ゲンダイ』

 「くろねこの短語」2019年9月20日ーある程度予想していたこととはいえ、ここまで司法が政府の原子力政策を忖度するような判決出すとは・・・。判決の中で、重要なポイントがふたつあって、ひとつは「大津波が予見できたかどうか」なんだが、これについては東電の子会社が「政府の地震調査研究推進本部が公表した地震予測(長期評価)を基に最大15.7メートルの津波が原発に襲来する可能性がある」という試算を提出していたんだね。(略) ああ、それなのに、裁判所は「資産の根拠となった国の『長期評価』に信頼性がなかった」と切り捨てちまった。国の「長期評価」に信頼性がないってんなら、たとえば南海トラフ巨大地震の予測だって無意味なことになっちまう。それこそ、「信頼性がない」という合理的な説明をしてみやがれ、ってなもんです。
 そして、もうひとつのポイントが、「あらゆる可能性を想定し、必要な措置を義務づければ原発の運転はおよそ不可能になる」っていう、原発に求められる高度な安全性を否定するかのような言い様だ。「絶対的安全性の確保まで前提としていなかった」とまで踏み込んでるんだが、ほとんどペラっペラな判決文ですね。「絶対的安全性の確保」を前提としなくていいなら、どんな些細な事故だって責任とらなくていいってことになちまう。これはもう、完全無罪にもっていくための三百代言以外の何ものでもありません。少なくとも、大津波の可能性は認識していたんだから、そのための措置をとるのは最低限の義務だったはずで、そこをねぐっちゃったんだからこれからどんな事故が起きても企業の幹部が有罪になるなんてないに違いない。ところで、判決の日の朝に、初老の小学生・ペテン総理は大谷最高裁長官と面談してるってね。判決とは関係ないって言うんだろうが、怪しいものだ。

 首相官邸ツイッターが20日、新規投稿。ラグビーW杯日本大会がこの日に開幕するとあり、安倍晋三首相が日本代表ジャージのレプリカを着用して「いよいよラグビーワールドカップがここ日本で開幕します!」などとほほ笑んでいる動画を投稿した。台風15号の影響で千葉県は今なお停電と断水が続いている地域があり、返信には「こんなことやる前に千葉県の事もっと考えてやれよ」などと批判的なものが多く見られた。

 「くろねこの短語」2019年9月19日ー(前略)いずれにしても、北海道警が独自の判断でしでかしたというよりは、少なくとも警察庁通達への「忖度」があったんじゃないのかねえ。だとしたら、恐いことですよ。ところで、総務大臣に出戻った化粧崩れの高市君に公職選挙法違反の疑いが浮上したってね。国と契約のある企業から献金を受け取っていたってんだが、「事実ならただちに返金」しますとさ。返金してすむなら、万引きだって窃盗だって詐欺だって「返品」「返金」でチャラなんじゃないのか!!
 最後に、無意味な言葉を並べ立てるのだけは得意な口だけの進次郎の低脳ぶりがよくわかる記者とのやりとりでひと笑い・・・ていうか、スピード今井君もそうだけど、こういう政治屋の存在こそ災害そのものなんだね。

 「くろねこの短語」2019年9月18日ー台風15号の被害は千葉だけでなく、神奈川県や伊豆諸島でも大変なことになっている。それなのに、初老の小学生・ペテン総理には、まったく危機感というものがないようだ。そんなんだから、この緊急事態の最中に、自衛隊高級幹部を前にこんな馬鹿な訓示ができるんだろう。「来年、航空自衛隊に『宇宙作戦隊』を創設する。『航空宇宙自衛隊』への進化も、もはや夢物語ではない」これほどの無神経だからこそ、台風15号災害対応に予備費から13億円なんていう涙金を拠出するくらいで威張っていられるんだね。馬鹿言うんじゃないよ。ポンコツステルス戦闘機「F35」は1機147億円もするってのに、いま目の前にある危機にはたった13億円かい。何かが狂ってる。
 何かが狂ってるとくれば、大阪のチンピラ市長・松井君も人語に落ちない。なんとまあ、福島第一原発事故の汚染処理水を「処理水は海の環境や人体に影響ない、ただの水」だから大阪湾に放出しようだとさ。汚染処理水の安全性については、その科学的根拠をめぐって異論続出なんだよね。現状では、チンピラ市長の言うように「ただの水」なんかではないことは事実だ。そもそも、「ただの水」なら大阪湾に放出するまでもないことで、ようするにこやつの親分であるお子ちゃま弁護士・橋↓君が知事時代に「大阪に基地を」ってほざいたのと同じパフォーマンスにしか過ぎないってことだ。大阪府のゴロツキ知事も、チンピラ市長に追随するようにこんなツイートしている。でも、、大阪湾は大阪のものではないんだよ。海は世界に通じてるんだからね。それもわからないんだから、こいつらの口にする「科学的根拠」ってのがいかに薄っぺらいかわかろうというものだ。

 〇橋下市長の実父がヤクザというのが『週刊朝日』で報じられていたが、1990年代の大阪は市民レベルを反映しヤクザ事務所が彼方此方に有った。橋下市長が記者にトヤカク書かれる筋合いは無い。「カジノ資本主義」(金を動かすだけで儲けること。 何の生産性もないためカジノ(ギャンブル)と本質は変わらない。 その投機によって食料や燃料が高騰し世界中の人が苦しんでいる。)と いうのがあったが、なんでも2025年の大阪万博を機に世界最大級の「カジノ」が出来ると謂う。かつて森喜朗元総理が1988年4月、自民党京都府連主催の政経文化懇談会で「大阪人は金儲けばかりに走り、公共心も選挙への関心もなくした。低俗な風俗産業も必ず大阪から生まれるなど、眉をひそめることが多すぎる。大阪人には道を作るにも公共用の土地を提供する気持ちがない。言葉は悪いが痰壺だ」と発言。宜なるかなである。

 2019年9月17日『産経』ー維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は17日、東京電力福島第1原子力発電所で増え続ける有害放射性物質除去後の処理水に関し、「科学が風評に負けてはだめだ」と述べ、環境被害が生じないという国の確認を条件に、大阪湾での海洋放出に応じる考えを示した。大阪府と市は、東日本大震災の復興支援として、岩手県のがれき処理にも協力している。松井氏は大阪市内で記者団に「自然界レベルの基準を下回っているのであれば海洋放出すべきだ。政府、環境相が丁寧に説明し、決断すべきだ」と述べた。(略) 維新の橋下徹元代表はその後、ツイッターで海洋放出について「大阪湾だと兵庫や和歌山からクレームが来るというなら、(大阪の)道頓堀や中之島へ」と発信。小泉氏には「これまでのようにポエムを語るだけでは大臣の仕事は務まらない。吉村洋文大阪府知事と小泉氏のタッグで解決策を捻り出して欲しい」と注文をつけた。〇ネットの反応「ほんと松井は漢だね、絶対に他の首長からは出ない意見」「東京のための原発なんだから東京湾に流せばいいんだよ(≖ω≖)」「道頓堀に流そうぜw 飛び込む人も減るだろ(≖ω≖)」

 『神奈川新聞』9月17日ー誘致反対の姿勢を鮮明にしている横浜港運協会の幹部は、税金の使い方にも疑問を呈する。首都圏を直撃した台風15号は、同市金沢区の工業団地に甚大な被害をもたらした。それだけに「(誘致関連費の)2億6千万円があるなら、すぐに被災地支援に使うべきで、優先順位を完全に間違っている」と糾弾した。カジノに詳しい静岡大学の鳥畑与一教授は「誘致を推進するための補正予算の成立をそんなに急ぐ必要があるのか。『IRありき』との考えで、性急に物事を進めようとしている印象が強い」と指摘。

 「くろねこの短語」2019年9月17日ー口だけの進次郎が台風被害の南房総に出張って、大量の災害廃棄物を前にしてこんなこと口にしたそうだ。
「ごみの総量は相当なものなので。やはり、ほかの自治体の皆さんに、ぜひご協力をお願いしたいと思っています。これが1日でも早く全て撤去されるように、あした以降本格稼働しますので、そういったことを進めていきたい」
 結局のところ具体的なことは何も言ってないんだね。それどころか、「ほかの自治体の皆さん」なんてことを口走って、ようするに自治体に丸投げしようって魂胆なんじゃないのか。閣僚になったことで、単なるポーズだけでは通用しなくなったから、日を追うごとにその「発信力」とやらのメッキが剥げてきて、小物感がなんとも哀れなんだね。




それでも激甚災害指定はしないんだ、

  「くろねこの短語」2019年9月16日ー(前略)芸人でさえ暴力団との関係はタブーだってのに、よくもいけしゃあしゃあとってなもんです。・武田国家公安委員長と竹本科技相に「黒い交際疑惑」が浮上!武田氏は元暴力団員から献金、竹本氏は暴力団幹部と記念写真!.そうかと思えば、痴呆じゃなかった地方創生大臣の北村某が一部住民が反対しているダム建設について、「誰かが犠牲(になり)、協力して役に立つことで世の中は成り立っている」とまるで「犠牲」になることを押し付けるような発言をしてくれちゃってます。このオッサン、大臣就任会見でも、「引き継ぎがないので答えられない」なんてことを平然と口にして、そのボンコツぶりが評判なったばかりなんだね。
 もっとも、こんなことはハナからわかってようなもので、だからこそ「廃品回収内閣」だの「でがらしお友達内閣」だの「在庫一掃・論功行賞内閣」だのと揶揄されているんだが、よくよく見てくると初老の小学生・ペテン総理も含めて19名の閣僚のうち14名が「日本会議」なんだね。そして、16名が「神道政治連盟」のメンバーってんだから、これはもう「日本会議・カルト内閣」って言ってもいいだろう。ポンコツぶりばかりに気を取られていると、この内閣の“本音”を見逃すことになりますよ。


全国ネットママの会-千葉の台風被害について、首相からの発信はFacebookもTwitterも一言もない事が判明しました。特に何も想いはないのでしょう。韓国の文大統領からは、11日に被害についてお見舞いのコメントが出ています。

 「くろねこの短語」2019年9月15日ー(前略)ならば国はどうかといえば、これがまたポンコツ揃いときてますからね。なんてったって、緊急対策本部すら設置せず、初老の小学生・ペテン総理は何しているかといえば、なんと昨日なんか文部科学副大臣の息子の結婚披露宴にご出席あらせられましたとさ。
・首相動静ー午後3時48分、東京・丸の内の東京会館着。同館内の宴会場「ローズWest」で亀岡偉民文部科学副大臣兼内閣府副大臣の長男の結婚披露宴に出席。午後5時26分、同所発。午後5時57分、私邸着。午後10時現在、私邸。来客なし。こんな状況で、顔も頭も貧相な官房長官・ガースは記者会見で、「台風被害の初動対応は迅速かつ適正に行った」とほざいくれちゃうんだから、ホント、国民も舐められたものです。
 ていうか、これはもうペテン政権による台風被災者の棄民だろう。マスコミも同罪で、今頃になって組閣中心の報道を反省するような素振りを見せているけど、そもそも千葉県の大規模被災についてどれだけの危機感を持っていたのか疑問なんだよね。NHKも民放も、入閣内定したってだけで速報流したりしてお祭り騒ぎをしていたことはけっして忘れない。・安倍首相、台風15号被害を激甚災害と見なさず千葉県民を見捨てる!



 「くろねこの短語」2019年9月14日ー(前略)それはともかく、この「所管外」とやらを口にして大顰蹙を買う大臣がもうひとり登場。それが、指定暴力団との関係が噂される復興大臣の田中君だ。なんと、原発事故自主避難者について「復興庁は担当の役所ではない」とのたまってくれたってね。これは非難先の住居の明け渡しをめぐって福島県が避難中の県民を提訴した件について問われてのコメントなんだが、「訴訟では」って言葉をすっ飛ばしちゃったのが真相なんだとか。でも、そんなのは言い訳にはなりません。ようするに、原発事故被災地の復興について、大臣として当然認識すべき知識がないってことを証明しているようなもんなんだね。これのどこが「適材適所」だ。
 おそらく、これからもこうしたボロはどんどん出てくるんだろうが、きっと何かやらかしてくれるだろうと期待(?)しちゃうのが、カーペンター桜田君の後を継いだオリンピック担当大臣のセクハラ聖子君だ。オリンピック組織委員会が容認した旭日旗について、「旭日旗が政治的な意味での宣伝になるかということに関しては、決してそういうものではないと認識している」なんてコメントして、筋肉脳をフル回転させてますからね。スピードスケートの女王だっただけに滑りは得意・・・なんてね。
 「くろねこの短語」2019年9月13日ー千葉の停電、断水はいっこうに復旧する気配がない。東電のグズぶりがそこには大きく影響しているのだろうが、もうひとつ不思議なのがタレント知事・森田健作の影がまったく薄いことだ。本来なら、こういう緊急時こそ知事というのは陣頭指揮して存在感を示すのが職務なんだよね。
 報道によれば、県南部の被害状況について、まったく把握できていなかったとかで、ようするに危機管理体制が疎かになっていたのに違いない。いったい何年知事やってるんだろうね。これほどの災害の渦中にあって、まったく発信力がないってことは、いかにこの男が知事として無能かってことだ。森田健作は千葉県民でないからどうでもいいんだろう、なんて怨嗟の声が聞こえるのもむべなるかななのだ。
 タレント知事のさらに上をいく無能なひと、とくれば初老の小学生・ペテン総理だ。これほどの災害が起きているってのに、いまだに現地を視察する素振りすら見せない。こやつが目論む改憲の核心である「緊急事態条項」ってのは、こういう時にこそ必要というのがその理屈だったはずじゃないのか。それにしても、目の前にある災害をよくもまあ高見の見物していられるものだ。冷血漢というのはこういう輩のことを言うんでしょうね。
 ところで、防衛大臣の椅子を手に入れてクシャ度がますます進化しているごまめの歯ぎしり・河野君なんだが、記者会見で「脱原発」について突っ込まれてタジタジとなったあげくに逃げ出したってね。無様なその姿をとくとご覧あれ!!

 




 全国の被災者(今なお続く3.11、豪雨の被災者も含む)の方々には来月、来年にお見舞いとしてアベノミクス(消費税・医療・年金改悪)があります。選挙は、また自公によろしくなのだ(^^♪ !。

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02


1971年8月 沖縄の雑誌『青い海』夏季号 「自衛隊の沖縄配備をめぐって」


”自衛官への道〟を選んだ若ものたち〇そのうちの若もの父は、佐野真一の著作に詳しく紹介されているが、右翼団体の代表・・・・本誌編集部

高校生は発言する

自衛隊・沖縄配備の青写真〇自衛隊の”沖縄上陸〟が成功しても、将来、沖縄を二度と”日本の防衛„に利用すべきでない。・・・鍛治壮一・毎日新聞記者→1956年(昭和31年)東京大学教養学部卒業後、毎日新聞社に入社。東京社会部記者として1965年(昭和40年)から航空担当となる。その後、サンデー毎日編集次長に就任。社会部編集委員などを歴任した。1985年(昭和60年)に同社を退社し、ジャパンタイムズ編集委員を経て独立。航空に関連する記事執筆を専業とするライターとなり、防衛・航空問題を専門とする。ほか、通産省委員など歴任した。ウィキ
沖縄返還と自衛隊・・・久住忠男・軍事評論家→くすみ-ただお1908-1993 昭和時代の軍人,軍事評論家。昭和4年海軍にはいり,20年中佐として南方軍総司令官寺内寿一(ひさいち)のもとで参謀をつとめる。28年から評論活動をはじめ,43年首相の諮問機関沖縄基地問題研究会の座長。本土なみの沖縄返還や核軍縮を主張した。平成5年12月21日死去。85歳。徳島県出身。海軍大学校卒。著作に「海軍自分史」など。コトバンク
沖縄防衛計画と、その意味するもの〇その強大化された日本の軍事力も”核〟を持たねば世界のベスト3には参列できない。・・・小山内宏・軍事評論家→1916-1978 昭和時代後期の評論家。小山内薫の次男。戦前,フィリピンのセント-トマス大に留学。戦後六○年安保を契機に反戦・平和の立場からの軍事研究・評論を展開する。「ヴェトナム戦争」「アメリカはなぜ勝てないか」などをかいた。東京出身。旧制成城高卒。コトバンク
沖縄デー 特設授業の周辺と若者の自衛隊観・・・大城勲・豊見城高校教諭
祖国・国家とはなにか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桑江良逢

 〇『青い海』夏季号が読者に着いたころ、長髪の関広延さん、津嘉山政栄さんに出会うと「何だ、今度の特集は」と言われた。「僕は編集にはタッチしてませんが、津野編集長に言うときます」と応えた。関さん、津嘉山先生は、どちらも教員だから国の洗脳には敏感だ。関さんはこれを機に『青い海』に注目し始めた。
津嘉山政栄ー大阪で沖縄青年運動にも援助をおしまない人であった。大教組の関広延さんと行動を共にしていた。
1968年10月ー『大阪・沖縄県人屋良さんを励ます会ニュ-ス』第号(発行責任者・津嘉山政栄)/
1971年4月『沖縄差別』第1号□津嘉山政栄「大阪沖縄県人会『沖縄県人は訴える』を考える」、伊差川寛「醜い沖縄県人会」
/1971年8月『沖縄差別』第2号□津嘉山政栄「沖縄返還同盟の声明を考える」、金城良明「沖縄差別とわたし」/
1972年9月『解放教育』№15□津嘉山政栄「在阪・沖縄出身者の子弟の教育を考える」/
1976年2月ー全国解放教育研究会『沖縄の解放と教育』明治図書出版□津嘉山政栄「ウチナーンチュとして生きてきて」「在阪・沖縄出身者の子弟の教育を考える」、本村周広「山口重光君『事件』と沖縄差別」


 1982/10/15 前田寿夫『軍拡!日本の破滅 恐るべきアメリカの戦略との決別』文化創作出版
押しつけられた日米安保ーもともと日米安保条約などという代物は、米国が”戦勝国の権利〝をカサに着て、いやがる日本にむりやり押しつけたもの。サンフランシスコ講和条約会議(1951年)当時、”独立回復〝とセットにして、こっちを認めなければあっちも認めないと、独立回復を待ち望む日本に強制したのが、日米安保条約であります。米側が日本国民の反対を恐れて、講和会議の直前まで日本側に条約草案をみせなかったこと。条約草案を突きつけられたとき、当時の政府首脳が、”これでは占領の継続じゃないか〝と大きなショックをうけたこと。これらは、いずれも周知の事実であります。いわば、日本国民の関心をもっぱら講和条約それ自体に向けさせて、そのドサクサにまぎれて日本政府に押しつけたわけです。

 旧安保条約の前文には、いかにもわが国の方から頼み込んでこの条約を結んだようなことが書かれていますが、とんでもありません。米国は、これによって、講和条約発効後も、ひきつづき米・占領軍を無期限に日本に居座らせることができるしどのようにでも日本の基地を利用することができる。しかも、”日本国政府の要請に応じて〝という条件つきながら、米軍を、”日本国の内乱や騒じょう〝の鎮圧に使用することもできる。また、日本に”自衛力漸増〝の責任を負わせ、うまくいけば米戦略の一翼をになわせることもできる。そのうえ、条約に付随する行政協定によって、米軍の駐留費を分担させられるわ、その将兵に治外法権を認めさせられるわ。これが旧安保条約の内容であります。誰がこんな条約を結びたいなどと頼み込むものですか。

前田寿夫 まえだ-ひさお
1919- 昭和後期-平成時代の軍事評論家。
大正8年12月8日生まれ。もと陸軍中尉。東海大助教授をつとめたのち防衛庁の防衛研修所(現防衛研究所)にはいり,昭和48年第一研究室長。安全保障政策を担当し,55年退職。在職当時の講義内容をまとめた著書「間違いだらけの防衛増強論」で知られる。栃木県出身。東京商大(現一橋大)卒。 →コトバンク

 『デーリー』2017年8月12日ー東北米軍普天間飛行場所属の新型輸送機オスプレイ4機が11日、青森県三沢市の三沢基地に着陸した。先月29日に飛来した1機と合わせ、三沢にいる機数は計5機となった。国は11日に飛行再開容認を表明したが、地元に対する説明不足の側面は否めず、住民や自治体関係者からは安全対策の徹底などを求める声が相次いだ。(略)森県の三村申吾知事は「オスプレイが三沢基地に飛来したことは誠に遺憾」とし、国の責任において整備や飛行での安全対策を徹底するよう東北防衛局に文書で要請した。/『毎日新聞』米軍の新型輸送機オスプレイ5機が12日、米軍三沢基地(青森県三沢市)から、岩国基地(山口県岩国市)に向かった。目的は不明。
 関連/2014年6月ージュンク堂那覇店に行くと、「嫌中、嫌韓」といった雑誌本が多い中、目に飛びこんだのが斉藤光政『在日米軍最前線ーあなたが知らない日本列島の現実』新人物文庫であった。以前三沢関係で古本屋で買ったものを改めてみると同じ著者で『米軍「三沢」基地ミサワー核と情報戦の真実』2002年3月同時代社があった。
斉藤光政 さいとう みつまさ
斉藤 光政は、日本のジャーナリスト。岩手県盛岡市に生まれ、青森県八戸市に育つ。成城大学法学部卒。1983年、東奥日報社に入社。和田喜八郎による東日流外三郡誌をはじめとする古史古伝文書をめぐる社会問題である和田家文書偽書事件の報道に関わったことでも有名である。 ウィキペディア







» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

2019年9月 俳句同人誌『天荒』64号 編集・発行人 野ざらし延男 〒904-0105 北谷町字吉原726番地の11 電話・FAX098-936-2536
〇編集後記ー地球温暖化による異常気象が続いている。フランスでは過去最高温度の45・9度を記録。アフガニスタン、南アフリカ、モザンビークなどの世界各地(日本も)で、豪雨、洪水、土砂崩れ、サイクロンなどの被災が拡大している。地球温暖化の原因は二酸化炭素の排出。石油や天然ガスに比して多く排出するのが石炭。カナダ・英国・フランス・ドイツなどは廃絶の方向性を打ち出したが、日本は石炭への依存度が強く、建築中の火力発電所が17基もある。日本は世界の地球温暖化対策に逆行している。(延男)




1981年4月 野ざらし延男『沖縄俳句総集』「末吉麦門冬」/「原田紅梯梧」/「山田真山」

null
野ざらし延男(同人)の本

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

2019年9月19日沖縄県立博物館・美術館 沖縄美ら島財団事務所  /ジェームズ君、大湾ゆかりさん

2019年9月18日琉球芸能研究家・ジェームズ君/2016年7月5日~10日 那覇市民ギャラリー「核も基地もない みどりの沖縄を!沖縄平和美術展」


2016年7月3日 琉球サンロイヤルホテル「沖縄奄美連合会 定期総会/懇親会」/琉球芸能研究家・ジェームス君(James Rhys Edwards, https://ucla.academia.edu/JamesRhysEdwards)、窪田めぐみさん(沖縄県立芸大)


2016年8月3日『沖縄タイムス』ジェームズ・リース・エドワーズ「外来者の見た琉球芸能ー大新城忠勇伝 上」

2012年6月23日「いとまんハーレー」

本日は慰霊の日なので糸満のハーレーを英語塾の仲里正雄氏、ポール氏ファミリー、ジェームス君(James Rhys Edwards, https://ucla.academia.edu/JamesRhysEdwards)と同行し見物。正午には皆で黙祷した。

Koji Cozy Nakada Requio

Aleksey Tsykarev9月14日 ーDuring Q&A session received a lot of questions about the impact of language revitalisation initiatives in Karelia and around the world, what business can do to help indigenous languages, how to make languages borders and how to motivate youth.
Q & aセッションでは, カレリアと世界中の言語revitalisationイニシアチブの影響について多くの質問を受けました. どのビジネスが先住民の言語を助けることができますか, 言語の国境を作る方法と若者のモチベーションを高める方法.


2016年11月3日ー我が家に関西からの来客ー左から喜屋武千恵さん、新城栄徳、Koji Cozy Nakada Requio/左から大城尚子さん、新城栄徳、Koji Cozy Nakada Requio

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

2019年9月8日(日)12:00スタート 「第45回エイサーまつり」 場所 大正区千島公園グラウンド
アクセス JR「大正」または大阪メトロ「大正」駅より バス停②番乗り場から乗車大正区役所前 下車スグ ※駐車場はありません。
協力 大阪市大正区役所・株式会社ナンセイ・YAKARAZA ADD STUDIO
後援 沖縄県大阪事務所・沖縄観光コンベンションビューロー・大阪沖縄協会・大阪沖縄県人会連合会・沖縄県人会兵庫県本部
主催 がじまるの会・エイサー祭り実行委員会 お問い合わせ:関西沖縄文庫 大正区小林東3-13-20 TEL/FAX 06-6552-6709


Futoshi Moromizato
大阪市大正区で行われた大正エイサー祭りに玉城デニー沖縄県知事が登場。ステージで弾き語り2曲披露した。玉城デニー知事は全国キャラバンを展開中で「トークキャラバン in 大阪」が大阪沖縄会館で行われる。玉城知事の同志「れいわ新選組」の山本太郎代表も北海道を皮切りに、全国キャラバンに乗り出すようである。知事の弾き語りや、「がじまるの会のエイサー」「京都琉球ゆう遊び会」「名桜エイサー・法政エイサー 」「大阪剛柔館 喜屋式道場 エイサー大雅琉鼓連 」「平敷屋エイサーたもつ会」「東京沖縄県人会青年部エイサー隊」はYouTubeで見られる。

 NHK9月9日ー玉城知事は、沖縄の過重な基地負担の軽減に向けて世論を喚起したいと各地を訪れていて、8日は大阪市内で講演した後、記者団の取材に応じました。この中で玉城知事は、6年前、当時の大阪市の橋下市長がアメリカ軍普天間基地のオスプレイの飛行訓練を大阪の八尾空港で受け入れることを提案したことに触れ、「今まで基地がないところが新たな負担を引き受けるのには必ず住民合意が必要になる。いくら橋下氏のようなカリスマ性のあるリーダーでも、住民合意がなければ難しい」と述べました。


Yusuke Nakamura


Futoshi Moromizato/Nackintosh R



Yusuke Nakamura

Yusuke Nakamura/Koji Cozy Nakada Requio

「第44回 エイサーまつり」中止/今回の台風21号の影響により千島公園内の樹木が倒木や枝折れなど危険な状態にあるので、公園事務所より使用許可取り消しの連絡があり確認し、中止を決定致しました。楽しみにされて居られた方々には大変申し訳御座いませんが、今後とも宜しくお願い致します。 第44回エイサー祭り実行委員会/2018年9月9日12:00-20:00 大阪市大正区千島グラウンド「第44回 エイサーまつり」主催ーがじまるの会・エイサー祭り実行委員会(関西沖縄文庫 TEL・FAX 06-6552-6709)

 
大濱 聡 2019年3月7日 ■4日放送のNHK「クローズアップ現代+ 〝フェイクニュース〟暴走の果てに~ある外交官の死~」。去年9月の台風21号の際、関西空港で約3,000人の旅行客が足止めにされた件をめぐるSNSへのフェイク投稿(中国大使館が専用バスを手配⇒実際は関西空港が手配)によって、批判にさらされた台湾の外交官が死に追いやられた出来事を検証した番組。
■蘇啓誠氏(台北駐大阪経済文化弁事処長)は前那覇分処長で、沖縄勤務は通算2回6年という沖縄が大好きな方だった。気さくな人柄で、私たちの飲み会にも気軽に参加してくれた。地元紙の「論壇」にも度々寄稿し率直な意見を開陳されていた。
■事実を確認せずに批判した台湾メディアや野党議員、そして一般の人々。SNSの情報を鵜呑みにするのは怖い。事実関係を確認せず安易にリツィートするのも要注意である。あれから半年経ってからの企画だが、事実を検証し教訓とした好番組であった。あらためて蘇氏のご冥福をお祈りいたします。

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

2019年9月7日14:00~15:30 沖縄県立博物館・美術館 美術館講座室 講師・金城美奈子「金城安太郎展 ギャラリートーク」


入口で名古屋の阪井芳貴さん(左)と出会う。/金城美奈子「金城安太郎展 ギャラリートーク」






» Read More