Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
  「日刊ゲンダイ」12-2 一般患者に犠牲を強いる状況にもかかわらず、大阪維新前代表の松井市長は29日の万博フォーラムで大暴言。万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を引き合いに出し、「コロナがこういうことになりまして、ピッタリのテーマ設定になった」と言い放った。維新コンビの失態の根源は本をただせば、橋下府政から続く医療軽視に行き着く。公立病院の統廃合を進め、住吉市民病院を閉鎖。関西で学生数トップを誇っていた大阪府医師会看護専門学校を府市からの補助金削減によって閉鎖に追い込み、感染症病床数の削減、保健所の職員リストラを断行してきた。

 12-1 大阪府で新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。人口当たりの新規感染者数や療養者数などの指標は東京を上回り、「医療崩壊」の懸念が高まる。春の緊急事態宣言時には、全国に先駆けた対応で評価を上げた吉村洋文知事だが、今回はなぜ抑え込むことができていないのか。医療現場の声に耳を傾けると、瀬戸際に追い込まれている状況が浮かび上がった。(共同通信=大野雅仁、山本大樹)/西原ー大阪でコロナ蔓延、吉村知事に批判が高まる。病床はほぼ埋まり、重症用病床使用率は86・7%、コロナ重症者の人工呼吸器装着数(ECMO含む)は大阪府が100件、東京都の48件の2倍。ロクな対策もしないで、大阪市廃止・都構想の住民投票に熱中していた維新の吉村知事や松井大阪市長の責任は重大だ。維新・吉村知事を無批判に持ち上げ続けてきたメディアの責任も重大だ。

 「くろねこの短語」2020年12月1日 (前略)5日の会期末が近づいて、どこか浮かれ気分になったのか、カス総理はなんとF4戦闘機の操縦席に鎮座ましまして記念撮影しましたとさ。文民統制の何たるかをわかってないんだね。ましてや、コロナ禍で自殺者が増加し、雇用打ち切りで失業者が溢れ、さらには退学を余儀なくされる学生までいるってのに、このザマはなんだ。ナンバー2ってのは、しょせんはナンバー1あってこその存在なんだね。そのナンバー2が棚からボタもちでナンバー1の座についてしまったことが、この国がいま抱える最大の悲劇なのだ。F4戦闘機の記念写真を見せつけられると、一線を超えてしまいそうな自分を感じる今日この頃なのだ。

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2020年11月『琉球』(隔月刊)№79 琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947  
下地ヒロユキ「表紙絵」/まよなかしんや「基地の島から平和発信の島へ」/与那覇恵子「『沖縄問題』『日本問題』としての那覇軍港移設問題」/与那嶺義雄「戦後75年から100年へ、継続される日米の植民地主義」/平良眞知「又 沖縄喰うヤマト 金だけ目的 東京弁護士グループ訴訟ー『嘉手納基地騒音訴訟ー』」
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豊里友治「有機フッ素化合物PFA汚染」/大城冝武「風刺画からみる アメリカ統治下の琉球の世相㉘」/しもじけいこ「宮古IN 日々雑感・コロナ苦」/与那嶺功「沖縄振興ー『明治維新150年』を問う 大東亜・植民政策・ナショナリズム⑲」/河合民子「蒼き狼、琉球へ行く⑦」

  K・Y 11-29 🧐天網恢恢疎にして漏らさず🧐菅政権(総務省)、マイナンバーカード未取得者8000万人に申請書類を発送するようですが、コロナ渦の今、こんなことに国民の税金を使っていいのでしょうか・・敢えていいます、盗人猛々しい!

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 海鳴りの島から11-25 オール沖縄にしても玉城知事にしても、日々進行している工事をどう止めるかが問われている。裁判で止めるのが難しいのは分かっているはずだ。どのような行動を自ら行うのかを市民は注目している。現場で頑張っている市民の意欲をどう維持し、激励するかが大切で、逆に抑圧するようなことがあってはいけない。

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2020-11-24 良一さんと同行。真栄里泰山さんと出会う。首里の末吉さんの案内でビンヌウタキ、沖縄神社
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2020-11-21 読谷山都屋
   「くろねこの短語」2020年11月22日 (前略)感染地域へのGoTo一時停止、イートも制限要請 菅首相、4日連続2000人超コロナ感染で転換見直しを発表したとは言え、「Go To トラベル」の対象地域は未定だし、「Go To イート」は食事券の新規発行停止などの検討を知事に要請するという生温いものなんだね。ようするに、知事に丸投げしたようなものだろう。 その知事になんだが、地域によって温度差があるようで、ぼったくりバーのチーママ小池君なんか国に責任押し付けようとこんなコメントしてます。「国が主体的にお決めになる、との流れで行われたもの」「しっかり国の方で判断していただきたい。それが責任だ」ま、よく言うよ、ってなもんです。「ロックダウン」だなんて喚いていたのは、何だったんだろうね。本当なら、いまこそリーダーシップを発揮するときだろに。もっとも、それはカス総理も同じなんだが・・・。それにしてもこれまでさんざんこだわっていた政策を変更するってのに、カス総理は記者会見を開く気配もないってのはどんな了見してるんだろえねえ。おそらく、記者のどんな質問にも答えられるだけのロジックがないってことなのだろう。だめだ、こりゃ!

 『八重山毎日新聞』2020年11月21日 社説「武器デザインの切手発売─平和憲法下の販売に疑問─」
《陸自基地建設が行われているなか、八重山防衛協会が、防衛省に八重山地域に海上自衛隊の拠点基地を配備するよう10月20日に要請したという…剣を持つものは剣で滅びる。血であがなった沖縄戦の教訓や日本国憲法の崇高な精神を忘れてはならない…民営化したからなんでも許されるものではないはずだ。》

 NHK11-21 大阪府は21日、府内で新たに415人が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表しました。1日の感染者数が400人以上となるのは初めてで、3日連続で過去最多となりました。大阪府内で感染が確認された人の累計は、1万7159人となりました。

 「海鳴りの島から」11-20 海上警備員から新型コロナウイルスの感染者が続出している。ほかの警備員も自宅待機を強いられ、すでに辺野古海域や大浦湾ではまともな警備体制をとれない状態だ。それでも沖縄防衛局は工事を強行し続けている。警備員は必要ないということか。沖縄防衛局は即座に工事を中止し、感染症対策に取り組むべきだ。労働者の健康と安全を守れ。

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2020年11月20日【しんぶん赤旗より・3面】「大阪市なくすな」の民意出たのに…維新、市の権限奪う条例案/11月19日【しんぶん赤旗より・政治総合】フェイクの果ての「赤旗」攻撃菅官邸を擁護する佐藤優氏の寄稿

  「くろねこの短語」2020年11月20日  バッハが離日したとたんに東京のコロナ感染者が500人を超え、もはや「感染爆発」の領域に入ったと言っても過言ではないだろう。ああ、それなのに、この国の為政者ってのはなんとも能天気なもので、特高顔のカス総理はヘラヘラとうすら笑い浮かべながら「静かなマスク会食のすすめ」だとさ。さすがに共産党の志位君から「Go To事業に固執するから、そんな愚にもつかない話になる」と突き放されちゃいました。でもって、ぼったくりバーのチーママ小池君なんだが、コロナが猛威をふるい始めた当初は「ロックアウト」だなんてさんざん煽っていたくせに、ここにきて腰が砕けてトーンダウン。新たな新型コロナウイルス対策案が、なんとまあ「5つの小と心づかい」ってんだからあっと驚くタメゴローなのだ。それもお得意のフリップを振りかざしてなんだから、見ているだけで頭が痛くなっちまう。
 特高顔のカス総理といいチーママ小池君といい、この期に及んでのコロナ対策がこれかい。こういうのは対策とは言いません。単なる「コロナ・マナー」であって、ひとえに一般大衆労働者諸君の努力に委ねているだけなんだね。もっとドラスティックな対策、たとえば飲食店に対する一定期間の補償付きの休業要請なんてことをしない限りは、コロナの猛威は止められない。でもなあ、コロナ分科会会長の尾身シェンシェイが「ふんどしを締め直す時期だ」なんて非科学的な精神論を口にしちゃうくらいですからね。無能な政治家と専門家によって、自滅の道を突っ走ることになりますよ、この国は。

  NEWSポストセブン 11-19 森功ー安倍前政権の経済政策では、むしろこっちの主張が目立つようになる。それは菅・竹中の連携によるところが大きい。「働き方改革」と名付けた労働の自由化をはじめ、空港や水道の民営化をぶち上げていった。それらは菅と竹中がタッグを組んで進めようとした政策にほかならない。現在、東洋大学国際地域学部教授、グローバル・イノベーション学研究センター長の肩書を持つ竹中は、人材派遣大手「パソナグループ」の取締役会長であり、金融コングロマリット「オリックス」や「SBIホールディングス」の社外取締役でもある。人材派遣会社の会長が、残業代タダ法案と酷評されたホワイトカラーエグゼンプションや派遣労働の枠を広げ、今なおデジタル庁構想を後押しする。デジタル庁構想の基幹政策であるマイナンバーカードの普及は、パソナのビジネスにもなっている。

  「くろねこの短語」2020年11月18日  コロナ禍のドサクサにまぎれてのマイナンバーと健康保険証の一体化、ってなことを昨日のエントリーで書いたんだが、今度はドサクサまぎれに種苗法改正案の採決をしやがりました。この法案は、「新しい品種として国に登録された果物などの種や苗木を海外へ無断で持ち出すことを規制」するのと同時に、「国内農家の自家増殖(自家栽培)も制限」される恐れがあることから、反対の声も多かったんだね。「国内農家の自家増殖(自家栽培)も制限」ってのは、「新品種の種や苗を増やす場合には開発者の許可」が必要となるからで、つまり大手の種苗企業が「新品種の種や苗」を独占できるってことで、個人が「自家増殖(自家栽培)」することは違法ってことになるんだね。ただでさえ農業の先行きは暗いってのに、新種の種や苗すらも自由にならないってことになったら、日本の農業はそのうち消滅することになりますよ。こんな重要法案をわずか6時間の審議で採決しちまったんだから、コロナ禍のドサクサにまぎれやがってと毒づきたくもなろうというものだ。
 日本学術会議問題もウヤムヤのままの状況だってのに、アメリカ大統領選にかまけていたメディアは、今度はオリンピックがどうしたこうしたと舞い上がり、国会で何が起きているかまったく報道しないんだから、何をかいわんやなのだ。こんなんだもの、詐病疑惑のペテン師が大きな顔して出歩き始めるのもむべなるかなってことだ。

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 「沖縄タイムス」11-14 廃琉置県前の1877年に撮影された首里城正殿の写真を神奈川大学の後田多敦准教授が確認した。正殿の写真としては現在確認できる最も古いものという。当時、国王・尚泰が居住しており王城として機能していた姿をとらえている。14日の琉球民族独立総合研究学会で報告した。さらに写真の正殿大龍柱が正面を向いていることに注目し、1992年の復元で採用され、現在の復元の基本方針にも引き継がれた「大龍柱は相対向きだったとする説の前提が成立しないことが明らかになった」と指摘する。/図版は『青い目が見た「大琉球」』(ニライ社、1987年)1877年5月 写真レベルレガット、下絵ブイヤール,版画コール

百浦添御殿ノ御簾、鶴亀、松竹、鳳、牡丹画簾也。平日掛置トイヘドモ、毎元日、新彩色画簾、掛更ルナリ。螺赤頭奉行為ニ職業一。簾匠ヲ下知シテ勤之也 前日勤也。『琉球国由来記 巻一』

 安里進氏はフェイスブックで「首里城正殿の写真」の記事を見て次のようにコメントした。◎研究発表にあたっては、先行研究を尊重するのが基本だ。ベイベール氏は古くからの琉球研究者として知られている方だけに、彼の先行研究を無視したような新聞報道は、残念だ。この写真の研究上の問題は、フランス・琉球関係の研究者でも、この情報を、紹介したり、無視したりしており、外部の者がみると、史料の信憑性に不安がよぎる。レヴェルトガが王国末期の1877年(明治10)に撮影したというこの写真が、レヴェルトガの「琉球諸島紀行」に掲載されたのは1882年(明治15)で、琉球処分以後の写真を使用した可能性がある。私も、ロヴェルトガや、船長のリウニエ、そのひ孫のベルナール氏の資料を、オランダ在の友人を介して調べているが、まだ、「王府から許可を得た」という記述を見つけきれないでいる。後多田氏の報告では、根拠となる情報(ベルナール氏の著書か?)を提示していないので、後多田氏の主張の妥当性が検証できない。学術研究の報告では、自説の典拠情報を明示して、第三者が原典にあったってチェックできるようにするのが基本だ。後多田氏のレジュメでも報告を聞いても、これらの写真・版画を琉球処分後の写真ではないかという疑問は払拭できない。

 【BuzzFeed Japan/籏智 広太】13日ー日米地位協定に関する著書で「石橋湛山賞」を受賞した琉球大学の山本章子准教授が授賞式で述べたコメントについて、大学側が同大ホームページに掲載する前に、国に対して批判的な文言の一部の修正を求めていたことが、BuzzFeed Newsの取材でわかった。山本准教授は「研究には問題提起をする役割がある。忖度するべきではない」と批判しているが、大学側は「掲載前の記事については答えられない」としている。

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Category: 02-関西の沖縄
Posted by: ryubun02
 
 「青い海出版社新事務所ー新大阪駅正面前」

1972年5月 青い海出版社『はだか沖縄 ジャンプ・イン<沖縄>青春広場』六月社書房/1975年9月14日「第1回 沖縄青年の祭り」ポスター


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1973年8月6日ー『沖縄タイムス』石原英夫「郷土史研究に没頭する新城栄徳さん」記事を書いてくれた沖縄タイムス関西支社の元記者・石原英夫さん(右)と新城栄徳。

「がじゅまるの会」「沖縄県大阪事務所」


「平山敏治郎」「井伊文子」「金城実」「儀間比呂志」
 

1974年5月ー『琉球の文化』第五号<沖縄戦と終戦直後の生活>
琉球文化社(編集発行人・大城精徳)本社〒那覇市牧志町1-944-6 編集局〒902那覇市安里425丸清ビル2階
関西連絡所ー大阪市東淀川区西中島町5-62青い海出版社内(新城栄徳)


1975年6月 『沖縄国際海洋博覧会公式ガイドブック』財団法人沖縄国際海洋博覧会協会(版画は『儀間比呂志の版画 沖縄』講談社刊より)
1975年9月14日ーパーランクーの音が大阪大正区に鳴り響く

1977年7月『青い海』65号 「大阪で二つの展覧会ー儀間比呂志版画自選展と大城一史・石田亮太郎二人展」「女人登場”世界の泡盛〟めざしてー照屋比呂子さん」

1977年9月『青い海』66号 「女人登場ー花織に想いを込めてー与那嶺貞さん」「沖縄女流美術家協会設立、会長・久場とよ、副会長」・山元文子、事務局長・宮良瑛子」

1977年10月『青い海』67号 「大阪の空にエイサーのリズムが響きわたるー第三回沖縄青年祭り。9月15日、尼埼市。18日、大正区千島グラウンドで山端立昌大阪沖縄連合会副会長挨拶、東京ゆうなの会、愛知沖縄青年会のあいさつ、彫刻家・金城実もあいさつ。見物の人も含めて約150人が参加」「儀間比呂志展、沖縄物産センターで開かる」 

1978年6月『青い海』74号 永峰真名「苦悩を乗り越える沖縄青年たちーIさん問題とがじゅまるの会ー」/儀間比呂志、安谷屋長也、金城順亮、浦添正光、島袋純子「<座談会>地域に根ざした児童文化を」

1978年10月『青い海』77号 「那覇市八汐荘ホール 賑わった出版祝賀会”鳥類館〟儀間比呂志『七がつ」エイサー』『りゅうとにわとり』、新川明『新南島風土記』、川満信一『沖縄・根からの問い』3氏を展示して大騒ぎ。豊川善一、北島角子、高江洲義寛、幸喜良秀、海勢頭豊、南条喜久子、森田吉子、玉城秀子、嶋袋浩(福木詮)ら参加」「パーランク高らかにー第四回沖縄青少年の祭り」


1973年12月 福木詮『沖縄のあしあと 1968-72年』岩波書店□あとがきー(前略)表紙・函に掲げた版画は、儀間比呂志氏が版画風土記『沖縄』に発表された作品であるが、同氏は快く掲載を許されたばかりでなく、とくに本書のために原画に筆を加えられた。心からお礼を申し上げたい。


1978年10月1日ーエイサー会場で走りまわるフトシ君とコウ君

1978年11月『青い海』78号 儀間比呂志「沖縄の子・大和の子たちへー絵本で伝えたい沖縄のこころー」/永峰真名「メヒカーノスになった沖縄人」
1979年5月『青い海』83号 「帰郷中の版画家・儀間比呂志氏の呼びかけで、4月の末に宮城美能留氏の宮城舞踊研究所(那覇・松尾)で、琉舞を鑑賞し、懇談する集いが開かれました」


1979年11月『青い海』88号 儀間比呂志「戦がやってきた」(沖縄三越ー沖縄戦版画集出版記念展)

1980年4月『青い海』92号 「新鮮なイメージ再びー儀間比呂志版画小品展ー3月27日から沖縄物産センター」「文化アラカルト/沖縄物産センター開設十周年」 
1980年6月『青い海』94号 「沖縄問題研究センター(上江洲久理事長)設立総会/宮本憲一大阪市大教授が記念特別公演『基地がある限り、自治はない』と語り、財政学の立場から、沖縄の現状を分析し

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
コメントはメールにお願いします→shinjo8109@gmail.com

 「海鳴りの島から」 9日1972年の施政権返還後、沖縄の清ら海がどれだけ埋め立てられ、破壊されてきたか。今も泡瀬干潟や辺野古新基地で埋め立てが進められ、浦添軍港でも新たな埋め立てが計画されている。浦添市長選挙には、埋め立て反対を明確に打ち出し、争点にする候補者を出すべきだ。沖縄の次の世代に残すべきは、軍港ではなく自然の海岸だ。それを実行できなくて、何のための「オール沖縄」か。

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 11月7日、14時から沖縄県立博物館・美術館講堂「美術館学芸員講座」山田 勉氏(写真家)、そして山田 實を長く取材した琉球新報元記者の高良由加利氏が参加。山田實、初めての写真集『こどもたちのオキナワ1955-1965』を紹介しながら、作家の人物像に迫る。

 「くろねこの短語」2020年11月7日 (前略)TBS『NEWS23』で週刊文春の編集局長が「杉田官房副長官による公安的な思想チェックが6人任命拒否の理由」なんてことを口にして話題になっているようだけど、おそらくそれが事の真相なんじゃないのかねえ。素直に任命拒否を撤回して、ゲシュタポ杉田君の首を切っちまえばここまで大事にならずにすんだだろうに・・・つまりは、カス総理には問題の本質を理解する能力が欠如していて、危機管理能力ゼロってことなんだね。予算委員会の答弁は、この男が総理大臣という以前に、政治家として終わっていることを雄弁に語っているのは間違いない・・・と我が家のドラ猫に囁いてみる土曜の朝である。

  「東京スポーツ」11/7 大阪維新の会はまるでトランプ!? 都構想否決でも条例案提出に「金返せ」の声 大阪市の松井一郎市長(56)と府の吉村洋文知事(45)は、大阪都構想の住民投票での否決を受け、府・市の広域行政を一元化する条例案を提出する意向を示した。(略)市政関係者は「『選挙こそ民意で健全な民主主義』と言っていた維新が『半分は賛成だった』と言い出すのはめっちゃダサい」と苦笑い。その上で「最大目標の市役所の解体には失敗しましたけど、都構想の制度案の中身を条例で推進できるんだったら、住民投票をやる意味はあったのか。投票にかけた何十億円もの金を返せよ!と言いたい」と語った。別の関係者も「反対派は『大阪市をなくすな』ということだけで反対して制度案の中身なんて何も考えてないでしょ?と言っているようにも取れる。市民をアホにしてますよ。結果が出て数日で別のことを言い出すなんて失礼だし、まるでトランプ大統領と一緒。ネット上ではトランプのことを『アメリカ維新の会』なんて話題になってましたし」と指摘。

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2020年11月5日『沖縄タイムス』

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2020年11月3日~8日 那覇市民ギャラリー「伊江島の記録と記憶partⅡ 伊江島米軍LCT爆発事件」/11月7日13:00~15:00 パレット市民劇場「伊江島に降りた白いハト・緑十字機」
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 「海鳴りの島から」 6日(金)は午後4時に新基地問題を考える辺野古有志の会とティダの会で嘉手納町の沖縄防衛局を訪ね、〈キャンプ・シュワブにおける米兵の新型コロナ感染に関する緊急申入れ〉を行った。キャンプ・シュワブで米兵11人が新型コロナウイルスに感染したことが10月30日に米軍から発表された。辺野古区民のなかでは集落内を歩く米兵に対して不安が高まっており、米兵の外出禁止とキャンプ・シュワブの即時封鎖を求めた。 

 11月2日 M・Tー分裂、対立し、混乱する時代 それを煽る政治風潮 大阪市民はまずは自分の足元を見直すという良識ある結果を出した コロナで厳しい暮らしと経済 そんな中で、新自由主義的改革を煽る維新
それに追随してしまった公明 いろいろな意味で教訓となる大阪市民の選択 今度はアメリカ市民に注目したい

 「くろねこの短語」2020年11月2日 (前略)大阪市長のチンピラ松井君は「けじめをつけなければいけない」と引退をほのめかしたものの、なんとまあ、残り2年半の任期を全うしてからなんだとさ。引退宣言した政治家が2年半もの間市長の座に居座るってのは、その間の政策についての責任はどうなるんだ。辞めるなら潔く「今でしょ」・・・ってなもんです。でもって、お子ちゃま・橋↓君が、コロナ禍の中で住民投票を急いだのは公明党との密約があったからって暴露しちゃいました。なんでも、「衆議院選挙の議席を維新は公明党に譲る代わりに賛同してもらった」んだとさ。ようするに、党利党略で無理筋の大阪都構想をゴリ押ししたってことで、語るに落ちましたね。
 語るに落ちるとくれば、維新と手を結んだ公明党だ。集票マシーンとしての創価学会の反乱で、なんと学会員の半数は反対に回ったそうだ。「下駄の雪」と揶揄される公明党の存在理由は、これでますます薄くなっていくんじゃないのかねえ。大阪都構想で維新が勝利した暁には、維新を政権に取り込んでやりたい放題の国会運営を目論んでいた特高顔のカス総理にとっても、住民投票の結果はさぞや苛立たしいことだろう。今日から始まる予算委員会でどんな醜態を晒してくれるか、大いに期待したい爽やかな週明けの朝である。

 『毎日新聞』11月1日ー 地域政党「大阪維新の会」は2010年に結党して以降、党最大の公約に掲げた「大阪都構想」の実現を目指してきた。制度設計を担う大阪府と大阪市の共同部署「大都市局」が設置された13年4月以降、都構想関連の事務には少なくとも100億円を超える府市の公金がつぎ込まれ、多くの職員も投入された。
 
 11月1日 M・Tーパンデミック・コロナの中 アメリカ大統領選 大阪都住民投票 安倍政権退場と菅政権のスタート

 「くろねこの短語」2020年11月1日 いよいよ今日は、大阪吐構想じゃなかった大阪都構想の投票日。ここにきて、大阪市長のチンピラ松井君が、行政コストの増加を口にした職員を恫喝し、それを報じた毎日新聞に理不尽な謝罪要求を突き付けたりして、必死こいてるんだが、そりゃそうだ。大阪都構想が否決されたら、維新の会そのものの存在意義が問われることになりますからね。今回の大阪都構想ってのは、そもそもからして無理筋なんだよね。既に、2015年には否決されているわけで、それをまたぞろ持ち出して住民投票を仕掛けてくるのは、いわゆる「勝つまでジャンケン」の類で、およそまっとうな政治手法とは言えない。
 しかも、チンピラ市長やイソジン知事は、大阪都構想のメリット(それもかなり怪しげなものだが)しか口にしない。行政コストの増加などのデメリットを一切説明しないのは、フェアじゃないんだね。そんなんだもの、デメリットを口にした職員を吊るし上げて、「捏造しました」なんてみせしめのような謝罪会見をさせるわけだ。住民投票がどう転ぶかは予断を許さない状況だけど、もし可決されたら自公+維新の新たな政権が誕生する可能性もないとは言えない。そう考えると、大阪の話で済ませるわけにはいかないんだけど、投票権のない立場ではなんとも歯がゆい日曜の朝である。

 NHK-大阪府は31日、新たに143人が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表しました。大阪府内で100人以上の感染者が確認されたのは5日連続です。→コロナより大阪吐

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 「くろねこの短語」2020年10月28日 コロナ禍もなんのその、「Go To トラベル」に「Go To イート」、さらに「もっとTokyo」に「鬼滅の刃」と、3密なんか知らないよとばかりにテレビは大はしゃぎ。それに加えて、競馬の予想じゃあるまいに、アメリカ大統領選にうつつを抜かしてるんだから、所信表明演説で恥かいた特高顔の自称苦労人・カス総理もほっと安堵のため息ついてることだろう。そんなんだから、ゲッペルス気取りの世耕君なんかに「安全に配慮しながら再稼働を進め、新技術を取り入れた原発の新設も検討することが重要だ」なんてことをほざかれちまうんだね。
 この発言は、カス総理の「温室効果ガス排出を2050年に実質ゼロ」宣言を受けてのもので、つまりカス政権が口にする「脱炭素社会」ってのは「原発再稼働・新設」の隠れ蓑に過ぎないってことなんだね。唯一の被爆国でありながら核兵器禁止条約批准を頑なに拒んでいるのと同じで、原子力村ってのは福島第一原発事故から何も学ばず、何も反省していないってことだ。
 そもそも、「原子力緊急事態宣言」はまだ解除されていないし、汚染水処理だってまったく見通しが立っていない。さらに、原子炉格納容器の内部にたまったままの燃料デブリの取り出しだって行き詰ったままの状態だ。そんな現実を無視しての原発再稼働・新設・増設って議論は、とてもじゃないけど正気の沙汰とは思えません。ホント、日本って国は懲りないんですね。

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 「くろねこの短語」2020年10月26日 (前略)ペテン師の弟・岸君が「核保有国が乗れないような条約」って言い草がなんともこの男の政治家としての品格のなさを物語ってますね。それはともかく、唯一の被爆国として、「乗れない」核保有国とあの手この手で交渉して、核兵器禁止条約を世界のルールとして確立していくのが、日本が国際政治の舞台で果たすべき役割なんじゃないのか。・核兵器禁止条約に岸防衛相「有効性に疑問感じざるを得ない」・核兵器禁止条約が発効へ 批准数「50」に到達、不参加日本の姿勢問われる。
 核に関しては、唯一の被爆国としての立場で、日本は大きな発言力を持ってしかるべきなんだね。日米安保でアメリカの核の傘に保護されてるから言えた義理じゃない、なんて話もあるけど、法的には何の制約もないはずなんだね。個人的には核の傘なんか幻想だと思ってるけど、核の傘が仮にあったとしてもそれを利用しつつ、その裏では核廃絶を訴えるというしたたかさが必要なんじゃないのか。それこそが、戦争放棄した憲法を持つ国だからこその融通無碍な外交だと思うけどねえ。

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 南城市の仲程順子さんが沖縄県立博物館・美術館 情報センターに『青い海』『緑と生活』を寄贈。燻蒸して開架する予定

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 「くろねこの短語」2020年10月24日 (前略)ところで、年末年始休暇を延長・分散して、初詣などで予想される密を避けようって話が出てきたってね。「1月11日の成人の日まで休みを採るのも一案」てなことを新型コロナ感染症対策分科会が提言しているんだが、そりゃあ正社員はいいでしょうよ。でも、日給の非正規はどうなるんだ。休めば給料貰えないんだから、それこそ年越しテント村の再現ってことになりますよ。年末年始休暇の延長・分散なんてことが語られるほどコロナの先行きってのは誰にも見えていないないわけで、こんなんでオリンピックなんかやれるのかねえ。あっ、そうか・・・このところオリンピック中止とか2032年に先延ばしとかいろいろ噂が飛んでるけど、既にオリンピック中止が織り込み済みの政策ってわけか。妄想だけど。

  「くろねこの短語」2020年10月19日 おかしな話だ。何がって、所信表明演説もしないで、国会を無視したままだってのに、特高顔の自称苦労人・カス総理が外遊したことだ。そうした視点をまったくスルーしたまま、「首相、初の外遊スタート」なんてヨイショ報道する新聞・TVもどうなってるんだろうねえ。
 コロナ禍の真っ最中にあって、総理大臣が代わり、その直後に「学問の自由」を揺るがしかねない日本学術会議問題が勃発したってのに、国会が閉じたままってのがどれだけ異常なことか。そのくせ、携帯電話料金値下げだの、マイナンバーカードと免許証の一体化だの、地方銀行や中小企業の再編だの、個別な政策は国会での議論もなしに勝手に動き出している。(略)
  「くろねこの短語」2020年10月18日 (前略)、いまのタイミングで処理水の海外放出なんてことが俎上に上がること自体おかしな話なのだ。本来なら、国会で議論すべきことなのに、特高顔の自称苦労人・カス総理は国会を開くこともなく、今週は総理就任後初の外遊へお出ましときたもんだ。
 でもって、そんなカス総理に阿るように、大阪府知事のイソジン吉村君が「大阪湾で1発目を放出することが必要で、国からの要請があれば、協力すべきだと思う」だとさ。大阪湾に汚染処理水を垂れ流そうってんだが、こいつもまたカス総理と一緒で何でも自分一人の判断でできると勘違いしてるんだね。ひょっとして、イソジン混ぜて流すつもりだったりして・・・妄想ですよ。そう言えば、イソジン吉村君のオヤビンであるお子ちゃま・橋↓も「関西にも米軍の基地負担を」なんてことを口にして顰蹙を買ったことがある。子の親にしてこの子あり、ってなものか。
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菅 義偉2012-01-28- 民主党は野党時代に政府の文書管理の不備を責め、情報公開を声高に叫んでいました。しかし政権交代後、政治主導の象徴とした政務三役会議など、政策決定過程の多くは非公開で議事録も作成されず、「密室政治」となっています。議事録作成という基本的な義務も果たさず、「誤った政治主導」をふりかざして恣意的に国家を運営する民主党には、政権を担う資格がないのは明らかです。

 黒手人 2020年10月16日ーはいさい、やっちー!ちゅーぬ タイムスんかい、高良とぅ与那原恵が 講演・対談 すんでぃぬ 広告が ぬとーん。タイムス「首里城取材班」がやるはじ。14日ぬ タイムス記事や、まったくぬ 高良ぬ「露払い」! ちゅーぬ タイムス文化面かい ぬとーる 知念勇さん意見のー 正当やんやー。なまから うむしるく ないぐとぅ、んーちょーてぃ くぃみそーりよー。

 「くろねこの短語」2020年10月14日 (前略)どうやら、警察官僚による官邸支配ってのが、カス政権の本質ってことのようだ。運転免許とマイナンバーカードの一体化なんてのも、警察官僚がバックについているからこそで、昨日のTBS『Nスタ』なんか臆面もなくそうした報道をしてましたからね。
 日本学術会議問題は「学問の自由」に手を突っ込んだわけだけど、カス総理が必死こいている携帯電話の料金値下げってのは行きつくところは「表現の自由」への弾圧につながりかねないんだよね。なんとなれば、携帯電話料金ってのは電波の許認可に関わってくる問題で、許認可権を利用すれば放送局への規制も容易にできちゃうんだから。日本学術会議問題は警察国家への手始めで、メディアや一般大衆労働者諸君がどんな反応をするか試してるんじゃないのかねえ。
 ところで、あっせん利得疑惑の布袋頭・甘利君が、「日本学術会議は中国の『千人計画』に協力している」ってデマを流したブログをこっそりと書き換えてたってね。睡眠障害とやらで国会から逃亡したように、なんとも姑息な野郎だこと。

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2020-10-11 沖縄県立博物館・美術館講堂 しまくとぅばプロジェクト「しまくとぅば鼎談」親川志奈子、屋嘉宗彦、比嘉豊光、伊佐眞一

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2020-10-2 『沖縄タイムス』伊佐眞一「首里城再建を考える③大動乱の史実」/2020-10-7 『沖縄タイムス』後田多敦「首里城再建を考える⑤沖縄神社」

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1999年10月 野々村孝男『首里城を救った男ー阪谷良之進・柳田菊造の軌跡』ニライ社/2000年11月 野々村孝男『写真集 懐かしき沖縄~山崎正董らが歩いた昭和初期の原風景から』琉球新報社

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 1993年1月22日『琉球新報』「大龍柱を考える会(会長・宮里朝光)発足」/1991年1月 伊佐眞一『アール・ブール人と時代』編集後記/西村氏の抗議にたいする当局の返答

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2020-9-11沖縄県立博物館・美術館
特別展「岩石」-石ころから見える地球のダイナミズム―2020年2020年09月08日(火) ~ 2020年11月15日2020
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1910年3月 シーモン
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「寸法記」向き合ったら宝珠を持った手がみえるが、これは手を降ろしていて見えない。

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2020-9-17 龍柱を考える会


1997年4月ー与那原恵『物語の海、揺れる島』小学館 2018年1月14日~2月25日 ジュンク堂那覇店「第1回 新春古書展」会場で、私は宝島社の出版物に興味があったので2001年4月『公安アンダーワールドー日本の秘密情報機関』と2004年2月 宝島社『筑紫哲也「妄言」の研究』を買った。宝島社『筑紫哲也「妄言」の研究』〇与那原恵「迷惑な沖縄愛 悲劇の島、癒しの島というステレオタイプー筑紫哲也のような、平和、人権を唱えるタイプの人間が興味を抱きつづける場所は『沖縄』である。沖縄には彼らが求めるさまざまなテーマがある。」

 1997年10月『噂の眞相』永江朗②〇メディア異人列伝/与那原恵ー与那原恵は『別冊宝島』が生んだもっとも優れたルポライターである、というのがぼくの個人的評価だ。ルポライターとして優れているだけでなく、彼女の仕事は『別冊宝島』のもっとも良質な(あるいは、だった)部分を体現している。/与那原恵の登場は1989年。『宝島ブックレット・平成元年の右翼』だった。彼女は58年生まれだから、けっして早いデビューではない。デビューの少し前まで、彼女は区立図書館に勤めていた。勤めながらコピーライター養成講座や編集者養成講座などに通っていた。ライターになる見通しもないまま退職したとき、声をかけたのが講師の一人で『別冊宝島』の編集長だった石井慎二③だ。「やってみないかと言われた仕事がいきなり右翼の取材で(笑)右翼なんてそれまで触ったことも」見たこともない人々でしょ。そのとき野村秋介さんにも会ったんですよ。」
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2007年9月
2014ー3『首里城研究』第16号 与那原 恵「鎌倉芳太郎が出会った沖縄の人たち 」
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2012年3月 高良倉吉『琉球の時代 大いなる歴史像を求めて』ちくま学芸文庫〇与那原恵ー解説・岬に立つ歴史家ー高良さんが力を尽くした首里城復元により、多くの人たちが「琉球」の時代をまざまざと感じられるシンボルを得た。首里城復元のプロジェクトは現在もテーマを深め、多面的なアプローチで続行されている。長い歴史や伝統文化がその時間の流れから一時寸断されたとしても、それでも今を生きる者たちの力によって再び構築することができる。赤く彩られた美しい首里城が教えてくれるのは、そのことだ。/2013-7 与那原恵『首里城への坂道』筑摩書房、与那原恵『首里城への坂道』中公文庫〇末吉麦門冬の項は粟国恭子論文引用→1991年『地域と文化』68号「末吉安恭(麦門冬)の民俗的視点」南西印刷/1992年『『地域と文化』72号「末吉安恭(麦門冬)と伊波普猷」南西印刷/1994年『沖縄タイムス』「人物列伝・沖縄言論百年 末吉麦門冬」/1997年『浦添市立図書館紀要』8号「伊波普猷と末吉麦門冬(安恭)の交流」/1997年『文学』「熊楠と末吉安恭(麦門冬)」岩波書店/2007年『沖縄芸術の科学』19号「近代沖縄の芸術研究①」沖縄県立芸術大学附属研究所/2008年『沖縄芸術の科学』20号「近代沖縄の芸術研究②」沖縄県立芸術大学附属研究所
 〇高江洲義寛氏や友人たちがNHKのテンペストに関して批判を展開している。ことに西里喜行氏は八重山地区の教科書問題に通底するものと断定しておられる。
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1990年8月 戦争体験記録研究会『次代へ』安仁屋政昭「平和をまもるたたかいは、忘却とのたたかいである。」


 後藤忠政『憚りながら』(宝島社文庫2011)
2013年1月12日ージュンク堂那覇店で後藤忠政『憚りながら』(宝島社文庫2011)を買ってきた。山口組最高幹部と親しい島田紳助について「島田紳助とかいうお笑い芸人が、自分が司会やってる番組(日本テレビ系『行列のできる法律相談所』)を使って、カンボジアに学校を建てるんだと言ってたじゃないか。あれほど、見ていて気分が悪くなる番組もなかったな。(略)押しつけがましい、見てるこちらが恥ずかしくなるような「善意」を、公共の電波を使ってタレ流すテレビ局も、テレビ局だ。」とある。本書には親交のあった櫻井義晃、竹井博友、野村秋介①との出会いにもふれている。

後藤組関連資料

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1963年12月 竹尾二郎『真相』野村秋介「獄中手記」
 ①野村秋介1935年~1993年 東京出身の新右翼活動家、思想家。
若年の頃は出口辰夫(通称モロッコの辰・後に暴力団稲川会四天王の一人となる)の舎弟。五・一五事件の三上卓との邂逅を経て右翼開眼。戦後新右翼の代表的な論客として知られた。1963年、自民党の政治家・河野一郎邸を焼き討ちし、懲役12年の実刑判決。出所後の1977年には経団連本部を襲撃、懲役6年の判決を受け再び服役した。「ヤルタ・ポツダム体制打倒」と「日米安保条約破棄」を軸に、反権力の右翼としての思想を強く主張した。その批判対象は政界・財界からマスコミにも向けられた。ただ本人は左右を超越した「民族主義者」を自認し「右翼」と呼ばれる事を嫌っていたとも言われる。彼は右翼ながら、「在日」朝鮮、韓国人を慮っていた。1983年、衆議院総選挙東京2区から新井将敬が出馬するも、同選挙区石原慎太郎候補の秘書により、『北朝鮮から帰化』という中傷シールが選挙ポスターに貼られる。-所謂黒シール事件,その際野村秋介が、石原慎太郎候補事務所に猛抗議に行った。持ち前の義侠心からであった。1992年、参議院選挙に際して「風の会」を組織し比例区から候補者を擁立した。『週刊朝日』誌に「ブラック・アングル」という風刺イラストを連載していた漫画家山藤章二が、これを「虱の党」と揶揄した作品を発表した事をとらえ、朝日新聞に対する抗議の姿勢を強めた。翌年の1993年10月20日、朝日新聞東京本社に乱入、社長ら首脳と話し合いの後「天皇(すめらみこと)弥栄」と三度言い残し、拳銃自殺。(はてなキーワード)

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 「くろねこの短語」2020年10月1日トランプとバイデンによる大統領選討論会は、まるで言葉によるプロレスみたいなものだったようで、日本のメディアも「史上最悪」なんて言っている。特に、トランプのルールを無視した不規則発言が酷いってんだが、そういうことはペテン師・シンゾーか総理大臣の時も同じようなもので、そんな悪態をほったらかしにしておいたくせによく言うわ。
 そんなことより、福島第一原発事故をめぐる集団訴訟で、仙台高裁が国の責任を認める画期的な判決を下した。津波対策を先送りしてたことなどを認めての判決は、福島第一原発事故が「人災」って言ってるのと同じで、こうなると第一次政権の際にペテン師・シンゾーが共産党・吉井議員の「原発の全電源喪失の可能性について」という質問に対して、「全電源喪失はありえない」と答弁して、その結果、地震対策を怠ったという事実が改めて思い出される。
 このところ、「薬が効いた」とかで表舞台にシャシャリ出てくるようになったペテン師・シンゾーだが、こやつの様々な悪事ってのはけっして終わったわけではないんだね。とことん追い詰めて、「元総理逮捕」のニュースを妄想する今日この頃なのだ。最後に、「女性はいくらでもうそをつける」発言の杉田汚水脈に不正献金疑惑の下村君が「おい、こら」と口頭で注意したってね。で、杉田汚水脈は記者会見を開くことなく、これからはブログで説明していきますとさ。こんなのが政治家でございと税金で生活できるのも、比例代表制という個人よりも党を優先した選挙制度のおかげなんだね。小選挙区制と併せて、選挙制度そのものを見直していかないと、第2、第3の杉田汚水脈がこれからも出てくることになりますよ。

 「くろねこの短語」2020年9月30日プーチン・菅電話会談直前に、北方領土でロシア軍が軍事演習!&杉田汚水脈発言に「党として適切な措置がされていくべき」(橋本聖子)!&共同通信論説委員を首相補佐官に正式起用・・・「権力の番犬」から「権力の飼い犬」へ!!

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  「くろねこの短語」2020年9月27日 (前略)ところで、カス総理が国連総会でビデオ演説した。国際政治の舞台では{Suga、Who?」ってなもんだったから、どんな演説して存在感を示すのかと思ったら、「来年の夏、人類が疫病に打ち勝った証しとして、東京五輪・パラリンピックを開催する決意だ」とさ。おいおい、まだ世界はコロナ禍の真っ最中だぜ。ワクチンだって暗中模索の状況で、終息の見通しなんかまったく立っていないのに能天気にも程がある。そういえば、首相補佐官起用が取りざたされている柿崎論説委員は、カス総理の影のスピーチライターって噂があるそうだ。まさかこのスピーチも・・・・じゃないだろうねえ。
 「人類が疫病に打ち勝った証し」ってんなら、コロナが収まらない時はオリンピック中止だねと早速、揚げ足を取られているようで、コロナ対策もまともに出来ていないのにオリンピックに言及するとは馬鹿も休み休み言え・・・とてうわけで、お後がよろしいようで

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 Y・マツダ 9-25 長いヤーグマイが始まってから、地上波のテレビのつまらなさが目立つようになった。以前からそうなのだろうが、どうでもいいような話題に時間を割き、本当に大事な事は無視しているとしか思えない。誰が不倫しようが、離婚しようが何だってんだ。視聴率さえ稼げればいいのか。
 我が家のテレビは、今では地上波を映す時間はかなり減っている。BSで夏メロ番組を見るか、妻はスカパーで韓国ドラマをリレーする。孫はNetflixでキッズ番組を見る。NHKで骨太の番組に出会うと嬉しくなる。かつては、「電気紙芝居」と揶揄されたテレビだが、こんな風に言われるのは、かえって紙芝居こそ迷惑なのではないだろうか。

 「くろねこの短語」2020年9月23日 東京五輪招致委員会がシンガポールのコンサルタント会社に渡した2億円を含めて、五輪招致のために海外に送金した総額が11億円にもなるってね。シンガポールのコンサルタント会社以外については「具体的な送金先や内訳は不明」というから剛毅な話なのだ。さらに、この他にも「宛先不明資金の出し入れ」があるというから、オリンピック招致のためという名目でどれだけ闇の金の流れがあることか。なかには、オリンピック招致の中心人物と噂される元電通専務の組織委員会理事の会社に流れた9億円なんてのもある。この御仁は、昨日のエントリーに書いた、シンガポールのコンサルタント会社に渡った2億円にまつわる疑惑のキーマンとも目されている人物なんだね。東京オリ・パラってのは、事程左様に利権にまみれた汚れた大会ってことだ。こんなんだもの、コロナが終息しようとしまいと開催に向けって突っ走ろうとするわけだ。サメの脳みそ・シンキロー森君にとってはこれが最後の稼ぎ時だろうから、それは必死になるってものだ。いっそのこと、竹田前JOC会長と一緒にフランス当局に逮捕されちゃえばいいのに。

 「くろねこの短語」2020年9月20日 デジタル庁創設で、カス総理の究極の狙いは「警察監視国家」!? 
 携帯電話料金の値下げは、自称苦労人のカス総理が官房長官時代から言っていることなんだが、そもそも民間の企業活動に対して政治家がどうのこうのと干渉するってのはおかしな話なんだね。だからなんだろう、これまでは携帯会社も困ったもんだと思いつつ、料金値下げについては敬しつつも遠ざけていたんだね。
 そんな携帯会社に不満タラタラだったんだろう。総理大臣になったとたんに、「電波(利用)料の見直しはやらざるを得ない。(事業者は)電波を借りて収益を上げているから、そこまで踏み込まなければならないのかなと思う」と携帯大手3社に脅しをかけてきたってわけだ。
 この理屈ってけっこうヤバくて、これが通用するとテレビにだって圧力をかけるのは容易になってくる。かつて、自民党は「各テレビ局に選挙報道で細かい公平性を要請」したことがあるし、「言うこと聞かないと電波止めるぞ」って脅しをかけたと噂される総務大臣もいたくらいですからね。
 そう考えると、デジタル庁の創設ってのはかなり胡散臭い。なんてったって担当大臣がネットでのヘイト攻撃も辞さないいうネトサポの総元締めですからね。おそらく、マイナンバーカード所持の義務化というのが目的のひとつであることは間違いない。運転免許証との紐づけの動きがあるけど、それも所持義務化の一環なんだね。運転免許証保有者は8000万人を超えているから、これだけで所持義務化は一定程度達成されることになる。
 こうした一連の動きって、つまりはカス総理が狙っているのは警察監視国家ってことなんじゃなかろうか。ペテン政権時代に権勢を誇った通産官僚をお払い箱にして、警察官僚が官邸官僚として睨みをきかせる体制を整えているようだし、つなぎの政権なんて油断していると大変なことになりますよ。
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 「くろねこの短語」2020年9月19日 マルチ商法「ジャパンライフ」の元会長以下幹部14人が逮捕された。元会長が桜を見る会に首相枠で招待されていたという事実が発覚し、その関係が疑われていたペテン師・シンゾーが総理辞任直後というタイミングがなんとも香ばしい。自称苦労人のカス総理は桜を見る会の再調査はしないと明言しているし、ジャパンライフの広告塔・加藤君も昨日の記者会見では改めて「招待者名簿は存在しない」ってシラを切ってるから、おそらくこのまま逃げ切ろうって腹積もりなのだろう。
 そもそも、ジャパンライフには、親の代からの付き合いであるペテン師・シンゾーだけでなく、土建政治・二階君、ジャパンライフの広告塔・加藤君、さらに警察官僚なども深くかかわっているんだね。噂では、統一教会との関係も囁かれているようで、だとするとペテン師・シンゾーにとってはオヤジから受け継いだ強力な資金源だったんじゃないかと邪推したくもなろうというものだ。
 ジャパンライフの元会長と幹部が逮捕されれば、桜を見る会問題が再燃することは容易に想像つくことなんだから、検察はどのくらい腹を決めているんだろう。当然、ペテン師・シンゾーへ説明責任を求める声は高まるし、現職の官房長官が広告塔だったという事実にも改めてスポットが当てられるんだから、船出したばかりのカス政権にとっては迷惑な話だと思うんだけどねえ。官房長官が関わっていなければ、ペテン師・シンゾーの追い落しをカス総理が仕掛けたってことも考えられるけど、果たして真相やいかに。ペテン師・シンゾーの逮捕の瞬間を夢想してみる土曜の朝である。
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 「くろねこの短語」2020年9月16日 (前略)そんなみすぼらしい閣僚たちの中で、ちょいと気になるのがデジタル庁担当の平井卓也君なんだね。この男、検察官の定年延長に関連する衆院内閣委員会の質疑応答中に、タブレットで「ワニ動画」を観ていたのがバレちゃって顰蹙買ったのは記憶に新しいところだ。その他にも、社民党のミスホタンに向かって「黙れ、ばばあ!」とネットに書き込んだこともあるという素行不良の男なんだが、何よりも怪しいのがネトウヨ集めてSNSなどの政権批判者をヘイトまがいの誹謗中傷で叩きまくるネトサポ(自民党ネットサポーターズクラブ)の元締めだったってことだ。こんな不埒な男が担当大臣のデジタル庁って、それだけで底が割れてるってなもんです。官僚だけでなく、一般大衆労働者諸君にとっても恐怖政治が始まるってことか。

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 私の17歳は、東京・新宿歌舞伎町の大衆割烹・勇駒新館で働いていた。勇駒本店隣に鮒忠①もあった。当時、新宿は副都心と称していた。現在は伏魔殿と謂われた都庁があるので都心であろうか。新宿は個人の存在など歯牙にもかけない喧噪で無味乾燥なビルが林立する巨大歓楽街であった。夕刻、新宿駅から仕事を終えたサラリーマンが歌舞伎町に大量に弾き出され勇駒新館はたちまち地下、2階も満杯になる。仕事が終わり寮に帰ると朝霧が立ち込めゴミが散乱する早朝の静寂は何とも言えない退廃的な雰囲気であった。職場には学費を稼がなければならない大学生バイト(早稲田が多かった)が5人も居たのでヒマな学生の政治運動やスポーツには興味も関心も無かった。沖縄出身に元出版社に居たという神里氏、いつも朝にヌンチャクの稽古をしていた。王城(喫茶)にも入口に沖縄出身の用心棒が居て、「困っていることがあれば相談に来い」と言ってくれた。
     
当時の新宿歌舞伎町(真鍋博1968年12月)
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歌舞伎町の大衆割烹・勇駒本店 

1977年8月 桜井華子『東京の味Ⅲ』保育社「いそ料理 勇駒」
①根本忠雄(ねもと ただお、1913年 - 1988年)が1946年9月1日に同年9月1日、浅草千束に川魚料理の店「鮒忠」創業。川魚の捕れない冬場のメニューとして、進駐軍向けの鶏肉(ブロイラー)を串焼きにした「焼き鳥」の販売を開始。焼き鳥を大衆へ大々的に販売することを始めたのは日本初と言われ、「焼き鳥の父」と呼ばれたという。根本忠雄『年商十五億のやきとり商法―鮒忠立志伝』 柴田書店 (1965年)『鮒忠の江戸ッ子商法』 東京経済 (1972年)→Wikipedia。現在、勇駒はネット上出てこないが、鮒忠はもう老舗となって三代目が卸、ケータリング、レストランの3事業をネットも活用し引き継いでいる。

 勇駒新館の支配人は漫画家さいとう・たかお似の出っぷりとした人で読書人。週に一回は紀伊國屋本店に雑誌や本を買いに行かされた。もちろん私も本屋は大好きだから喜んで行った。紀伊國屋本店には名物社長の田辺茂一がいたが見たことはない。この年は、「夢の島」の蠅騒動、ベ平連、河野一郎・江戸川乱歩・谷崎潤一郎・高見順らの死去、横井英樹襲撃で東京を震撼させた安藤組の安藤昇が映画俳優として登場したのが週刊誌を賑わしていた。店にはヤクザの長老も常連で来る。その一人(若いころはドス○○)が「近くで安藤昇のロケがあったのだが奴は小柄だからいかに大きく見せるかで周囲が悩んでいた」という。これを聞いて思い出したのが、以前、錦糸町のボウリング場で美川憲一が雑誌の取材でボールを投げるポーズをしていた。誌面では見事にストライクとなっていた。何事でも演出は必要だと思った。集団就職での上京の目的のひとつに、神田の古書街に通うことがあった。新宿は夜の街で前衛的な文化(サブカルチャー)の街で芸術文学の分野も幻想、終末、刹那・頽廃なものであふれていた。安藤昇のレコード「新宿無情」[1965]も出ていたが今ではYouTubeで聴くことができる。『月刊専門料理』の創刊は、1966年11月、この創刊号も勇駒新館の事務所で見た。


右に新宿コマ劇場
〇新宿コマ劇場とは、東京都新宿区歌舞伎町一丁目にあり、1956年12月28日から2008年12月31日まで株式会社コマ・スタジアムによって運営されていた劇場である。「演歌の殿堂」として広く認知され、数々のミュージカル作品も上演された。コマ劇や新コマとも言う。/1956年(昭和31年)2月にコマ・スタジアムが設立。大阪・梅田にあった梅田コマ・スタジアム(梅田コマ劇場の前身)の姉妹劇場として当劇場が建設され、同年12月28日に開場した。開場当初は「新宿コマ・スタジアム」と呼称していた。阪急・東宝グループの創始者である小林一三が抱いた「新しい国民演劇(新歌舞伎)の殿堂を作る」という理念に基づいて創設し歌舞伎町の地名のもととなった。客席数2,088席は首都圏で最大級であった。→ ウィキ
〇2011年7月11日、東宝が新宿コマ劇場及び新宿東宝会館の跡地に複合インテリジェントビル「新宿東宝ビル」を建設することを発表した。地上31階地下1階建て、高さ130メートル、延べ床面積55,390平方メートル、1階と2階に飲食店、3階から6階にTOHOシネマズが運営するIMAXシアターを導入して12スクリーン約2500席の都内最大級シネマコンプレックス「TOHOシネマズ新宿」、9階から31階に藤田観光が運営する約1030室のホテル「ホテルグレイスリー新宿」などが入居し、2015年4月17日に開業した。コマ劇場の中核だった演劇場は収益性が低いとして入居が見送られた。 → ウィキ

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新宿・勇駒新館でー左に座っているのが新城栄徳、柴田マネジャー。柴田マネジャーに早稲田の学生がバイトさせてくれという、即採用。/新宿コマ劇場近くには琉球泡盛屋が数軒あった。志多伯克進、「志多伯のおやじ」という新宿名物的人物も居たが見たことはない。当時は未成年だから覗くだけで、新橋の沖縄料理屋には「沖縄そば」を食べにいったことがある。新宿の南風②は1974年にオヤジさんに『青い海』を贈呈しユンタクした。
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1950年11月 仲井間宗裕・伊佐栄二『沖縄と人物」
 ②『琉球新報』2015年3月7日 新宿歌舞伎町で67年 沖縄料理店「南風」閉店ー【東京】創業67年を数え、東京の沖縄料理店で草分け的存在の新宿歌舞伎町の「南風(なんぷう)」が今月末で閉店することになった。店主の前田清美さん(68)は「体力的にきつくなって、継ぐ人もいない。引き際だと思う」と話す。沖縄出身者の心のよりどころだった老舗が消えることになる。南風は戦後の焼け野原だった新宿で前田さんの両親の嘉手納知春さん(本部町出身)、幸子さん(大宜味村出身)夫妻が始めた。苦労して沖縄の食材を得、三線の名手だった知春さんが民謡で客をもてなした。
 一度離れると容易には帰れなかった米統治下の沖縄。沖縄出身者は遠い故郷を思い、南風に通った。知春さんは苦学する若者に食事をさせ、終電後はたびたび店に泊め、「始まりも終わりもない店」と呼ばれた。店の2階に住んでいた清美さん姉弟は朝、寝ている酔客をまたいで登校したという。学生時代から60年、南風に通う渡久山長輝東京沖縄県人会長は「おやじから三線を習い、土間で寝たこともある。多くの沖縄人(ウチナーンチュ)の慰めとなっただった」と懐かしむ。清美さんは嘉手納清美として歌手や女優として活躍した後、82年に店主となった。バブルのころは地上げ屋の標的にもなったが店を守り続け、浮き沈みの激しい歌舞伎町の中で、老舗の一つだ。清美さんは「毎晩、お客さんが島唄を大合唱し、カチャーシーを舞った。沖縄人が楽しんでくれたから67年も続けられた」と話した。

 柴田マネジャーは秋田の人、生真面目な人で未熟な人生観の持ち主の私を色々と注意してくれた。自宅にも連れて行かれ、マネジャーの痩躯にくらべふっくらとした色白の奥様の手料理を御馳走になった。寮の相棒に熊本出身の23歳の青年が居た。小柄だが休みの日にはコマ劇場の前などでプレイガールをお茶に誘い旅館に行き、その女性との一夜をこと細かく手帳に記していた。今だったら一流のホストになっていたが、私はそれでよく性病を移されなかったものだと感心した。店には茨城出身の威勢のいい2歳年上の子も居た。彼は駐車中の車を弄り人身事故を起こしその賠償金を払うため働いているという。また別の相棒に長崎出身の同じ年頃の子も居た。彼は年に似合わず、木の根っこを入手、磨きあげオブジェにして楽しむ人物であったが、繊細ゆえ「ゴールデン街」の人となった。後に柴田マネジャーは高円寺で焼鳥屋「秋田料理・鳥海」を開いた。

 新宿は夜の街で昼間は時間がある。よくスマートボール、図書館に行った。二十歳前だから国会図書館は入れないので、区立図書館や日比谷図書館を利用した。神保町の古書街、古書会館もよく行った。別に調理士だからというわけではないが神保町の古書店から買った本に李家正文『厠(加波夜)考』がある。中に三田村鳶魚や金城朝永の本からの引用がある。金城の『異態習俗考』にも厠に関する論考がある。『梅毒図譜』というのも買った。私は1964年に錦糸町駅ビルの本屋で、サド裁判の被告で著名な澁澤龍彦の『夢の宇宙誌』を買った。その本で南方熊楠(末吉麦門冬)、稲垣足穂、日夏耿之介を知る。後に、鎌倉の澁澤邸を訪ねた。

 新宿勇駒の仕事は夕方の5時半から12時までであった。店の雰囲気は自由奔放だが、肝心要の料理人は調理師会から、仕入れは大型トラックで社長自ら運んでくる。営業終了後、掃除をしあと片づけが終わり、残飯などの生ごみ缶を3段に重ねて30個積み上げる。あとは皆で大関(我が家は酒に弱い家系。少量でも酔う)を飲みながら毛ガニ、フグちり、焼き鳥、生野菜の鍋を食べ終わると2時頃になる。コマ劇場横の銭湯に入り、寮に帰り同僚たちと会話。長引くと寝るとき朝日が差し込んでくる。寮の隣のビルはトルコ風呂のお姉ちゃんたちの寮であったが話をした記憶はない。異性は店から寮に帰る途中に女娼、男娼が立っている。そのとき私は運悪く17歳の夢見る年齢、異性には関心は薄かった。


 古本屋で週刊誌(上は後に古本屋で入手)を漁るのが唯一の趣味で、切り抜いて手帳(この雑誌の物は残っていない。後、新聞スクラップ)に貼っていた。高円寺の球陽書房で最初に買ったのが江戸川乱歩『乱歩随筆』青蛙房 昭和35年であった。乱歩の小説は好みではないが随筆は好きであった。わが青春そのものであった大衆割烹・勇駒。今はネットにも出てこない。
 
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横尾忠則


1996年3月『酒文化研究所』第5号 野村磨子「新宿『沖縄横町』のことども」

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2020-9-2 ウークイ、紙銭を燃やす

映画ー1960年10月21封切り 那覇若松国映 国映館「タイムマシン」

左ー2002年の映画『タイムマシン』(The Time Machine)は、2002年のアメリカ映画で、SF映画。ワーナー・ブラザーズ製作。H.G.ウェルズの小説『タイム・マシン』を原作とした映画であるが、物語には大幅な脚色がされている。また、本作は1959年にアメリカで製作されたSF映画『タイム・マシン 80万年後の世界へ』のリメイク作品である。(ウィキ)

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1984年1月 ノーマン&ジーン・マッケンジー 村松仙太郎訳『時の旅人―H・G・ウエルズの生涯』早川書房

1983年10月11日ー『琉球新報』新城栄徳「落ち穂『未来』」〇当時の平和美術展で対馬丸遭難の絵に「イカダが多すぎる」と新聞紙上にあった。

 中学3年のころ、写真左下のアーサー・C・クラーク 福島正美・川村哲郎訳『未来のプロフィル』早川書房をよく読んだ。このクラークの科学エッセイ集は1958年から1962年にかけてアメリカの『ホリディ』『ホライズン』『サイエンス・ダイジェスト』『プレイボーイ』などに書いた記事をまとめたもの。中に、バートランド・ラッセルの挽歌を引いて「・・・・・あらゆる時代のあらゆる労働も、あらゆる献身も、あらゆる霊感も、あらゆる天才の白昼のごとき明晰さも、太陽系の死と同時に滅亡の運命にあること、そして人類の建設したすべての寺院が滅びゆく宇宙の廃墟の下に埋もれてしまわねばならぬということーこれらすべてのことが、かりにまったく論議の余地がないわけではないにしても、ほとんど確定的であるため、それらを否定しようとするいかなる哲学も存立する望みは持てないのである。  これはまさしく真実であるかもしれない。が、それにもかかわらず、宇宙の滅亡は、思量すべくもない遠い未来に属するので、われわれ現代の種の直接的な関心の対象とはなりえないのだ。」原子に就いて、「物質のエネルギーを解放するために必要だったのは、化学的燃焼に相当する原子の”火”だった。そして、ウラニウムの核分裂こそ、それだったのである。一度、これが発見されれば、原子力の利用は時間の問題だったーただし、もし戦争という圧力がなかったならば、その開発に、ほぼ一世紀はかかったかもしれないけれども。」

1969年4月ー安田寿明『頭脳会社ーシステム産業のパイオニア』ダイヤモンド社
1970年9月ー野口悠紀雄『シンク・タンク』東洋経済


株式会社ダイケイ 大阪市西区 1997年1月にゼンリングループの一員/ダイケイは伊藤彰彦が1961年に設立した株式会社大阪計算センター(大阪市東区)が1979年8月に株式会社ダイケイに社名変更。 

「宇宙船地球号(Spaceship Earth)」という言葉は、20世紀アメリカの建築家・思想家、バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)によって有名になった。彼は1963年、『宇宙船地球号操縦マニュアル(Operating manual for Spaceship Earth)』を著し、宇宙的な視点から地球の経済や哲学を説いた。フラーはその生涯を通して、人類の生存を持続可能なものとするための方法を探りつづけた。
 フラーは、地球の歴史とともに蓄えられてきた有限な化石資源を燃やし消費し続けることの愚を説いた。これらの資源は自動車で言えばバッテリーのようなものであり、メイン・エンジンのセルフ・スターターを始動させるために蓄えておかねばならないとした。メイン・エンジンとは風力や水力、あるいは太陽などから得られる放射エネルギーなどの巨大なエネルギーのことであり、これらのエネルギーだけで社会や経済は維持できると主張し、化石燃料と原子力だけで開発を行うことはまるでセルフ・スターターとバッテリーだけで自動車を走らせるようなものだと述べた。彼は人類が石油やウランといった資源に手を付けることなく、地球外から得るエネルギーだけで生活できる可能性がすでにあるのに、現存する経済や政治のシステムではこれが実現不可能であると述べ、変革の必要性を強調した。
 宇宙船地球号とは、地球上の資源の有限性や、資源の適切な使用について語るため、地球を閉じた宇宙船にたとえて使う言葉。バックミンスター・フラーが提唱した概念・世界観である。またケネス・E・ボールディング(クエーカー教徒でもあり、今日でいう平和学に大きな関心を寄せていた。妻は平和研究者、平和運動家のエリース・ボールディング)は経済学にこの概念を導入した。 ウィキペディア□戦後の日本においてGHQのボナー・フェラーズ准将が熱心なクエーカー教徒で日本でのクエーカーの布教活動に精力を注いだ。また、信徒のエリザベス・ヴァイニングは後に天皇となる皇太子・明仁の家庭教師を務めた。

 新城□2010年12月28日ー妻の実家の読谷楚辺へ行った。父を見舞った帰途、赤犬子宮を訪ねると管理されていないのか入口を車が塞いでいた。釈渚善さんの言うていた大湾の真常寺を思い出し訪ねた。そこで京都全体マップで親鸞聖人ゆかりの地が載っている近畿日本ツーリスト発行の「親鸞聖人ーお念仏の道をたずねて」「大谷光真パンフ」を貰った。(去年暮れに書いたものを移動)


1972年11月 沖青友の会機関誌『石の声』10号〇上原良三「初秋の京都北山へーそもそも諸準備の為、京都に勤める新城君の職場(某食事処食堂)で米や、スープンの調達のついで、コーラやコーヒーを御馳走になったのも一原因かも知れない。」


京都駅 右に蘇鉄/「新福采館本店」「本家第一旭」
 帰途、何時ものように京都駅近くの塩小路の中華そば屋による。京都から帰宅する前は必ずよるのが慣わしとなっている。22,3歳のころもよく食べにいった。「新福采館本店」と「本家第一旭」はまだ健在だ。当時は駅前でも中華そばの屋台があった。屋台の暖簾には「贈・中島連合会(→現会津小鉄会)」の文字があったのが今でも印象に残っている。最近では新福も第一旭もネットで賑やかだ。新福はHPも開いて全国展開している。どちらも1947年に店舗を構えた。新福は休みだったので第一旭に入った。青春時代の懐かしい味だ。腹ごしらえも済み、京都市南区東九条にかつて間借していた家を訪ねた。家はそのままだが、冷やし飴を売っていた店はとっくに壊されビルになっていた。向かいに図書館ができていた。


寮は南区/近鉄京都駅の近鉄名店街京風喫茶「紅屋」が職場 寮近くの通り、正面に見えるのが新幹線京都駅
〇2020-5-17 朝、テレビで「目撃!にっぽん 『番地のなかった街で在日コリアン2世 最後の語り』」でこの地域が報じられていた。今はGoogle地図で東九条を散歩できるが、動画を見るとネトウヨ視点で「東九条コリアタウン」などとやっている。  

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 古代キリスト教の神学者アウグスティヌスの名言に「世界は一冊の本にして、旅せざる人々は本を一頁しか読まざるなり」がある。アウレリウス・アウグスティヌス(ラテン語: Aurelius Augustinus、354年11月13日 - 430年8月28日)あるいはアウグウティノは、古代キリスト教の神学者、哲学者、説教者。ラテン教父とよばれる一群の神学者たちの一人。キリスト教がローマ帝国によって公認され国教とされた時期を中心に活躍し、正統信仰の確立に貢献した教父であり、古代キリスト教世界のラテン語圏において多大な影響力をもつ理論家。カトリック教会・聖公会・ルーテル教会・正教会・非カルケドン派で聖人。
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2003年8月23日『沖縄タイムス』新城栄徳「うちなー書の森 人の網ー楽しみの一つ、『小学館の雑誌』」

1975年8月『小学館五十年史年表』

1953年1月『琉球新報』「安村書店は東京神田神保町に出張所」

     
1955年11月『少年クラブ』大日本雄弁会講談社
     
1959年1月『小学四年生』小学館
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1959年2月
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大濱聡 2020-8-6

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1962年3月ー『オキナワグラフ』安村書店(安村善太郎・経営)
○父が定期的に那覇から粟国に送ってくれた小学館の少年雑誌は父・母の従兄弟の安村(安里)書店から買ったもの。

『まんだらけ』 ⑩ー1995年9月 ⑮1996年12月 『まんだらけZENBU』 №6ー2000年


1963年4月 『ボーイズ ライフ』創刊号「図解特集・ロケット・ミサイルのすべて」 小学館


 粟国の仲里正雄先輩のところで季刊『しま』№243を貰った。仲里氏に5冊送られてきたからであった。以前、氏が『日本の島ガイド SHIMADASU シマダス』を那覇の書店で置いてなく、直接日本離島センターに電話して三木剛志という人が出て親切に応対してくれて入手できたようだ。この三木氏が仲里氏と手紙のやり取りで粟国に興味を持ち、それに仲里氏が当然ながら協力したこともあって本誌の粟国取材がなった。グラビア「あわのくにの祈りと叡智」で粟国の祭事ヤガンウユミが紹介され、末尾で「多くの拝所が現存し、ヤガンウユミ以外にも数他の神事がのこされた粟国島。生きるために先人たちが重ねてきた労苦、神々や祖先を畏れ敬う気持ちを叡智として次世代に伝えつつ、独自の自然・文化資産の価値を高め、さまざまな体験プログラムを創出してゆけば、南西諸島に冠たる交流の島となるにちがいない」と結んでいる。

  

1953年12月 全国離島振興協議会広報誌『しま』
離島振興法が成立した年の昭和28年12月に全国離島振興協議会の機関誌として創刊。第72号(同48年2月発行)から(財)日本離島センター財団広報誌として継続刊行。昭和49年8月、私は東京晴海にある(財)日本離島センターを訪ねた。『しま』を購入したが、1号2号はボロボロだったのでいただいた。近くにある晴海桟橋は初めて東京の地を踏んだところである。第1号の編集後記に、誌名についても、大いに悩まされた。日本の島・島と生活・離島振興・島民・島人など、幾つも幾つも名案やら迷案やらがとび出す始末であった。最後に「しま」はどうだろうかといったのは長崎県企画室の松本氏であった。簡明で、しかも強烈な印象を受けるというみんなの賛成で採用されることになった。かつて柳田国男氏などが主宰された「嶋」という雑誌があるので本誌の方は、同じ発音でも平仮名を採用した。柳田氏のお考えの一部でも、本誌によって発展させることができれば、望外のしあわせといえよう、とある。『しま』100号には大城立裕「沖縄離島への思い」が載っている。



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1962年3月 『新日本大観№1<東京1>』世界文化社〇図書館と美術館ー都立日比谷図書館、神田の古本街が紹介されている。この2年後、日比谷図書館と神田古書街は常連となる。

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1970年2月 『新しい日本 九州③』国際情報社 宮本常一「薩南と琉球諸島の風土」

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 斎藤 陽子(Walnut, California)9-9 日本時間 レイバーデ―の三連休明けの、火曜日は気温40℃、2日前の気温49℃に比べると、ずっと涼しく感じます。暑い日を迎えると同じカリフォルニアでも、北の方の年中涼しいサンフランシスコが恋しくなります。サンフランシスコは1906年4月に、マグニチュード7,8の大地震を受け、街は壊滅状態になりました。その後に建てられた街並みが、独特なビクトリア時代風の隣と背中合わせで建てられた、現在に至る建物で遠目に見ると可愛くロマンチックな建築物が立ち並んでいますが、ほとんどが100年以上の建物で、観光客にはロマンチックな住居に見えても、住んで居る人々は100年目の修繕や補強などで、頭も痛いようです。
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 写真は英国ビクトリア朝時代風の建造物の立ち並ぶ、サンフランシスコのヘイト・アシベリー街(Haight & Ashbury)です。54年前に横浜から船に乗って、14日目の早朝にゴールデンゲイト・ブリッジをくぐった日は感激したものです。サンフランシスコ埠頭に着き初めてアメリカ大陸に上陸し、住み着いたのがこの街でした。サンフランシスコには独身の頃の1年半を過ごしましたが、この街は「1日に四季のある町」と言われるように、朝は春めいて、昼は初夏になり、夕方から夜にかけては冬が来たような気温の街です。
 54年まえの当時はビートルズの「ヘイ・ジュード」(Hey Jude)の歌が大はやりで、どこへ行っても ♪♪~Hey Jude don't make it bad~♪♪が聞こえて来て、若者のベトナム反戦のデモンストレーション集会が至る所であり、髪に花飾りをして若者は平和を歌っていたものです。日本での大学1年の時には60年安保闘争の暗い学生生活が東京での幕開けで、東京の学生生活と研修時代は、人々は経済成長にガムシャラに働き詰めで、暗い日々を送っていた後だけに、サンフランシスコの街はヒッピー文化花ざかりで、自由を謳歌しながら明るく反戦の意思表示をしている若者が、Hey Judeを歌い溢れて、自由なその風景は余りにも、日本との温度差に戸惑いを感じたのも確かです。1ドルが360円という為替レートの厳しい時代、海外からの貧乏留学生の生活はいろいろと言い難い辛苦もありましたが、いまでは生涯のいい体験にもなりました。78歳になった今も、この歌を聞くたびにサンフランシスコで青春を過ごした日々を思い出します。そして今も変わらないのはサンフランシスコのビクトリア風の、街並みのタタズマイです。

 
 M・O9-9ここ数年の日本のぶっ壊れ方見てたら、さもありなん。もちろん伊勢谷友介は大麻所持してたんだろうけど、”政治発言する奴は潰す”感満載。大麻といえば安倍昭恵だけど、彼女の数々の疑惑はメディアも野放し。不公平な世界ね。

 古谷経衡@長編小説【愛国商売】(小学館)発売中!菅義偉が苦労人みたく言われているが、苦労をしたのは満州に渡った父親とその一族で、命からがら満州から引き揚げてきた。菅自身は戦後生まれで、父親はいちご栽培で成功し売上げ3億円を記録。菅が中学生の時地元の町議会議員になっている。特に貧しい家庭だった訳でなくむしろ富裕な家の長男である。/「スポーツ報知」9-10 大阪府の吉村洋文知事(45)は9日、大阪府庁での定例会見で自民党の総裁選について「菅官房長官に総理になってもらいたい」と期待を寄せた。

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2020-9-6 6:10 台風10号、最接近


大濱 聡 9-6 ■不正確なことをさも正しいことのように発言したり(或いは、自らの勘違いに気づいていないのかも)、「アメとムチ」で弱い立場の人間を籠絡しようとするのは、ある種の政治家がよくやる手なんでしょうか。/『琉球新報』社説 9-5 菅義偉官房長官は、沖縄の基地負担軽減の成果として、那覇空港第2滑走路増設を挙げ「結果的には(沖縄振興と基地問題が)リンクしている」と述べた。次期首相に最も近いとされる菅氏の発言は「金と引き換えに基地を容認せよ」という「アメとムチ」の構図と重なる。この発言は容認できない。沖縄振興の原点に戻ることを強く求める。

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2020-9『民医連厚生事業協 共済だより』第149号〇瀬長和男「いま、沖縄に連帯して 辺野古の座り込みも『命』最優先に」

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2020.9.9(水)東京新聞 朝刊

 「くろねこの短語」2020年9月5日 (前略)党員投票しないのは「政治空白回避のため」なんて言い訳してるけど、初老の小学生・ペテン総理は体調不良が嘘のように辞任表明以来、午前中から執務に励んどります。「敵基地攻撃能力」についても年内に結論を出すように指示しているそうで、「体調不良のために政治的判断に誤りがあっては困る」から辞任した奴が何をするかってなもんです。心の憂さが晴れたかのようなペテン総理の執務状況を見ていると、ああ、やっぱり辞任は体調不良じゃないんだなの思いか強くなる。やっぱり、モリ・カケ・サクラに河井バカップル買収事件がらみの刑事訴追を免れるためってのが本当の理由という噂に説得力があろうというものだ・・・妄想だけど。

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山崎 9-5 台風10号の接近で名護も避難準備が発令中で、次第に風が強くなってきた。その後10号は、九州の西側をかすめるように北上し、朝鮮半島へ向かう。そのコースには川内原発(2基定期検査中)、玄海原発(4基のうち2基が稼働中)があり、韓国では先日の台風9号で釜山近郊の原発4基(古里原発2、新古里原発2)が緊急自動停止したばかり。10号は原発のある場所をなぞるように進む。無事を祈るしかない。
 
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東京新聞朝刊 2020.9.3 (木)

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大濱 聡 2020-9-3

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東京新聞 朝刊 2020.9.2 (水)

 9月1日は関東大震災記念日で防災の日伊勢湾台風が襲来した翌年の1960(昭和35)年に閣議決定。関東大震災の惨事を教訓として、防災意識を高める日。各地で防災訓練が行われる。

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 菅野完 2020-9-2 あった。残ってた。 2007年9月、第一次安倍政権を、安倍晋三が体調不良で放り投げた直後の「主治医の会見」の様子。主治医はここで、「潰瘍性大腸炎」とは言っていない。主治医がいう病名は「機能性胃腸障害」。主治医は「潰瘍性大腸炎」という言葉を一切使っていないのだ。それどころか、「数日前までは、職務に全く支障はない状態だった」と言っている。主治医がだ。これが、事実。
 そして、「あれから今日に至る13年間で、実際に安倍晋三を診察した医療関係者が、『安倍晋三氏は、潰瘍性大腸炎を患っている』と公の場で証言した事例は、ただの一つもない」というのも事実。「安倍晋三は潰瘍性大腸炎を患っている」との情報の”初出”は、安倍晋三本人。文藝春秋に寄稿した手記の中でだ。第三者証言ではない。本人証言しかない。

 「くろねこの短語」2020年9月1日 (前略)そんな中、「菅政権」誕生が既成事実であるかのような刷り込み報道が垂れ流されているんだが、その当事者である顔も頭も貧相な官房長官・ガースは相も変わらず「問題ない」「批判は当たらない」の木で鼻をくくったようなコメントを連発してシレッとしている。次期総理は俺のものと腹の中でほくそ笑んでいるんだろうが、好事魔多しとはよく言ったもので、自民党が下野している時に民主党政権をdisった自らのブログがブーメランとなって襲ってきた。スッカラ菅君の後任を決める党首選が国会議員のみの投票になったことをとりあげて、こんなこと言ってたんだね。
 「与党の代表を選ぶことは、日本の総理大臣を決めることであり、本来なら候補者が自らの考え、政策を広く国民にも示し、議論を深めるべきものです。自民党が総裁を選ぶ際には、全国で遊説を行って国民に広く考えを示し、政策論争を深めてきました」「民主党内で政策論争はほとんど見られず、候補者は民主党議員の顔色をうかがい、多数派工作に終始しています」


 「ハーバー・ビジネス」2019年11月11日ー2013~16年に「桜を見る会」に招待されたことを投稿する世界戦略総合研究所事務局次長小林幸司氏のFACEBOOK、14年には菅義偉官房長官と記念写真に納まる。
 
 愛知ママの会「菅官房長官とパンケーキ❣️」河井あんり氏のTwitterより 1億5000万の件どうなったんでしょうかね。菅さんご存知ないのかしら?

畠山 理仁 9-1菅義偉さんが話題です。せっかくなので、私が2009年に菅義偉さんを直撃して書いた記事をアップしておきます。「エーッ!! 世襲制限の急先鋒自民・菅義偉議員が息子を総務大臣秘書官にしていた!?」(『週刊プレイボーイ』No.25/2009年6月8日発売号)/2020-2-本当に松尾人事院局長がお気の毒です。法の解釈を捻じ曲げさせられる。人事院局長の気持ちが痛いほどわかる。オマケに人間クズ、茂木敏充外務大臣にはパワハラされるし本当にやってらんねぇよぉって叫びたいだろうなぁ!こんなクズ政権の下では逃げ出したいだろうに大変だね/「帰れ 帰れ 帰れ」と人事院松尾恵美子給与局長に怒鳴った茂木敏充外務大臣。米国とのFTA交渉で米国の言いなりの褒賞で外務大臣就任。何の外交成果も上げられないが安倍をよいしょする術にたけているだけ。「帰れ 帰れ 帰れ」で人間性が出ているね。
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 目良 誠二郎さんは望月 衣塑子さんと一緒にいます。ーこの一枚の写真ほど、権力亡者スガの本質を表したものはないだろう。前任の権力亡者はただの大ウソツキだったが、この男は底知れぬワルだ。2019.2.26。内閣官房長官記者会見で東京新聞の望月衣塑子記者の質問に、スガはこの表情でこう言ってのけた。「あなたに答える必要はありません」/ M/T 「令和」おじさんでは務まらないのでは 今太閤・田中角栄のような豪放さもない 陰でうまく立ちまわる狡さはあっても その姑息さに国民は嫌悪感さえ抱いているというのが真相だ。



 コロナ禍・・地震大国、火山列島、水害列島ニッポン
 「日本経済新聞」2020年7月30日 午前9時ろ、東京・鳥島近海を震源とする地震があった。気象庁は同38分ごろ、関東や甲信、東海などに緊急地震速報を発表したが、震源地や地震の規模を誤ったと明らかにした。/コロナ禍のさなかテレビ各局が海岸を中継していたが誤報と分かった。
 2018年7月5日前後のウェザーニュースを見ると、今夜は京都など近畿で1時間に100mmに達する大雨のおそれ 、兵庫県・加古川支流で氾濫危険水位超える 。北海道で再び大雨 土砂災害や河川氾濫に警戒 とか、週末にかけて歴史的大雨の恐れ多発的な土砂災害・河川氾濫に警戒、 沖縄・宮古島で1時間100mmの猛烈な雨の ニュース。改めて、東京
 2005年1月7日『琉球新報』の社説に「スマトラ沖地震・津波被災は死者15万人以上という未曽有の自然災害となった。負傷者は50万人、被災者は5百万人にも達する。米軍の津波救援は被災国のすきを利用し、軍備強化を狙う。これでは『火事場泥棒』と同じではないか。」とある。今回例のメアもドサクサにまぎれ日本担当に戻ったようだ。

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木村 政昭(きむら まさあき、1940年11月6日 - )は、日本の海洋地質学者、地震学者。琉球大学名誉教授、理学博士(東京大学)(1968年)。
 2018年6月18日 午前8時前、関西で震度6弱の強い地震があった。とテレビ各社が報じていた。また、関西電力(9503.T)は、美浜・高浜・大飯の3原発で異常はない。NHKは、福井県の敦賀原発1号機、2号機についても、異常は感知されなかった、とも。連れ合いが東大阪の息子夫婦にメールを送ろうとしたら、息子の妻から「地震がありましたが、二人とも影響ないですので安心を」とのメール。ネットでは「さきほど、アベ氏はTV画面にでてきて 意味判らんことムニャムニャ言ってましたが‥肝心要の大阪府知事に大阪市長は出てこない。せめて、ひと言、コメントなり出してみたらいかがですかぁ~。まだ、寝てんのかい? 」などなど大阪チジや市長の地震対応の批判が飛び交っている。→7月1日『産経新聞』松井一郎知事も、地震発生から約1時間半後に開かれた第1回災害対策本部会議には渋滞の影響で間に合わず、午前10時10分ごろ府庁に到着。

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お盆は台風と共に/嵐の前の静けさ

 「くろねこの短語」2020年8月31日 (前略)そう妄想すると、土建政治の二階君が画策する「菅政権」というのも納得がいくんだね。なんてったって、顔も頭も貧相な官房長官・ガースは初老の小学生・ペテン総理とは共犯関係みたいなものだから、モリ・カケ疑獄やサクラ疑惑などの「総理の犯罪」をもみ消すためにも、これほどうってつけの人物はいない。さらに、河井バカップル買収事件には土建政治の二階君も自民党幹事長としてけっして浅からぬ関係があるはずで、検察との関係を考えると睨みを利かせられる地位に居続けることが自らの保身にも繋がるって計算しているに違いない。

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大濱 聡2020-8-29■安倍首相、辞意表明 沖縄の空気――地元二紙(8.29『琉球新報』『沖縄タイムス』)の見出しから。

 「くろねこの短語」2020年8月29日 (前略)モリ・カケ疑獄も桜を見る会も、まだ終わったわけではないんだね。初老の小学生・ペテン総理の責任追及ってのは辞任でチャラになるものではない。だからこそ、昨日の会見ってのはとても重要な意味を持っていたのに、これではお涙頂戴のお別れ会ですよ、ったく。ペテン総理は、「政治空白を回避するため」にこのタイミングでの辞任となったって言い訳してるけど、それを言うなら国会閉じてからの2ケ月間ってのは何だったんだろうね、野党の臨時国会召集要請も拒否したまま、いっさい記者会見も開かず、どうやらその辺から体調不良に陥っていたようで、それを取り巻き使って吹聴させて、前回のような「政権投げ出し」のイメージを消すための地ならしをしたんじゃないのか。とすれば、これほどの「政治空白」がどこにある。
 結局は、無責任ってことに帰結するんだね。そんな無責任野郎にやりたい放題させちまった8年間だけど、これですべてが変わるってものではない。誰がペテン総理の後釜に座ろうと、その人物が同じ穴のムジナでは意味がないんだ。どうやら、フルスペックの総裁選ではなく両院議員総会で後任を決めることになるらしい。党員票に強いアンポンタン石破君潰しの意味もあるのだろう。昼間の幽霊・岸田、顔も頭も貧相な官房長官・ガース、ごまめの歯ぎしり・河野・・・どの顔見てもゾッとしない今日この頃なのだ。

 M・T 2020-8-29 長いだけ レガシーできたと 放り投げ 病もあるが病が原因ではない 経済財政 コロナも 五輪も憲法 近隣外交と  全てが糞詰まり これは 憲法九条の勝利だ トランプと共に去りぬ か

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 大濱 聡2020-8-28■8.27フジ「バイキング」での二人の発言に共感。「まず、何様?って思います、この方。個人的な感情は置いておいて、自民党副総裁として、言わないといけないこと、質疑応答はちゃんとしていただきたい。こんな物言いしかできないんだったら、このポストにいないでいただきたい」――ヤックン、言うじゃない!■岸田雪子氏(元日本テレビ記者、キャスター)のコメント、私もまったく同じことを考えていた。
「質問に対して質問で返すというのは常套手段。次の質問がしにくくなる。しかも、あなたの所はどうなんだということを言うと、個人で発言していいか記者も迷いが生じて次の鋭い質問につながりにくいことを読んだ上で……」(番記者から鋭い質問が出るかどうかは別にして)

 「海鳴りの島から」2020-8-28 安倍首相が辞任するようだが、沖縄の「負担軽減」という白々しい嘘をくり返し、辺野古や高江、与那国、石垣、宮古で米軍や自衛隊の基地建設を強権的に進めてきた。辞める前にすべての基地建設を止めろ。


『しんぶん赤旗』9月4日「朝の風『勝利の方程式』ー自公維連携のもとに閣僚・議員を大量投入すること、また、候補者選定は政府に忠実であることを第一条件とすること、そして地元業界をしめつけ、とくに社員を『期日前投票』に動員することーから成る。今回の知事選でもすでに用いられつつある。/『しんぶん赤旗』9月6日「米軍機事故続発を放置した宜野湾市長時代の佐喜真」/『しんぶん赤旗』9月7日「辺野古新基地容認の佐喜真」


玉城 デニ氏→2016年6月19日「米軍属事件に抗議し、被害者を追悼する県民大会」


『しんぶん赤旗』9月3日「米戦略に組み込まれる自衛隊」

 「くろねこの短語」2016-10-22-鳥取で震度6弱。南海地震との関連も囁かれているから、油断は禁物だろう。周辺の原発も心配だ。火山活動も活発になっているし、自然の警告にしっかりと耳を傾けないと、大変なことになりますよ。ま、民の声にも耳を傾けないんだから、自然の警告なんか聞こえるはずもないんだが、耳を傾けないどころか罵詈雑言を民に浴びせるのがここの国の権力機構ってものなんだね。沖縄・高江でチンピラ機動隊員が「土人」「シナ人」と市民を罵ったのはその典型なんだが、その言い訳がこれまたイカれまくっていてもう笑っちゃいます。「(抗議する人が)体に泥をつけているのを見たことがあり、とっさに口をついて出た」「過去に(抗議する人に対して)『シナ人』と発言する人がいて、つい使ってしまった」
 でもって、「侮蔑的な意味があるとは知らなかった」とさ。「体に泥」云々は言い訳としてもとても合理的とはいえません。ちったあ頭使えよってなもんです。もっとも、頭使ってないから、こういう差別的言辞を感情にまかせて口にしちまうってことか。・・土人発言「侮蔑的な意味知らなかった」 機動隊員に戒告
 どうやらこのチンピラ機動隊員は関西の悪名高き右翼団体と昵懇の間柄らしく、基地反対運動に嫌がらせをしにきたその団体のメンバーを満面の笑みで迎えている動画がネトでは流れている。そういえば、ネットでは「○○土人」って言葉をネトウヨ諸君は平気で使っているようだから、このチンピラ機動隊員も日常的に使ってたんじゃないのかねえ。

 2016年10月ー大正区の大正会館で琉球新報移動編集局フォーラム「沖縄文化が育む絆ー大阪沖縄県人の歩み」○嘉手川会長が会員の高齢化、その他で会員が減っているので「県系人以外も会員に」と。この問題は、東京の県人会でもかつて出ていたが、2世、3世になると県人会、郷友会付き合いも煩わしくなる。古くて新しい問題だが、大阪駅前のビルには各県の事務所があって県人会の連絡先にもなっている。特に離島県は何らかの参考になると思う。

  「粟野仁雄」2018年11月ー2013年5月に当時の橋下徹市長が「慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」などと発言したこと。これにサ市が反発し、橋下市長の訪問を拒否した。サ市の議会は橋下発言を非難する決議を採択。15年9月には「慰安婦」像を中華街の公園に設置する市民団体の意向を支持する議決をした。橋下市長は反論する書簡を送付し、「橋下後継」の吉村市長は17年9月、「慰安婦像を公有化するなら姉妹都市を解消する」とする書簡を送った。同年11月にサ市議会は全会一致で寄贈受け入れを議決。吉村市長は「碑文の『日本軍が強制連行し、数十万人の女性を性奴隷にし、そのほとんどが捕虜のうちに亡くなった』は一方的な主張。確実に歴史的事実でないものは日本バッシングになる」と姉妹都市解消を表明していた。
 ブリード市長は「1人の市長が、60年以上続いた関係を一方的に終わらせることはできない」と反論していたが、解消した吉村市長「姉妹都市は高度な信頼関係で成り立つ。史実に基づかないものを公共物として積極的に受け入れたことは残念」と会見した。 地方自治法では姉妹都市の締結や解消に議会の決議は必要ではない。大阪市では慣例的に市長が市議会の各派幹事長会に諮ってきたが、吉村市長が所属する大阪維新の会以外の会派は解消に反対した。大阪都構想で市長が取り込みたい公明党も「自治体交流に国の政治を持ち込むのはどうか。近隣諸国とぎくしゃくしている時期こそ、姉妹都市交流が生きるのでは」(土岐恭生幹事長)としていた。サンフランシスコ講和条約(1951年)から7年目での姉妹都市締結は、日米大戦の恩讐を乗り越えて築かれた意義深い国際交流史だ。市長の独断が許されるべきではない。

  「くろねこの短語」2018年10月27日-私人の嫁が図々しくも「夫人外交」だと。こんなんじゃ、公文書改竄で自ら命を絶った財務省職員が浮かばれない。一生罪を償いしやがれ!!。そんなことより、ついに国連人権委員会が福島第一原発事故による放射能汚染の危険性に言及した。「日本政府には『子供の被ばくを最小限にする義務がある』」という訴えは、もっと早くに日本人が自覚しなくてはいけないことだったんだよね。「1ミリシーベルト以下」という決まりを、事故後に「放射線被ばく線量が年間20ミリシーベルト以下」と勝手に変更した原子力村のやり口は、実は世界中が懸念してたってことなのだ。
 オリンピックを前にして放射能汚染をなかったことにしようというペテン政権の悪巧みは世界に通用しないってことだ。オリンピックをボイコットする国も出てくるかもね。ああそれなのに、「被災地の風評被害が助長されかねない」って日本は反論してるってんだから、ますます世界から孤立するこになりますよ。


「くろねこの短語」2018年10月25日/2018年10月25日『しんぶん赤旗』「戦後最悪の反動政権 一刻も早く終わらせよう」

「くろねこの短語」2018年10月17日-(前略)舌の根も乾かぬうちにとくれば、初老の小学生・ペテン総理だ。オール沖縄・玉城君との面談では「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら基地負担の軽減に全力を尽くす」ってほざいてたくせに、なんとまあ、「辺野古沿岸部の埋め立て承認を撤回した県への対抗措置」として「行政不服審査を請求」するんだとさ。これのとこが「沖縄の方々の気持ちに寄り添う」ことなんだろうね。しかも、ペテン総理自身は税金ばら撒きにさっさと外遊と洒落込んでいるってんだから、ホント、こいつの無責任ぶりにはそろそろゴルゴ13に登場願うしかないかもね。こういうのを、世間では卑劣漢(=くず野郎)と言います。

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