Category: 04-書の森
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  「くろねこの短語」2019年11月21日ー「桜を見る会」の招待客約1万5千人のうち、初老の小学生・ペテン総理推薦が1000人、ひょっことガースなどの官邸幹部の推薦も1000人、そして自民党推薦が6000人だとさ。これだれで、この会が税金使った自民党支援者接待パーティだったことがわかろうというものだ。でもって、ペテン総理の私人の嫁までもが推薦枠を持ってたってんだから、処刑されたチャウチェスク夫婦もかくやの乱暴狼藉、ってなもんです。それにしても、私人の嫁の推薦枠について質問されて、即座に「ありません」と答弁した直後、審議官に「ありました」とシレっと答弁されちゃった時のガースのなんとも気まずそうな表情には笑っちまった。
 笑っちまったとくれば、共産党議員が「桜を見る会」の招待者名簿の公開を要求したその日に名簿を廃棄したことの珍妙な言い訳だ。なんとまあ、「遅滞なく大型連休前に廃棄しようとしたもののシュレッダーが空いていなかったから連休後になった」だとさ。言うに事欠いてとはよく言ったもので、ペテン総理に金玉握られた官僚の姿は、もはや哀れを通り越した滑稽でしかありません。 滑稽とくれば、内閣記者会だ。ペテン総理の政治資金規正法&公職選挙法違反疑惑の真っ最中に、内閣記者会加盟報道各社のキャップが、ペテン総理と高級中華で懇談しましたとさ。これね、参加した加盟社の実名を報道してほしいんだね。加盟各社なんて十把ひとからげにされちゃうと、「赤信号みんなで渡れば恐くない」ってことになっちゃって、ちっともメディアの責任ってのが感じられないんだね。
 既に削除されてはいるが、ネットでは、「ペテン総理の側が、へたなこと言ったら今後一切、自民党関係のパーティでニューオータニは使わない」って脅したって噂が流れていた。こうなったら、いまこそ特捜の出番なんだよね。ああ、それなのに、ロッキード事件、リクルート事件で政財界に切り込んだ時の「巨悪は眠らせない」という気概も気迫もいまの特捜にはありませんからね。メディアは前述したような体たらくだし、こうなったら香港の若者のように一般大衆労働者諸君が起ち上がるしかない・・・と、ひとりシュプレヒコールする北風吹きぬく水曜の朝であった。

 「くろねこの短語」2019年11月19日ー おそらく、この男は幼少の砌より、「子供だまし」の嘘や言い訳が業のように身についちゃってるんだろうね。「桜を見る会前夜祭」について、なんとまあ、「明細書はありません」だとさ。さらに、ぶら下がりでこんなことも口走ってます。者:安倍事務所の方が受付で領収書を渡していたとのことだが、ホテル側から領収書をもらうためには先に支払いをしないといけないという指摘がある。先にホテル側に支払ったということは一切ないのか。相:それはありません。おいおい、てことはホテル・ニューオータニは、支払いの前に領収書を発行したってことになるんだね。そりゃあ、トッポジージョ・安住君が「戦後日本で聞いたことがない」と呆れるのもむべなるかな、ってなもんです。
 初老の小学生・ペテン総理の言い分ってのは、つまるところ「桜を見る会前夜祭」はホテル・ニューオータニの主催だったってことになるんだね。でなけりゃ、会場の受付でホテル発行の領収書を受け渡すなんてことはあり得ないんだから。でも、そうなると、会場の受付にいた安倍事務所の人間はホテルの代理で会費預かったってことになる。これもまた不思議なことだ。五千万歩くらい譲って、ホテル・ニューオータニが主催したとしたら、それはそれで違法な企業献金の疑惑が頭をもたげてくるんだね。つまり、どう転んだって政治資金規正法&公職選挙法違反疑惑からは逃げられないわけで、もう検察が動くのが筋だろう。
 でも、ホテル・ニューオータニとペテン総理の口裏合わせは既に済んでいるはずだから、検察もそこんところは「忖度」してるに決まってる。ペテン総理は国会に出る気なんかサラサラないから、このまま尻すぼみで終わる可能性はかなり高いんじゃなかろうか。テレビなんか沢尻一色だし、ニュース観てても他人事のように報道するだけですからね。それにしても、請求書も、領収書も、明細書も、名簿も、すべてないないずしで乗り切れるとタカをくくっていることに、怒怒髪天を衝く思いの今日この頃なのだ。

MAG2NEWS11-19-安倍首相の就任前も山口県は公共事業が少ない県ではありませんでした。なぜなら山口県では2011年に国体が開かれているからです。国体というのは、各都道府県が持ち回りとなっており、国体が開催される県は国からそれなりの公共事業費が投じられるため、インフラ整備としての役割があります。47年に一回、国体が開催されることで、各都道府県はインフラを大きく整備できることになっているのです。だから、2011年の681億円というのは、国としては山口県に大盤振る舞いをしたわけです。実際、2011年の山口県の県民一人当たりの公共事業受注額は、全国平均の2倍を超えています。しかし、その国体があった2011年よりも、安倍首相が再就任してからの方が、はるかに巨額の公共事業を受注しているのです。2015年、2016年にいたっては、都道府県民一人当たりの公共事業受注額は、全国平均の約3倍なのです。これは、沖縄、北海道や復興事業が行われている東北地方を除けば、異常に高い数値です。


2019年11月17日9時過ぎー沖縄県立博物館・美術館ふれあい体験室


2019年11月17日13時過ぎー「コリアン フェスティバル」牧志公園 サムルノリ公演ー1978年に結成された演奏グループ「サムルノリ」に由来し、4種の伝統楽器を用いた演奏そのものを指すようになった。→ウィキ 公演メンバーと記念写真に納まるチマチョゴリ姿の瑞慶覧長敏南城市長夫妻/「第5回 アジア麺ロード」さいおんスクエア前



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新聞、テレビでは連日「猛火に耐えた大龍柱、焼け跡に希望」と報じられている。日本列島は竜の落とし子の形をイメージする人が多い故か。『琉球新報』11月1日には、県指定無形文化財保持者で、首里城復元にも携わった漆芸作家の前田孝允(こういん)さん(82)と、首里城正殿を復元する際の基本・実施設計委員を務めた琉球大名誉教授の西村貞雄さん(76)の紹介。西村さんは首里城が焼失した前日の10月30日、小中高校の元美術教諭ら50人を首里城へ案内。場内を見回りながら、復元に関わった龍柱や首里城の特徴について6時間に渡って説明したばかりだった。テレビで焼け落ちる様子を見てショックを受けた」と声を落とした。「全て記録に残している。予算があればできるし、後は気持ちの問題。また復元させるので県民も応援してほしい」と力を込めた。

2019年11月12日『琉球新報』西村貞雄「焼失から再建へ 首里城火災」

 『しんぶん赤旗』2019年ー11月14日正殿などが焼失した首里城(那覇市)は、太平洋戦争末期の沖縄戦で、米軍の攻撃によって灰燼(かいじん)に帰してしまった過去があります。地下に沖縄守備軍の第32軍司令部壕(ごう)がおかれたためです。当時、「鉄血勤皇師範隊」に召集されていた日本共産党元衆院議員の古堅実吉(ふるげん・さねよし)さん(90)は、首里城の破壊を目の当たりにした一人です。/〇那覇市首里城の地下に、「第32軍司令部壕」があります。司令部壕は、首里城の地下を南北に横断するように掘られており、全長1キ口から2キロの壕に、1000人以上の兵士がいたといいます。6か所の入口があったとされていますが、今も残っているのは南側の1か所だけです。なお、内部は壁が崩れるなど危険なため、公開されていません。壕のなかは、今もわき水が流れ、日々浸食が進んでいて、岩盤が大きく崩落しているところもあります。沖縄県は、司令部壕の保存や公開を検討していますが、数十億円の費用がかかるとみられ、計画は今も進んでいません。→NHK沖縄放送局

特定非営利活動法人 地質情報整備活用機構(GUPI)
『琉球新報』1992年7月13日「首里城地下の沖縄戦 32軍司令部壕 第25回ー〈第5砲兵壕/工業学生の9割犠牲に/将校のそばには慰安婦」

 「琉球朝日放送」11月11日、東京で開かれた全国知事会。その冒頭で飯泉嘉門全国知事会長が、首里城火災について、全国知事会として国に早期復元に取り組むよう求める決議を呼びかけました。11月に入った。前日、首里城が炎上するという衝撃的な出来事があった。しかし、辺野古では今日も新基地建設の埋め立て工事が強行されている。→目取真俊ブログ「11月に入った。前日、首里城が炎上するという衝撃的な出来事があった。しかし、辺野古では今日も新基地建設の埋め立て工事が強行されている」も、核基地もない平和なウチナー「みるく世」をつくる上でも、膨大な税金を喰い、かつ自然破壊の辺野古新基地強行は寸時も忘れてはならないだろう。/「時事」首相は「必要な予算を確保した上で、オールジャパンで国土強靱化をパワーアップしていく」と強調。その上で「国家百年の大計として、災害に屈しない強さとしなやかさを備えた国土をつくっていきたい」と述べ、防災対策の抜本強化に取り組む考えを示した。→そう、トランプにも屈しないで!!。防災関連産業を、中小企業中心に起こし内需拡大だ。大企業では利権が絡む。そのためにも消費税は廃止だろう。

 渡久地 政司(愛知県 豊田市)11月9日ー 首里城の敷地、建物、所蔵物の所有者は多分国だと思いますが管理者は、国直轄なのか、それとも管理権を国から沖縄県に移譲・委託・移管等々どのようになされているのか。今回の火災では、管理責任が問われるはずです。電気配線ならば、どのような点検、管理されていたのかなど。また、火災保険にはいっていたのかどうか。再建される建物を建設する主体はどこなのか。国ならば、地方自治体が国に建設費を支払うことは法律で禁止されています。沖縄県がどの部分を担うのか、明確にしないで、募金活動をすることはどうかと思います。

『沖縄タイムス』11月11日ー首里城火災を受け、沖縄県や那覇市には県内外から多くの寄付金が集まっている。正殿など焼失した建物部分は国の所有で、再建などの大規模な修繕費は国が負担する取り決めだ。那覇市は寄付金の県への移譲を検討。県は知事直轄組織で使途を検討する方針で、謝花喜一郎副知事は「文化財等は県で取り組まなければならない」と述べるなど、文化財の修復や収集などに取り組む姿勢を見せている。

 龍脈ー地中を流れる気のルートのこと。大地の気は山の尾根伝いに流れると考えられており、その流れが龍のように見えることから「龍脈」と呼ばれる。風水では、この「龍脈」の気が噴き出すポイントである「龍穴」に住むと、一族は永きに渡って繁栄できると考えられている。 →コトバンク
 鎌倉芳太郎は那覇の若狭についてその著『沖縄文化の遺宝』の中で古事集を引いて「思うに若狭(北陸)はその地勢、畿内に接して摂津と表裏し、小浜①は日本海の港津として難波の津に比扁する位置にあり、古来日本海における外国貿易の起点となっていたが、15世紀の初頭以来南蛮船も着船し、この地の代官も書をもって朝鮮国と通交しており、小浜から出て東シナ海に向かい、琉球に新しく出来た那覇港に、貿易物資生産のための若狭の居留地が造成されてとする推定も可能」という。①小浜市には【オバマを勝手に応援する会】がある。


 こんぶが旅した”こんぶロードー鎌倉中期以降になると、昆布の交易船が北海道の松前と本州の間を、盛んに行き交うようになりました。昆布が庶民の口に入るようになったのは、そのころからです。海上交通がさかんになった江戸時代には、北前船を使い、下関から瀬戸内海を通る西廻り航路で、直接、商業の中心地である「天下の台所」大阪まで運ばれるようになりました。昆布を運んだ航路の総称を「こんぶロード」と言います。こんぶロードは江戸、九州、琉球王国(沖縄県)、清(中国)へとのびていきました。特に、琉球王国は薩摩藩(鹿児島県)と清とのこんぶ貿易の中継地として、重要な役割を果たしました。→こんぶネット


『福井新聞』11月7日ー激しく燃え上がる首里城の正殿=10月31日午前3時50分ごろ、沖縄県那覇市(近隣住民撮影)◇株式会社福井新聞社ー本社所在地〒910-8552福井県福井市大和田二丁目801番地 https://www.fukuishimbun.co.jp/11月1日ー沖縄戦災復興の象徴とされた首里城復元工事の中心を担ったのは、福井県の宮大工たちだった。職人の技が惜しみなく注がれた首里城が全焼した10月31日、正殿の屋根が焼け落ちるテレビ映像を目の当たりにした宮大工は「あまりにもショック」と肩を落とした。復元に携わったのは藤田社寺建設(福井県永平寺町)。越前大仏の建設に台湾ヒノキを使用していたことから、同じ木材での復元を目指す正殿工事の要として白羽の矢が立った。1992年の完成まで、10人を超す精鋭が3年以上現地に滞在。現地の宮大工と汗を流した。

越前大仏は、福井県勝山市の臨済宗妙心寺派の寺院、大師山清大寺にある大仏/元となった九龍壁は、中国の国宝第一号に指定された由緒あるもので、中国政府の許可をとり作成/回廊に使われているのは樹齢1500年を超える台湾桧。その数なんと152本。→Dearふくい

☆若狭湾は原発銀座(17基の原発があり、今なにかと話題の高速増殖炉”もんじゅ〟もある)であるが、オキナワは台風銀座。またオキナワは超クルマ社会でクルマで溢れ返って停滞だらけ。北京の大気汚染は笑えない。なおかつ米軍・自衛隊の基地銀座(使い古されているが『基地の中にオキナワがある』というのもある)でもある。狭い与那国や、宮古、八重山にも自衛隊は島を守る(皇軍は守らなかったどころか、投降し捕虜になったのも多い)という美名のもとに、新たに「基地」をつくろうとしている。安保下では自衛隊基地には当然のように米軍機もやってくるので第2第3の普天間基地となるのは目に見えている。自衛隊基地をつくるのであれば、米軍と小指、ではなく手を切って自前の自衛隊にしてもらいたい。まぁ無理か。
 若狭湾の先端に突き出た常神半島の民家の裏庭にある、およそ樹齢1,300年の大ソテツ。国指定天然記念物です。日本海側で最も北にあり、大きく古いものはとても珍しいといわれています。根元から樹高4.5〜6.5mの支幹5本と、樹高1.5〜3.0mの支幹8本に分かれ、その全幹の周囲は5.2mあります→常神の大そてつ 国指定天然記念物

1991年7月 日本旅文庫『琵琶湖・若狭湾』昭文社


2016年1月8日 若狭の龍柱
  安田浩一2018-11-3「沖縄の龍柱は、沖縄のものです」若狭の「龍柱」のデザイン日本列島は龍の形をを担当したのは、沖縄美術界の大家として知られる琉球大学名誉教授の西村貞雄さんだ。「私も『中国の手先』などと直接に面罵されたこともあります。一部で龍柱の意味がまったく理解されていないのが本当に残念です」そう言って、西村さんは悔しそうな表情を見せた。「沖縄の龍柱は、沖縄のものですよ。だいたい、中国各地に存在する龍柱とは形状からして違います」たとえば、中国特有の「龍柱」は、那覇市内の中国式庭園「福州園」に足を運べば目にすることができる。(略)中国式「龍柱」は、龍が柱に巻き付いた形状となっているのに対し、沖縄の「龍柱」は、龍の胴体そのものが柱となっている。そう、デザイン的にはまったくの別物なのだ。

福州園は中国福建省福州市(ふっけんしょう・ふくしゅうし)と那覇市の友好都市締結10周年と、那覇市市制70周年を記念して、1992年に完成しました。園内は中国の雄大な自然と福州の名勝をイメージして造られている。
 「私はアジア各国を回って龍柱を見てきましたが、中国の影響を受けつつも、それぞれの国がそれぞれの龍柱を持っている。爪の数にしても同様です。属国の龍柱は5本爪であってはならないというのが通説ですが、私から言わせれば、これも怪しい。モンゴルには3本爪、4本爪、5本爪の三種の龍柱がありましたし、韓国には6本爪の龍柱がありました。私が若狭の龍柱を4本爪にしたのは、単に沖縄の伝統的な龍柱が4本爪だったからにすぎません。歴史どおりに、伝統に基づいてデザインしただけです。そこには中国への忠誠だの、そんな意図が含まれているはずがない。仮に批判を受けいれて5本爪にしたら、それは歴史を無視した、きわめて政治的なデザインとなってしまうではないですか」西村さんによれば、若狭の龍柱には、沖縄の歴史と未来への思いが込められているという。
 「一対の龍は向き合っているのではなく、海の方角を向いています。つまり、尾の部分は首里城までつながっているという想定です」西村さんは、これを「龍脈」と呼んでいる。龍のからだは首里城から国際通りの地中をくぐり、海岸線で地中から垂直に飛び出る、といったイメージだ。首里城は沖縄の源流であり、国際通りは戦後復興の象徴である。そして若狭の港は外に開ける海の玄関だ。つまり、この「龍脈」は沖縄の歴史を意味する展開軸、導線なのだ。「龍の頭が海を向いているのは、その先の未来を見ているからなのです。水平線の先にあるニライカナイ(理想郷)ですよ」「龍脈」は過去と未来を結ぶ。中国とも侵略とも関係ない。龍の目玉はニライカナイの海を望む。


写真左よりー安田浩一氏、平良肇氏、島袋和幸氏、長嶺福信氏
2017年11月3日13:00 なは市民活動支援センター第三会議室「〔検見川事件を語る会〕学習会」

2017年10月 朝日新聞出版『一冊の本』安田浩一「沖縄の右派と〔プロ市民〕7 人々を虐殺に向かわた回路」
安田 浩一(やすだ こういち、1964年(昭和39年)9月28日 - )は日本のジャーナリスト。日本労働組合総評議会(総評)系の機関誌『労働情報』編集委員。静岡県出身。千葉県在住。慶應義塾大学経済学部卒業。伊豆半島の温泉地帯に生まれた。日本経済新聞など様々な新聞社、出版社の記者を経て『週刊宝石』の記者だった1999年(平成11年)前後に、同誌にて創価学会の批判記事を書いていた。『サンデー毎日』時代は名誉毀損で訴えられ、証言台に立った。→ウィキ2014年9月 佐野眞一『あんぽん 孫正義伝』小学館文庫 解説・安田浩一


御菓子御殿 国際通り松尾店ー私が奥原崇典氏(首里城の瓦を手掛けた。1950年-2014年3月12日)を最後に見たのがこの柱の龍を仕上げているときである。

2014年5月20日~6月22日 沖縄県立博物館・美術館「麗しき琉球の記憶ー鎌倉芳太郎が発見した美」
同時期開催/6月3日~8日 西村貞雄主催「復元のあゆみー琉球王朝造形文化の独自性を求めてー」


石川和男氏、松島弘明氏

1991年4月19日『レキオ』


末吉安允氏(末吉麦門冬の甥)と西村貞雄氏〇11月5日の沖縄タイムス文化欄に、大城立裕さんが焼けた首里城について「当時の持ち主であった首里市は、取り壊しにかかったが、識者の末吉麦門冬の注進で、建築家の伊東忠太が文部省(当時)に掛け合って温存され、2年後に国宝に指定された」と書いておられるが、結果論としては合っているが、具体的な経緯は別にある。

平良昭隆氏、平良知二氏、新城栄徳、宮城篤正氏

2019年11月12日『沖縄タイムス』宮城篤正「視点 焼けた首里城」

2014年6月5日ー左から伊佐眞一氏、西村貞雄氏、亀島靖氏

1991年1月 伊佐眞一『アール・ブール 人と時代』伊佐牧子〇編集後記に下の新聞記事の解説













新城栄徳、西村貞雄さん






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2003年8月23日『沖縄タイムス』新城栄徳「うちなー書の森 人の網ー楽しみの一つ、『小学館の雑誌』」

1975年8月『小学館五十年史年表』

1953年1月『琉球新報』「安村書店は東京神田神保町に出張所」

     
1955年11月『少年クラブ』大日本雄弁会講談社
     
1959年1月『小学四年生』小学館

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1962年3月ー『オキナワグラフ』安村書店(安村善太郎・経営)
○父が定期的に那覇から粟国に送ってくれた小学館の少年雑誌は父・母の従兄弟の安村(安里)書店から買ったもの。

『まんだらけ』 ⑩ー1995年9月 ⑮1996年12月 『まんだらけZENBU』 №6ー2000年


1963年4月 『ボーイズ ライフ』創刊号「図解特集・ロケット・ミサイルのすべて」 小学館


 粟国の仲里正雄先輩のところで季刊『しま』№243を貰った。仲里氏に5冊送られてきたからであった。以前、氏が『日本の島ガイド SHIMADASU シマダス』を那覇の書店で置いてなく、直接日本離島センターに電話して三木剛志という人が出て親切に応対してくれて入手できたようだ。この三木氏が仲里氏と手紙のやり取りで粟国に興味を持ち、それに仲里氏が当然ながら協力したこともあって本誌の粟国取材がなった。グラビア「あわのくにの祈りと叡智」で粟国の祭事ヤガンウユミが紹介され、末尾で「多くの拝所が現存し、ヤガンウユミ以外にも数他の神事がのこされた粟国島。生きるために先人たちが重ねてきた労苦、神々や祖先を畏れ敬う気持ちを叡智として次世代に伝えつつ、独自の自然・文化資産の価値を高め、さまざまな体験プログラムを創出してゆけば、南西諸島に冠たる交流の島となるにちがいない」と結んでいる。

  

1953年12月 全国離島振興協議会広報誌『しま』
離島振興法が成立した年の昭和28年12月に全国離島振興協議会の機関誌として創刊。第72号(同48年2月発行)から(財)日本離島センター財団広報誌として継続刊行。昭和49年8月、私は東京晴海にある(財)日本離島センターを訪ねた。『しま』を購入したが、1号2号はボロボロだったのでいただいた。近くにある晴海桟橋は初めて東京の地を踏んだところである。第1号の編集後記に、誌名についても、大いに悩まされた。日本の島・島と生活・離島振興・島民・島人など、幾つも幾つも名案やら迷案やらがとび出す始末であった。最後に「しま」はどうだろうかといったのは長崎県企画室の松本氏であった。簡明で、しかも強烈な印象を受けるというみんなの賛成で採用されることになった。かつて柳田国男氏などが主宰された「嶋」という雑誌があるので本誌の方は、同じ発音でも平仮名を採用した。柳田氏のお考えの一部でも、本誌によって発展させることができれば、望外のしあわせといえよう、とある。『しま』100号には大城立裕「沖縄離島への思い」が載っている。







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県庁前駅 2019-9-30 県庁前駅には、県庁、那覇市役所など官公庁施設に隣接し、那覇市のメインストリート「国際通り」の南側入口になっています。大型ショッピングセンターのパレットくもじには、デパートリウボウの他、映画館や市民劇場、市民ギャラリーなどもあり、文化の発信地として活躍中。













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大里喜誠

1966年12月『今日の琉球』大里喜誠「米国への剣道修業旅行ー盛んな米国の剣道熱」
1975年10月『琉球新報』大里喜誠「『童景集』出版のころ」
1977年3月25日『沖縄タイムス』大里喜誠「ベトナム人の著した幻の『琉球血涙新書』」
1978年4月20日『琉球新報』大里喜誠「『童景集』『羽地仕置』出版の思い出」
1984年4月14日『沖縄タイムス』大里喜誠「富川」盛武の功績」

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左ー新城栄徳宛の大里喜誠氏ハガキ/1991年6月3日『琉球新報』大里喜誠「岡倉天心と沖縄」
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2017年 渡口萬年筆店


2千円札発行記念撮影(首里城公園)後列左から3人目が渡口彦邦さん、湖城英知氏、稲嶺恵一氏。/2019年11月5日ー渡口万年筆店に遊びに行くと、山内弥生さんが居られた。山内さんは恩納村出身(豊見城毛氏系)、中国遼寧省大連市・大連アテンドエンプロイメントエージェンシーのゼネラルマネジャー。日本本社を渡口万年ビルに置いている。

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1月1日  『沖縄毎日新聞』獏夢道人(末吉安恭)「古手帖(1)」
○古手帖ー冬篭り独り凡に侍つかかつて渋茶に咽を濕し乍暮るる●の早きを惜しみフト垢擦れた古手帖の眼につくままに抽き出して彼処此処拾ひ読みをして見ると僕も随分物数奇であったと見えて能くもこんな色んな物を書き取ったもんだ。此等はいづれ雑書類を繙読してその当時は少なくとも興味を以てしたもんだから今から見ると余りドットしないけれど紙屑買に渡す気でこう原稿紙の四角い物に入れて見ようといふ気になる。右は蜀山人の仮名世説にある大平の逸民の状態はこんなものであった。この超波①は作家として左程●い物ではなかったろうが兎に角、蕪村七部集②にも出ている「五車反古」に載っているのは下の四句だ、早乙女や先づひいやりと庭の先/祇園会や胡瓜花さく所まで/我屋根をはつれてゆかし天川・・・
①清水超波 しみず-ちょうは
1702-1740 江戸時代中期の俳人。
元禄(げんろく)15年生まれ。江戸の人。味噌(みそ)商だったが,家業をきらい,桑岡貞佐(ていさ)の門人となる。のち点者となり,独歩庵超波を名のった。元文5年7月27日死去。39歳。通称は長兵衛。初号は長巴。編著に「紙蚕(かみかいこ)」「落葉合(おちばあわせ)」など。→コトバンク
②蕪村七部集ぶそんしちぶしゅう
江戸時代後期の俳諧撰集。菊屋太兵衛らの編。文化5 (1808) 年刊。与謝蕪村関係の代表的俳書『其雪影』『明烏』『一夜四歌仙』『花鳥編』『続一夜四歌仙』『桃李 (ももすもも) 』『続明烏』『五車反古』の8部を収めたもの。

1月7日  『沖縄毎日新聞』安元碧海「沖縄の人物地理」 



1月10日 『沖縄毎日新聞』獏夢道人(末吉安恭)「古手帖ー緑雨の『おぼへ帳』に・・・」   

1939年8月 斎藤緑雨『あられ酒』岩波文庫/1991年7月 斎藤緑雨(編・中野三敏)『緑雨警語』冨山房百科文庫



1923年12月  『沖縄教育』末吉麦門冬「俳句ひかへ帳ー言葉の穿鑿」
俳句に出づる故事、物名、人名や地名には随分読む人を困らすのがある。私もそれに困った一人なので、そういう句に出会す時は、必ず手ひかへに留めて置いた。而して読書の際偶その出所を発見したり、解釈を得たりする時は、又別のひかへ帳に立てて置いた。それが積もって漸く一つの物に纏ったので、我と同じからん人の為めにと本誌に投した次第である。・・・公達に狐化けたり宵の春  蕪村ー狐が化けると云うことは普通に誰も知っていることだが、これも支那から来た話ではなかろうか。西陽雑爼①に「野狐一名は紫夜、尾を撃って火を出す、将に怪を為さんとするや必ず髑髏を戴いて、堕せすんば則ち化して人となる」と。又、五雑爼②に「狐千歳にして始めて天と通ず、魅を為さす。其の人を魅する者は多く人の精気を取りて以て内丹を成せばなり。然らば則ち其の婦人を魅せざるは何ぞや。曰く狐は陰類也、陽を得れば乃ち成る故に牡狐と雖必ず之れを女に托して以て男子を惑はす也。然れども大害を為さす、故に北方の人は之れを習はす」と。
 支那では男に化けぬことになっているが日本ではこの句にあるように美男に化けて女を惑はすやうなこともあると信じられているやうだ。蕪村には狐の句が多い。「春の夜や狐の誘ふ上童」「狐火やいづこ河内の麦畑」「狐火や五助畑の麦の雨」「石を打つ狐守る夜のきぬた哉」「小狐の何にむせけん小荻原」「蘭夕、狐のくれし奇楠を烓かむ」等がある。彼が狐に興味をもっていたことが其の句の多いので知られる。此の句は敦盛卿のやうな美しい公達に狐が化けたと云ふので、それがいかにも春の宵のあやしき心持に調和した美をなすのである。かうした美しい怪物のあらはれるのも春の宵でなければならぬやうな気がする。狐忠信の舞台も春であるからこそ榮えるのである。
①名の「酉陽」は、湖南省にある小酉山の麓に、書1,000巻を秘蔵した穴が存在するという伝承に則っている。内容は、神仙や仏菩薩、人鬼より、怪奇な事件や事物、風俗、さらには動植物に及ぶ諸事万般にわたって、異事を記しており、中国の小説あるいは随筆中においてその広範さは一、二を争う。魯迅の愛読書であり、南方熊楠が、プリニウスの『博物誌』と名を比した書としても知られる。→ウィキペディア
②中国,明の随筆。謝肇せい (しゃちょうせい) の著。 16巻。全体を天,地,人,物,事の5部に分け,広く自然現象,社会現象の全般にわたって,その見聞,意見を記したもの。その観点は合理的な傾向をもち,当時の社会の矛盾を鋭く描く部分もあり,貴重な資料となっている。テキストの伝世に関しては、不明な点が多く、後集10巻の中には、明代の遺文を蒐集した部分が少なからず含まれるとされる。→コトバンク

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 「くろねこの短語」2019年11月15日ー(前略)さらに、安倍晋三後援会の収支報告書には「前夜祭」の記載がないことも報じたようで、これが事実なら政治資金規正法や公職選挙法に触れる可能性が出てくるから、ペテン総理にとっては万事休す。東京新聞社説は「この件で法令違反に問われるようなら、首相にはその座にとどまる資格があるのか。桜を見る会の中止で幕引きは許されない。疑惑解明の始まりにすぎない」と書いているが、とこまでマスコミが気合を入れて追求する覚悟があるか。けだし見ものではあります。
 ところで、事実上の日米FTAであるところの日米貿易協定承認案が、19日の衆議院本会議で採決されるってね。与野党の国対委員長会談で、日程合意したんだとさ。おいおい、採決の前にどれだけ審議したんだ。ていうか、ペテン総理は予算委員会をさぼりまくって、まともな説明は何もしていないだろうに、なんで野党は採決にゴーサインを出せるんだ。「桜を見る会」問題は、この採決を隠すためのスピンだという噂もネッでは流れている。それはちょいと的外れだと思うけど、これはこれ、それはそれだ。このままだと、日本の農業は壊滅状態になりますよ。食糧はすべてアメリカから買えという戦後スキームが、これで完成するってか・・・くそっ!!
〇時事、COM11月13日ー自民、立憲民主、国民民主3党の国対委員長は13日、国会内で会談し、日米貿易協定承認案を19日の衆院本会議で採決する日程で合意した。与党の賛成多数で可決、参院に送付される。与党は当初、週内の衆院通過を目指したが、円満な国会運営を重視し、野党に一定の配慮を示した。→「愛知ママの会」ーTPPより不利益と囁かれている、日米FTAを19日に衆院で通過させるんだそうです😱えーーー?!立憲、国民も採決に合意したの?😓/11月15日ー日米FTA交渉が桜を見る会に隠れているという話がありますが、野党がこの審議に応じたら最後は必ず強行採決されます。審議に応じないことが重要で、審議したらいくら抵抗しても無理なのは野党も分かっているはず。桜を見る会の糾弾を徹底して、日米交渉の審議日程合意を破棄すべきだと思います。

 「くろねこの短語」2019年11月14日ー「桜を見る会」が来年は中止ってんだが、これってドロボーが「もうやりません。だからなかったことに」って言ってるのと同じで、ようするに臭いものには蓋しただけなんだね。やってしまったことの後始末をどうつけるのか、つまりは責任の所在はどこにあるのか。そこをしっかりと検証するまでは、この問題は終わらない。そもそも、初老の小学生・ペテン総理は「支持者のとりまとめには関与していない」って答弁してたのに、安倍事務所が「桜を見る会」の案内状を送ってたんだから、虚偽答弁の疑いだってある。顔も頭も貧相な官房長官・ガースも、当初は「全く問題ない」って言い放っていたんだから、それを突然中止にした説明責任ってのが当然あるんだね。
 ガースは「長年慣行で行っているものは見直すとの考え方だ」ってコメントしているようだけど、「桜を見る会」の私物化はけっして長年の慣行なんかではなくて、ペテン政権ならではの驕りがそうさせたんだよね。共産党の志位君が「これからのメディアの報道姿勢が試される」とツイートしているけど、まさにおっしゃる通り。「来年は中止」の一言ですべてをウヤムヤにさせないために、いまこそジャーナリズムとしての誇りと矜持を見せてみやがれ、ってなもんです。

 『朝日新聞』11月14日ー東京都千代田区のJR東京駅・丸の内駅前広場で14日夜、大嘗祭(だいじょうさい)に反対する集会があった。主催者の男性はマイクを持ち「たった一晩の儀式のために27億円もの税金を使い、巨大な神殿が建てられた」と訴えた。

 【琉球新報電子版】11月14日ー【辺野古問題取材班】米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で沖縄防衛局は14日午前、海上埋め立て工事を続けた。海上から辺野古崎東側の「K8」護岸に積み上げられた土砂をショベルカーがダンプカーに積み変える作業や、「K4」護岸でクレーン車が砕石を移動させる作業が確認できた。

「くろねこの短語」2019年11月13日ー「語るに落ちる」とはこのことか。土建政治の自民党幹事長・二階君が、「桜を見る会」に初老の小学生・ペテン総理の地元支持者が大量に招待されていることを問われて、こんなコメントしやがりました。「議員が選挙区の皆さんに配慮するのは当然のことだ」「(招待客枠の割り当ては)あったって別にいい。何か問題があるか」税金を使って支持者を「お・も・て・な・し」することの是非が問われているのに開き直りやがって、なんて野郎だ。つまり、「公金による買収」を認めているわけで、単に暴言として済まされる話ではありません。
 で、「桜を見る会」が私物化されているカラクリがどんどん暴露されているんだが、ペテン総理の事務所では、なんと参加募集の案内を出していたってね。そもそも、「桜を見る会」ってのは、「各界の功労者をねぎらう」ためのもので、参加者は招待されこそすれ、募集されるもんじゃない。この1点でアウトだろう。「桜を見る会」では飲食が供されるから、後援会に募集をかけていたってことは、明らかに公職選挙法違反で、内閣総辞職に値する。かつて、ドリル小渕が、観劇ツアーでクビになったけど、公金を使っての供応となれば、それよりも数段悪質だ。「桜を見る会」問題は、ひょっとするとペテン政権崩壊に繋がるアリの一穴になるかも・・・って妄想も楽しい水曜の朝である。

 「くろねこの短語」2019年11月12日ー(前略)・青木理氏、安倍首相の国会でのヤジに「あえて言えばネトウヨ的。非常に低劣」こういう論陣を真っ先にはらなくちゃいけないのが、社会の木鐸たる新聞であるはずなのだ。本来なら、1面トップでもいいくらいのペテン総理の発言なんだからね。で、この野次を飛ばされたのが元TBSキャスターで舌足らずの杉尾君なんだが、この質疑の中で極めて重要な事実を指摘している。こんな具合です。「まさか一国の総理大臣のあなたが個々のニュースや報道内容をめぐって、現場のデスクやキャップに電話で直接注文をつける、こんなことしてないですよね」「このニュースを流せ、この論調はおかしい、どうして報道しなかったんだ、こういう電話をしています。はっきり申し上げておきます」
 ほとんどのメディアがこの発言をスルーしているんだが、「共産党」という野次同様に、ていうかそれ以上にこちらの方が問題が多いはずなんだね。なんてったって、報道内容に総理大臣が介入してるってんだから、事実だとしたらこの国の「報道の自由」そのものが崩壊していることを意味するわけで、TV各局は何らかのステートメンツを発表するべきなんじゃないのか。報道しなければ、それがどれだけ重大な事実だとしても、なかったことになっちまうわけで、よもやそんなことを目論んでのスルーじゃないでしょうねえ。  最後に、池袋暴走事件の高級官僚が、今日にも書類送検されるとか。ここまで逮捕もせずにきたところから察するに、不起訴処分ってことも十分に考えられる。厳罰を求める署名の重さを、司法がどう判断するか。それ次第で、三権分立の矜持が問われることになるだろう。


 「ハーバー・ビジネス」11月11日ー2013~16年に「桜を見る会」に招待されたことを投稿する世界戦略総合研究所事務局次長小林幸司氏のFACEBOOK、14年には菅義偉官房長官と記念写真に納まる。

 「くろねこの短語」2019年11月11日ー「桜を見る会」の常軌を逸した“私物化”の実態が、止まるところを知らずに拡散中で、その実態を知れば知しるほど税金を使った支援者への「お・も・て・なし(買収行為)」という観が深まる雨の月曜の朝である。
・安倍首相主催「桜を見る会」で後援会関係者をおもてなし。許されない公金の私物化・「安倍首相 桜を見る会に地元後援会大量招待で大盤振る舞い」ケタ外れの有権者買収 前夜祭 貸切バス17台 無料で樽酒やアルコール、オードブル、お菓子やお土産…ネットに参加者の声多数!
 それにしても、ここまでタガが外れた「桜を見る会」を、マスコミは「功労者」との親睦会というイメージで報道し続けていたんだよね。ここ数年は、やたら吉本の芸人が招待されて、なんか胡散臭いなあと一般大衆労働者諸君は薄々感じていたのに、マスコミは官邸のプロパガンダを垂れ流すだけ。
 初老の小学生・ペテン総理の後援会なんか、ホテルの宴会場を借り切って「前夜祭」なんてのまで開いていたことを、おそらくマスコミは知っていたのだろう。もし知らないとしたら、それは自らの無能さを証明するようなものだ。
 で、この「前夜祭」なんだが、「安倍晋三後援会 桜を見る会前夜祭」と銘打たれていて、もしペテン総理からその資金が出ていたなら、政治資金収支報告書に記載する義務があるんだよね。もし記載されていないなら、公職選挙法違反ってことになる。ワイドショーにとっては格好のネタのはずなんだが、芸能界の有象無象も大量に招待されているから、おそらくスルーするに違いない。へたに突っつくと自分たちにも火の粉が降りかかりますからね。ここは、野党の体たらくをしょっちゅうdisっている新聞に、久しく耳にしない調査報道というやつを是非とも期待今日この頃なのだ。官邸にキン玉握られた新聞には、できやしないだろけど・・・!

『東京新聞』2019-4-16/自民党の井上信治・衆院議員(東京25区選出)に「桜を見る会」


 「リテラ」11月10日ー本日、天皇の即位を披露するパレード「祝賀御列の儀」がおこなわれ、日の丸の小旗が振られる沿道とともにオープンカーに乗った天皇・皇后の姿をテレビが大々的に生中継。お祝いムード一色に染め上げられた。だが、このパレードが3分の1を過ぎたあたり、落ち着いた公共建築物がつづくコース沿いに、屋上から〈天皇陛下のご即位をお祝い申し上げます〉という垂れ幕をデカデカと吊り下げていた建物があった。ほかでもない、自民党本部だ。今回、あらたにパレードのコースが変更され自民党本部前を通過したのだが、天皇・皇后が通り過ぎる目の前に、安倍自民党はこの巨大なメッセージを掲げたのだ。/「リテラ」11月11日ー安倍首相は天皇・皇后の即位パレードを政権PRの場にしただけではなく、まるで自分も主人公であるかのように、自分の顔を沿道の国民に拝ませてやると言わんばかりに窓を開け、車の中から手を振ったのである。しかも、安倍首相のみならず、白バイのあとをつけた菅義偉官房長官までもが窓を開けていた。つまり、安倍官邸自体が、皇族きどり、いや、もはや“天皇きどり”で即位パレードをおこなったのだ。

 「くろねこの短語」2019年11月10日ー初老の小学生・ペテン総理主催の「桜を見る会」が税金を使った支援者への供応じゃないかと指摘されたからなのか、「桜を見る会」関連のSNS投稿が続々削除されてるってね。相当にやましいところがあるんでしょうね。・桜を見る会関係のSNS投稿記事が続々削除(笑)それはともかく、英語民間試験なんだが、ベネッセの関わりがいろいろ取り沙汰され、文科省の役人が関連団体に天下りしていたなんてことも発覚している。もちろん、英語民間試験の仕掛け人である下村君との抜き差しならない関係も囁かれている。
 そんな中にあって、またひとり怪しげな人物が登場した。なんと、楽天の三木谷君だ。なんでも、英語民間試験導入を推し進めるため、「官邸の産業競争力会議、文科省の有識者会議をリードし、文科省を動かした」んだとか。ところが、加計学園のポチ・萩生田君の「身の丈」発言によって頓挫しちまったもんだから、憤懣やるかたないほどに落胆しているんだとか。「楽天の三木谷が落胆」って、洒落にもなりません。三木谷君が旗振り役となって設置された「英語民間試験の導入を前提とした協議会」のメンバーは「英語試験業者だらけ」だったそうだから、そもそもからして教育ビジネスという新たな利権を手にするための制度だったってことなんだね。政治家、教育関係業者、IT企業が手を組んだ英語民間試験の胡散臭さにいち早く気づいたのが受験生自身だっというが、このスキャンダルの唯一の救いなのではなかろうか。


ママの会・愛知11月10日ー「安倍晋三後援会 桜を見る会の前夜祭」←嫌味で前夜祭と表現してるかと思いきや、本当に前夜祭でした。そこに呼ばれた歌手の方のブログで様子がよくわかります。安倍首相の後援会御一行、その規模の大きさに驚き😳。各界の功労者を呼んでいるという事ですが、安倍さんの地元の後援会には、850人も功労者がいるのですか。山口から来るならせっかくだから前泊でおもてなし?やってる事はこれはまさに個人の後援会行事ですよ。これは国費です。私達の税金です。


2019年11月7日~12月18日 立命館大学国際平和ミュージアム「上野誠版画展」 
2017年11月に立命館大学国際平和ミュージアムで「儀間比呂志版画展ー沖縄への思いー」が開かれたが、その儀間版画に多大な影響を与えたのが反戦・平和の木版画家・上野誠である。
 〇日本版画協会理事上野誠は4月13日午後3時15分肝硬変のため千葉県松戸市の東葛クリニックで死去した。享年70。1909(明治42)年6月7日長野県長野市に生まれ、29年長野中学校を卒業、東京美術学校に入学したが、32年に中退、木版画の制作を始めケーテ・コルヴィッツに私淑した。37年国画会第12回展の「石炭を運ぶ人」をはじめ、戦前は国画会版画部に出品した。→東京文化財研究所


1日~12月25日 那覇市歴史博物館「琉球船と首里・那覇を描いた絵画史料」
〇2019年2月に、 『琉球船と首里・那覇を描いた絵画史料研究』(思文閣出版 京都市左京区田中関田町2番地7)が刊行されました。掲載された史料には王国時代の船や首里・那覇の様子が描かれ、当時の街並みを知ることができます。今回の企画展では、掲載された絵画史料の一部を展示し、戦前の写真史料とともに、往時の首里・那覇の街の様子を紹介。 
〇2019年11月9日『沖縄タイムス』ー沖縄県の那覇市歴史博物館で開催中の「琉球船と首里・那覇を描いた絵画史料」では、首里城を管理する沖縄美ら島財団所蔵の資料を展示している。首里城火災後、入館者が増加。倉成多郎主任学芸員(48)は「難を逃れ、受け継がれている歴史の重みを感じてほしい」と呼び掛けた。12月25日まで。


 T-11-4安倍内閣の背景 

 ママの会@愛知11月9日ーこの桜を見る会は国費で開催ですよね。首相の地元の後援会800人、特別ご招待とは。これって言ってみればばいしゅ…(咳)M、Eー共産党の参議院議員・田村智子さんの「桜を見る会」への追及が素晴らしかった!今後にも注目したい。
それにしても来年の予算が5700万?山口県から安倍後援会の人たちなど800人も前乗りして、ホテルで安倍夫妻と一緒に前夜祭?それも毎年の恒例行事?翌日は貸切バス17台で新宿御苑に行き、入り口で安倍氏と記念撮影。
 セキュリティの関係で詳しいことは答弁を控えさせていただくって?バスの中で秘書がみんなの入場券を回収し、まとめて受付を済ませ、入場用のリボンをもらってきて配り、手荷物検査は一切なしと、参加した後援会の男性会員。なーにがセキュリティだよ!なーにがテロ対策にお金がかかって5700万は妥当ですだ!税金使って後援会のお疲れさん会。どこの府省の推薦で、どんな功労が認められてのご招待なの?安倍さん、苦し紛れに「地元自治会やPTA会長など、功労のある方が、たまたま後援会の人とダブることもある」って苦し紛れすぎるし、そんなんで招待してたら、どんだけ人数膨れ上がるよ?18000人でも多すぎるのに。これはとことん追求してもらいたいよ、田村さん!頑張ってー!!

 「くろねこの短語」2019年11月8日ー(前略)昨日の衆院憲法審査会で、共産党の赤嶺君がこんなコメントしているんだが、まさに「異論を表明化させない」ペテン政権への痛烈なカウンターバンチになっとります。「最近は表現の自由への政府の介入など看過できない事態も起きている」「憲法を変えるのではなく、憲法原則に反する現実を変えることこそ求められている」。削除された経団連会長の意見ってのは、さほど過激な内容でないし、そもそも初老の小学生・ペテン総理のお仲間でもあるのに、こんな些細な異論ですら潰しにかかるってことは、それだけペテン政権の独裁主義的体質が露骨になってきた証拠だろう。これこそ、まさに「看過できない事態」そのものに違いない。最後に、千葉県知事・森田健作が、「おれは無能だ!」とばかりに実に哀れな記者会見をしてくれた。コップ持つ手が震えちゃったりして、ちいさえなあ。


2019年11月『月刊琉球』№71琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947
 しもじけいこ「宮古IN 大丈夫?この島」/島袋マカト陽子「東京琉球館便り 61」/与那嶺功「沖縄振興ー『明治維新150年』を問う 大東亜・植民政策・ナショナリズム⑭」


2019年11月 平敷武蕉『修羅と豊饒ー沖縄文学の深層を照らす』コールサック社☆沖縄のアイデンティティーのことを「ウチナーのことはウチナーンチュしか分からない」「ウチナーのことはウチナーンチュに任せなさい」、という言い方でなされることもある。日本政府が、沖縄に寄り添うとうそぶきつつ、沖縄をだまし、食い物にし、様々な悪さしかしていない歴史をふまえた言葉であることは分かる。だが、先述したように、本土人の中にも沖縄に寄り添い、痛みをもって「沖縄問題」に取り組んでいる人々は居る。逆にウチナーンチュのなかにも辺野古埋め立てに賛成し、そこに利権を見出そうとする勢力はいる。/〇平敷氏の批評する姿勢は、たとえ大家であっても新人であっても決して手を緩めることなく作品に向きあって、沖縄文学の優れた試みであるか否かを内面に問いながら記述していく、純粋な批評精神に貫かれている。(鈴木比佐雄「解説」より)
関連〇「琉球朝日放送」11月6日ー6日午後4時半過ぎ、外務省を訪れた宜野湾市議たち。9月に可決した辺野古促進を求める意見書を手渡しました。要請では、いろいろ試行錯誤しながら可決した意見書だとした上で、「政府は普天間基地の辺野古移設を積極的に働きかけてほしい」と話したということです。

 日本は増税を推進する党を選挙で与党にしておきながら、選挙直後の世論調査で7割近い国民が増税反対と答えるような国である。こんな奇妙で滑稽な光景があるだろうか。(はたけやま みちのり)

2019年11月3日

10時半ー「南風原文化センター開館30周年-こんなモノからあの人までー」左から2人目、平良次子さん

11時半ー壺屋やちむん通り祭り/新栄通り

13時ー我が母校・前島小学校の運動会/息子・娘の母校・泊小学校の運動会

14時ー沖縄県立博物館・美術館で旧大聖禅寺鐘をつく。右ー沖縄県立博物館・美術館の外間一先さん

 

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 2019年10月31日朝一番、ネットのニュースで「首里城公園付近で黒煙が上がっている」首里城の正殿は、いまも延焼中だという。けが人の情報は入っていないという。パリのノートルダム大聖堂の火災以上にショック。木造なので火災には十分に警戒しているはずだが。テレビをつけると、正殿が崩れ落ちる映像、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件のテレビ映像と同様の衝撃であった。かつて又吉真三氏から首里城復元の話を聞き、「大阪城に倣いコンクリートで造ったらどうですか」と言ったら「建築技術継承」の意味合いで木造でなければならない、と言われたが、やんぬるかなである。「建築技術継承」は先の復元過程で建築技術も確認されたであろうから、今後は元々の材質に拘らず火災に強いもので再建すべきだと思う。それより所蔵の文化財は無事だろうか。台風、水害と消費税、アベ主導の「れーわ世」になってからロクな事はないわな。
 参考〇沖縄県は1日、沖縄美ら海水族館(本部町)と首里城正殿などの有料区域(那覇市)の管理を始めた。今後は県が指定管理者に指定した沖縄美ら島財団(本部町)が両施設の実質的な管理・運営を担う。指定管理の期間は2019年2月1日から23年1月31日まで。これまで両施設は国が管理してきたが、県へ管理が移行した。今後も両施設の所有権は国が持つため、県は国有財産使用料として年間約7億円(美ら海水族館約5億円、首里城約2億円)を国に支払う。財源は両施設の入場料と売店収入で賄うため、県の財源からの支出はない。現在、入場料の変更なども予定されていない。
 県は管理移行に合わせて、安定的な運営維持のために「沖縄県国営沖縄記念公園内施設管理等基金」を設立。財団が毎年県に納める固定納付金(年間約9億円)と歩合納付金から成り、大規模修繕や整備が必要になった場合に支出する。

『沖縄タイムス』11月12日首里城火災で、全焼の正殿など被害に遭った7棟9施設について、損害保険の評価額が100億3500万円に上ることが11日、分かった。県議会(新里米吉議長)の全議員対象の説明会で、首里城を管理運営する沖縄美ら島財団の担当者が明らかにした。財団が年間2940万円を支払っている保険の支払限度額は70億円で「保険会社が現地を調査し、査定する。評価額は100億円だが、支払額が70億円を上回ることはない」と答えた。建物の評価額は、保険料を決めるために建物の価値を算出したもの。9施設の当時の建設費は正殿で33億円、南殿、北殿など3施設で21億円、黄金御殿など5施設で19億円の計73億円だった。

2019年11月16日『沖縄タイムス』「円鑑池 魚が大量死」〇「円覚寺(えんかくじ)」の前の池は「円鑑池(えんかんち)」、池の中央にある赤瓦の堂を「弁財天堂(べざいてんどう)」という。→首里城公園/1986年8月8日『琉球新報』「弁財天堂の壁一部焼く」、8月7日『沖縄タイムス』

2019年1月 国梓としひで『太陽を染める城ー首里城を蘇らせた職人たちの物語』沖縄建設新聞

2019年3月 与並岳生 『火城』「●組踊 首里城炎上、大飢饉・・・未曽有の国難を越えて、新生琉球の気概を示す国劇は、こうして誕生した!!●国学 国造りは人造りー琉球人材育成をめざして、「海邦養秀」のスローガンのもと「国学」は誕生した。若き尚温王の教育立国の理念が燃える!●三線音楽 「歌と三線の昔始まりや」-伝説のアカインコ青春行状記! 」新星出版


1985年8月1日『沖縄タイムス』「首里城正殿 発掘調査 始まる」/9月7日『琉球新報』「予想以上にひどい首里城の戦災」


1986年11月28日『沖縄タイムス』/1986年11月29日『沖縄タイムス』「首里城正殿跡発掘現場で見つかったアメリカ製250キロ爆弾撤去」



1986年12月4日『琉球新報』/1986年12月22日『沖縄タイムス』


 首里城復元に関わっていた又吉眞三氏から、「新城君、君の提供した資料で寸足らずの龍柱が本来の高さに復元出来そうだ」と喜んで居られ、かつ話された、その資料を『首里城復元期成会会報』第7号で紹介してほしいと。同誌に載せたのが比嘉朝健「琉球の石彫刻龍柱」である。
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□本稿は1927年(昭和2)3月発行の『アトリエ』第4巻第3号の同氏(1899~1945)論文から転載したもので、新城栄徳氏から資料の提供を受けた。


1974年8月6日『琉球新報』又吉真三「首里城跡の復元をめぐって=文化遺産の活用とあり方=」/1984年11月27日『琉球新報』「首里城・石造欄干の親柱 完ぺきな形で残る」

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前列右から宮城篤正氏、又吉真三氏、後列右から首里城復元で「古文書の鬼」と謂われた高良倉吉氏、新城栄徳。/又吉眞三氏を囲んでー右から3人目が又吉眞三氏、左奥から西村貞雄氏、新城栄徳。左手前が首里城の瓦を制作した奥原崇典氏の兄・奥原崇仁氏


 又吉氏は沖縄県建築士会会長、沖縄県文化財保護審議会会長もつとめ琉球の建築文化史にも詳しい。私は宮内庁三の丸尚蔵館の山本芳翠「琉球中城之東門」の門は又吉氏と検討し「美福門」と断定、1989年11月発行『沖縄美術全集』の年表にその旨を記した。また首里城北殿の階段の問題も相談に乗ってもらい新聞に発表した。

「琉球中城之東門」/北連蔵画「山本芳翠像」

首里城北殿の階段 大龍柱は正面を向いている。
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 1937年1月『姫百合のかおり』/大塚努(京都市)2019-11-5「1907年ー沖縄県立高等女学校運動会」

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1993年3月27日『琉球新報』「首里城正殿の大龍柱/大龍柱を考える会(宮里朝光会長)『やっぱり正面向き』」

 『沖縄タイムス』2019年11月5日〇復元された首里城の龍柱を制作した彫刻家で琉球大学名誉教授の西村貞雄さん(76)=糸満市=は、独自の造形文化が詰め込まれた城の変わり果てた姿に「研究と技術の集積が一瞬にして消えた。でも手掛かりがほとんどなかった戦後の復元と比べ、資料はある。再建に向けもう一度全力投球だ」(略)基本・実施設計の委員で龍柱を含む正殿の復元作業に携わった。わずかに残った戦前の写真や図面を観察し、中国や東南アジアなどを視察した。龍のうろこや背びれの数を数えて柱の高さを確認するなど、地道な作業で戦前の姿を解明していった。


1999年10月 野々村孝男『首里城を救った男ー阪谷良之進・柳田菊造の軌跡』ニライ社


2000年11月 野々村孝男『写真集 懐かしき沖縄~山崎正董らが歩いた昭和初期の原風景から』琉球新報社

 『琉球新報』2019年9月5日ーしまくとぅばの保存、継承に尽くした沖縄語普及協議会名誉会長の宮里朝光(みやさと・ちょうこう)さんが1日午後2時38分、老衰のため那覇市首里平良町の自宅で死去した。95歳。那覇市首里出身。告別式は5日午後2時から3時、那覇市首里山川町3の1の首里観音堂で。喪主は長男聖(きよし)さん。2000年に沖縄語普及協議会を設立し、06年の「しまくとぅばの日」(9月18日)の制定に尽力した。しまくとぅば指導講師の養成にも取り組み、しまくとぅば保存・継承の機運をつくった。琉球王府の迎賓館ともいわれ、沖縄戦で消失した御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)の早期復元を求める御茶屋御殿復元期成会の会長も務めた。沖縄語普及協議会は16年、第38回琉球新報活動賞を受賞した。

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