Category: 04-書の森
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県庁前駅 2019-9-30 県庁前駅には、県庁、那覇市役所など官公庁施設に隣接し、那覇市のメインストリート「国際通り」の南側入口になっています。大型ショッピングセンターのパレットくもじには、デパートリウボウの他、映画館や市民劇場、市民ギャラリーなどもあり、文化の発信地として活躍中。

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 『しんぶん赤旗』10月14日ー日本共産党の小池晃書記局長は13日、党本部で会見し、15日から予定されている参院予算委員会について、「野党各党と連携して、与党に対して開催の延期を求める」と表明しました。小池氏は、台風19号被害の甚大さに触れて、「これだけの大災害が起こったもとで、政府に対しては、災害対応に全力を集中することを求めていきたい。今は、与野党の違いを超えて協力する時であり、政府は救命・救急活動、被災者の安全確保と復旧に全力をあげるべきだ」と語りました。

愛知ー2019-10-14 まずまずの被害で収まった、??これから被災地の住民は地獄です。

 「くろねこの短語」2019年10月14日ー台風が去って、日を追うごとに犠牲者が増えている。これほどの災害・被害を土建政治の自民党幹事長・二害君は、「予測に比べると、まずまずに収まったという感じだ」と緊急役員会で口にしたってね。「日本がひっくり返るような大災害に比べればという意味。一人亡くなっても大変なことだ」と後から言い訳しているようだけど、ポッと出た言葉ってのはそやつの本音に近いものだってことを忘れませんよ、ったく。
 でもって、初老の小学生・ペテン総理はいまさらのように閣僚会議を開いて「非常災害対策本部」の設置をぶち上げた。「とにかく人命第一だ」とほざいたそうだが、台風襲来の前日には高級フレンチレストランでほろ酔いの野郎に言われたくはありませんよ。
・安倍首相が今日になって「やってる感」アピールも、台風襲来最中の「休養」に批判殺到! 立川談四楼は「寄り添う気がない」
 トップがこんなんだから、末端の役人も非情なものです。なんと、台東区では住所がないからってホームレスのひとの避難所受け入れを拒否したってね。おいおい、どんな理由があろうと、人命保護を最優先するのがパブリックサーバントたる公僕の務めだろう。「ホームレス(住所不定者)については、避難所は利用できないことを対策本部で決定済み」というのが台東区の言い分なんだとか。それにしたって、避難所に救いを求めたひとを拒否できちゃう職員の感性がそもそも歪んでいる。大馬鹿者め!!
 そんな中、福島第一原発による除染で出た草木など廃棄物が入った袋(フレコンバッグ)が、仮置き場から川に流出したってね。やっぱりそうきたか、ってなもんです。「市はすでに6個を回収したが、他にも流出したものがあるとみて、市が確認を進めている」そうだが、早いところ回収しないと放射能汚染が思わぬところで拡散することになりますよ。・原発事故の除染ゴミ、川に流出 置き場が大雨で浸水 福島・田村

ニフティニュース 13日放送『Mr.サンデー』(フジテレビ系)では、同台風について言及。爆笑問題・太田光、橋下徹氏らが対策や現状について熱弁するなどし、驚きの事実も明かした。橋本氏が明かす治水行政-橋本氏は「千曲川のことはわからないが」と前置きした上で、「治水行政はかなりシビアにやっている」と口を開く。「都市化されている下流地域に被害が出ないように、上流部であえて氾濫させる」と明かし、大阪を例に「淀川が氾濫しないように琵琶湖で止め氾濫させる、いざというときは奈良県側で氾濫させる」と解説した。これに「逆に言うと『ここ氾濫させてもいい』って場所に住んでいる人にとってはとんでもない話」と宮根誠司が驚くと、橋本氏は「情報開示が必要。緊急放流っていうのがそう」と続ける。

備仲 臣道10-13 命を守る行動をとってください。うるさ過ぎるよね。判で押したように。そのうえ、国土交通省からは無内容なことを強制的に携帯電話にかけてくるし、誰が仕組んだんだ。この騒ぎは?きょうになって、ダムから放水した被害が続出するんだろうね。この責任誰が取るのさ。確か、万全の体制って言ったやつがいたはずだが。

T-この台風によって大騒ぎになっている間に、日米FTAを勝手に可決された。10月15日に国会では、自家栽培の種子をまいて野菜や果物などの収穫物を得ると、1千万円以下の罰金を科すという、とんでもない法案を強行採決される予定になっているという。

 10月から消費税率が10%に。災害被災者へのほんの少しのプレゼント→アベ自公政権より

『しんぶん赤旗』日曜版2019-10-13「米軍には40年で20兆円 国民には大増税」


『しんぶん赤旗』2019-9-26「目でみる経済・・・国交省は20年度予算概算要求で、水害対策に5623億円を要求しました。しかし、水害の発生状況を見れば少なすぎると言っても過言ではありません。水害対策の拡充が求められます。



〇災害大国日本、です。もう少し何とかならないのでしょうか。イタリア、韓国、フィリピン。〇「やりすぎ」という人もいるが、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災を考えると「想定外」は禁句であろう。無論、何も無ければそれに越した事はないが。もはや台風(核基地)はオキナワだけの問題ではない。
 『朝日新聞』10月12日ー荒川と江戸川に囲まれ、土地が海面よりも低い「海抜ゼロメートル地帯」が7割を占める東京都江戸川区。あたりが白く見えるほど雨が強まり、浸水への不安が高まるなか、避難所には住民が次々と訪れ、肩を寄せ合った。
 『毎日新聞』10月12日ー気象庁などは夕方までに、東京都や神奈川、埼玉、静岡県を流れる多摩川▽荒川▽相模川中流▽入間川流域▽菊川――などで氾濫危険水位に達したとして、最悪のレベル5に次ぐレベル4にあたる「氾濫危険情報」を発出した。
「JIJI」10月12日ー大型で強い台風19号は12日、東海沖を北上して午後7時前に静岡県・伊豆半島に上陸した。

 「週刊朝日」10月13日ー全国で猛威を振るった台風19号。9月の台風15号では行政の支援が遅れたとの批判もあったことから、今回は万全の態勢で臨んだはずだった。特に台風の直撃が予想された東京では、早くから計画運休が決まり、避難所の準備も進んだ。ところが、実際に台風が来てみると、意外なもろさが次々に明らかになった。まずは計画運休によって住民が孤立化することだ。都内では地方と違って、車を持っている人が少ない。移動手段は鉄道やバスに頼っているため、いったん運休が始まると身動きがとれなくなるー。
 
 「くろねこの短語」2019年10月13日ー(前略)それにしても、NHkも民放も、「命を守る行動を」と喚き散らすのには辟易しちまった。あそこまで血相変えてアナウンサーが連呼するんだから、どこからかの指令があったんだろうね。「やってる感」ってやつですか。そんな具合にテレビは緊急事態を煽ってるってのに、初老の小学生・ペテン総理は終日公邸で来客もなく休息あらせられましたとさ。こういう時こそ、総理大臣が陣頭指揮執って緊急対策本部を設置するものじゃないのか。こんな体たらくで、今後も「緊急事態条項」なんてことを口にしたら殴るよ!! それを口にするなら「今でしょ」と、台風19号が言ったとか言わないとか・・・てなわけでお後がよろしいようで。

 「くろねこの短語」2019年10月12日ー(前略)テレビは「外出はするな!」と喚き続けている。そりゃあ、地球史上最大級なんてこともアナウンスされてるんだから、外出なかしやしませんって。でも、声高に喚き散らすのもいいんだれど、ああしろ、こうしろ、あれはダメ、これはダメって言い募られると、消費税増税のポイント還元と同じで混乱しちゃうんだよね。本当なら、地域ごと(東京なら23区ごと)に具体的な情報(たとえば河川氾濫の恐れがあるのかないのか)を流すべきなんだろうね。浸水被害の恐れのないところで土嚢を大量に用意したって始まらないんだからさ。
 ここまでメディアが緊急事態だって喚き続けるってことは、「これだけ警告してるんだから何かあったら自己責任」って言われてるような気にもなってくるというものだ。それよりも、福島第一原発は大丈夫なのか。溜まりに溜まった汚染水はどうなる。汚染水を溜めているタンクが倒壊した時のシミュレーションはしているのか。「外出するな!」って喚くのもけっこうだが、福島第一原発についてまったく無関心なのはいかがなものだ。『日刊ゲンダイ』2019/10/11 「台風19号で福島原発は…? 直撃なら汚染水ダダ漏れの危機」

『毎日新聞』10月11日ー政府は11日、2019年度の国家公務員の月給とボーナス(期末・勤勉手当)を6年連続で増額する給与法改正案を閣議決定した。これに先立つ関係閣僚会議で、給与引き上げを求めた8月の人事院勧告を受け入れると決めた。

 「立憲フォラーム」10-5-共産党の志位和夫委員長は4日の記者会見で、戦前の日本による提案が国際人権規約につながったとした安倍晋三首相の所信表明演説について「これほど厚顔無恥な世界史の歪曲(わいきょく)はない。歴史への無反省が表れた」と批判した。 首相は演説で、日本が1919年の第一次世界大戦に関するパリ講和会議で「人種平等」を提案したことに言及。「欧米の植民地が広がっていた当時、日本の提案は強い反対にさらされた」と紹介した後、「日本の大いなる理想は国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則になった」と続けた。 志位氏は「国際人権規約の基本理念は『民族自決権』だ。それを踏みにじって(朝鮮半島の)植民地支配をしていたのが戦前の日本だ」と指摘。「(首相の)歴史への無知と無反省が表れた。こういう姿勢だから日韓問題もより悪くなる」とこき下ろした――と「毎日」。韓国の「中央日報」は植民支配しておきながら「日本、植民主義に抗して人種平等」叫んだ、と報じています。

[KYODO]10-11ートルクメニスタンで開かれた独立国家共同体(CIS)首脳会議で話した。プーチン氏は中国が対象とされている米ミサイルについて「第1の標的がどこかは明らかだが、ロシア領土にも到達する」と発言。配備されれば「国際的な安全保障の状況が悪化する」と懸念を示した。


 『琉球新報』2019年10月3日ー米、沖縄に新型中距離弾道ミサイル配備計画 ロシア側に伝達、2年内にも /配備計画の有無に関する琉球新報の質問に対し、米国国務省は米国防総省に聞くよう返答し、国防総省は2日までに回答はない。→〇今ごろアベ首相、コウノ防衛相と密議?
沖縄は全滅する。沖縄への配備反対は最重要の課題だ!!!。
〇中距離核戦力廃棄条約が破棄されて世界は核軍縮から核軍拡の時代へと逆戻り。沖縄に中距離弾道ミサイル新型基が配備されれば中国・ロシアは核の標的とされ、防御のために両国は沖縄を攻撃目標に据える。限定核戦争で米国や中国や日本の中枢は被害を受けないかもしれないが、沖縄は全滅する。沖縄への配備反対は最重要の課題となる。→内海
〇ネットでは早速ネトウヨが火消しに大わらわ「親中新聞 新報のフェイクニュースでは?未だに米から返事なし?」
 
「核はこうして貯蔵されている<辺野古の核弾薬庫>」
『週刊ポスト』1973年11月15日号<平野部の”70%„が米軍基地の沖縄>
 東京新聞 2016年8月16日【ワシントン=後藤孝好】米紙ワシントン・ポストは十五日、オバマ米大統領が検討している核兵器の先制不使用を巡り、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として、反対の意向を伝えていたと報じた。同紙によると、首相は最近、ハリス氏に対して、オバマ氏が核兵器の先制不使用を宣言した場合、北朝鮮などの国への抑止力が低下し、地域紛争のリスクが高まるとの懸念を直接、伝達したという。伝えた日時や場所には触れていないが、首相は七月二十六日、来日したハリス氏と首相官邸で会談している。

 「MS」2019-10-4(前略)防衛省が明らかにしているのは、宮古海峡封鎖と「接近阻止」用の対艦ミサイル配備ということだけだ。しかし一方で中国本土に届く長射程ミサイルの配備や高速滑空ミサイルの配備をたびたび匂わせてきた。先ごろ米国が発射実験を行った新型の巡航ミサイルは地上発射型で、自衛隊が配備しようとしているミサイルも地上発射型だ。これらは車載式で一旦有事となれば、移動しながら発射する。そうなれば、沖縄全体が発射地点になり戦場になる。もう一つの論議は、沖縄への核配備問題だ。これについても大方の意見は否定的だ。しかし、日本復帰前の沖縄には1300発の核弾頭が配備されていたことがNHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」(2017年9月)で暴露された。恩納村にはそのためのミサイル基地があった。実際に核ミサイルの発射命令を出し誤発射したということも起きている。こうした過去の事実がありながら「沖縄への核弾頭配備は疑問だ」とする方がむしろ疑問だ。米ロと並ぶ核大国・中国とのミサイル戦争計画を進めながら、核兵器を配備しない方が軍事常識としてあり得ない。ましてや非核三原則にのっとって核弾頭の配備を日米が明らかにするはずがない。結論からすれば、核弾頭の配備は必ずある。
 最近驚いたのはミサイル基地建設を進めている奄美において、「弾薬庫」の地下建設が始まっていることだ。5本のトンネルを掘り、内部に鉄筋コンクリート壁で直方体の火薬庫を建設しているという。(南海日日新聞)弾薬庫にとどまらない基地の地下化要塞化で明らかに核戦争に対応した設計だ。宮古島の弾薬庫は10月着工として用地買収が進められている。それも、民家から200m先に。石垣でも弾薬庫が計画されている。辺野古の弾薬庫は大幅に改修されたばかりだ。宮古島の計画では地上の弾薬庫と発表されているが、ミサイル戦争を想定しているのに地上の弾薬庫建設などあり得ない。一旦弾薬庫建設を許せば地下にトンネルを掘り始めるだろう。自衛隊基地のエスカレーションはすべて<運用>として行われてきた。騙されるわけにはいかない。
昨日の識者談話で軍事評論家の前田哲男氏が、沖縄県民に求められているのは「ノーの意思表示」をすることだと書いた。違うだろ~!!!。 今求められているのは、日本中が「ノー」と言って沖縄と連帯して立ち上がることだろう。それが一度は沖縄戦を強いた本土民衆の責任ではないのか。




1984年12月 ワールドフォトプレス『米ソ原子力艦隊』光文社/1986年1月 ワールドフォトプレス『核兵器図鑑」光文社

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原爆ー1969年11月ー沖青友の会機関誌『石の声』第1号□[もしも沖縄で爆発したらこのようになる]□真栄田義秀「日本国憲法第九条」/「沖縄にあるB52は24メガトンの水爆を積むことができる(広島の1,200倍) もしも沖縄で爆発したらこのようになる。!▲150~570キロ以内の住民半分が即死し、生き残った人も4カ月以内にはほとんど死亡する。▲爆発にともなう地震津波がおしよせてくる。▲水や食物も多量の放射能を浴びて生き残っても奇型児(ママ)や発育不能な人間が生まれてくる。▲北は奄美大島、鹿児島迄も被害は及ぶ。-沖縄の住民は今日も原爆をかかえて生活をしている。」

〇犯罪王アル・カポネも真っ青、葉巻を銜えたルメー /勲一等旭日大綬章
沖縄の新聞報道によると、日本に居る米軍幹部に日本政府は「日本を護ってくれて有難う」という意味なのか勲章を贈っているという。かつて日本を空襲で焼き払ったルメーに勲一等旭日大綬章を贈った話はネット上に飛び交っているが今でも勲章を贈っていたことに疑問を持つ。ルメーは1945年に日本占領は「百年間続く」とほざいた。たしかに日本の現実はアメリカの属国と化している。『アメリカの属国で悪いか』という本も出て居直る性質の悪いのも居る。今年は敗戦70年。「敗戦後100年」は無いと思うが、そのアメリカ占領100年を目指そうとしている安倍麻生自公政権は辺野古新基地をつくり、嘗てルメーが言った米軍の日本占領は百年続くことを実現しようと試みる。大多数の日本国民もそれを支持している。(2015-1記)

 1982/10/15 前田寿夫『軍拡!日本の破滅 恐るべきアメリカの戦略との決別』文化創作出版
押しつけられた日米安保ーもともと日米安保条約などという代物は、米国が”戦勝国の権利〝をカサに着て、いやがる日本にむりやり押しつけたもの。サンフランシスコ講和条約会議(1951年)当時、”独立回復〝とセットにして、こっちを認めなければあっちも認めないと、独立回復を待ち望む日本に強制したのが、日米安保条約であります。米側が日本国民の反対を恐れて、講和会議の直前まで日本側に条約草案をみせなかったこと。条約草案を突きつけられたとき、当時の政府首脳が、”これでは占領の継続じゃないか〝と大きなショックをうけたこと。これらは、いずれも周知の事実であります。いわば、日本国民の関心をもっぱら講和条約それ自体に向けさせて、そのドサクサにまぎれて日本政府に押しつけたわけです。
 旧安保条約の前文には、いかにもわが国の方から頼み込んでこの条約を結んだようなことが書かれていますが、とんでもありません。米国は、これによって、講和条約発効後も、ひきつづき米・占領軍を無期限に日本に居座らせることができるしどのようにでも日本の基地を利用することができる。しかも、”日本国政府の要請に応じて〝という条件つきながら、米軍を、”日本国の内乱や騒じょう〝の鎮圧に使用することもできる。また、日本に”自衛力漸増〝の責任を負わせ、うまくいけば米戦略の一翼をになわせることもできる。そのうえ、条約に付随する行政協定によって、米軍の駐留費を分担させられるわ、その将兵に治外法権を認めさせられるわ。これが旧安保条約の内容であります。誰がこんな条約を結びたいなどと頼み込むものですか。
前田寿夫 まえだ-ひさお
1919- 昭和後期-平成時代の軍事評論家。
大正8年12月8日生まれ。もと陸軍中尉。東海大助教授をつとめたのち防衛庁の防衛研修所(現防衛研究所)にはいり,昭和48年第一研究室長。安全保障政策を担当し,55年退職。在職当時の講義内容をまとめた著書「間違いだらけの防衛増強論」で知られる。栃木県出身。東京商大(現一橋大)卒。 →コトバンク

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仲松 健雄2019-10-7「第15回 全国沖縄県人会交流会」横浜・鶴見沖縄県人会主催 が、横浜市のロイヤルホールヨコハマで盛大に開催され240名が参加✨全国から参加した19県人会がスライドで活動報告。東京沖縄県人会は、BGMに喜納昌吉さんの大ヒット曲「花」を流しながら、スライドショーでプレゼン😊余興も盛り沢山で、大盛況❗️❗️❗️締めはエイサーに合わせて全員がカチャシーを踊って幕となりました🎶次回は、2年後に広島沖縄県人会が主催します❗️

主催者挨拶: 横浜・鶴見沖縄県人会長 金城京一 氏/乾杯の音頭


全国の沖縄県人会長 紹介/関東沖縄経営者協会 会長 新垣進 氏 東京沖縄県人会 上原多美子さん 松田直子さん




沖縄タイムス社 代表取締役社長 武富和彦 氏/東京沖縄県人会 副会長 志多伯康雄 氏 大城朝夫 氏




東京沖縄県人会 島袋徹 顧問 豊島立子 次長/川崎沖縄県人会長 比嘉孝 氏/琉球新報社 代表取締役社長 玻名城泰山 氏

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1911(明治44)年1月1日  『沖縄毎日新聞』獏夢道人(末吉安恭)「古手帖(1)」
1月1日  『沖縄毎日新聞』獏夢道人(末吉安恭)「古手帖(1)」
○古手帖ー冬篭り独り凡に侍つかかつて渋茶に咽を濕し乍暮るる●の早きを惜しみフト垢擦れた古手帖の眼につくままに抽き出して彼処此処拾ひ読みをして見ると僕も随分物数奇であったと見えて能くもこんな色んな物を書き取ったもんだ。此等はいづれ雑書類を繙読してその当時は少なくとも興味を以てしたもんだから今から見ると余りドットしないけれど紙屑買に渡す気でこう原稿紙の四角い物に入れて見ようといふ気になる。右は蜀山人の仮名世説にある大平の逸民の状態はこんなものであった。この超波①は作家として左程●い物ではなかったろうが兎に角、蕪村七部集②にも出ている「五車反古」に載っているのは下の四句だ、早乙女や先づひいやりと庭の先/祇園会や胡瓜花さく所まで/我屋根をはつれてゆかし天川・・・
①清水超波 しみず-ちょうは
1702-1740 江戸時代中期の俳人。
元禄(げんろく)15年生まれ。江戸の人。味噌(みそ)商だったが,家業をきらい,桑岡貞佐(ていさ)の門人となる。のち点者となり,独歩庵超波を名のった。元文5年7月27日死去。39歳。通称は長兵衛。初号は長巴。編著に「紙蚕(かみかいこ)」「落葉合(おちばあわせ)」など。→コトバンク
②蕪村七部集ぶそんしちぶしゅう
江戸時代後期の俳諧撰集。菊屋太兵衛らの編。文化5 (1808) 年刊。与謝蕪村関係の代表的俳書『其雪影』『明烏』『一夜四歌仙』『花鳥編』『続一夜四歌仙』『桃李 (ももすもも) 』『続明烏』『五車反古』の8部を収めたもの。

1月7日  『沖縄毎日新聞』安元碧海「沖縄の人物地理」 



1月10日 『沖縄毎日新聞』獏夢道人(末吉安恭)「古手帖ー緑雨の『おぼへ帳』に・・・」   

1939年8月 斎藤緑雨『あられ酒』岩波文庫/1991年7月 斎藤緑雨(編・中野三敏)『緑雨警語』冨山房百科文庫



1923年12月  『沖縄教育』末吉麦門冬「俳句ひかへ帳ー言葉の穿鑿」
俳句に出づる故事、物名、人名や地名には随分読む人を困らすのがある。私もそれに困った一人なので、そういう句に出会す時は、必ず手ひかへに留めて置いた。而して読書の際偶その出所を発見したり、解釈を得たりする時は、又別のひかへ帳に立てて置いた。それが積もって漸く一つの物に纏ったので、我と同じからん人の為めにと本誌に投した次第である。・・・公達に狐化けたり宵の春  蕪村ー狐が化けると云うことは普通に誰も知っていることだが、これも支那から来た話ではなかろうか。西陽雑爼①に「野狐一名は紫夜、尾を撃って火を出す、将に怪を為さんとするや必ず髑髏を戴いて、堕せすんば則ち化して人となる」と。又、五雑爼②に「狐千歳にして始めて天と通ず、魅を為さす。其の人を魅する者は多く人の精気を取りて以て内丹を成せばなり。然らば則ち其の婦人を魅せざるは何ぞや。曰く狐は陰類也、陽を得れば乃ち成る故に牡狐と雖必ず之れを女に托して以て男子を惑はす也。然れども大害を為さす、故に北方の人は之れを習はす」と。
 支那では男に化けぬことになっているが日本ではこの句にあるように美男に化けて女を惑はすやうなこともあると信じられているやうだ。蕪村には狐の句が多い。「春の夜や狐の誘ふ上童」「狐火やいづこ河内の麦畑」「狐火や五助畑の麦の雨」「石を打つ狐守る夜のきぬた哉」「小狐の何にむせけん小荻原」「蘭夕、狐のくれし奇楠を烓かむ」等がある。彼が狐に興味をもっていたことが其の句の多いので知られる。此の句は敦盛卿のやうな美しい公達に狐が化けたと云ふので、それがいかにも春の宵のあやしき心持に調和した美をなすのである。かうした美しい怪物のあらはれるのも春の宵でなければならぬやうな気がする。狐忠信の舞台も春であるからこそ榮えるのである。
①名の「酉陽」は、湖南省にある小酉山の麓に、書1,000巻を秘蔵した穴が存在するという伝承に則っている。内容は、神仙や仏菩薩、人鬼より、怪奇な事件や事物、風俗、さらには動植物に及ぶ諸事万般にわたって、異事を記しており、中国の小説あるいは随筆中においてその広範さは一、二を争う。魯迅の愛読書であり、南方熊楠が、プリニウスの『博物誌』と名を比した書としても知られる。→ウィキペディア
②中国,明の随筆。謝肇せい (しゃちょうせい) の著。 16巻。全体を天,地,人,物,事の5部に分け,広く自然現象,社会現象の全般にわたって,その見聞,意見を記したもの。その観点は合理的な傾向をもち,当時の社会の矛盾を鋭く描く部分もあり,貴重な資料となっている。テキストの伝世に関しては、不明な点が多く、後集10巻の中には、明代の遺文を蒐集した部分が少なからず含まれるとされる。→コトバンク

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2006年2月 備仲臣道『美は乱調にあり、生は無頼にあり 幻の画家・竹中英太郎の生涯』批評社



1975年2月『話の特集』上原直彦「あなた大和人」/竹中労「続・メモオキナワ④」


1972年7月ー竹中労(装幀・挿絵 竹中英太郎)『琉球共和国ー汝、花を武器とせよ!』三一書房
1975年8月ー竹中労(装幀・挿絵 竹中英太郎)『琉歌幻視行ー島うたの世界』田畑書店

1986年5月 『別冊太陽』「探偵・怪奇のモダニズム/竹中英太郎・松野一夫」平凡社


 私は1992年12月 『新沖縄文学』94号 「来訪者略年表 1969年10月 竹中労(ルポライター)来沖」と書いているから沖縄では何かと話題の人物である。

1995年9月 上原直彦『島うたの小ぶしの中で』編集人・和宇慶文夫、備瀬善勝/表紙絵・與那覇朝大 装幀・和宇慶文夫/発行・丹躑躅山房
〇「追悼 島うたを理解した人ー(略)『多くのヤマトゥンチュが、沖縄を通っていったが、竹中労は、死に際まで沖縄にかかわったことだけは、直サン忘れないでくれ』」と上原氏は遺言として書き留めている。写真説明に1969年10月 第一回沖縄渡航、上原直彦、備瀬善勝、普久原恒勇、與那覇朝大を知る。


2006年2月 知名定男『うたまーい 昭和沖縄歌謡を語る』岩波書店

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1920年12月、新旧あらゆる傾向の社会主義者30人が発起人となって神田の青年会館で「日本社会主義同盟」の創立大会が開かれた。沖縄でもこれに即応、翌年の21年1月に沖縄支部準備委員として宮城不泣、泉正重、東恩納寛敷、浦崎康華が推された。1月3日、泉宅で伊是名朝義、玻名城長好(後の山里)、辺野喜英長、渡久地政憑、長嶺紀成、上与那原朝敏、浦崎康華、宮城不泣、城間康昌、東恩納寛敷、泉正重が集まる。糸満グループの城田徳隆・徳明兄弟、座安盛徳、比嘉栄は連絡不十分で欠席、山田有幹は5月の市制準備で忙しく、比嘉春潮は出張で、比嘉良児は参加できなかった。若い福村安謙、国吉真哲、神山宗勲、山田義文、屋良猛、名護良英らはシンパサイザーとして組織外に置いた

1924年、日本帝国では初めての単行本、アプトン・シンクレア『事実物語ー赤黒白』が神山宗勲の抄訳で刊行。神山は1898年、那覇上之蔵生まれ。1914年8月、『文章世界』に詩「夏の月」を発表。1915年上京し美術学校に学ぶ。1919年帰郷し新聞社につとめる。1921年、沖縄最初の社会主義団体「庶民会」にオブザーバとして参加。1922年に再上京。→琉文21「神山宗勲」

アプトン・シンクレア著の日本語版

東京/1924年8月ー神山宗勲 訳アプトン・シンクレア『赤・黒・白』聚芳閣
 本書に「この地球上に一度戦といふものが勃発するや、新聞記者といふ、新聞業者の手下どもは、輿論の大渦巻のうへに、その目をさらすのである。そしてその昔いくら慎重な態度をもつて、公平無私にその実状をみてきたといふ、アメリカの新聞でも、戦争の大波にのみこまれると、もう以前のやうな真実な態度を、こつそりとすててしまふのである。例えば『ニウヨオク・タイムス』のやうにだ」とある。かなり手厳しい表現である。
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神山宗勲作品ー1927年12月『解放』「闘争」/1928年1月『解放』「先ず把握せよ!」

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写真上ー1923年9月 中央・神山宗勲、右・静江、後列左・弟・宗顕、写真下ー1966年。1928年




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2019年11月7日~12月18日 立命館大学国際平和ミュージアム「上野誠版画展」 
2017年11月に立命館大学国際平和ミュージアムで「儀間比呂志版画展ー沖縄への思いー」が開かれたが、その儀間版画に多大な影響を与えたのが反戦・平和の木版画家・上野誠である。
 〇日本版画協会理事上野誠は4月13日午後3時15分肝硬変のため千葉県松戸市の東葛クリニックで死去した。享年70。1909(明治42)年6月7日長野県長野市に生まれ、29年長野中学校を卒業、東京美術学校に入学したが、32年に中退、木版画の制作を始めケーテ・コルヴィッツに私淑した。37年国画会第12回展の「石炭を運ぶ人」をはじめ、戦前は国画会版画部に出品した。→東京文化財研究所


かつての古都 京都と沖縄。その文化大交易を今によみがえらせる「美しき沖縄展 〜京都と琉球500年のむすび〜」
ご存知でしょうか?首里城のふもとにある円覚寺は南禅寺(1494年)の芥隠禅師によって建立されたお寺。三条にある檀王法林寺の開祖 袋中上人は琉球で念仏踊りを伝え、それは後にエイサーとなりました。京都と沖縄はこのように仏教を通して深い繋がりを持ち、同時に人や物が行き交いながら互いに刺激を受け合ってきました。
海上の道で往来を続けてきた大交易時代から500年。今も沖縄で織られた反物の95%は京都へ出荷されるなど、沖縄と京都は一級の工芸品を通して結ばれています。今年は琉球処分から140年。琉球が日本の一部「沖縄」となってから140年の節目であり、そして何と言っても令和元年、世替わりの年です。新しいむすびをはじめるにふさわしい年ですね。かつての古都と古都の文化大交易を再び始めましょう!この展示会のために心を込めて作られた美しいものが沖縄の島々からやって参ります。その他、おいしいものも届きます。ワークショップやトーク・イベント、琉球織物コレクション展や八重山写真展、芸能など様々なお楽しみも満載です!
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会場:安楽寺 日時:10月12日(土)〜14日(月祝) 11時〜17時 安楽寺入山料:500円 住蓮山安楽寺は、京都左京区鹿ヶ谷にあります。法然上人の弟子、住蓮上人と安楽上人が開基。


【和田 信一 三線教室、第一回発表会のお知らせ】2019年10月13日(日) 11時〜13時頃 三線無料相談会&メンテナンス  13時頃〜15時頃 第一回発表会  15時頃〜16時頃 三線講話会
京都檀王法林寺で古典音楽の教室を始めて約2年❓念願の発表会を行う事になりました🙌教室の皆さん、全員琉球舞踊の地謡は未経験だそうですが、熱心に稽古してくれているので楽しみです✨京都で琉球舞踊の教室をされている諸喜田千華研究所の皆さんや、沖縄からも太鼓の横目大通さんと笛の大城建大郎さんが賛助出演してくれるので心強いです😊また今回は、沖縄県三線製作事業協同組合とのコラボということで、三線職人さんによる三線のメンテナンスや、沖縄県外ではなかなか目にすることの出来ない三線七型の展示、三線に対する熱い想いが聞ける講話など、楽しいイベントが盛りだくさんです👍琉球王府時代の三線と現代の三線との聴き比べコーナーで、私もちょろっと演奏します😊京都近郊にお住まいの皆さん、この機会に檀王法林寺へお越しください❗️入場無料ですよ〜👍

 「くろねこの短語」2019年10月10日ー関電の腐れ外道が辞任した。ここまで粘ってきたのが急に辞任って、永田町のどこからか脅されでもしたか・・・って妄想だけど。でもって、第三者委員会とやらを立ち上げて原発マネー・キツクバック事件の検証をするんだとさ。第三者委員会の委員長には元検事総長(但木敬一弁護士)が就任するそうだが、関電と関西検察の癒着は郷原弁護士が早くから指摘していたことで、果してどこまでやれるかねえ。そもそも、社内調査をしていた調査委員会の委員長ってのもヤメ検の弁護士で、これがなんと郵便不正事件で証拠改竄した時の大阪地検検事正で懲戒処分された小林敬だったんだよね。それを考えると、第三者委員会に期待なんておよそできないんじゃないのかねえ。
 そんなんだから、検察も動く気配がないんだろうね。関電の腐れ外道どもの参考人招致を自民党が拒否しているのも、第三者委員会でお茶を濁して、民間企業の不祥事ってことで済まそうって魂胆に違いない。当然、検察とも話がついてるんだろうね。へたに検察に動かれたら、稲田や世耕の献金の裏にある政治家と原発マネーの関係が暴かれかねませんからね。おっと、これも妄想です。最後に、辞任した電事連のドンでもある関電会長の八木誠って、読売テレビ放送の社外監査役でもあったんだってね。メディアともしっかりと結びついてるわけで、「原発やめたら江戸時代」ってのたまったキャスターがいたのも頷けるというものだ。

 「くろねこの短語」2019年10月9日ー(前略)でもって、「あいちトリエンナーレ2019」への補助金交付を中止した張本人である加計学園のポチ公・萩生君は開き直ってこんなこと口走ってます。「私から文化庁に何かを指示したりということはありません」「補助金を不交付にしたのは、申請者に不適当な行為が認められたことによるもので、この度の展覧会の再開の有無とは関係がないと考えている」「不適当な行為」って具体的に説明しやがれ、ってなもんです。文化庁は補助金交付中止決定について議事録はないって言ってるんだよね。補助金交付を決めた有識者委員会の委員のひとりは、こうした不透明なプロセスに抗議して辞任もしている。再開ですべてチャラにはなりませんよ。
 ところで、いまだに検察が動く気配を見せない原発マネー・キックバック事件なんだが、ネトウヨアイドル・稲田君に続いてゲッベルス気取りの世耕君もモンスター助役が関係していた原発工事会社から献金を受けていたってね。現時点では返金は考えていないって開き直っているけど、そのうちなんだかんだ理屈つけて返金することになるんじゃないか。関電・モンスター助役・吉田開発という原発マネー・キックバックの図式は、おそらくすべての原発立地地域にもあてはまるんじゃないのかねえ。そして、最後には政治家に原発マネーが流れ込む、ってのが原子力村の描いた絵図なのだろう・・・妄想だけど。

 「くろねこの短語」2019年10月6日ー(前略)「でもって、ヒョーロク玉・立花君と幸福の科学との関係が取り沙汰されているんだが、なんと信者だったことが判明したってね。幸福の科学は安倍自民党の別働隊なんだから、図式からいけばN国党は幸福の科学の別働隊ってわけか。いやはや、魑魅魍魎が跋扈する永田町は、ますます化け物屋敷の観を呈してきましたねえ。幸福の科学とくれば、文部科学大臣であらせせれるところの加計学園のポチ公・萩生田君だ。その加計学園のポチ公が、一度は頓挫した「幸福の科学大学」の認可に向けて奔走してるってね。加計学園に続く大学利権の始まりってことか。この男は骨の髄まで日本会議だから、前川喜平氏が指摘してきたように今後の文部行政は日本会議の理念が反映されたものになっていく危険は大ですよ。

 「くろねこの短語」2019年10月5日ー(前略)「お前が言うか」とつい突っ込みたくなる綺麗事を並べる厚顔さもいつもの通りなんだが、そんな厚顔さの中でも思わず「殴るぞ」とつぶやいてしまったのが、金子みすゞの詩の一節を引用して「みんなちがって、みんないい。」とのたまった時だ。「2人の力で駆け抜けよう」とプーチンに語りかけた恥ずかしいスピーチと同じ違和感というか背筋を冷汗が流れ落ちたのだった。おそらく、ペテン総理は、この一節が金子みすゞの詩からの引用ということを知らなかったんだと思う。なんの衒いもなく口にしてましたからね。こういう時には、「金子みすゞさんの詩の言葉を借りれば・・・」と礼を尽くすのが教養人というものです。
 こういう浅薄な男だから、憲法についても相も変わらずの無知をさらけ出してこんなことのたまってくれました。「令和の新しい時代、その先の未来を見据えながら、この国の目指す形、その理想をしっかりと掲げるべきときです」「その道しるべは、憲法です。令和の時代に、日本がどのような国を目指すのか。その理想を議論すべき場こそ、憲法審議会ではないでしょうか」ペテン総理の誤った憲法観の集大成みたいな言葉だね。憲法とは何か・・・その原点がそもそも歪曲されてるんだから、こやつの「改憲」がどれほど危険なものか、メディアはそこをしっかりと検証すべきなのに、無批判に垂れ流すだけなんだから、メディアもペテン総理の「改憲」に肩入れしているようものなんだね。
 そう言えば、一昨夜にはメディア各社の幹部と面談しているんだよね。臨時国会を前に、事前の打ち合わせでもしたんじゃないのか。こういうタイミングでメディア幹部がのこのこと政権トップと面談する国がどこにある。そんな中で、森友学園疑惑について、ペテン総理に猛省を促す決議をした大磯町議会の反骨精神は賞賛されるべきだろう。地方紙などの世論調査では内閣支持率が20%にも満たないところもあるそうだから、いまは微震だけどいずれ激震となってペテン総理の足元を襲うことになるかもしれない・・・なんて淡い期待をしてみたくなる今日この頃なのだ。最後に、香港では「覆面禁止法」が発令されたってね。歩行中にマスクをしていても職質されることがあるらしい。ペテン総理の目論む「緊急事態条項」とさも似たりと感じたのは、くろねこだけだろうか。

 「くろねこの短語」2019年10月3日ー関電の腐れ外道とモンスター助役、そして原発関連企業がグルになった原発マネーのキックバック事件に政治家の影がチラつかないのが不思議だと昨日のエントリーで書いたら、絶妙のタイミングで網タイツのネトウヨアイドル・稲田君の名前が浮上した。なんでも、モンスター助役が取締役を務めていた警備会社とその関連会社から150万円の政治献金を受け取っていたとか。さらに、関連会社の社長ってのは、後援会会長でもあったらしい。モンスター助役は「政界にも広い人脈」があるというのが売りだったそうで、ひよっとしたら網タイツのネトウヨアイドルが政権とつなぐ窓口になっていたのかもね・・・って妄想だけど。
 モンスター助役に関しては闇の部分も取り沙汰されているようで、原発マネーのキックバック事件は関電と地元ボスの関係という単純なものではなく、利権に群がる様々な組織が原発を食い物にしようと暗躍した結果なんじゃないのかねえ。原発ってのはエネルギー問題は口実で、実は利権のためだけの政策としてそもそもスタートのしたのかもしれない・・・おっと、これも妄想だけど。
 ところで、総務省事務次官上がりの日本郵政上級副社長が、NHK経営委員会に圧力かけた件を追及されてこんなコメントしやがりました。「まるで暴力団と一緒。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ、俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」「放送行政に携わり、協会(NHK)のガバナンス強化を目的とする放送法改正案の作成責任者であった立場」と豪語する元高級官僚がこれだもん。そりゃあ、NHK会長が謝罪の文書を届けたりするわけだ。

「AERA dot.」10月3日ー森山氏が筆頭株主とされ、取締役を務めていた警備会社「オーイング」(本社・福井県高浜町)と、その関連会社の「アイビックス」(本社・福井市)が、自民党の稲田朋美▼元防衛相に献金していたこともわかった。アイビックスの吉田敏貢会長は稲田氏の後援会長を務めていた。稲田氏が代表を務める自民党福井県第一選挙区支部の政治資金収支報告書によると、アイビックスは2011、12年にそれぞれ36万円、吉田氏個人として11年に50万円を献金。オーイングも11、12年にそれぞれ12万円を献金していた。また、衆院議員の高木毅氏(福井2区)が代表を務める自民党福井県第二選挙区支部は、16年に警備費用としてオーイングに約19万4千円を支払っていた。
▲稲田朋美2005年(平成17年) 8月18日 - 自由民主党本部で、小泉純一郎首相から郵政民営化法案に反対した松宮勲衆議院議員への「刺客」候補として福井1区から自民党公認で総選挙に立候補することを要請され、受諾(同3日前に安倍晋三幹事長代理から要請受けていた)9月11日 - 第44回衆議院議員総選挙福井1区から立候補し、初当選。次点の民主党元職・笹木竜三とは373票差だった

 『デーリー』2017年8月12日ー東北米軍普天間飛行場所属の新型輸送機オスプレイ4機が11日、青森県三沢市の三沢基地に着陸した。先月29日に飛来した1機と合わせ、三沢にいる機数は計5機となった。国は11日に飛行再開容認を表明したが、地元に対する説明不足の側面は否めず、住民や自治体関係者からは安全対策の徹底などを求める声が相次いだ。(略)森県の三村申吾知事は「オスプレイが三沢基地に飛来したことは誠に遺憾」とし、国の責任において整備や飛行での安全対策を徹底するよう東北防衛局に文書で要請した。/『毎日新聞』米軍の新型輸送機オスプレイ5機が12日、米軍三沢基地(青森県三沢市)から、岩国基地(山口県岩国市)に向かった。目的は不明。
 関連/2014年6月ージュンク堂那覇店に行くと、「嫌中、嫌韓」といった雑誌本が多い中、目に飛びこんだのが斉藤光政『在日米軍最前線ーあなたが知らない日本列島の現実』新人物文庫であった。以前三沢関係で古本屋で買ったものを改めてみると同じ著者で『米軍「三沢」基地ミサワー核と情報戦の真実』2002年3月同時代社があった。
斉藤光政 さいとう みつまさ
斉藤 光政は、日本のジャーナリスト。岩手県盛岡市に生まれ、青森県八戸市に育つ。成城大学法学部卒。1983年、東奥日報社に入社。和田喜八郎による東日流外三郡誌をはじめとする古史古伝文書をめぐる社会問題である和田家文書偽書事件の報道に関わったことでも有名である。 ウィキペディア




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中山良哲氏の個展。昭和40年代(1965~1974年)の今帰仁古宇利島や国頭村比地、大宜味村塩屋で撮影した祭祀「ウンジャミ」の記録写真50点を展示する。




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南風原町組踊保存会 第3回定期公演 10月13日 9:00~22:00「南風の舞美らさ~伝統芸能の融和~」「最古の三線実演」(南風原中央公民館 黄金ホール等) 問い合わせ 南風原町組踊保存会(090-2718-0527) 協賛:なるみ堂ほか


2019年7月24日 なるみ堂のお客さん=Terry Hill さん(サンブカイ道場/ニュージーランド ワイカトで最も長く生き残っている武道センター 1981年以来 テリーヒルの下に設立)。


2019年4月24日ーなるみ堂のお客さん、京都の森さん、お孫さん、翁長良明氏


2018年8月18日ーなるみ堂のお客さん(空手マン・フランスのローレントさん)翁長良明氏/翁長良明氏、打ち紙を進化させる漢那用哲氏


漢那氏がいつも持ち歩かれている中国紙幣(下)と中国の打ち紙



2018年12月14日 なるみ堂 神谷明孝氏(左)の持ってきた「ターイユ」を前にして翁長良明氏/2019年1月13日 なるみ堂

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 東北関東大震災後の関西に出てみた。(東日本大震災 2011年3月11日午後2時46分、三陸沖で発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震により引き起こされた大災害。最大震度7の強い揺れと国内観測史上最大の津波を伴い、東北・関東地方を中心とする広い範囲に甚大な被害をもたらした。また、東京電力福島第一原子力発電所が被災し、放射性物質が漏れ出す深刻な事態になった。→知恵蔵)〇2019年(令和元年)7月9日時点で、震災による死者・行方不明者は1万8429人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万4890戸が公式に確認されている。震災発生直後のピーク時においては避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上等の数値が報告されている。復興庁によると、2019年7月30日時点の避難者等の数は5万271人となっている。→ウィキ

 新城栄徳日記メモー1995年1月1日ー奈良東大寺大仏初詣/1月17日午前5時過ぎに京都で大きな揺れ。東大阪の息子に電話。午後2時23分電車で京阪淀から近鉄経由で布施。/1月24日、尼崎市の兵庫沖縄県人会事務所。沖縄県からのビニールシートが届いていたので配送を手伝う。息子名義で見舞金を贈ったとき宮城幹夫氏も来所し見舞金を贈られた。挨拶をした。1月30日、西宮からバスで三宮。午後8時に帰宅。1月31日、大正区へよって、阪神青木から東灘区へ。その後、息子も神戸へ。

 10・10那覇大空襲の日である。1944年7月のサイパン陥落。10月、アメリカ軍はフィリピンへの進攻作戦を準備。これに先立って、後方の南西諸島から台湾方面に散在する日本軍の拠点を、空母艦載機をもって攻撃した。10日の沖縄の大空襲はこの一環として行われたものとされている。このとき那覇市内の9割が消失して壊滅した。死者は255人以上にのぼった。大阪は翌年45年3月13日から深夜から翌日未明にかけてに最初の大阪空襲が行なわれた。同年3月23日には粟国島空襲、26日には慶良間諸島にアメリカ軍が上陸し沖縄戦が始まった。大阪ではその後、6月から8月にかけて空襲が行なわれた。これらの空襲で一般市民 10,000人以上が死亡したと言われる。それから60数年。未だにアメリカ軍は「トモダチ」としてオキナワ・日本に居座っている。何ら疑問も感じない日米両政府。それを容認する国民の感覚も分からない。今日まで核の傘、原発も容認してきた国民。これからも<しょうがないにゃあ>。


大阪の本・雑誌
 午後から大阪市天王寺区生玉町界隈を見学。法音寺は天王寺区の北部、建物は南面している。新しい本堂だが、古い屋根瓦がよく目立っている。1612年創建。1945年ー大阪大空襲により焼失。戦後再建された。画家上田公長の墓所でソテツもある。浄土宗圓通寺には俳匠の大江丸墓所。ソテツもある。大江は大坂出身。飛脚問屋・嶋屋の主人で、家業上諸国を旅したので、交際がきわめて広く、またたいへん筆まめで、そのうえ長寿でもあったので、残した紀行文や随筆、そして発句などは莫大な数にのぼる。作風としては京都の蕪村派の影響を受けているが、西山宗因や上島鬼貫の模倣をした作品もある。のちに江戸の大島蓼太に私淑し、著書においても蓼太を師として敬っている。
 生魂山齢延寺には幕末に私塾・泊園書院を興して活躍した儒者の藤澤東咳・南岳父子や、画家の鍋井克之、名刀鍛冶師の左行秀の墓がある。また、緒方洪庵、斉藤方策と並ぶなにわの3名医のひとり・原老柳ゆかりの老柳観音がある。やがて「いくたまさん」と呼ばれる難波大社 生國魂神社北門入り口に着く。鳥居をくぐって生玉北門坂をのぼる。神社本殿の脇には11社の境内社がある。一番右側の鳥居は「浄瑠璃神社」で、近松門左衛門や竹本義太夫など人形浄瑠璃(文楽)に成立に功のあった『浄瑠璃七功神』をはじめ文楽および女義太夫の物故者を祭神として祀られている。
 境内社の1つ「鴫野神社」。大坂城外鴫野弁天島にあった「弁天社」は淀君の崇敬が厚く、後に「淀姫神社」として祀られるようになったが、1877年に現在地に移転された。家造祖神社は、家造の祖神を祀り、建築関係者の崇敬が篤い。鞴神社は、鞴(ふいご)の神・鍛治の神を祀り、製鉄などの金物業界の崇敬が篤い。
 境内に井原西鶴像がある。西鶴は1680年、「生玉神社南坊」で一昼夜独吟四千句を興行した。後ろの碑は「南坊」の所在跡を示す石碑、「南坊」は明治初期の神仏分離の折、現在の中央区島之内に移転した法案寺の前身である。「米澤彦八の碑」に京都で露五郎兵衛によって始められた上方落語は、大阪では当社境内を舞台に米澤彦八が広めたとある。「八雲琴の碑」には「二つ緒の八雲の琴に神の世の しらべを移し伝え来にけり」と記され中山琴主(愛媛の人、文政年間出雲大社に参拝し神事を得て完成したと伝えられる、琴は二弦で「八雲琴」)を顕彰。
 1496年、本願寺八世蓮如上人が生國魂神社に接して『石山御坊(後の石山本願寺)』を建立したが、1580年、織田信長に屈し灰燼に帰した。1583年、豊臣秀吉が石山本願寺(現在の大阪城の二の丸周辺にあった)跡に大阪城を築城。そのため、神社に社領を寄進し社殿を造営。1585年に現在の鎮座地に遷されたと伝えられている。明治維新の廃仏毀釈によって境内にあった神宮寺が境外へ分散するなど境内は著しく変化したが、1871年、官幣大社に加列された。社殿は(明治45年)『南の大火』、1945年の戦災による消失、1950年の『ジェ―ン台風』による倒壊など幾度も被災と造営を繰り返し、現在の社殿は1956年(昭和31年)に建立されたものである。10月22日から神社参集殿で「出口王仁三郎耀琓展」が開かれるという。
 近松門左衛門の墓は菩提寺、尼崎・広済寺と、妻側の菩提寺の大阪・法妙寺に建てられ、共に夫婦の戒名が刻まれた比翼墓である。法妙寺は大空襲で焼失し大東市に再建され、後に墓だけが元の場所に戻された。近松の墓を見て、西鶴の墓がある誓願寺を訪ねる。戦災で本堂も繰りも焼けたため、一時途絶えた時期もあったが、毎年9月には「西鶴忌」が行われる。西鶴の墓は1887年を前後する頃、誓願寺境内の無縁墓に押し込められていたのが発見された。境内には、大坂に於ける私立学問所「懐徳堂」を140年余にわたり経営し、江戸時代大坂の文教の発展に貢献した、中井一族の墓がある。→稲垣國三郎にも『中井竹山と草茅危言』(大正洋行1943)の著がある。

大阪の本・雑誌
 誓願寺門前にプロレタリア文学を経て、転向。西鶴の浮世草子の作風に学んだ「市井事もの」を著し、時代の庶民風俗の中に新しいリアリズムを追求する独自の作風を確立した 武田麟太郎文学碑がある。この文学碑は武田の小説『井原西鶴』の一節が刻まれている。大阪市中央区上本町「東平公園」にある薄田泣菫の『金剛山の歌』の碑。詩は、作者が本長寺に仮住まいしていた頃、散歩の途中、朝日に輝く金剛山を見て、詠んだと言う。薄田泣菫(1877~1945)は岡山県生れ、24歳で大阪に出て文芸雑誌、詩集を刊し、象徴派詩人として名声を得た。 午後ー近鉄布施駅から鶴橋。近鉄駅改札のまん前にある「高坂書店」では数多くの在日コリアン関連の書籍が売られている。いわゆる「嫌中本」「嫌韓本」も意外に数多く揃えてあり「マンガ嫌韓流」といった山野某の本もある。私はブックオフで買った山野「在日の地図」で、日本の中のコリアンを見つめなおしている。鶴橋商店街はいつも見慣れているが、面白いのは、ガード下にも広がる市場の存在。闇市の世界をそのままに、という風景で八百屋、魚屋、肉屋、乾物屋、そしてキムチ屋、ありとあらゆる韓国食材が揃う、まさに日本の中の朝鮮。大阪の東の玄関口として戦前から発展してきた下町、鶴橋。大阪府は全国で最も在日韓国・朝鮮人が多く、人口は15万人。その多くが大阪市東部の生野区を中心としたエリアに住んでいる。生野区の人口14万人の4分の1に当たる、3万人程度が住んでいると言われる。
 明治、大正時代の大阪は、日本の急激な工業化に伴い大量の労働者が必要となり受け入れた。大阪は大大阪となる。現在の生野区や東大阪市、八尾市あたりには、朝鮮半島から出稼ぎをした人間が大勢住む事となった。終戦直後には210万人程度居たと言われている。その多くが京阪神に住んでいた。現在も在日韓国・朝鮮人の人口は60万人程度居るが、今では在日二世・三世がほとんどで、中には帰化をして日本人になっているものも多く、その実態を掴むのは不可能だ。
 鶴橋商店街を通っていつもは通らない反対の方向に行く。やがて大阪市生野区弥栄神社に出る。秋祭りの地車(ダンジリ)の手入れの最中であった。傍で子どもらが鐘と太鼓の練習をしていた(→「秋祭り」画像検索)。彌栄神社とはバス道ひとつ隔てて鎮座しているのが御幸森天神宮。仁徳天皇を主祭神とし、昔の東成郡猪飼野村の氏神、天皇崩御の後、この森に社殿を建立し、天皇の御神霊を奉祀して、御幸森と称したという。このバス道がかっては百済川だった。猪飼野は猪甘津と呼ばれ、 百済川には日本最初の橋が架けられたと言う。天神宮に沿って御幸通商店街がある。反対側に韓国式の立派な門、沖縄の守礼門と似かよっている。商店街は東西で3つの区画に分かれており、コリアタウン色が強いのが御幸通中央商店街。ほとんどの店舗がキムチ屋や肉屋、韓国料理店や屋台料理、民族衣装、それに韓国の音楽CDやDVDを売る店舗となっている。この商店街は大阪に永いこと住んでいるが初めて来た。

井原西鶴
西鶴は本名は平山藤五。大阪生まれ。貞門派の俳諧師としてはじめ鶴永と名乗る。『生玉万句』(1673)を契機に談林派に転じ、西鶴と号す。オランダ流と評された前衛精神で1日に2万3500句もの独吟(矢数俳諧)を成功させる一方、浮世草子の処女作『好色一代男』(1682)が評判をよんだこともあり、発展途上の大坂の出版界と並走して二十数編の浮世草子を手掛けた。好色や金銭という装置を通して巧みに世の人心を汲み上げる才能は抜群で、八文字屋本などの後続作に多大な影響を与えた。代表作は『好色五人女』『好色一代女』『本朝二十不孝』『日本永代蔵』『世間胸算用』などがある。
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□西鶴の墓は誓願寺にある。(大阪市中央区上本町西4-1-21)/1979年11月 桝井寿郎『井原西鶴』カラーブックス保育社


□井原西鶴像(大阪市天王寺区・生國魂神社)

 末吉麦門冬の甥・佐渡山安治と文通で親交があった森銑三によると、西鶴作であることが明記されているのは『好色一代男』のみであること、また『一代男』とそれ以外の浮世草子の文体の違いなどから、西鶴自身が執筆したのは『一代男』ただ一作のみであり、他は監修であると唱えた。森説は近世文学研究者の間ではほとんど無視されており(後に中村幸彦らによって再評価されたが)、『新編 西鶴全集』(勉誠出版、2000-2007年)『決定版対訳西鶴全集』(明治書院、1992-2007年)でも採用されていない。(→ウィキ)、また、1910年、沖縄県立沖縄図書館開館にあたって麦門冬は『西鶴全集』『蜀山人全集』などを寄贈した。

□大田 南畝(1749年4月19日~ 1823年5月16日)は、天明期を代表する文人・狂歌師。漢詩文、洒落本、狂詩、狂歌などをよくし、膨大な量の随筆を残した。勘定所幕吏として支配勘定にまで上り詰めたが、一方、余技で狂歌集や洒落本などを著した。唐衣橘洲(からころもきっしゅう)・朱楽菅江(あけらかんこう)と共に狂歌三大家と言われる。南畝を中心にした狂歌師グループを、山手連(四方側)と称した。名は覃(ふかし)。通称、直次郎、七左衛門。別号、蜀山人、玉川漁翁、石楠齋、杏花園。狂名、四方赤良。また狂詩には寝惚先生と称した。1801年(寛政13年)、大坂銅座に赴任し、大坂在住時から「蜀山人」の号を使い始めた。号の由来は、銅の異名を「蜀山居士」と言ったことから。大坂滞在中、物産学者・木村蒹葭堂や国学者・上田秋成らと交流する。(→ウィキ)

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