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Category: 02-関西の沖縄
Posted by: ryubun02
1966年度 第一回 琉球古典音楽コンクール
歌三味線最高賞ー上地源照、照喜名朝一 他10人
       新人奨励賞ー西江喜春、他9人 

太鼓優秀選賞ー玉城節子(国場徳八太鼓研究所)、宮里敏子、金城美枝子、他6人

琉球古典舞踊最高賞ー谷田嘉子、平田行正、石川節子、松村典子、宮里敏子、他5人

1989年11月ー「第24回 琉球古典芸能祭プログラム」
琉舞優秀部門ー新城あけみ、他62人

1994年11月ー「第29回 琉球古典芸能祭プログラム」
琉舞最高賞ー新城あけみ、他42人
Category: 02-関西の沖縄
Posted by: ryubun02
写真家の山田實さんの所で『沖縄県高校野球五十年史』(沖縄県高校学校野球連盟1972年5月)を見た。沖縄に「野球が伝わったのは」のところに1894年に沖縄中学の学生たちが京都に就学旅行したおり、京都三高の学生から野球の遊び方の説明」を受け、野球用具も土産にもちかえった話がある。また山田有登氏(山田實さんの父)がアメリカの水兵たちと野球をしたこと、昭和3年の二中の山田有勝(山田實さんの兄)左翼、国場幸輝三塁の名前も出て来る。→1995年6月ー『沖縄野球100年』琉球新報社
□1964年、沖縄で山田有登追悼会(日本基督教会・比嘉盛仁牧師)の香奠返しを、沖縄タイムス運動部長・国場幸輝を通じて沖縄社会人野球会に毎年打撃優秀賞に5万円贈った。10年間続いた。香奠は愛楽園にも贈られた。

nullnull写真左ー米水兵と対戦した沖縄中学チーム。右端のバットを持っているのが山田有登選手/写真右ー石垣長夫氏(初枝夫人は末吉麦門冬の娘である)と新城栄徳

石垣 長夫(八重山野球の父)
本郡野球の父である石垣長夫氏は大正2年8月8日、石垣市新川287番地で産声を上げる。学生時代は大阪の浪速商業高校で野球部に籍を置き青春の全てを野球に注ぎ込んだ。その後社会人時代は台湾へと渡り昭和6年、台湾高雄州屏東税務署に就職、野球部で活躍し東京六大学の明治大学との対戦等を通して近代野球の基礎を八重山に持ち帰り、昭和8年八重山体育協会創立に参画。以来昭和63年享年76才で没するまで八重山野球界の普及、発展に務めた。昭和60年全日本軟式野球連盟より軟式野球の普及で表彰されるなど表彰歴は多数。没後、遺族が故人の遺志を継ぎ八重山野球連盟に大優勝旗を寄贈。野球競技の更なる発展と後継者育成を目的に石垣長夫旗争奪なる大会が催されている。


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