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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
島尾伸三氏から沖縄文化の杜の金城美奈子さん宛に展覧会チラシが送られてきた。
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1978年6月ー沖縄市文化協会(青山洋二)『文化の窓』創刊号

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本日はひよりの誕生日、1歳である。昼、沖縄大学により宮城先生紹介で大学図書館に『青い海』創刊号と、沖縄関係資料室が載っている10号を寄贈する。帰途、那覇市歴史博物館によって、5時から久茂地・抱瓶の高橋淳子さんのお別れ会に参加。壁には淳子さんの写真が所狭しと貼られていた。アルバムには喜屋武真栄氏や西平守良さん、喜納昌吉、大田昌秀、具志堅用高、新城亘、儀間比呂志、ひさみ夫妻の諸氏らが淳子さんと収まっているのもある。私は1973年頃、高円寺・球陽書房の西平守良さんに近くの「きよ香」に連れていかれそこで淳子さんを知る。知るといってもそれが最初で最後の出会いであった。会場の抱瓶にはひさみ夫妻らが居られた。1時間半ごろ経って大田昌秀氏、岡留安則氏や沖縄大学のO教授、S氏らが参加し故人が好きだった民謡で追悼した。しばし大田氏、岡留氏と懇談する。岡留氏に東郷健の消息を尋ねた。(4月26日の新報、タイムスに同性愛者の差別撤廃運動で知られた東郷健の死亡記事が顔写真入りで報じられていた。)

岡留氏のブログに□東京高円寺で沖縄居酒屋「抱瓶」や「きよ香」など5店舗を経営して成功を収めた高橋淳子(本名=清)さんがなくなった。東京の自宅マンションの風呂場で発見されたという。死亡推定日は4月7日。高円寺の抱瓶グループは長男の貫太郎君に任せて、高橋さんは3年前から那覇市久茂地で、沖縄居酒屋「抱瓶」那覇店を経営していた。最近は元照明マンの仕事をしていた光太郎君が母親の片腕となり、親子で店を切り盛りしていた。死因は細かく聞いていないが、享年73歳だった。高橋さんの苦労人生からサクセスまでの人生は「ただ、誠を尽くして浮世を渡る」(日本社)という一冊の本にまとめられている。

筆者は高円寺の「抱瓶」にも何回か顔を出したことはあるが、高橋さんが沖縄に来てから本格的な付き合いが始まった。筆者が新宿の「ロフトプラスワン」に出演した時には長男の貫太郎君ともどもよく見に来ていたというので、沖縄での初対面以来、意気投合しての付き合いが始まった。何回も呑む機会があったが、自分の人生に自信と誇りを持っていたためか、頑固なところもあった。石垣島出身の高橋さんの早すぎた突然の死に合掌しておきたい、通夜・告別式は東京で済ませて、沖縄では「送る会」が4月19日午後5時より沖縄抱瓶2階で開かれる予定になっている。


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ニューヨーク□この世の龍宮ー白波さわぐ水の彼方におぼろに霞む高楼の群こそこの世の龍宮とも見られよう。この高楼の群立こそは大ニューヨーク市の中心マンハッタン南端付近の世にも稀なる壮観で南方水上から仰ぎ見た風景である。その中央部に雄然と聳ゆるエクイタブルのビルディングもその右方のウールウオースもこの大観の一丹一碧をなすに過ぎぬ。右の端にはお台場公園の水族館が見える。

国防
□海軍ー(略)我々は少しも米国海軍を恐れては居らぬ。然し勿論戦争を望んでも居らず、少なくとも近き将来に戦争があろうとは思って居ない。戦争ばかりが海軍の仕事ではない。我々はむしろ益々日米両国の国交を厚くし今後いよいよ通商の繁くなりよく「太平洋」を文字通り太平に保つべく、両国海軍が提携してその保護の任を盡さんと希って居るのである。

□空軍と化学戦ー米軍中には化学戦部が設けられ、毒ガス、焼夷弾及び発煙弾等を用ふる化学戦の準備と研究を行っている。これがための機関として、化学戦学校とか、毒ガス工廠などがあり、実に平時よりガス第一聯隊がメリーランド州、エッヂウード工廠内に設けられ、本部と3中隊とを置いてある。その他パナマ、コロザールと、歩兵学校内と、ハワイのショフィールド兵営との3か所にも、各1中隊宛のガス中隊が設けられてある。米国の毒ガス製造の一日の量は約350トンということである。

■→米軍は米国領内のジョンストン島に毒ガス移送することを決定。1971年1月と7月の2回にわたり、美里村(現沖縄市)の知花弾薬庫から具志 川市(現うるま市)の天願桟橋までの行程で毒ガス移送が行われました。第2次移送は56日間にもわたり、移送路周辺の住民約5千人が避難しました。 (沖縄県公文書館)

1929年12月『世界地理風俗体系・第20巻・アメリカ合衆国(下)』新光社

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サンフランシスコ□水天の間に描くー金門海峡の内ぶところ。太平洋の水を静かにとり入れた入江の水と空一線の上に描く桑港の空線。それは近代文明都市の姿そのものである。ニューヨークをアメリカの正玄関とすればサンフランシスコはまさにその裏玄関に相当するところ。太平洋を渡る長い航路の旅人が絵のような桑港湾に立つて水上に浮かぶこの美しい都市の姿に接した時思わず甲板の上で歓呼し雀躍したくなるであろう。

□移民問題と在米同胞ー米国の繁栄を語るものは、東部にニューヨークの雑踏と、中部にシカゴの煤煙市と、そして西部にオレンジの花馨るカリフォルニアの富源のあることを見落とすわけには行かぬ。そして、また米国の文明を語るものは、ニューヨークの女神像と、シカゴの黒人私刑事件と、太平洋沿岸の東洋人排斥の事実とを忘れてはならない。(略)カリフォルニアのこの発展をかほどまで迅速ならしめたものは、実に20万に近い支那人の労働者と、30年間血と汗をもって開拓した、30万に近い現存日本人の努力の結果とに他ならない。
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仲里康秀・所蔵(携帯090-3322-9908)