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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
斎藤 陽子(Walnut, California)1-16 ちなみにアメリカでは成人式などという祭日は無く、21歳なった誕生日に、ちょっと特別に盛大にするくらいです。今日のロスアンゼルスの気温は15℃夜間は7℃とのことで幾らか温かくなった気がしますが、カナダ国境に近いワシントン州の友人の処は明け方マイナス12℃と凍り付く気温の中で、通勤に行く前に車のエンジンを温めるのにも、ひと苦労の様です。こちらロスアンゼルスでは中国系の人口が多く、もうじき迎える旧正月を迎える準備で、中国系スーパーは一段と安売りで賑わっております。写真はサンディエゴ方面へ向かう道路沿いに、溶接で作成した実物大の本物そっくりの西部開拓時代の彫刻作品の売り物、お値段は50万円なりとのことだが、無造作に道路沿いに展示されていました。


  「くろねこの短語」2019年1月14日ー「馬鹿は死ななきゃ治らない」「馬鹿につける薬はない」「自慢高慢こうまん馬鹿ばかのうち」・・・なんて言葉ではとてもじゃないけど言い足らないほどの馬鹿がいる。言わずと知れたひょっとこ麻生だ。この男の暴言・妄言は枚挙に暇がないんだが、性懲りも泣くまたやらかしてくれたってね。ひとつは、12日に行われた成人式でのことで、新成人を前にこんなことのたまったそうだ。「二十歳を境に何が違うのか。飯が食える、たばこが吸える、酒が飲めるとかなんてどうでもいい。」「それより、皆さんがた、もし今後、万引きでパクられたら名前が出る。少年院じゃ済まねえぞ。間違いなく。」「それだけはぜひ頭に入れて、自分の行動にそれだけ責任が伴うということを、嫌でも世間から知らしめられることになる。それが二十歳だ。」寅さんが町工場の勤労青年を前にしてオダ上げてるんじゃないんだからね。いやしくも一国の副総理、財務大臣が人前で口にする言葉使いじゃありません。そもそも、森友学園疑獄における公文書改竄の責任をとらなかったような政治屋に、「自分の行動にそれだけ責任が伴う」なんて言われても、だから何?ってなもんです。
 さらに、昨日は国政報告会の場で、かつての鮫の脳みその「神の国」発言に勝るとも劣らない時代錯誤な放言をしてくれちゃいました。曰く、「2千年の長きにわたって一つの言葉、一つの民族、一つの王朝が続いているなんていう国はここしかない」論評する気にもなりません。メディアは「またしても失言」なんて報じているけど、これって「失言」ではなくておそらく「本音」なんだね。そうでなければ、ただの阿呆だ。「麻生節」なんてことでこれまで野放しにしてきたメディアのおかげで、ひょっとこ麻生は人としてどんどん壊れていっている。

  「くろねこの短語」2019年1月11日ー(前略)でもって、初老の小学生・ペテン総理はといえば、中東訪問の前夜祭ということなのだろう。昨夜は、日本橋の料理屋に取り巻きのメディア幹部と酒食に耽りましたとさ。参加したのは、曽我豪朝日新聞編集委員、山田孝男毎日新聞政治部特別編集委員、小田尚読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員、島田敏男NHK名古屋放送局長、粕谷賢之日本テレビ報道局解説委員長、石川一郎テレビ東京ホールディングス専務、そして田崎スシローの面々。こんなことしてるから、新聞もTVもどんどん信用をなくしていくんだね。国民を舐めるのもいいかげんにしやれ!!


大濱 聡 1月9日 23:18 · ■Okinawa Medea Literacy――1月8日の報道から。
豚コレラに感染した疑いのある豚が、沖縄島中部の養豚場で見つかったことが7日わかった。地元二紙が朝刊で伝えていたので、朝のTVで最新情報を確認しようとしたが、NHK沖縄の朝一番の地域ニュース「おはよう沖縄」では扱わず、「野菜やかきなどの初荷式」他1本のノンビリしたニュースだった(9:55-10:00の特設ニュースで放送)。
■以前であれば、徹夜に近い取材をして朝一番で伝えたのだろうが、働き方改革の影響だろうか。かつて朝一だった7時前や、土日のお昼、夕方6:45からの地域ニュースも福岡発の九州・沖縄ブロックになってしまい、地元のニュースがすっかり減ってしまった。
■『沖縄タイムス』が社会面トップで報じた「八重山マラリア 克明な撲滅記録」。八重山保健所の元職員(故人)が残した撲滅までの資料や手記、写真など約200点が自宅に保管されていたことが「7日までに、分かった」とスクープ性を匂わせているが、これは昨年12月13日に放送されたNHK沖縄の「きんくる 沖縄金曜クルーズ」ですでに紹介されている。
 関連A・O- ローカルニュース枠の減少にとどまらず、NHKはニュースの中味もローカルではドンドン薄くなっていっている気がします。山梨県では、いわゆる発表ものや事件事故(これもそれを独自に追いかけるのではなく多くは警察発表)、それに季節の話題がニュースの9割を占めているような気がします。私の住んでいる地域は県の中心地を外れているので、季節ネタか交通事故でしかお目にかかれない状態。市政ではどこにでも起こりそうな重要な問題が起こっているのにそれを知るのは地域の無料ローカル紙かネットからです。働き方改革の結果でと言えばかっこいいのでしょうが、昔から新技術には金をかけるけど、人はどんどん減らしていく方向は変わりないような気がしますね。人減らしをして働き方改革をしようとすれば、手を抜くしか現場は対処しようがありませんね。市民生活にかかわる重要なニュースは頑張って伝えてもらいたいものですが。

 愛知ママの会1-9 森法相は大変重大な発言をしている。「日本では捜査機関から独立した裁判官による審査を経て令状を得なければ捜査機関が逮捕することはできない」。思い出そう。これほど厳正な手続きを経て出された山口敬之の逮捕令状の執行を中村格は取り止めさせたのだ。異常ではないか。

斎藤 陽子(Walnut, California) お正月から6日が過ぎ、ロスアンゼルスの気温は13℃夜間は7℃と、ポカポカと陽気なお天気がこの3、4日続き、わが家の庭の新春第一弾の花の開花はモクレンです。これから2月末までつぎつぎとモクレンは咲き続けて、初春を楽しませてくれるでしょう。

先週は日本領事館に半日も費やして「在留証明」なる書類を作成するために行きましたが、領事館はロスアンゼルスの下町のオフィス街の高層ビル内に在り、なんと駐車代金30分で2000円も取られ、3時間もかかりました。何のための在留証明かと言うと、日本年金機構へ年金を貰う為に、私が健在にこの世に生きている証明を届けるためのものなのです。毎年12月の誕生日には生死を明確にせよとの、年金機構から書類が送られて来るのですが、5年ほど生死報告を放置しておりました。ちなみに私の日本の年金は月額2000円になり、これをほんとの「雀の涙」というのでしょう、余りの少額に5年も放置していた次第ですが、チリも積もれば山となる日に期待し、30分2000円の駐車場代を払って、まじめに月額2000円の手続きをしに行ってきました。もしかして月額2000円の年金は最も小額な年金受給者の部類に入るのでしょう(笑)でも、年間ラーメン3杯は食べれます。ありがたや!この月額3000円の年金が、唯一 私と日本政府を結んでいる絆です。
幸いにもアメリカで勤勉に45年近く働いた、充分生活できる年金が有りますから、月額3000円を笑っても居れますが・・・・。ちなみに外務省の海外在留邦人数調査統計(最新2018年10月時点)によりますと、海外に住む日本人の総数は約139万人とのことです。海外でもアメリカ在住者がダントツ1位の44万人余りの日本人が居て、これは在外公館に届け出た数で、在外在住を届けてない人も合わせると、実際には50万人のアメリカ在住日本人がいるだろうと推定されています。なかでも最も多いのはロサンゼルス在住者の7万人余りで、次がニューヨークで5万人余りだそうです。

関連ーS・M 毎年、国民年金機構に在留証明証を提出しています。ボリビアはロスのように郵便局が信頼できるませんので、帰国時に持参するか、国際宅急便で送付するしかありません。しかし、私のように業務で帰国出来る者は良いのですが、南米から帰国するには20万円以上の経費が必要です。国際宅急便ですと約100ドルの送付料金が必要です。このインターネットの発達した時代に書類を提出するシステム自体、年金機構の時代遅れに腹が立ちます。

「くろねこの短語」2019年1月7日ー昨日の初老の小学生・ペテン総理の年頭記者会見ってのはスッカスッカの中身ゼロで、役人の作った原稿を読み下すだけなんだから、こんなにお気楽なことはない。さらに、記者の質問もこれまた温いもので、サクラ疑惑、カジノ汚職、中東問題etcとビシバシ攻めるテーマがあるだろうに、上っ面を撫でるだけの予定調和の質疑応答があるだけなんだから、どうしようもありません。
 で、何かと言っちゃあ「今後も丁寧に対応していく」で終わっちゃうんだから、なんのための年頭記者会見なんだか。こんなんだもの、今年も「忖度」報道のオンパレードになるんでしょうね。・安倍首相が年頭記者会見でIR汚職をスルー、米国、イランの名も口にせず、自衛隊の中東派遣強行だけは明言!・自衛隊の中東派遣、心配は「していない」 菅官房長官
 でもって、カジノ疑惑なんだが、沖縄基地利権王の下地君が中国企業から100万円貰ってたことを白状したってね。相手が受け取りを固辞したので領収書は発行してないから政治資金収支報告書には記載していなかった、なんて言い訳してるけど、理由がどうあれ政治資金規正法違反は決定です。
 当初は否定していたのにここにきて白状したということは、おそらくこのまま辞職して逮捕だけは免れようという魂胆じゃないのかねえ。ひょっとして、辞職でチャラってことで特捜と話がついてたりして。妄想だけど。下地君が白状したってことは、特捜の裏付け捜査が相当に進んでいるってことを意味しているんだろうから、いまは口をつぐんでいる名前の上がったシェンシェイたちはさぞかし眠れぬ夜を過ごしているに違いない。さあ、次にゲロするのは誰だ!?
■関連ー19年1月発行の「沖縄問題、解決策はこれだ!これで沖縄は再生する。」(朝日出版社)の中で橋下徹氏はこう書いている。〈(カジノの)法律が成立する前の話ですけど、僕と松井府知事と菅官房長官で話をした時に、もし沖縄が手を挙げたら、沖縄には必ずIRを認めてあげなければならないね、という認識で一致していました〉〈もし沖縄のみなさんが、IRを沖縄でやらせてくれ!と声を上げれば、大阪は喜んで沖縄のみなさんにお譲りします〉

 「海鳴りの島から」1-6 IR汚職で下地幹郎や宮崎政久、岩屋毅といった議員たちの名前が挙がっている。いずれも辺野古新基地建設を推進してきた面々だ。カジノ利権だけでなく、基地利権でも蠢いてきたのではないのか。新基地建設が長引き、予算が膨らめば膨らむほど、金が入ると笑う者たちがいる。こういう連中のために、沖縄県民は苦しめられるのだ。

 JIJI1-6日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は6日、カジノを含む統合型リゾート(IR)事業をめぐる汚職事件に絡み、贈賄側とされる中国企業サイドから現金100万円を受領したことを認めた同党の下地幹郎衆院議員について「法に抵触することをすれば、議員辞職すべきだ」と述べた。松井氏は「納税者の皆さんに全く理解されない」と指摘。下地氏に馬場伸幸幹事長を通じて辞職すべきだとの意向を伝えたという。/『沖縄タイムス』1-6 衆院議員の下地幹郎(しもじ・みきお)氏は1961年、沖縄県宮古島市(旧平良市)出身。58歳。84年中央学院大学卒し、その後父が創業した会社に入社、副社長なども務めた。96年の衆院選で自民党公認で立候補し初当選。現在6期目。政界に幅広い人脈を持ち、初当選の同期には菅義偉官房長官も。菅氏とは2005年に下地氏が自民党を離れても交流が続いており、「しもちゃん」「すがちゃん」と呼び合う仲。自民党との選挙協力を沖縄でも推進している。

 2020-1-6『朝日新聞』ー米軍横田基地(東京都福生市など)周辺で有害物質の漏出の有無を調べるため、都が監視地点に定めている井戸で昨年1月、高濃度の有機フッ素化合物が検出されていたことがわかった。うち1カ所の濃度は、米国での飲み水についての勧告値の19倍の値だった。/関連2019-6-26『毎日新聞』ー米軍横田基地(東京都福生市など)で2017年までの8年間に日本側に知らされていないジェット燃料などの流出事故が少なくとも131件起きていた実態が、毎日新聞が入手した米軍の資料で明らかになった。


大濱聡■知人のKさん(本土出身・沖縄在住)にMessengerで年賀状を送ったところ、「この2-3年年賀を祝いたい感じが無くなりました。一昨年から本土への年賀は止めました。元旦を共有する気が無いのに虚礼するのは自分に赦せない感じです」との返事。元日は辺野古だったらしい。辺野古に集まった人々は「おめでとう」とは言わず、「今年も頑張りましょう」と言い合ったという。「初興し」に参加した人々には本当に頭が下がる。
■先月(12月)25日、防衛省は辺野古の総工費を9300億円(2014年明示の3500億円の約2.7倍)との試算(沖縄県は2兆円超え)を発表。工期を12年とした。しかし、まだまだ膨らむだろう。それに対し「税金のムダづかい」「福祉や教育、少子化対策にまわして」との声が。民放の正月特番で元官僚のコメンテーターが「日本にとって最大のリスクは少子化問題」と指摘していたが、何が必要で、何を優先すべきかを今一度立ち止まって考えるべきだろう。
■27日には、新基地建設に反対する人々が2014年7月に座り込みを始めて2000日を迎えた。不屈の闘いは続く。

 【立憲フォーラム通信:1653】(2020年1月4日)-共産党の志位和夫委員長は3日、米軍がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を空爆で殺害したことについて、「トランプ米政権による国連憲章を無視した軍事的挑発行為を厳しく非難する」とする声明を出した。志位氏は「トランプ政権に対し、軍事的挑発をやめ、イラン核合意にただちに復帰することを強く求める」とする一方、「自衛隊の中東沖への派兵は、いっそう無謀で、危険きわまりないものとなった」と指摘――と「朝日」。――日本でのカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業を巡る汚職事件で、贈賄の疑いが持たれている中国企業「500ドットコム」側が現金各約100万円を渡したと供述した衆院議員5人を、東京地検特捜部が昨年末に任意で事情聴取したことが3日、関係者への取材で分かった。特捜部は議員本人だけでなく秘書が受け取った可能性も含め、政治資金規正法などに抵触しないかどうか慎重に捜査している。5人は自民党の岩屋毅前防衛相=大分3区、宮崎政久法務政務官=比例九州、中村裕之元文部科学政務官=北海道4区、船橋利実氏=比例北海道=と、日本維新の会の下地幹郎元郵政民営化担当相=比例九州、と「共同。

 斎藤 陽子(Walnut, California)1-3 アメリカは元日1日だけがお休みで、お正月2日目からはアメリカの仕事始めです。今年も自宅と会社(片道51キロ)への道のりは、通勤ラッシュとの戦いが始まりました。朝夕の高速道路の片側4~5車線、上下全線(8~10車線)が、自動車で埋まってしまう混み方は、今や南カリフォルニア(ロスアンゼルス)の名物となっていいます。なにしろ南カリフォルニアは、人口2240万人という、全米第二位の大都市圏、公共交通機関は自動車が主流なので、車の台数も人口に比例して多いのです。

南カリフォルニアの高速道路は網の目の様な複雑さで、高速道路を把握できれば、あなたは確実にロスアンゼルス人と認められることでしょう。南カリフォルニアで最も歴史的に古い高速道路は、なんと第二次大戦中に敷設されたパサデナ線で、日本と戦争をしている時に高速道路と言う大工事を行っていたのを思うと、物資が乏しく、松ヤニまで燃料に使用としていた日本の当時の状況を思うと、これほどの国の違いのある国と、戦争をするなど考えさせられます。ちなみにバンクーバー(カナダ国境)からサンディエゴ(メキシコ国境)までの、高速5号線の走行距離は約2400キロ、昼夜を必死に走りまくっても、3日半はかかるでしょう。新し1年の始まり、ロスアンゼルスの車の洪水との闘いが始まりました。


2020-1-2 初詣「天久宮」/写真「出雲大社沖縄分社」

 大濱聡ー「ゆく年―」に関わって厳寒の現場で年を越した。■最初の経験は新人の頃、名古屋が担当した永平寺(福井)の第4ディレクター的立場で、雪深い外での仕事だった。1990-92年の長崎、1994-96年の沖縄はそれぞれ3年連続(地方局としては異例)で、8年間の2局勤務で6回も携わることになった。■結局、スタッフとして、あるいは立ち合い業務として8回も現場で越年したが、「ゆく年―」に関わった回数としてはおそらく会社の中で最も多かったのではないかと思っている。

  
2020-1-1『しんぶん赤旗』「絵手紙ー新基地建設よりも首里城再建を」/年賀状

斎藤 陽子(Walnut, California)-カリフォルニアの年越しそばは「沖縄ソバ」。麺はハワイ産二人前入りの生沖縄ソバ(1袋 350円)、満足な麺ではないのですが、これしかないので我慢して使い、出し汁は豚の煮込み汁と昆布だし汁に鰹節と、そば汁は気合を入れて我が家流で作りました。トッピングの3枚豚肉の煮付けは自家製、島唐辛子(コーレーグス)は庭で取れた島と唐辛子をこの日にのために泡盛に漬けた、コーレーグス汁を入れて頂きました。我が家のお雑煮は関東風のお雑煮を作りましたが、三が日のオデンがわりに、福島育ちの主人のリクエストで、「沖縄風の冬瓜とリブと昆布のスープ」をお正月なのに特別オーダーで作りました。ちなみに冬瓜は中国系スーパーで手に入ります。

昆布巻きも身欠ニシンを巻くのがヤマト風ですが、カリフォルニアにはニシンが無いため、人差し指ほどの大きさの生豚肉を巻き、高圧鍋で15分煮て取り出し、砂糖や味醂、醤油で煮るとニシン昆布巻きより美味しい、豚肉の昆布巻きができました。アメリカではカンピョウを入手するのも一苦労です。今年は名古屋からの友人に頂いた、高級羅臼昆布で作りましたら絶品の豚肉の昆布巻きができました。

斎藤陽子(Walnut, California)-時差の関係でアメリカは30日ですが、日本は大晦日を迎えましたね。師走のロスアンゼルスに珍しく随分降ってくれた雨は、彼方のサン・ガブリエル山脈(San Gabriel Mountains)標高2.865mの積雪も見事です。この山脈には数個の名を持つ山が集まり、中でも4番目に高い山はボーイスカウトの創始者の名が付いた、ベーデン=パウエル山( Mount Baden-Powell)があり、世界的に大きなボーイスカウトのキャンプ場もあります。今年のこれらの山の豪雪はロスアンゼルスの水道水には充分な積雪でしょう。この山脈の積雪が、関東平野よりも広いロスアンゼルス市の地域に住む人々の水道水となりますので、この山脈には幾つもの貯水ダムが有ります。ロスアンゼルスから2時間も有れば行ける、この山脈には幾つものスキー場が有り、沿岸沿の海では冬も楽しめるファーフィンのできる海岸が多数有りますので、南カリフォルニアの冬は、若者に人気が有ります。新しい年も皆様にとって、輝かしい年となりますことを願っております。

写真は雪山とパームツリーにミカン畑が如何にも南カリフォルニアを表しています。


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Posted by: ryubun02
 
2019年12月16日『しんぶん赤旗』「」沖縄県中部・読谷村にある『恨之碑』の前に立つ製作者の金城実さん


2019年12月25日「古美術なるみ堂」にてー「房指輪」「ジーファー」を見る店主の翁長良明氏、哲楽家・紀々さん→紀々の公式サイト「首里城が出来た時の龍のモチーフを見て生まれた『龍神伝説』という曲」。→ 電波堂☆沖縄ソニー坊や博物館


2019-12-23 沖縄県立博物館・美術館「作家と現在」内覧会 本展では、沖縄県の内外で広く活動し、さらなる活躍が期待されている沖縄の4名のアーティスト石川竜一、伊波リンダ、根間智子、ミヤギフトシを紹介。作家はそれぞれの現場で制作に取り組み、いまなお探求を続けています。その探求の足跡を、展覧会を通してたどります。/町田恵美さん、仲嶺絵里奈さん、金城美奈子さん/新城栄徳、写真家タイラジュン

 12-22 生協にある花屋で生まれてはじめてポインセチアを買う。700円消費税70円


 『沖縄タイムス』2019年11月29日ー首里城再建に役立ててもらおうと、舞台美術家の新城喜一さん(86)=那覇市=が記憶や写真を頼りに戦前戦後の沖縄を描いた画集「失われた沖縄の風景」シリーズをジュンク堂書店那覇店など県内の書店で再販売し、全収益を寄付する。戦前の首里城の姿も知る新城さんは「沖縄の宝を早く取り戻してほしい」と願う。

パレットくもじー沖縄県那覇市久茂地にある複合商業施設。管理運営会社は久茂地都市開発株式会社。 核店舗はリウボウグループの百貨店事業を行う株式会社リウボウインダストリーである。→ウィキ/哲楽家・紀々ー「ラララ♪りうぼう」は、特に子どもたちに大人気!私が作者だということを聞くと、その場で元気よくうたってくれる姿も多く、感激です。一緒にコラボの機会も出てきて…今後の広がりにワクワク。みなさんも、どうぞ楽しくご一緒下さい♪


2019年12月10日 那覇市民ギャラリー「写遊沖縄写真展」左が小谷武彦氏、宮城保茂氏(沖縄県立博物館友の会)


戸澤 裕司12-10 今日は山田淳巳さんの参加するグループ展にお邪魔しました。大変美味しい八重山料理を堪能し、素晴らしい写真と共によい夜を過ごせました。お近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。
「祈りの海 願いの祭 写真展」【 豊里友行・山田淳巳・Juncot∞ 】【場所】てるりん館 東京(八重山そば みやら製麺 2F)東京都台東区上野1-2-8【日時】2019年12月7日(土)〜8日(日)・14日(土)〜15日(日)、12:00〜19:00・入場無料 開催期間中、1F みやら製麺は、土曜日11:30〜15:00・18:00〜22:00、日曜日11:30〜19:00 営業。美味しい自家製麺の八重山そばを食べに行きがてら、お気軽にお越しください。展示作品の販売も行います。


2019年12月8日 那覇市民ギャラリー「第8回あけもどろ総合文化祭 美術工芸展」/岸本作品「蒼然」をはさんで岸本徹也氏、宮里旭氏


宮里旭氏と作品「盛夏の識名園」



小橋川肇 作品、下は関連


  
 フリーペーパー「夕焼けアパート」の写真展が12月3~8日、那覇市の県立博物館・美術館県民ギャラリー3で開催される。同誌で文章と写真を担当する、たまきまさみさん(国立劇場おきなわ企画制作課)が撮影した地域の祭祀(さいし)やなくなってしまった風景の写真など誌面未掲載のものを中心に56点展示する予定だ。→『沖縄タイムス』

海鳴りの島から2019-11-28 ランプウェイ台船は3隻が土砂を満載していた。1隻にガット船2隻分、10トンダンプカーで300台分ほどの土砂が積み込まれている。2隻なら600台分だ。これが毎日キャンプ・シュワブのゲートから入るのを想像してほしい。海から運ばれているから目立たないだけで、毎日大量の土砂が運ばれ、海に投入されているのだ。


2019年11月27日 沖縄県立図書館「特集①沖展図録」沖縄タイムス社の吉田伸氏


2019年11月22日19時~ジュンク堂書店 那覇店【イベント情報】首里城復興支援チャリティートークイベント「首里城から琉球の歴史を学ぶ」 会場:ジュンク堂書店那覇店B1Fイベント会場 トーク出演:古塚達朗さん(郷土史家・元那覇市歴史博物館館長)聞き手:宮城一春さん(編集者・沖縄出版協会) 

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Posted by: ryubun02

『琉球の文化』1号~5号
 ネットで『琉球の文化』を検索すると読谷村立図書館蔵書で出てきた。『琉球の文化』は大城精徳元沖縄県立博物館副館長が1972年3月に創刊した。創刊号の特集は<琉球の焼物>、72年9月・第二号は<琉球の染織>、73年3月・第三号は<琉球の伝統玩具・琉球の塗物>、73年10月・第四号は<琉球の芸能・琉球の古武術>、74年5月・第五号は<沖縄戦と終戦直後の生活>であった。私と発行人の大城精徳琉球文化社社長とは、72年に又吉眞三氏の建築設計事務所に大阪の西平守晴沖縄関係資料室主宰と同行し訪ねた折、そこに大城精徳氏が出来たばかりの『琉球の文化』創刊号を持参したときに出会った。
 翌日、安里の琉球文化社事務所を訪ねると意気投合し琉球文化社関西支局を引き受けることになった。このときは私はまだ筆不精で文章を書いたことがない。結局、『琉球の文化』には書く機会がないまま休刊を迎えた。その後、大城精徳も関わっていた『新生美術』には美術史らしきものを書くようになった。今、東京発の「沖縄文化論」がテレビ・雑誌などを通じて沖縄に侵蝕。それらが今、沖縄の新聞紙上を占めている。そういうことを予見し危機感を持っていた大城精徳は「日本人としての誇りを得るために、沖縄人としての誇りを捨ててはいけない」とし日本復帰前に『琉球の文化』を創刊した。その初心に立ちかえりネット上で『琉球の文化』活動を復活し新たに補足・改訂を加え立体的に「琉球の文化」を捉えなおしてみたい。(2010-7-8-15記)

1973年10月 季刊誌『琉球の文化』第四号<特集Ⅰ・琉球の芸能><特集Ⅱ・琉球の古武術>




 松濤 船越義珍『愛蔵版空手道一路』榕樹書林2004年12月
○・・・そのために、三〇有余年にわたる教員生活に別れをつげたのである。が、そのかわり、それまでの経験を生かして御奉公をしようというつもりで、当時(後)の県立図書館長の眞境名笑古(安興)、沖縄タイムス編集長(主筆)の末吉麦門冬の両君と相談して、沖縄学生後援会を組織しその経営に当ることになった。一方、先輩や友人とも語り合って、空手道を一本化するために沖縄尚武会を作り、その代表者として働くことにもなったのである。

船越義彰「義珍翁外伝」

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富名腰(船越)義珍が末吉麦門冬に贈った写真
1922(大正11)年


4月24日  『沖縄タイムス』莫夢生(末吉安恭)「陽春雑筆<35>ー唐手の伝来」(『大島筆記』)/「禁止された琉球歌劇が復活の傾向」
4月27日  『沖縄タイムス』莫夢生(末吉安恭)「陽春雑筆<37>ー唐手の伝来」

○どうも面映ゆい話だが、私の若い日の修行の一端について、少し書いてみたいと思う。まず、台風の中で稽古をした話は同門の作家・戸川幸夫君①が作品として書いているので・・・
①戸川幸夫ー経歴生後まもなく若松市の実業家の養子となる。大正12年一家で上京。東京日日新聞(現・毎日新聞)記者、社会部副部長などを務める傍ら、長谷川伸主宰の新鷹会に入り、動物小説を書き始める。昭和29年「高安犬物語」で直木賞受賞、以後単行本は二百冊を超える。動物文学という新しい小説の分野を開拓し、小説を書くために世界各地を旅行している。40年沖縄・西表島のイリオモテヤマネコを発見したことで有名。子供向け読み物も執筆。日本動物愛護協会理事、世界野生生物基金委員などとしても活躍。俳人としては「渋柿」系俳人関谷嘶風の手ほどきを受け、「渋柿」所属。他の著書に「野生への旅」(全5巻)「人間提督山本五十六」「けものみち」、「戸川幸夫動物文学全集」(全10巻 冬樹社)、「戸川幸夫動物文学全集」(全15巻 講談社)がある。→コトバンク

○小杉放庵(未醒)画伯②の応援
1916年1月12日朝ー小杉未醒、横山健堂を訪ねて琉球への添書を頼む。
      1月13日ー小杉未醒、太平洋画会脱会の通知を出す。
      2月6日午後7時ー小杉未醒、丹青協会の歓迎会に赴く、山田真山、末吉麥門冬、20人参加。





②小杉放庵 こすぎ-ほうあん→「小杉放菴 文献目録 - 小杉放菴記念日光美術館」
1881-1964 明治-昭和時代の画家。
明治14年12月30日生まれ。小杉二郎の父。小山正太郎にまなぶ。明治40年「方寸(ほうすん)」同人。渡欧後,大正3年日本美術院に洋画部を設立,11年春陽会を結成した。後年油彩から日本画にうつり,独自の水墨画をえがいた。昭和39年4月16日死去。82歳。栃木県出身。本名は国太郎。初号は未醒(みせい)。代表作に「水郷」「山幸彦」,著作に「放庵画論」など。 【格言など】頂の岩に尻据ゑ足指にまさぐらむとす越の国原(歌集「山居」)→コトバンク


小杉放庵(未醒)葉書(新城栄徳蔵)


1910年8月25日 琉球新報・沖縄新聞・沖縄毎日新聞主催「近畿地方観光団」出発→1911年8月25日・26日『琉球新報』松濤「観光団員として」


1912年11月 『琉球新報』松濤「鄭嘉訓の半面」


1913年1月9日『琉球新報』松濤「唐手は武芸の骨髄なり」


1913年7月 『琉球新報』松濤「菊...


1941年4月『月刊文化沖縄』富名腰義珍「空手物語」

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Posted by: ryubun02
 2019年も後わずか。組踊上演300周年でもあったが、その舞台の首里城が焼けてしまった。首里城大火を暗示するかのように、今年の1月には国梓としひで『太陽を染める城』「(1)城が燃えている」、3月は与並岳生戯曲集2『火城』「首里城炎上、大飢饉・・・・・未曾有の国難を越えて、新生琉球の気概を示す国劇は、こうして誕生した!」が出されていた。なお、与並氏は琉球新報12月発行の『蘇れ!首里城』も編集している。

1929年10月に東京の春陽堂から発行された『校註琉球戯曲集』には末吉安恭(莫夢生)の「組踊談叢」「組踊小言」が収録されていることは夙に知られている。この組踊談の初出は1924年の11月3日『沖縄タイムス』からである。
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莫夢生「組踊談叢」「組踊小言」ー沖縄タイムス紙上では「組踊小言」は11月21日まで連載された。末吉は25日には水死している。おそらくまた題を変え組踊談を述べるつもりであっただろう。
〇1924年11月4日の「組踊談叢」に麦門冬は「今は故人となった書家の仲田朝棟」とあるが、これは朝株である。1907年4月の『琉球新報』に本県書家の1人として仲田朝株とある。仲田は首里区会議員(1896年~1910年)も務めた。1912年2月の新聞の死亡広告に友人として伊江朝助の名もある。朝助は戦後の1953年7月大阪『球陽新報』に七流老人名で「狂歌のやりとりー男色で有名な仲田朝株・・・」を書いている。

Category: 04-書の森
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中松竹雄氏、新城栄徳/國吉薫氏、古謝厚雄氏、中松竹雄氏

挿絵(2019年1月 国梓としひで『太陽を染める城ー首里城を蘇らせた職人たちの物語』)/宮城倉啓氏、中松竹雄氏
2019年12月20日 那覇市民ギャラリー一般社団法人久米梁氏呉江会「第4回 久米梁氏美術展」


歌人・國吉有慶(1905年9月25日~1987年1月7日)
父・國吉世功、母カナの長男として那覇久米町に生まれる。妹千鶴子は名渡山愛順夫人、弟有徳は沖縄戦で没。親族に具志堅以徳、伊佐川新。



2014年8月2日 那覇市民ギャラリー「第44回イーゼル会展」

國吉保武氏と作品「マハナ岬(粟国島)」

2014年9月20日 第448回 博物館文化講座 講師・田名真之「久米村人の家譜を読もう!」

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