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アベ・アソウ政権打倒の大波はオキナワから!

 T(2017年5月25日)-加計学園疑惑はいよいよ安倍首相の関与が明らかになって来ました。『朝日』は一面トップで前川前文部次官が「文書示された」と証言したことを報じています。民進党は今日の参院文科委員会で前川氏の参考人招致を求めます。また、22日の『読売』は前川氏が新宿歌舞伎町の「出会い系バー」に出入りしていたことを記事にし、前川氏に圧力をかけていたましたがこの情報の元は官邸のようで、『読売』の権力・官邸の手先ぶりも明白になっています。日本会議が何としてもつぶそうとする女性天皇ですが、『毎日』の調査で68%が賛成しています。海外ではローマ法王がトランプ大統領に「あなたが平和を築くオリーブの木になることが私の願いだ」としてオリーブ像を贈り、「私たちの共通の家である環境」について書かれた本も贈呈しました。トランプ氏は「読みます」と答え、「あなたの言葉は忘れません」と述べたそうですが、一冊も本を読んだことがないと言われるトランプへの最大の皮肉ですね。


 『しんぶん赤旗』5月25日ー陸海空の全自衛隊を統括する河野克俊統合幕僚長が、憲法9条に自衛隊を明記するとした安倍首相の改憲発言について「憲法に明記されるということであれば、非常にありがたい」と発言したことに、批判が広がっています。公務員の憲法尊重擁護義務(憲法99条)や自衛隊法上の隊員の政治的行為の制限に違反する重大な発言です。

  「くろねこの短語」5月25日ー自衛隊の統合幕僚長がペテン総理の「自衛隊の明文化」発言に「ありがてえ~」と賛意を表明したことについて、顔も頭も貧相な官房長官・菅君はいつもの口癖で「まったく問題ない」とさ。「個人の立場」での発言だからだそうで、8月15日に大挙して靖国に神社に押しかける「私人」のシェンシェイたちと同じってことね。それにしても、顔も頭も貧相な官房長官の「問題ない」発言に、改憲に出席している記者はどうして「どこがどう問題ないのか」って突っこまないのかねえ。政府広報じゃないんだから、ジャーナリストのそれが仕事だろう。(略)「役人がレクチュアのために作成した文書を『怪文書』呼ばわりし、国連特別報告者を『個人』呼ばわりする政権が存続することの耐えられない恥辱」とジャーナリストの金平茂紀君がつぶやいていたけど、おっしゃる通りです。


 
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2017年5月 三木健『空白の移民史 ニューカレドニアと沖縄』シネマ沖縄


座開き舞踊「鷲の鳥節」

稲嶺進名護市長「乾杯音頭」/写真左から我部政男氏、真喜屋美樹さん、宮城晴美さん


写真左から山入端津由(つよし)氏、東江平之氏、我部政男氏/東江平之氏「原稿」
〇「沖縄国際大学」2017年3月19日ー沖縄国際大学総合文化学部人間福祉学科心理カウンセリング専攻、ならびに地域文化研究科人間福祉専攻臨床心理学領域において、長きにわたり研究・教育活動に携わり、前学生部長としても大学を支えてくださった山入端津由教授が来る3月をもって退職されることとなりました。
〇『琉球新報』1999年12月22日ー名桜大学の次期学長に、東江平之・国際学部経営情報学科教授(69)が就任することが、21日の理事会で承認された。任期は来年4月1日から3年間。東江教授は、1955年米国・アイオワ大学心理学科卒業、61年エール大学大学院博士課程を修了。55年に琉球大学に採用され、以後法文学部長などを務めた。96年に琉大を退官後、同年4月から名桜大教授。琉大名誉教授でもある。専門は社会心理学。兄の東江康治現学長は、名桜大開学から二期6年間の任期を来年3月に終える。

写真左、山口栄鉄氏、新崎盛暉氏/三木健氏




写真左から松島弘明氏(島田叡氏事跡顕彰期成会実行委員長)、島袋数也氏、比嘉良雄氏、大山哲氏/新川明氏


写真左から松島弘明氏、大塚勝久氏、高嶺久枝さん



川井民枝「創作舞踊・マブイの架け橋」/ミゲール・ダルーズ氏(沖縄ニューカレドニア副会長)

写真左からローゼル川田氏、真喜屋美樹さん、伊佐眞一氏/新川明氏、我部政男氏、安里英子さん


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2016-11 ひより「作品」


2017年4月25日ー蔡温橋通り

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→「京都古書研究会ブログ・京都古書研究会には、「京古本や往来」という機関誌がありました。
100号持ちまして、休刊となっております。現在は2008年より、新機関紙「出帆」がでております。」

京都の「古書展」

 『文藝春秋』1988年6月 多田道太郎「猛獣使い・桑原武夫の死 『蒼白きインテリ』が大嫌いだった先生」

 桑原武夫文庫/郷里敦賀市の敦賀市立図書館の館内には、桑原の胸像が建てられている。京都市右京中央図書館には「桑原武夫コーナー」が設けられ、生前に使用していた机や椅子、直筆のノートが展示されている。旧蔵書のうち、特に学術的価値の高いものは生前に京都大学に寄贈され、人文科学研究所図書室に「桑原武夫文庫」(1047冊)が設けられている。没後、京都市国際交流会館開設(1989年)に合わせ、1988年に蔵書約1万冊(古典名著の全集類、フランス語の哲学書籍などを含む)が京都市に寄贈された。国際交流会館には生前の書斎を再現した記念室が設けられ、旧蔵書は一般公開されていた。2008年、右京中央図書館の開設に伴い、桑原の記念室は同館に移されることとなったが、旧蔵書は京都市図書館全体の蔵書との重複が多いとして正式な登録がなされず、また保管スペースがないとして別の図書館の倉庫に移された上、2015年に廃棄処分された(遺族にも相談はなかった)。2017年にこのことが判明、廃棄を承認した担当部長の処分とともに公表された。→ウィキ

 桑原武夫1904-1988 昭和時代のフランス文学者,評論家。明治37年5月10日生まれ。桑原隲蔵(じつぞう)の次男。アランやスタンダールの研究・翻訳,俳句第二芸術論で知られる。昭和23年京大人文科学研究所教授。のち所長として「ルソー研究」「フランス革命の研究」などの共同研究を推進。33年チョゴリザ遠征隊長をつとめるなど,多方面で活躍。54年文化功労者。62年文化勲章。昭和63年4月10日死去。83歳。福井県出身。京都帝大卒。著作に「文学入門」「人間素描」など。【格言など】私は「これ一筋」というのが嫌い →コトバンク

 「くろねこの短語」2017年4月28日ー北朝鮮危機ほったらかしでGWは外遊三昧の政治屋集団&共謀罪でジャーナリスト・メディア関係者が記者会見。後は行動あるのみ。街に出ろ、ジャーナリスト諸君!仏文学者の桑原武夫の遺族が京都市に寄贈した蔵書1万冊が、なんとまあ廃棄されていたってね。廃棄に至った過程で、誰も止めなかったってのは、いかにこの国が文化財に対して無頓着かってことだ。おそらく、蔵書の中には書き込みなんかもあっただろうし、それこそ文化遺産として貴重なもんだったろうになあ。古書にちょいと携わる身としては、やんぬるかなな悲報ではある。

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天野鉄夫氏の著作




写真ー天野鉄夫さん「曼草庵」入口で(新城栄徳・撮影)
天野さんとの出会いは『琉文手帖』4号にも記している。その書斎「曼草庵」は一軒家、かつての住宅で本・資料や焼物が増えたので、同敷地に住宅を新築し移転した。1階右は金城次郎を中心にした焼物博物館、奥は古酒の泡盛甕と焼物が入ったタンスが並んでいた。2階右は植物関係の資料、左が昭和6年以来続けている新聞スクラップ、「琉球学集説」「琉球の自然と生物」「琉球の資源と産業」、沖縄関係資料が所狭しと並んでいる。本宅の金庫には『沖縄時論』『沖縄新公論』などがあった。今それらの資料は沖縄県立図書館に収蔵されている。

天野鉄夫 あまの-てつお
1912-1985 昭和時代の農業技術者。
明治45年3月31日生まれ。戦前は沖縄県国頭郡(くにがみぐん)農会技手をへて,北支那農事試験場に勤務。戦後は琉球政府農林部長などを歴任し,県緑化推進委員会委員長,琉球林業協会長をつとめた。昭和60年7月24日死去。73歳。沖縄県出身。沖縄農林卒。著作に「琉球列島植物方言集」など。(→コトバンク)

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 「くろねこの短語」5月24ー(前略)戦いの場は参議院に移るわけだけど、国連特別報告者による共謀罪への懸念表明は、じんわりと効いてくるはずなんだね。顔も頭も貧相な官房長官のように「批判するには当たらない」なんて紋切り型では世界には通用しませんから。 (略)自衛隊根拠を9条に明記なら 統幕長「ありがたい」 ーどいつもこいつもタガが外れちゃって、心の褌もユルユルなんだろう。暴言吐いても「それは誤解だ」でお咎めなしで、国会答弁で嘘ついたって「問題ない」でシレっとしていられるんだから、そりゃあ自衛隊の制服組にだって舐められるわけです。「自衛隊の明文化」というペテン総理の主張に悪乗りした統合幕僚長の姿は、シビリアンコントールの緩みがけっこう危険水域まできている証明なのかもしれない。
 
 「くろねこの短語」5月23ー(前略)安倍官邸が文科省前事務次官の「加計学園文書は本物」実名証言ツブしの謀略! 読売と週刊誌に“出会い系バー通い”リーク  でもって、共産党のとっちゃん坊や・小池君が、加計学園問題に新たな爆弾を投下。獣医学部設置決定案に加計学園側に有利になるような文言が加筆がされていたとか。さらに、「官邸レベルが言っている」などと書かれた内閣府の文書を入手したそうで、それには日時や出席者の名前も明記されているそうだから、いよいよ加計学園問題も佳境に入ってきたかもね。


 『しんぶん赤旗』5月23日ー学校法人「加計学園」の獣医学部新設をめぐる疑惑を22日の参院決算委員会で追及した日本共産党の小池晃書記局長。政府関係者から「しんぶん赤旗」が独自に入手した一連の内部文書を新たに暴露し、「総理の意向」によって初めから「加計学園ありき」で異例の措置が図られてきた疑いが鮮明になりました。

  「くろねこの短語」5月22日ー共謀罪は今週衆議院を通過して、参議院に送られるのだろうが、会期延長して成立したとしても、政権が交代すれば廃案にすることは可能だ。てことは、次の選挙が大事だよということなんだが、それには「怒り」を持続させることだ。なんてったって、「忘れやすい国民」ですからね。そういうひとたちがこれまでも自民党を勝たせてきたわけで、間違ってもひょっとこ麻生がほざく「党内の政権交代」なんて世迷いごとに騙されてはいけない。騙されてはいけないとくれば、「安倍晋三記念小学校」疑獄と加計学園問題という「安倍夫婦の悪巧み」だ。「安倍晋三記念小学校」疑獄は、ノイホイ菅野君が資料をバッチリPDFとして保存しているそうで、なんとも心強い。(略)加計学園「総理の意向」文書、文科省は「存在確認できず」と発表。個人PC調べず野党は批判 。ところで、加計学園問題の調査にあたっている民進党チームの面会要請を今治市長は拒否したってね。この御仁は「「(加計誘致は)安倍総理が全部やってくれているから、地元が口をはさむ余地はない」てなことを口にしていたそうだ。つまり、ペテン総理と加計学園がタッグを組んだ獣医学部誘致の構造を、しっかり把握しているってことだ。そりゃあ、民進党調査団に会うわけにはいかんわな。

「くろねこの短語」5月21日ー維新の小僧(丸山穂高ー大阪府堺市生まれ。東京大学経済学部卒業。
2006年、経済産業省に入省。大臣官房総務課や原子力安全・保安院(当時)保安課企画法規係長を経て、2009年に退官。同年、財団法人松下政経塾に入塾し、2012年に卒塾。同年、日本維新の会大阪府第19選挙区支部長)の発言が呼び水となって強行採決された共謀罪に国連からクレームがついた。法的に強制力がないとはいえ、こうした書簡がペテン総理宛に出されたということは、めちゃくちゃ恥ずかしいことてすね。ていうか、国辱ものだろう。・「恣意的運用」国際視点から警告 国連報告者、首相に書簡 「共謀罪」採決強行 というわけで、その書簡の全文をじっくりと読んで、明日からの活力していただきたい。東京新聞は今日の朝刊に全文掲載していたけど、ほとんどのメディアが無視しているので是非ともご一読を。


『しんぶん赤旗』5月19日「豊洲〝無害化できない〟と座長」

 『毎日新聞』5月19日ー豊洲は「安全」(専門家会議)なのか。それとも「安全と安心は違う」(小池百合子知事)のか--。豊洲市場(東京都江東区)の地下水再調査の結果を巡る専門家会議の説明に、移転の可否判断を待ち続ける市場業者が怒りを爆発させた。 会場の築地市場(中央区)の講堂には、多数の市場業者や消費者が詰めかけた。専門家会議の説明は午後0時半にスタート。地下水から環境基準の最大100倍のベンゼンが出た今回の結果を、約4時間半かけて丁寧に説明した。その後、会場から質問を受けると、業者たちは不満や憤りをぶちまけ、議論は2時間近くに及んだ。 「都は豊洲を無害化すると我々に説明した。信用できない」。(以下訳)


『琉球新報』5月15日 真栄里泰山「ティータイム/福島・沖縄と長州」

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表紙「Cocco」〇本誌『オキナワグラフ』(以下グラフ)は、1958年4月に創刊された。発行人は崎山喜昌、編集人が神村朝堅。創刊者の人物像は余り知られてないが、崎山は名護に生まれ11歳のときに父を亡くしている。15歳で上京し、神田の中学に入学、チンドン屋、新聞配達のアルバイトをしながら苦労して日大夜間部に入るが、胸膜炎にかかり帰郷する。1928年に沖縄物産販売の目的で再び上京し、鶴見に泡盛卸商を開業する。31年、東京深川に進出。一時、佐久田昌章と沖縄物産商会を経営したこともある。 
 崎山は泡盛で得た資金で37年、那覇西新町に高級旅館「那覇ホテル」を経営する。戦時中、軍命で南洋パラオに渡り、戦後、引揚げ南洋群島引揚沖縄人援護会を組織し理事長となり南洋庁沖縄人関係残務整理事務所の嘱託、南洋群島共助義会理事を経てドイツ製のカマでパン製造の朝日製菓株式会社を創立した。その朝日製菓の住所と電話番号は後に沖縄映画配給株式会社(国場幸太郎会長、宮城嗣吉社長)の東京支社となる。グラフが初期のころ映画や沖縄物産の宣伝に力を入れていた背景には崎山の経歴によるものがある。後に生地跡に「崎山図書館」を寄贈し、名護市立図書館の母体となった。(以下略)


『南島』1934年2月10日


『自由沖縄』1947年2月20日


1950年11月 仲井間宗裕『沖縄と人物』同刊行会「崎山喜昌」


『サンデーおきなわ』1971年5月15日



1981年ー國場組創立50周年記念祝賀会で、國場幸太郎の右隣が崎山喜昌

崎山喜昌ー1995年2月2日、死去86歳 沖縄テレビ放送会長、沖縄テレビ開発会長、九州東急ホテルチェーン取締役、沖縄証券前会長、沖縄三越元相談役、沖縄グラフ社元社長/名護市名誉市民
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御茶ノ水駅南側
 1997年に紀田順一郎と谷口雅男(株)ふるほん文庫やさん会長が監修、岡崎武志、茂原幸弘の編で『ニッポン文庫大全』がダイヤモンド社から発行された。私も蔵書は出来るだけ場所を取らない文庫本が理想と考えている人間だから、しかも安いから興味が無くても、つい買ってしまう。文庫本というのは古本屋に持って行っても二束三文だから売るということは頭に無い。とにかく携帯に便利で場所を取らない文庫は好きである。だから「ふるほん文庫やさん」も、神保町の「文庫川村」も行ったことがある。しばらく文庫やさんを忘れていたので、思い出して検索してみた。 


 奈良・智林堂店主のプログに○文庫本という判型が好きなのはわかる。当店の客にも文庫しか買わない人がいる。しかし、個人の趣味ならともかく商売的には文庫一本に絞るのはどう考えても不利なのだ。文庫本だけではやっていけない。これは古本屋なら誰でもそう思うはず。文庫だけで得られる利益より、それ以外の本も置いていたら得られたであろう逸失利益のほうが大きい。誰もやらないのはそれなりの根拠と理由があるのだ。神田には「文庫川村」という専門店が昔からあるが、それは例外中の例外。好立地に恵まれ店を拡大したりせず厳選した本を置いているからこそできること。それにあそこは新書や単行本も少しは扱っていたと思う。 次に谷口氏が文庫本の巨大な古書店だけでなく図書館まで造ってしまったという点。これはどうしても理解できない。書店と図書館というのは本来相反する関係にあるものだしな。大企業が美術館を設立するように、本業で儲かりすぎて余剰資金で造るならわかるがそうでもなさそうだ。むしろ内情は火の車だったようで、それで今回の失踪劇ということになったのだろう。株式会社だから株主も債権者もいるはず。建物の貸手も家賃を滞納されたままで困惑しているという。そして何より残された膨大な本の救済のためにも会長は出てきてほしいものだ。
結局ふるほん文庫やさんは倒産したらしいが、監修した『ニッポン文庫大全』は歴史に残る本である。

  70年の歴史をもった麹町区と神田区は昭和22年3月14日を限りに、翌15日から千代田区として、新しくも輝かしい第―歩を踏み出すことになりました。→「千代田区」

神田・神保町で出されたタウン誌

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平成2年2月 『本の街』「子規と虚子ー神田塵劫記①」/平成元年12月 『かんだ』「神田に生きる(7)酒井宇吉さん(一誠堂)」



水道橋駅は、東京都千代田区三崎町二丁目にある東日本旅客鉄道と、文京区後楽一丁目にある東京都交通局の駅である。 JR東日本の中央本線と、東京都交通局の都営地下鉄三田線が乗り入れ、接続駅となっている。JR東日本の駅は特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。 ウィキペディア

湯島聖堂は、東京都文京区湯島一丁目にある史跡。江戸時代の元禄3年、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。 ウィキペディア

 

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1978年10月 『たげぇに ちばやびら』瀬長亀次郎後援会


1983年10月 『こんにちはセナガ亀次郎です』瀬長亀次郎事務所


1984年8月『島空間からー1984年・沖縄・反核・反戦文学アンソロジー』沖縄・文学を通して反核反戦を考える集い(編集委員・あしみねえいいち,大湾雅常,国吉真哲,新城太石,芝憲子,瀬底月城,知念清栄,知念光男,仲松庸全,牧港篤三,安嶋涼人/編集委員会事務局・加勢俊夫,来間富男,芝憲子,富山嘉泰,宮城義弘)
〇私たちの、日常の営為は、それは本来的に単なる日常でしかありません。しかし、今や私たちは核時代に生きています。「破滅か、救済か、何とも知れぬ未来に向かって人類は邁進して行く」(峠三吉)こうした日常は、解き放つことのできない矛盾と無力感に掩われています。
 いまから40年前、沖縄であった戦争の影を背負っている者にとってはなおさらのことです。
 文学をする私たちにとって本来的には、もはやこうした虚構の中では、文学行為を半ば喪っているかも知れません。なぜ考え且つ書き、創るのか、誰に向かって何を伝え、そして言おうとしているのか。私たちの自由を奪い、個人の死をも無意味にする突然の大量死、ぢりぢりと用意されていく戦争をフィクションの世界に押し込めてよいものでしょうか。
 米ソの核軍拡競争の谷間で、核攻撃指令機能をもつ米軍基地をかかえる沖縄は、日本でもっとも危険な地域だといってもよいと思います。自衛隊の演習もエスカレートしています。沖縄戦の苦い体験をもち、今もこのような現状の地で、文学にたずさわる私たちは、私たちの仕事を通じて、平和へのねがいを訴えたいと思います。芸術家だからといって、目をつぶってはいられない危機的な時期にきていると思います。過去の15年戦争時代、多くの詩人、歌人、俳人、作家らは、時代に流され、戦争を讃美するような戦争協力の作品を書きました。私たちは、あの過ちをくり返したくはありません。「殺されるときはいっしょ」という、戦争のような強大な動きに対しては、芸術分野でも、個々人の力を合わせないと対抗できないと思います。個々人がテーマも題材も全く自由に創作し、それらを「反核反戦」のタイトルのもとに、ここにアンソロジー『島空間から』を出版致しました。                   1984年8月15日


1985年11月 『沖縄人民党の歴史』日本共産党沖縄県委員会

『琉文手帖』「歌人 山城正忠」
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1985年11月『琉文手帖』3号の表紙「歌人・山城正忠」の題字は井伊文子。碓田のぼる「『明星』圏における山城正忠」□碓田 のぼる(うすだ-、1928年2月5日 - )は、歌人、教育運動家。長野県生まれ。本名・登(教育関係の著作には本名を用いる)。東京物理学校卒。高校教諭を経て、全国私教連委員長、全教副議長などを歴任。渡辺順三に師事。新日本歌人協会全国幹事、日本民主主義文学会員、国際啄木学会会員。歌集『花どき』で多喜二・百合子賞受賞。→ウィキ


写真左から宮城義弘氏、芝憲子さん、加勢俊夫氏、新城栄徳


新城栄徳、芝憲子さん/2017年4月29日ー辺野古自然破壊に抗議する集会に参加する新城あけみ、芝憲子さん


1993年
10月ー日本共産党沖縄県委員会『沖縄人民党・日本共産党合流20周年のあゆみー1973・10・31~1993・10・31』

1997年
7月ー沖縄戦後史研究会『沖縄近現代人民解放運動の主な歩み』

1997年11月 川平朝申『終戦後の沖縄文化行政史』月刊沖縄社

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