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1974年12月 沖縄の雑誌『青い海』38号 川田(嘉数)松夫「新作民謡の今と昔」

1953年3月21日『球陽新報』「関西芸能界の一異彩たる川田礼子姉妹は先般の日劇”日本民謡集”で東都にデビューすることになった」



2003年3月28日『沖縄タイムス』

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1974年7月 沖縄の雑誌『青い海』35号 宮城悦二郎「伊江島で戦死したヒューマンな従軍記者 アーニー・パイル」

1982年12月 宮城悦二郎『占領者の眼』那覇出版社

1982年12月 宮城悦二郎『占領者の眼』那覇出版社

写真左から渡口善明氏、新城栄徳、宮城悦二郎氏
□宮城悦二郎氏死去/元琉球大教授 ①宮城悦二郎氏(みやぎ・えつじろう=元琉球大教授、元沖縄県立公文書館館長)2004年6月7日午前10時、肺がんのため那覇市の病院で死去、71歳。沖縄県出身。自宅は那覇市首里汀良町2の25の5。葬儀・告別式は9日午後2時から那覇市首里寒川町1の2、安国寺で。喪主は妻逸子(いつこ)さん。戦後の沖縄で米誌などの記者を務めた後、琉球大で米国の沖縄占領史や米統治下の沖縄マスコミを研究。「沖縄戦記録フィルム1フィート運動」など平和運動にも参加した。

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1979年11月 儀間比呂志・中山良彦『戦がやってきたー沖縄戦版画集』集英社/1995年8月 儀間比呂志『沖縄戦 朝鮮人軍夫と従軍慰安婦』清風堂書店


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1971年9月 沖縄の雑誌『青い海』6号 国吉真哲「貘さんの<沖縄の青春>」 


写真下は1925年8月16日、貘2度目の上京前に後列左から又吉康和、国吉真哲、国吉真才、一人置いて貘
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写真ー1958年・前列左から末吉安久、不詳、国吉真哲、南風原朝光、不詳、山之口貘


1976年9月 『山之口貘全集』第四巻 評論 思潮社 □「1960年6月『詩と版画・おきなわ』(新川明詩・儀間比呂志版画)序文」〇去年だったか、一昨年のことだったか丸の内で、儀間比呂志に逢ったことがある。話しっぷりがいかにもかれの作品から受けるものと似ていて深く印象に残っているが、作品も実物も共に肉体的精神が豊かで、人を元気づけるものがある。新川明には鹿児島でお世話になった。一昨年十一月、沖縄へ行く途中なのであったが、かれのところで四日ばかり御厄介になったのである。奥さんはお産のために留守だった。
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1971年6月 沖縄の雑誌『青い海』3号

1971年6月 沖縄の雑誌『青い海』3号 松田道雄「君たちは島の上の石になってはいけない」/儀間比呂志(二科会員)「民話と沖縄」


1973年、1974年の扉カットは儀間比呂志
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1972年12月 沖縄の雑誌『青い海』19号 新里金福×関広延「対談 沖縄の可能性とは何か」
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□新城栄徳、新里金福と関広延対談をセットする。
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1972年ー新里金福氏書簡→新城栄徳宛

1966年3月ー新里金福『沖縄の思想』未来社
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1970年9月 『琉球弧』<大阪版>創刊号□儀間進/関広延
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儀間進氏と新城栄徳、中央ーあしみね・えいいち氏


1972年5月 沖縄の雑誌『青い海』関広延「うちなあぐちまでぃん  さったるばすい」
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 古波蔵保好という名前を知ったのは、『青い海』1971年4月号の古波蔵氏の「非常識青春論ーハジの効果について」を読んでからである。それから古本屋などで古波蔵氏の本を見かけると買っていた。国吉真永『沖縄・ヤマト人物往来録』(同時代社1994年)に古波蔵氏は「在京沖縄県人のジャーナリストも少なくない。戦前派で現在も評論家として活躍しているのが古波蔵保好(76)=港区六本木=である。東京外語大2年のとき左翼劇団に入って逮捕され、それが原因で退学させられた。帰郷して、1931年に沖縄日日新聞記者になる。1938年、全国紙の毎日新聞に転じ、名文記者で鳴らした。在職中から、文春など月刊誌や週刊誌、日刊紙に社会評論を寄稿していた。同新聞社を定年退職後も評論家として文筆活動を続け、著書も多い。1982年『沖縄物語』で日本エッセイストクラブ賞を受賞している。古波蔵には『料理沖縄物語』があり、来年は『芸能沖縄物語』の出版を予定している。『これで沖縄物語』三部作が完結するわけで、肩の荷も下ります』と笑顔で話した」と紹介されている。

1940年 東京日日新聞社川崎通信部に勤務。先輩記者の仲吉良光の娘・アサと結婚。


1963年4月ー古波蔵保好『非常識夫婦論』文芸春秋新社/古波蔵保好『私設名画館』(洋酒マメ天国第28巻1968年5月)


1939年5月23日ー『沖縄日報』


1971年5月29日『サンデーおきなわ』



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1972年1月 沖縄の雑誌『青い海』9号 儀間比呂志×岡部伊都子「対談 沖縄のこころ を語る」
〇儀間ーボクは大和の差別を告発する人たちは、自らも過去において先島に対して犯してきた過ちを認めて、被害者であると同時に加害者でもあったふうに考えないといかん、と思うのです。岡部ー本土の内でも世界の各国でも、被差別者が差別者となっていくことが多い。それは差別をつくる仕組みのせいでもありますね。だから「差別をつくるしくみ」と闘わなくては。(略)儀間ー沖縄を愛するんだったら、沖縄に住んで仕事をすべきだ、共に苦しみを味わうべきだという考え方があります。ボクなんかも、大阪という安全地帯にいて沖縄を描いている、だから君は沖縄を売りものにしている半沖縄人だというレッテルを貼るんですね。

 
1988年11月 岡部伊都子『伊都子南島譜』海風社 〇誰がしたのーその日、わたくしは枚方の儀間比呂志展を観ていました(1986-6)/『読売新聞』1995年1月6日 「ふれあいトーク 今月のゲスト 岡部伊都子さん」川崎一朗ー戦争で人間が死ぬことは、人類という生き物が適正な環境で生きていくための必要悪、と考える人もいます。岡部ー過去の世界の歴史実情を見れば、そういう考えも出てくるかと思いますが、もはや自分から地球の生命体を考える時、犠牲者を出していいという気持ちに、私はなれません。他を苦しめ、おとしめるような愛は、本来の愛ではありませんし、戦争を是認するような宗教もまた、本当の宗教ではないと思いますね。

岡部伊都子 おかべ-いつこ
1923-2008 昭和後期-平成時代の随筆家。
大正12年3月6日生まれ。昭和31年「おむすびの味」でみとめられ,日常生活のなかの伝統美をこまやかな感性でとらえた作品で人気をえた。「二十七度線―沖縄に照らされて」など,戦争や差別にするどい視線をむけた著作もある。平成20年4月29日死去。85歳。大阪出身。相愛高女中退。著作に「賀茂川のほとりで」など。→コトバンク
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1973年1月 沖縄の雑誌『青い海』20号 瀬良垣宏明「沖縄の歌人 山城正忠の人と歌」

1961年3月18日 那覇市波上宮「山城正忠歌碑除幕式」



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山城正忠歌碑「朱の瓦屋根の糸遊(かげろう)春の日にものみなよろしわが住める那覇」


昭和8年3月『冬柏』第4巻第4号


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1975年7月 沖縄の雑誌『青い海』44号 石川真生「”少しの観光 〟の舞台裏ーホテルの労働争議を追ってー」


1991年5月 『石川真生写真集ー沖縄芝居 仲田幸子一行物語』/上原誠勇氏、石川真生さん、新城栄徳