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9-23 古美術なるみ堂で翁長良明さん、「「石垣島ラー油」で有名な沖縄県石垣島の「ペンギン食堂(辺銀食堂)」のオーナー、辺銀 暁峰(中国・西安出身で2002年に日本国籍を取得)さん
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9-18 古美術なるみ堂で中国からのお客さん

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大濱聡·9-15
■沖縄県知事選余聞ーー。
NHK沖縄局が「豊臣兄弟!」を20:15からに繰り下げて放送する、との告知を見てピーンときた。
■接戦が予想される知事選だと当確が出るのはかなり遅い時間なので、20:00(実際は19:58~)からの特設放送はしないはずなのに。わざわざ17分の枠をとって放送するということは当確の「ゼロ打ち」か(しかも古謝の)と思ったが、案の定であった。とても分かりやすい編成だった(沖縄地域のみ。全国放送は「豊臣兄弟!」に字幕で)。
■翌日、OTVの古謝当選のニュースでは片目のダルマに黒く筆を入れる映像が出たが、今どき「ダルマの目入れ」かと驚いた。
■2003年頃、視覚障碍者団体が政党に対し「ダルマの目入れ」を見直すよう申し入れたのが発端で、12年頃には「ダルマの目入れは視覚障碍者に不快感を与える」という問題がメディアでも表面化したようである。
「片目の状態=不完全」「両目が揃う=完全・成就」との問題提起がなされたのだという。
NHKでは事務所中継ではそういう場面(映像)は撮らないことにし、選挙事務所でも片目のダルマを置かなくなっていったようだ。
■古謝事務所は(OTVも)そういう歴史的背景を知らなかったのか、祝勝ムードに浮かれて気にせずやってしまったのか

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9-18
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「上里春生を語る会」島袋和幸 〒124-0011 葛飾区四つ木4-18-10 ℡090-4920-6952

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銀舎 okinawa近くに真教寺、境内に「石川啄木歌碑」
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銀舎 okinawa 哲楽家・紀 々さん、阿部 瑠衣子さん/☆仲嶺 良盛 さん、紀 々さん/☆紀 々さん、翁長良明さん、阿部 瑠衣子さん/☆ギャラリーでは「玉城栄一展」

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9月1日 古美術なるみ堂で、仲嶺伸吾さん(父は仲嶺真栄優)、翁長良明さん

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東京都写真美術館企画展「TOPコレクション 明日の食卓」2026年9月21日(月・祝)まで開催。山田實 他

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大濱 聡·月23日
■石川文洋さん(報道写真家)が本日(23日)未明、悪性リンパ腫のため長野県内の病院で亡くなられた。88歳。
■半年前あたりから、具合を悪くされて入院中、外部やメディアからの接触もNGとの情報を耳にしていましたが、訃報にはショックと悲しい思いを抱くばかりです。
■7年前、宗谷岬~那覇間「3,500キロ日本縦断歩き旅」の途中の〝嘉手納みちの駅〟から北谷町の宿泊先のホテルまでの約8キロを同行し、夜に居酒屋で杯を重ねたことが思い出されます。
■40年余のご厚誼に感謝し、心からご冥福をお祈りいたします。合掌。

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8月21日 『日本経済新聞』

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8月15日 パレット市民劇場「琉球の歴史文化と首里城」
☆後田多敦神奈川大学教授/小那覇安剛新聞記者/上里直司那覇市市会議員/大田朝章大龍柱を考える会代表 コーディネート・崎浜靖沖縄国際大學教授 総合司会・呉屋初子
 〇後田多敦さん、崎浜靖さん
  〇高良勉さん、海勢頭豊さん

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大濱 聡■8.15、那覇で開催のシンポジウム「琉球の歴史文化と首里城」(主催・同実行委員会)へ。
相対向きか正面向きかで意見が対立している大龍柱や(技術検討委の判断で暫定的に相対向きに設置されたが)、国の所有になっている首里城の県への移管問題などが議論された。
■後田多敦神奈川大学教授(近著『首里城の大龍柱 向きをめぐる史実と政治』)によれば、「1877年に撮影された正面向きの写真や歴史研究によって正面向きに確定している。それを相対向きにしたのは政治の問題だ」という。
大正末期に「沖縄神社」が創設されると、正殿は拝殿とされ、大龍柱も相対向きに改竄、今回の復元で3度目の改竄だ、それらは日本の琉球・沖縄対策、同化の手段として利用されていると主張している。
■移管問題については、2012年の「復帰40周年記念式典」で野田首相(民主党)が「平成30年(2018年)度をめどに沖縄県へ移譲することとし……」と県への移譲を明言している。歴史にifはないが、民主党政権が続いていれば首里城は沖縄県の所有になっていたかもしれない。

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8月11日午前、ユンタンの孫たちと沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー)で遊ぶ、金城美奈子さん。ジュンク堂書店で文具、ジュンク堂の森本浩平さん

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大濱 聡 ·8
ー10 ■8.9「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」における鈴木史朗市長の長崎平和宣言。「核抑止論は、極めて危うい。核兵器は『必要悪』ではなく『絶対悪』であり、人類と核兵器は決して共存できない、と」■長崎勤務時代の4年間、式典会場で生中継に立ち会ったが、これまでの中でもかなり踏み込んだ表現ではないだろうか。■「『平和の原点は、人間(ひと)の痛みがわかる心を持つこと』これは吉田さん(被爆者・故人――引用者注)が被爆体験を語るとき、いつも伝えていた言葉です。相手の立場や苦しみに心を寄せ、分かり合おうと努力することは、対立や衝突を避けるための大事な一歩となります。それが人と人、国と国、それぞれの場面で信頼を育み友好関係を築く礎になるのです」
■しかし、悲しいかな、沖縄、広島、長崎の声は何年かかっても日本政府には届かない。なぜ国は当事者、現地の訴えに応えないのだろうか。


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7月23日、古美術なるみ堂の翁長良明さんに同行して沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー)へ遊びに

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7月1日、第70回(2026年度)沖縄タイムス賞の贈呈式と祝賀会(ザ・ナハテラス)。西村貞雄さんを囲んで
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2026.8.8 沖縄タイムス

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第65回 二科沖縄支部展/
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西村貞雄さん、画家・赤嶺正則さん
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西村貞雄さん、東江敏広氏、画家・城明氏

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上原隆昭氏その作品
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浦添健氏その作品
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辻田忠弘氏その作品
 

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父の日 6ー21 父の日/ニシムイで孫と遊ぶ、末吉陶房ー末吉安允氏


ヒデの沖縄日誌 2017-10 ニシムイ/末吉陶房ー末吉安允氏、ヒデ


1996年3月 『新生美術』11号 「座談会・ニシムイの美術村あれこれ」星「仲嶺康輝さんの話やその記録では、昭和初期の東京の下落合には、有名な画家たちのアトリエがあって、その中に愛順さんは美校時代、一軒家のアトリエを借りていたそうですね。・・・」

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1948年 アクトン少佐、松岡政保、山田真山、屋部憲、名渡山愛順ー首里ニシムイ建設で米軍部長をまじえて話しあう松岡工務部長→1979年3月『沖縄戦後史 アメリカ世の10年』月刊沖縄社


2016年1月 沖縄県立博物館・美術館『ニシムイ 太陽のキャンバス』
2015年6月13日~2016年3月13日 沖縄県立博物館・美術館「ニシムイ 太陽のキャンバス」



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写真ー金城安太郎氏と石垣さん親子(末吉麦門冬娘)
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右から新城栄徳、金城安太郎氏、ハンナ博士



県立博物館・美術館×県立図書館 コラボ企画「ニシムイ展 太陽のキャンバス」関連展示、『金城安太郎』琉文手帖1号もあった。

2016年2月2日~2月7日 那覇市民ギャラリー「那覇市収蔵品展ーニシムイ関連と那覇市出身作家」


 1984年頃、私は沖縄の近代美術史に関心があって、金城安太郎さんや、具志堅以徳さんに聞き書きをしていた。その時に浦崎彦志氏がニシムイについて調査していることは知っていた。当方は現代美術には関心が薄かったので、画廊などで浦崎氏に会っても余り会話はしなかった。それでも少しは雑談で彫刻などの話は記憶に残っている。本書には写真が多用しているので、写真・現代美術史ともなっている。惜しむらくはキャプションの無いのが多い。これは沖縄県立美術館の学芸員の宿題になっている。

2015年6月 浦崎彦志・仲井間憲児『わが心の美術村 にしむい 幻の西森美術館』浦崎彦志


写真左から画家の久場とよさん、画家の金城安太郎氏、芭蕉布の平良敏子さん、著者で医者・画家の浦崎彦志氏、画家の城間喜宏氏

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2024-11-15

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6月7日 若狭公民館「第63回 粟国郷友会定期総会」舞踊/上原としえさん、糸数君江さん(玉城流扇寿会)、伊佐和子さん。ゲスト/坂井浩二那覇市議会議長

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大濱 聡 ·6-7
■東京沖縄県人会が創立70周年を迎え、6日にホテルニューオータニ東京で記念式典&祝賀会が開催された。会員数が千人を突破したという。まことにめでたい。おめでとうございます。
私も3度の東京勤務(15年)で末席を汚していた時期があった。
■1980年、県人会が初めて取り組んだ第1回沖縄フェスティバル「‘80沖縄でーびる 討論・芸能・映像の11時間」は沖縄から取材に出向き、11時間の要所をロケ、ダイジェストを放送した。
東京転勤になっていた1982年の第2回は、スタッフとして舞台進行を担った。
■創立30周年(1986年)の記念誌に一文(「東京で沖縄を見つめていたころ」)を書かせてもらったこともいい記念になっている(拙著『我が内なる沖縄、そして日本~ある放送人が見つめた昭和・平成史~』所収)。あれから40年……。
■100年目指して、ますますのご発展を祈念しています。


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仲松 健雄 ·一般社団法人東京沖縄県人会創立70周年記念 第70回定時総会・記念式典・祝賀を、6月6日にホテルニューオータニ東京「芙蓉の間」で開催????約400名の方々にご参加いただき、大盛況でした.


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5-25いいねうるま市 山城 明 ·ソテツ

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5月22日昼 小雨 古美術なるみ堂の翁長良明さん運転で、おもろまちの新城喜一さんと宜野湾市立博物館 春の企画展「島(シマ)の時間 ~新城征孝絵画展~」を見に行く。

新城喜一「長虹堤」

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新城喜一「安里川を渡る嘉手納線」

2015年5月26日~31日 那覇市民ギャラリー「新城喜一絵画展 沖縄風景への誘」

岩陰(摩文仁の浜)


「摩文仁の浜の一日」と新城喜一氏

「摩文仁の浜の一日」(部分)

いにしえの門(中城城址の表門)


ヤマトゥーガーへの道(粟国島)


波照間三蔵氏と新城喜一氏

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5-20 沖縄県立博物館・美術館:園原謙館長/2019-1

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沖縄ー博物館・資料館

1936年7月4日、首里城北殿内に郷土博物館が開館。沖縄県教育会と沖縄郷土協会のコンビにより往時の荘厳な姿を再現した由緒ある首里城内北殿は本県唯一の郷土博物館としてまた首里市の新名物として輝かしく誕生し午後5時から隣接の首里第一小学校に於いてその落成式・開館式は島袋源一郎の挨拶ではじまった。来賓として県より清水谷総務部長、平山裁判所長、古思司令官、金城那覇市長ら官民3百名が列席。祝電ー東恩納寛惇「新シキ力ハ古キ栄ヨリ生レン 遥ニ祝ス」/伊波普猷「開館ヲ祝ス」/下地玄信「県ノ為メ偉大ナル功績ヲタタエ御盛典ヲ祝ス」
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1936年7月4日 沖縄県教育会附設博物館落成・開館式。1936年8月 『沖縄教育』第240号<博物館開館紀念> 仲吉朝宏「開館するまで」「雲海空青録」/「沖縄郷土博物館資料紹介(1)皇室御関係の御宝物 (2)古琉球の漆器」
沖縄県教育会附属「郷土博物館」が開館。所蔵目録□漆器之部ー螺鈿/硯屏(文房具衝立)琉球国王御愛用の品、食籠(方言クイチクン)聞得大君御使用品、食籠(台付)郷土協会出陳、料紙文庫、五段御重箱、御菓子皿(薔薇模様入大皿)、御菓子器(支那製厚貝象)、鏡台、茶盆、香箱、印籠(山水図案)、印籠(山水寿老人)、印籠(梅花)、三方(唐草模様)、煙草盆、御椀(冊封使歓待様、伊江男爵寄贈)、御酒盃台。堆錦/中央卓(郷土協会出陳)、料紙文庫、四段御重(流水に桜花模様)、四段御重(水に貝)、東道盆、印籠(山水朱塗)、印籠(獅子黒塗)、菓子器(海草に金魚の図案)。沈金/料紙文庫、御徳盆・御米盤(祭祀用、元侯爵家御蔵品)、御米盤(かつぎ御米盤、玉貫瓶一対外箱共)、御椀、菓子器(六角形)、サシクイー(小道具入)、朱塗(菜飯ゆつぎ用)、毛彫沈金(名工新垣の作)。蒔絵/印籠(山水)、木盃(金蒔絵)、硯蓋、四段御重(草花に轎車)、四段御重(唐子絵山水)、四段御米盆(唐草模様)、大型四段御重(琉球蒔絵)、東道盆(支那製箔絵)、香箱(唐子絵、唐草模様)、弁当(亀甲紋)、弁当(山水、唐子絵)、弁当(山水、外間カメ子寄贈)、小道具箱(女持、支那製唐子絵)、御盆(長方形、支那製唐子絵)、東道盆、野弁当、折盆(三方、支那製唐子絵、唐草金模様入)、御酒盃台
□図表之部
喜屋武村古地図、島尻郡村図、大日本全図、台湾地図、幕府時代学校図、薩摩琉球古地図、支那全図、北京城内図、鍼灸図解、日本城閣の図、旧藩生理巻物、旧藩庭作手本、旧藩弓術手本、琉球歴代対照表(歴代王統表)、治家捷経(蔡温著作表解)、那覇泉崎古地図、石鼓山全景、唐船設計図、接貢船設計図


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5月20日 一般社団法人沖縄美ら島財団那覇事務所芙蓉館
儀保ゆかりさん、鶴田大さん、久場まゆみさん、幸喜明子さん/

1969年8月 山里永吉『松山王子尚順遺稿』(㈱)第一法規出版


1994年4月号『太陽』№394 古波蔵保好「『松山御殿』の琉球式珍味佳肴」 

2013年11月 金子豊・編『松山王子 尚順 全文集』榕樹書林

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1936年8月『改造』阿倍金剛「琉球記」□私は尚男爵と一緒に此の城を飛行機の上から俯瞰した時は、つくづくさう思ったのである。首里城の一角に先ず大ホテルを建てる。城塞は全部ホテルの庭として手を入れる。諸所に散在する尚侯爵家初め各王族の城跡別荘等を開放してドライブ・ウエイを造り滞留客の散歩観光の目標にすること。既設の海水浴場を増大して設備を完全にし、適宜な場所に競馬場、競犬場、ゴルフ・リンクス等を造り辻近くにカジノを建設する。序に海洋博物館をこしらえるのも、まんざらモナコの真似とばかりは云えない。この太平洋に浮かぶ珊瑚礁には無数の珍魚奇貝も棲息しているのだから。飛行場は既に立派なのが出来ているし、航空路は既に開発されているのだから。・・・

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写真ー尚順(1939年)


写真ー尚順と柳宗悦(1939年)

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2026年7月『琉球』(隔月刊)№113 903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102  ☎098-943-6945/FAX098-943-6947
「首里城大龍柱をめぐる史実と政治ー後田多敦さん講演会ー」/島袋マカト陽子「再興首里城・大龍柱」/多敦「未来、そして過去の琉球に顔向けできるかー首里城大龍柱向き問題からー」

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2026年7月 後田多敦『首里城の大龍柱ー向きをめぐる史実と政治』春風社・横浜市西区紅葉ヶ丘53


西村貞雄(彫刻家・琉球大学名誉教授)『首里城の龍ー意匠のしくみー』沖縄時事出版/2026年4月15日初版発行
【関連】
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2024年6月 後田多敦 (編集), 加藤香織 (解説), 前田孝和 (解説)、伊良波賢弥『首里城と沖縄神社—資料に見る近代の変遷 』神奈川大学非文字資料研究叢書4 近現代資料刊行会※本書は、首里城「正殿」と沖縄神社「拝殿」などに関する写真や図版など150点を収録し、首里城が沖縄神社へと姿を変え、沖縄戦で破壊されるまでの変遷を視覚的にたどる資料集である。
 沖縄神社は大日本帝国の沖縄に対する宗教政策や同化政策の施設であり、琉球国の王城であった首里城の近代の姿は沖縄近代史を象徴している。その両者に着目し、沖縄の近代史を考える資料を写真・図版で提供するものである。

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2024年7月 狩俣恵一/田場裕樹 編著『火難の首里城 大龍柱と琉球伝統文化の継承』インパクト出版会☆狩俣恵一「琉球伝統文化の継承について・・・現在の首里城復元は『首里城復元に向けた技術検討委員会』と沖縄総合事務局が中心になって進めているが、技術者の立場は著しく弱い。学識経験者の歴史中心主義が技能者を指導するという構図である」/田場裕規「伝統文化の継承と技能」/西里喜行「首里城正殿の大龍柱論争についての論評と問題提起・・・要するに、首里城正殿の向きが創建以来一貫して『西面』(西向き)のままであったのと同様に、正殿大龍柱の向きも十八世紀初頭から十九世紀七十年代に至るまで、一貫して『正面向き』のままであったということである」

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来間泰男『沖縄・日本復帰への途ーよくわかる沖縄の歴史』日本経済評論社(東京都千代田区神田駿河台1-7-7)2026年4月☆米軍統治下の沖縄において、人権侵害や土地強奪、墜落事故といった苦難が、どのようにして日本への復帰を求める運動へと繋がっていったのか、その歴史的過程を解説しています。

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5-15 なるみ堂のお客さん国名聞くの忘れた/ 4-24 埼玉で平和薬局を経営されている神田信行さん、店主の翁長良明さん

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