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Category: 04-書の森
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Category: 04-書の森
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最近、ブックオフで今まで手にしたことのない『月刊ナショナルジオグラフィック日本版』 (ナショナル ジオグラフィック協会)のジャンルは地理学、科学、歴史、自然で、そのバックナンバーを買い求めている。付録が好い。写真家の山田實さんのところに英語版があった。

月刊誌として年間12冊発行されており、それに加えて付録の地図を発行している。また、時に特別号も発行している。地理学、人類学、自然・環境学、ポピュラーサイエンス、歴史、文化、最新事象、写真などの記事を掲載している。現在の編集長は Chris Johns で、2008年10月 Advertising Age 誌で American Magazine Conference から Editor of the Year を授与された。世界中で33カ国語で発行されており、5000万人以上が定期購読している[要出典]。日本語版の発行部数は約8万4千部(ABC2009年公査部数)[2]であり、読者は首都圏のみで42%を超える。また、読者の平均世帯年収(SA)が高く、日本における高級誌の一角を占めている。

National Geographic Magazine の創刊号は、協会が創設されたわずか9カ月後の1888年に発行された。ナショナル ジオグラフィックの特徴は学術誌でありながら絵や写真を多用した雑誌だという点で、1905年1月号に掲載されたロシア帝国の2人の探検家 Gombojab Tsybikov と Ovshe Norzunov によるチベット探検時の写真をページ全面の大きさで掲載したことにその特徴がよく現れている。1985年7月号の表紙にはアフガニスタンの13歳の少女 Sharbat Gula の写真が使われ、同誌の歴史上最も有名なイメージの1つとなっている。→出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/25 21:46 UTC 版)




2002-7□パドゥーカ(ケンタッキー州)核燃料処理施設のパドゥーカガス拡散ウラン濃縮工場。劣化ウランを詰めた約3万8000本の容器が屋外に置かれている。

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佐野氏は旧知の新聞記者から沖縄には現在、約2万4千人の米軍部隊が駐留している。その4分の3に相当する1万8千人あまりが海兵隊で占められている。これは日本に駐留する海兵隊の90%にあたる。海兵隊は米軍のなかでも1番野蛮なヤツがなる。海兵隊の主な産地はノースカロライナとサウスカロナイナとケンタッキー。みんな貧乏州です。この3州では、レッドネックになるか刑務所に行くか、海兵隊になるか、という話を聞いたという。

佐野氏は本書の最後で、西山太吉元毎日新聞記者にインタビューして発言を紹介。「沖縄はアメリカが日本という潤沢な井戸から好きなだけ甘い汁を組みつづけるテコのような存在になっている」とし「アメリカは日本から金をふんだくれるだけふんだくって、グアム、インド洋から中東までをターゲットとした”不安定な弧”対策の要塞とする。対テロ戦争をにらんだこうしたアメリカの軍事戦略が今度の米軍再編と日米軍事同盟強化の本当の狙い」と西山はいう。

2011□岡留安則の「東京-沖縄-アジア」幻視行日記  
□今回の大震災と原発事故はさまざまな出来事を核爆発のように吹き飛ばした。東北3県の地デジ延期からTPP,子供手当、高速道路無料化、メビン・ケア差別発言事件・・・・。東北の被災でJTの工場やトヨタの工場などが被災し,たばこ不足、部品不足による車の生産台数の削減。大手製紙会社の被災による紙とインク不足による新聞や週刊誌などの減ページ措置などにより社会生活にも多大な影響を与えつつある。小沢擁護や記者クラブ批判もやったリベラル過激な「週刊朝日」の山口一臣編集長もとばされ、同誌じたいの休刊も囁かれている。何よりも、外国人からの102万円の献金を受け取って内閣総辞職に追い込まれる寸前だった菅総理退陣も吹っ飛んだ。これぞ、最大の不幸かもしれない。 
 また、朝のTBSワイドショー「はなまるマーケット」でおなじみの薬丸裕英・岡江久美子コンビも、原発PR推進組(中部電力)に出たことも知らんぷりでテレビに出ずっぱり。北村晴夫弁護士、勝間和代らもそうだ。調べればB・C級戦犯は他にもいっぱいいるはずだ。こうした連中は、この原発危機の中で反省も自粛もなし。視聴者はシラケるばかり。それでいいのかい,テレビ局よ!!  
□それはともかく「ウチナー・パワー」という新刊が出た。サブタイトルには「沖縄 回帰と再生」とある。天空企画編集でコモンズというという出版社から出た本だが、なぜか筆者が表紙の帯に100時程度の推薦文を書いているので、紹介だけしておこう。「多彩な書き手が琉球を論じる掘り出しものの逸品本だ!沖縄再生のヒントがあちこちで発見できる楽しさも満載。 岡留安則元「噂の真相」編集長(沖縄在住)」。たまたま出合った沖縄本を数多く編集している智内好文氏に頼まれたものだ。
15人くらいのライターたちが寄稿しているが、保坂展人氏も沖縄との出会いから今日までを「ニライカナイ・クロニクル」という題で書いており、小林よしのり派の宮城能彦教授も「村落共同体としての共同売店」について書いている。個人的に面白かったのは永峰眞名氏の「郷土月刊誌『青>い海』のころ」だ。沖縄に来て知った雑誌だが、なかなかウワシン的要素もあり、スコブル面白い。東京ならともかく、沖縄で採算ベースに乗る本を作るのがいかに難しいかと言う意味でも大いに参考になった記事だった。

沖縄関連の振興予算は2900億円で決まった。当初の一括交付金3000億円よりも減額されたものの、大幅アップとなった。だが、沖縄県民にすれば、予算増額を手放しで喜べる状況ではない。仲井真知事が東京で民主党幹部や閣僚クラスと極秘の会談を続けた結果がこれだったのか、と思わざるを得ない。辺野古移設のための環境アセスを防衛省が進めることに対してもあっさり容認した。アセスの権限は防衛省にあるのは間違いないが、「県民の意志はアセス提出に反対である」ことを強く明言すべきだったし、振興予算と基地問題はリンクさせないという強固な意志を示すべきだったが、それもふにゃふにゃ。沖縄予算に関しては前原政調会長の陰謀臭いが、そうだとすればタチが悪すぎる。仲井真知事が振興予算と引き換えに辺野古建設容認をやるのではないかと勘繰りたくなる。少なくとも東日本大震災の復興予算じたいが厳しい中で、沖縄だけ特別視することのひとつが基地対策である事は間違いないろう。北部振興予算も20億円削られたが、50億円は認められた。いまだに、前原が建前上否定するアメとムチの政策は強固に存在しているのは明らかである。ケビン・メアではないが、やはり、たかりの名人なのか。
  
米国が東芝の子会社を使って原発を30年ぶりに建設するという。福島第一原発は米国のGEである。脱原発は完全無視なのか。オバマ大統領も碌な人物でしかないことがバレバレだ。来年は、北朝鮮、中国、ロシアも政権交代を迎える。日本も未熟な政権の元で先の見えないまま、非常事態に突入するつもりなのか。それでいいのか、ニッポン、チャチャチャ!!

佐高信『黄沙の楽土ー石原莞爾と日本人が見た夢』に「在満州日本人は敗戦時、約155万人、引揚げまでの死亡者は17万6千人。在満州開拓民は敗戦時、約27万人、引揚げまでの死亡者は約7万8千人」だという。今、那覇市歴史博物館で「田場盛義の生涯」展が開かれている。7月26日に田中水絵さんの講演があった。山元文子さんに田場ゆかりの人を紹介してもらった。展示会場には東恩納寛惇と田場らの写真、田場の書も展示されている。歯科医の金城夫妻、オキナワグラフの松島弘明さんも見えていた。また東京から帰省した上里佑子(☎050-3649-6818)さんも居られた。

 2012年6月16日、那覇市歴史博物館で高里鈴代さんのギャラリートーク「日本軍『慰安婦』と今」が午後2時から始まった。二部屋分の会場には大勢の来観者で溢れていた。ヤマトではこういう展示は中止に追い込まれているケースが多いが、さすがに沖縄戦(地上戦)を経ているところの土地柄である。カジノ知事や文部省の「沖縄戦抹殺」に抗してか皮肉にも参加者が多かった。


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6月16日、那覇市歴史博物館で高里鈴代さんのギャラリートーク


2014年10月『文芸春秋』塩野七生「『従軍慰安婦』朝日新聞の”告白〝を越えて」/2014年10月『WⅰLL』「朝日新聞の『従軍慰安婦』は史上最悪の大誤報だった!」

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1995年ー『平和のためのガイドブック沖縄ー自然・島々 歴史・文化 戦跡・基地』クリスタル出版企画・伊集盛信

12月14日、堺市在住の伊集盛信氏の自費出版本『小説 角力』(すもう)が出来上がってきました。即お届けし、堺市中央図書館(正面入口に与謝野晶子碑)、大阪市中央図書館への寄贈に同行させていただきました。装丁なども気に入ってもらえました。著者紹介の顔写真には「こんなに白髪かい」と感慨深かげです。文中にあった、観衆は「ウリッ、ウリッ」とは何の意味かとお聞きしますと、「ホイッ、ホイィ」と元気な掛け声のこと、身振りと声で教えてくれました。
 沖縄角力(すもう)は大和の相撲とはまったく異なります。3本勝負で2本取ること、相手の両肩を土俵に付けたものが勝者。横綱、大関とかの階級もありません。舞台は著者の出身地である久米島、那覇。最初、「すもうを書いたものを出版」とお聞きしたときにはスポ根ものでは、と思いました。ところが「角力」を軸にしながら沖縄戦、銃剣とブルによる土地強制取り上げ、本土復帰闘争、基地返還などの青年たちのたたかいを生き生きと描きます。那覇のカメジロウ民主市政擁護のため税金を市民が市役所に持参し納税闘争も紹介。「よく書く時間がありましたね」「いやその気になれば多忙でも書けます」。自営の喫茶「儀間コーヒー」店(府立大正門前)の片隅にノートパソコンを置いて、久米島にある共同体思想を描き出したところ。第2作には労働組合づくりを描いた作品も収録してはどうか、と声かけしました。(2010-12きかんしサポータ-)

2011年 沖縄タイムス社・神奈川新聞社・長崎新聞社=合同企画「安保改定50年」取材班『米軍基地の現場から』高文研

□そしてこの問題で大手メディアの無責任さも際だった。防衛問題を担当する記者ですら、沖縄配備の米軍部隊について十分な知識がないまま、基地問題を論じている。大手紙が社説で主張したのは、
①日米同盟を危機にさらすな
②抑止力を維持せよ
③沖縄の負担を軽減せよ
の3点だった。沖縄に』基地を集中させる政策を検証する論説はなかった。鳩山氏が退任し、菅政権が日米合意を追認すると、メディアはすべてが終結したかのように「沖縄から離れた。この言論空間のよどみ、ゆがみが沖縄問題を一層難しくする。たったひとつの米軍飛行場のために首相が辞めてしまう国は日本以外に存在するだろうか。文民統制が瓦解している。」
                
2011年 『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること 沖縄・米軍基地観光ガイド』書籍情報社


『大日本帝国憲法』
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「実録プロジェクト 沖縄抗争篇Ⅱ 893XX」(2004ハッピーナインAZABU)
近くのビデオ屋さんで100円で購入。清水宏次朗、いとうまい子がレポーターで沖縄やくざ戦争の生き証人(金城正雄、花城松一、中村實、糸数幸昌)にインタビューしている。現在の旭琉会の代紋の真中に琉の字をいれて、沖縄連合旭琉会の代紋としているのは面白い。

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写真中央・又吉世喜

1950年10月14日『うるま新報』「12日、本部町伊豆見出身RTBカンパンガード住込の喜舎場朝信(28)らが那覇区の旅館美島荘にて女給の横山菊江(21 名瀬出身)と冗談から口論となり、喜舎場が暴力で菊江をショック死させる。」
1961年 コザ派、又吉世喜を家から連れ出し、西原飛行場で全治2か月の重傷を負わす
1962年1月 又吉世喜、多和田真山(29)ら3人を監禁し「那覇派につけ」と強要

1963年3月『月刊沖縄』「殺し屋に殺された暴力団」

1964年 コザ派、山原派と泡瀬派に分裂
1965年2月 泡瀬派の喜屋武盛一が山原派の上原秀吉に太腿を刺される 


1965年9月4日『琉球新報』「組織暴力」(1)~9月21日(15)9月5日(2)沖縄ヤクザー発生は敗戦ー戦果ーヤミ市

1974年11月ー『稲川会碑文谷一家襲名披露御芳名録』には沖縄関係は東亜友愛事業組合の常任理事の宜保俊夫だけ載っている。
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1975年6月ー『四代目中政組襲名披露御芳名録』/これには、沖縄地区特別後援者御芳名として沖縄連合旭琉会(仲本善忠会長)が載っている。副会長は具志向盛、上間善一、理事長が又吉世喜、理事は多和田真山(元仲里昌和の配下で極南会の安富副会長刺殺)、翁長良幸、羽地勲、現在の沖縄ヤクザ界のドン富永清旭琉會会長は34人目、最後から2人目に理事として載っている。
1976年10月 大阪市大正区南恩加島の愛人宅で沖縄連合旭琉会会長の仲本善忠(49)が逮捕される。


髙山 清司/菱心会理事長。(たかやま きよし、1947年9月5日 - )は、六代目山口組若頭兼中部ブロック長、二代目弘道会会長、二代目髙山組総裁(初代組長)、旧弘田組若頭補佐.


3代目山口組内弘田組副組長のところに、現・6代目山口組の司組長の名がある。/1976年12月 山口組系大平組内上原組が那覇市安謝に代紋を掲げる 

1976年12月9日 『沖縄タイムス』

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1978年 大島幸夫『沖縄ヤクザ戦争』(ルポルタージュ叢書11)晩声社

2代目旭琉会
多和田真山会長、理事長・座安久市、本部長・羽地勲、組織委員長・仲程光男、風紀委員長・新屋秀雄、幹事長・富永清、事務局長・金城正雄、理事・具志向盛、上間善一(以下略)/同時期の奄美には小桜一家奄美支部があった。支部長・上村隼人、若頭・太島忍
1987年
3代目旭琉会
翁長良宏会長、理事長・富永清富永一家総長、副会長・照屋正吉照屋一家総長、副会長・座安久市座安一家総長、本部長・仲程光男丸長一家総長、幹事長・上里忠盛上里一家総長、島袋為夫島袋一家総長、金城春男金城一家総長、泉操辻一家総長、新屋秀雄新和一家総長、伊波義雄伊波一家総長、与那嶺清嗣沖嶺一家総長、志慶真盛繁錦志一家総長、上原正孝2代目新天一家総長、呉屋栄信丸良一家総長、又吉茂夫誠義党総裁(以下略)
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三代目山口組内大平組舎弟古川組沖縄支部→2017-6『週刊実話』「神戸山口組現役幹部(古川恵一二代目古川組長)が怒りの激白ーインタビューは尼崎市内の琉真会本部で行われた。」


旭琉会
2011年11月ー北谷町の上江洲丈二南洲一家総長宅で「旭琉會」発足
富永清会長、花城松一会長代行、上里忠盛理事長、高江洲良吉副会長、志多伯幸仁副会長、上江洲丈二本部長(以下略)、別格として最高顧問の羽地功功揚一家総長。

沖縄連合旭琉会代紋/バッジ

1981年7月4日ー神戸灘区篠原本町の田岡邸で「五分兄弟盃」
2012年12月27日『週刊実話』山平重樹「旭龍ー沖縄ヤクザ統一への道」
□次の瞬間、2人が目のあたりにしたのは、床に仰向けに倒れた新城喜史の頭に、ヒットマンが止めの銃弾2発を撃ちこんだ直後の光景だった。「ヤロ!!」富永清と上里忠盛が逃げようとする陽島に躍りかかった。上里が陽島の上着の袖口を掴んだが、陽島は上里にも一発銃弾を見舞った。この夜5発目となる銃弾は上里の左肩を貫通、上里は「ううっ」とうめいて、その場に頽れた。そのまま駆けだして逃げようと陽島を、富永も必死に追いかけた。
沖縄連合旭琉会の新城喜史理事長を射殺したヒットマンの日島稔の証言「1メートル四方ぐらいの柱に隠れていたら新城理事長が歩いて来た。2発撃つと、ひとりがテーブルから追いかけてきたので肩を撃った。撃たれた男は上里忠盛現理事長であった。」佐野本によると日島は重傷を負わせた上里現理事長から『ミノルは元気でやっているらしいな。頑張るように言うときよ』と人づてに励まされていたという。

○2014年8月13日、リブロの沖縄コーナーをのぞくと山平重樹『旭龍 沖縄ヤクザ統一への軌跡ー富永清・伝』幻冬舎が積まれてあった。以前『週刊実話』に連載したものだ。著者の書いたものを自宅の本棚から探すと、1987年9月『任侠』(野村秋介・推薦)ピラミッド社、1999年1月『残侠 会津小鉄・図越利一の半生』(猪野健治・解説)双葉社があった。『任侠』に「琉球の覇者/富永清」があるから著者は以前から富永会長とは親しいようだ。三代目旭琉会の側からは前出のビデオがそうであるし、本書は沖縄旭琉会の側から見た沖縄ヤクザを描いたもので、本書の末尾に「富永の本当の闘いこそ、これからなのだったー。」と書いているようにまさにこれからである。山口組3代目は病魔と兵庫県警の熾烈な追及で跡目を決めかねていたし、稲川会、会津小鉄は実子が跡目を継いだが病死した。

 旭琉會の富永清(とみなが・きよし)会長が2019年7月12日午後3時45分ごろ、沖縄本島中部の病院で死去した。

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かつて同門の島袋慶輔氏と同行し我が家からすぐの、港川人を発見した大山盛保氏経営OK給油所内の事務所を訪ねたことがある。入口には「翁姓門中会」の看板があった。大山氏は翁姓で、最近亡くなられたジーミー創業者の稲嶺盛保氏も同じ翁姓門中である。ちなみに翁姓門中の現在の代表者は稲嶺恵一氏。大山盛保氏は沖縄の歴史と文化に大きな関心を寄せる市民研究者でもあった。購入した粟石の中に動物化石を見つけ、「動物がいたならば人間もいたはずだ」と考えた大山氏は港川で発掘調査を始めた。約2ヶ月半後、地表から約12mの部分で人骨を発見、その後も多くの動物化石や人骨を発見した。


2010年8月27日『琉球新報』

慶応大学の学生たちのブログに□最初の生命は約40億年前、地球誕生から6億年たった頃の海の中で誕生したと考えられている。材料となった基本的物質は原始大気中の成分:メタン、アンモニア、二酸化炭素などの無機物であった。これらにエネルギーを加えることによって、生命の素材は作られたのである。エネルギーは太陽光、雷の放電、放射線や熱、紫外線などによってもたらされたものである。

こうして生命を構成する基本的な物質、生命物質を合成した。アミノ酸、核酸塩基、糖や炭水化物などの有機物である。反応が起った場所としては、エネルギーが十分に与えられたと考えられる海底熱水噴出孔や隕石の落下地点などが注目されている。こうしてできた生命物質は雨によって原始の海に溶け込み、原始スープを形成した。原始スープにごちゃごちゃになって海の中を漂っていた。その中でこれらの物質が反応することによって、初めての生物は生まれたのである
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Posted by: ryubun02

波照間永吉氏                    永山絹枝さん


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波照間永吉氏と新城栄徳