島袋百恵・画「久志芙沙子」2013年11月3日『新報小中学生新聞 りゅうPОN!』仲村顕「人ものがたり㉛久志芙沙子(1903~1986)幻の女流作家」


1915年2月11日『琉球新報』久志ツル(芙沙子)


1973年9月 『青い海』


197311月 『青い海』



1974年新年号『青い海』伊波南哲「久志芙沙子さんの思い出」
〇石川正通夫人・澄子は久志(坂野)芙沙子の1年先輩。1987年6月発行の『ひめゆり一女師・一高女沿革誌』に澄子は「修学旅行の思い出」を書き、その傍には芙沙子の「追憶」が載っている。


1974年6月 『青い海』

安良城盛雄

1919年11月22日『沖縄時事新報』安良城盛雄「田島先生」
1919年11月23日『沖縄時事新報』安良城盛雄「田島先生」
○(17)には組踊について書かれてある。組踊は久米舞とは関係がないと断言し琉球人自身は面白かったが支那人鹿児島人には有難迷惑だったらう。役を演ずる者は大名か侍の子弟であって御芝居といった手水の縁は平敷屋朝敏の作で中城若松といふ美少年のあつかましい(田島先生の老衰)が田舎道を歩いている時に水のほとりに立っている女を見出して水を呑まして呉れとたのみ終にづうづしくも手から汲んで貰いたいと出歯式を発揮するといふ淫靡なものだが琉球の様に婦人を檻の中へ監禁している所では現実をはなれている故反って喜ばれた伝信録の著者徐葆光の来た時にも見せたもので梗概が同書にあるだらう(18)もそれにつづいて更に歌の事が書かれてある。

◎琉球のをどりの手といっては極めて簡単である全く門外漢でもその手振を説明することは難事でない、ただ同じ様な手振りを上下縦横に振廻はすだけでシナヤカもハデヤカもないこの踊はオモロから出て来たオモロ主取といって専任にその僅に残ったオモロだけを失はぬ様になってからは遠い神代のものらしい感じも光もついたものらしいがその中に三ッのヲドリの手が記されてある。即ヲギミテ、オシテ、コネリデであるこの三様で現代の踊を作っていることは明らかである(19)には琉球について書かれてある。  波の聲も止れ風の聲も止れ 首里天加那志拝がですでら ◎これは恩納ナビ作で構想の雄大な点で幾万琉歌中の一頭地を抜いている又仝人作に  首里加那志公事夜昼も仕やびら あまんよのシノグ許ちたぼり  シノグは盆踊りである。思うにナベとヨシヤの歌を琉歌から取去ったらゼロになることを自分(田島先生)は確信している。

◎最後に照屋宏氏が一高で琉球語の演説をスペイン語とごまかしたことに対して琉球語が一寸聞いて外国語の様だと先生がいっているそれから名士を批評して護得久氏を物のわかった男で碁は独習で方圓社の初段以上だといひ腰弁から田舎の書記官まで成り上った岸本氏は焼芋で酒を呻るのが能で理屈屋の大田朝敷氏は大風呂敷が身上だけに演説が上手だ。兵学校入学試験に4番卒業試験に3番になった漢那大佐が芋の蔓でもあったら未来の海軍大将だらうが琉球おなじ芋畑でも蔓がちがふているからどうなるかしら 伊波普猷屋比久孟昌金城紀光照屋宏島袋松なども皆同時代の人で違った方面で前途を開拓している」以上抜粋してお紹介する訳である。(完)

1972年9月   『琉球の文化』第2号 安良城盛雄「気張りよう沖縄人」
1973年3月   『琉球の文化』第3号 安良城盛雄「琉球で造られた刀剣」
1973年10月  『琉球の文化』第4号 安良城盛雄「東恩納寛惇の誤解」
1974年8月   安良城盛雄「忠臣護佐丸正伝」
1974年10月  安良城盛雄「琉球の貢献」


[写真説明]
左から百合子の母、盛英の妻、盛英、 親泊家から来た母、愛子の母、みつこ、父・盛能、盛起、盛雄。
  ―首里赤平町の屋敷に
私は久志芙佐子の最初の夫・安良城盛雄についても紹介したことがある。これは妻の芙佐子のみの情報が一方的に語られ、夫である盛雄の情報があまりにも少ない。県人会名簿を記して分かったことだが県人の情報が特定個人に集中し、これ以上知る必要がなくても情報が有り余るのは今のテレビの世界と同様である。やれ坂本龍馬、やれハニカミ王子、何とかスポーツとかが年中テレビで報じられていて食傷気味になる。(見たくなければ見るな、とテレビの声)報じるものは結果ではなく何ごとも予防である。例えば自然災害、人間、家畜らの伝染病は日頃から智識を国民に提供することもマスコミ(テレビも含む)の重要な仕事である。テレビ、新聞でオタク的な国家論を喋っている評論家はたまに町を歩きコンビニに溢れているエロ本(悪書とは言ってない。品格・友愛などと言う御仁に勧める)と、クルマ、タクシーの路上駐車、能天気な男女の運転中の携帯電話、公園での未成年男女の酒盛りなどなどを見て少しは現実社会も実感してほしい。それら日常の貧困などに触れないで女性論とか国家の暴力、何とかをテレビで語るテレビ政治家、評論家が横行しすぎる。話は横道にそれたが、現実に生きている個人の息吹にも眼を向けたい。→2010年6月

 
安良城盛雄資料





2019年8月22日『新三河タイムス』




『[月刊J-novel』2015年 実業之日本社 辺□大島真寿美①「或る女の生涯 ツタよ、ツタ」(久志芙紗子がモデル)仲村顕氏提供

①大島 真寿美(おおしま ますみ、1962年 - )は、日本の小説家。愛知県名古屋市出身。南山短期大学卒業。
1992年、「春の手品師」で第74回文學界新人賞受賞。2012年、「ピエタ」で第9回本屋大賞第3位。2014年、「あなたの本当の人生は」で第152回直木三十五賞候補。→ウィキペディア

2016年2月 森川満理子『歌集 若夏の風』不識書院(仲村顕氏提供)表紙のおびに○ 亡き父の故郷はけふ「慰霊の日」いまに
戦後のつづく沖縄 著者は、名古屋市生まれ、市立菊里高校音楽科(ヴァイオリン科)卒、旧姓(安良城)。

 
2016年3月2日 中之橋から安里川

2016年3月4日 辺野古新基地に怒っている猫・与儀公園