桜島のいただきから黄金色の硫黄のけむりが、紫ばんだ朝の空をかすめていた。紺碧の海をあやつるかんこ舟、そして長崎の呉服船や煙草船や、諸国の廻船などが波にもまれている間を、白い海鳥が、雪のように光って飛ぶ。
『見えた。』
『ーオオ、琉球船、琉球船。』
海岸の人の群れは、手をかざして言い合った。見ると、成程、はるか桜島の沖あいから一艘の船が帆をあげてはいって来る。海の琉光と陽の光りを吸って、その朱塗の船はまるで珊瑚細工のように眼に映った。
『賀春使の船がみえたぞ。-紫巾夫をのせた琉球船がはいったぞ。』
言い伝える声を聞いて、城下の町人や娘たちは、蟻のように海岸線にならんで、晴着の列を作っていた。だが、朱い船の姿は、そこに待ちあぐねている人々の予期を裏切って、港の岸へつくまえに途中から岬の蔭にかくれてしまった。
『なアんだ、伊敷の浦へついたのか。』
がっかりした町人たちが、それぞれの家へ帰って、春の酒に酔っていたころに、岬へ迎えに行った島津家の警固隊は、貴賓の駕をおごそかに護って、馬蹄先槍の行列を粛々とねりながら、岬街道から青木谷の琉球館へ、賀春使の一行を送りとどけた。
島津侯に拝謁する賀春使の登城は正月の12日と沙汰をされた。それまでは休息というので、那覇主の王族右大府について来た厨房夫や洗濯婦などの下級の琉球人は、ものめづらしそうに、手を組んで、城下を見物してあるいた。
夜になると、青木谷には赤い燈が点く、そして、右大府の旅情をなぐさめるため、泡盛を酌んで歌をうたう酒宴のさまが想像される。宵ごとに、そこから洩れる蛇皮線や木琴の音ーそして嫋々としてあやしげな琉球器楽にあわせる八重山謡のふしも、城下のものは、いつか耳になれて、その好奇心を失っていた。