2016年9月 来間泰男『それからの琉球王国 日本の戦国・織豊期と琉球中世後期』(シリーズ 沖縄史を読み解く)上・下 日本経済評論社(〒101-0051 千代田区神田神保町3-2 ☎03-3230-1661 FAX03-3265-2993)

2016年9月 来間泰男『それからの琉球王国 日本の戦国・織豊期と琉球中世後期』(シリーズ 沖縄史を読み解く)上 日本経済評論社
○はじめに シリーズの完結
1 稲作の起源・伝来と”海上の道〟上・下
2 <流求国><南島>ー古代の日本史と沖縄史 
3 グスクと按司ー日本の中世前期と琉球古代 上・下
4 琉球王国の成立ー日本の中世後期と琉球中世前期 上・下
5 それからの琉球王国 日本の戦国・織豊期と琉球中世後期 上・下

沖縄史についていえば、かなり積極的に検討し、私見を提起してきた。
①日本列島への稲作の伝来は、沖縄を通る「海上の道」などではけっしてなく、明らかに朝鮮半島を経由している。
②関連して、「照葉樹林」の欺瞞性にも思い至った。
③八世紀の隋書に出てくる「流求国」で当時の琉球を語ることはできない。
④古代日本の律令国家が「南島」と位置づけた南島の島々には、沖縄諸島は含まれていない。
⑤琉球王国が成立する以前、あるいはそのころ現れてくるグスクは、戦いのための城郭・城砦ではない。
⑥そのグスクと対応して、按司を武士と取り違えてはならない。沖縄史には、その後も武士は生まれなかった。
⑦琉球王国は、沖縄史の成熟の延長線上に生まれたのではなく、むしろほとんどまったく成熟することのなかった状況で、ようやく原始社会から脱出し始めた段階で、中国で建国されたばかりの「明」が、自らの必要から琉球を国家に仕立て上げたのである。それは倭寇の跳梁する時代の落とし子であった。
⑧沖縄への稲作の伝来・定着はこのころのことで、それまでも繰り返し伝来してきてはいただろうが、それが温帯系の品種であったために、亜熱帯の沖縄諸島には定着できなかった。定着できる南方系の品種は、九州からではなく、むしろ中国大陸から伝わったであろう。
⑨こうして成立した琉球王国は、人によって「大交易時代」と称されるような局面があったものの、その時代は長く続くことはなかった。


2013年12月19日 『基地で働く』出版と「平和・協同ジャーナリスト基金賞」奨励賞受賞祝賀会 写真・会場の沖縄タイムス本社ー左が来間泰男氏、元琉球新報社長・高嶺朝一氏