2016年11月3日『沖縄タイムス』「一中生の『遺影里帰り』同級 山田義邦さん 実現に力」

 NHK収録年月日, 2009年5月22日、23日 戦争証言アーカイブス山田 義邦さん|証言|がネット検索で見ることができる。
タイトル, 「少年兵の斬り込み」, 番組名, [証言記録 兵士たちの戦争] 戦場の少年兵たち ~沖縄・鉄血勤皇隊~. 氏名, 山田 義邦さん(沖縄県・鉄血勤皇隊), 戦地, 日本(沖縄)。


2014年8月31日ー台湾茶屋で左から新城栄徳、山田義邦さん、仲里正雄さん

デール・マハリッジ 藤井留美 訳『日本兵を殺した父』原書房2013-7
辰夫の亡霊ー山田義邦
○あとがきー(略)ジョージ・ニランドはマッカーサー支持でも何でもなかったが、海軍は太平洋上の島々で飛行場への爆撃を続行し、日本軍が使えないようにするべきだったと興奮の面持ちで語った。そうすればアメリカ兵が島に上陸する必要もなかったというのだ。
ニミッツと、キングをはじめとする彼の部下たちを私が嫌うのは、後世からの勝手な断罪ではない。太平洋戦域での戦いは、当時わかっていた情報だけで判断しても、ほかにやりようがあった。グアムの戦いの必要性に関しては論じないが、沖縄戦はあんな戦いでなくてもよかったはずだ。その意味では、ジョー・ランチョッティと同様、双方の将軍や提督を私は嫌悪する。アメリカは日本の狂信的な軍部指導者を制御できなかったが、だからといって彼らと同じ土俵に立つ必要もなかった。ニミッツの愚劣さが、沖縄戦における民間人15万人、日本兵11万人、アメリカ兵1万2000人以上の犠牲をひき起こした。そのひとりがマリガンだ。父も脳損傷の後遺症を一生引きずった。私がニミッツを嫌うのはあくまで私情だが、それも無理からぬ面があると思う。なぜなら私は、第二次世界大戦における彼の判断が最後まで尾を引く家で生まれ育ったのだから。