2017年1月 城谷一草「春秋庵雑筆⑳<シーサー作り>
 私の人生は、その大半を焼物と共に過ごしたので、焼物無しに私の人生はあり得ない。沖縄との交わりのなかでシーサーとの関わりが深くなってきた。諸説あるが、シーサーの祖先はエジプトのビラミッドを守護したスインクス説が強い。中国で獅子と親しまれた獅子が日本に来て、中国同様、獅子舞で愛される一方、神社等の守護で民衆に愛された獅子は沖縄に渡来して、石のシーサーで全島に60余体が各村に置かれて村民を守護し、村民に深く敬愛されてきた。更には各家庭の屋根、門柱から家の中心の床の間にまで置かれ人気者的存在である。このシーサーは民芸店でも様々な陶芸品が置かれている。
 80歳で、ギャラリーを閉じ、無職になったときから、退屈から手遊びにシーサー作りを始めた。作るほどに愛らしさが増し、その作成が日課となっている。


2017年1月 城谷一草「春秋庵雑筆㉑<童話と老話>
 人間は年を取ると子供に戻りますが、違うことは子供には経験が無いが、老人には各々の体験が断片的にせよ残っているのです。例えば童には童話、老人には老話があっていいと思うのです。そこで、私なりに老人の為に色んな話を綴ってみたいと思うのです。
 特に吾々の年代は、今からは恐らく体験することは無いと思う「大東亜戦争」があり、有史来、初めての敗戦と貧苦がありました。戦争が無かったら、そんな苦労も無かった筈ですので次の世代にはあんな苦労はさせてはならないと思います。その苦しかった吾々の国は、戦争に敗れた国民は、贖罪的行為からか、経済の飛躍を目指して、世界一の高度成長も成し遂げてきました。