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1992年12月ー『新沖縄文学』新城栄徳「来訪者略年表ー1953年12月17日 田辺泰・今和次郎来沖 」


1930年7月 今和次郎・吉田謙吉『モデルノロヂオ「考現學」』春陽堂


1935年11月『沖縄教育』231号 山里和弘「(那覇)市内盛り場 考現學的瞥見」
関連〇1935年4月『沖縄教育』224号 山里和弘「算術教科書にある他科教材の検討」/1936年1月『沖縄教育』233号 山里和弘「物価指数より見たる昭和十年の商況」/1936年4月『沖縄教育』236号 山里和弘「算術科入学考査問題を見て」

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渡口睦子さん
 那覇でも1938年の『琉球新報』に「令女考現学」と題して令嬢たちが紹介されているので、考現学というのは新聞記者の間では定着していたと思う。柳田民俗学は意識的に思想警察ににらまれる恐れのある「性」「都市」などを学の対象からはずした。別の民俗学の流れの南方熊楠、中山太郎、今和次郎らは積極的に追求した。あまり理屈は並べたくないが、カーライルは「現在というものは過去のすべての生きた集大成である」、禅は「会得し実践するものであって空論のためにあるのではない」というのは金言で、現在、今からの発想が重要だと強調している。現実の問題として「格差」「核基地」が日米でも話題になっているが、これらを考える対象にした学究は少ない。かつての「琉球国」も、未来の「琉球国」も「今」を抜きにしては単なるオタク(ネトウヨ・ネトサヨ)だ。「琉球国」を「日本国」に置き換えても良い。


1971年1月 『季刊人類学』2巻1号 有馬真喜子「ひと ひと・・・・ー今和次郎氏」

 欧化政策で富国強兵を目指す方針の明治維新政府にとっては江戸期は否定すべきものであるが、好古の対象となって江戸学の三田村鳶魚らが登場する。和歌山の作家・神坂次郎氏は末吉麦門冬、熊楠、鳶魚を一括りにして『南方熊楠の宇宙ー末吉安恭との交流』という著をまとめられた。私は10代後半、東京古書会館の古書即売展で、金城朝永の『異態習俗考』を入手し。酒井潔『愛の魔術』の贅沢版を捲ったことがある。酒井は、風俗大衆雑誌のオルガナイザーの梅原北明の盟友で、澁澤龍彦の「魔道」にも先鞭をつけている。金城も伊波普猷も風俗雑誌に論考を発表していた。
 趣味や蒐集が庶民の間に広がり切手・古銭・絵葉書・燐票などが蒐集の対象となった。江戸期から続く趣味人たちのネットワークは、明治期には山中共古、淡島寒月などの研究・趣味誌とつながる。のちに逸翁の美術雑誌『美術・工芸』を創刊する山内神斧(日本画家。1877大阪生。名は金三郎。明治43年東美校卒。文展入選) は1926年に『壽々3』で「琉球の玩具」「淡島寒月」を図で紹介した。

逸翁・小林一三資料
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