→「京都古書研究会ブログ・京都古書研究会には、「京古本や往来」という機関誌がありました。
100号持ちまして、休刊となっております。現在は2008年より、新機関紙「出帆」がでております。」

京都の「古書展」

 『文藝春秋』1988年6月 多田道太郎「猛獣使い・桑原武夫の死 『蒼白きインテリ』が大嫌いだった先生」

 桑原武夫文庫/郷里敦賀市の敦賀市立図書館の館内には、桑原の胸像が建てられている。京都市右京中央図書館には「桑原武夫コーナー」が設けられ、生前に使用していた机や椅子、直筆のノートが展示されている。旧蔵書のうち、特に学術的価値の高いものは生前に京都大学に寄贈され、人文科学研究所図書室に「桑原武夫文庫」(1047冊)が設けられている。没後、京都市国際交流会館開設(1989年)に合わせ、1988年に蔵書約1万冊(古典名著の全集類、フランス語の哲学書籍などを含む)が京都市に寄贈された。国際交流会館には生前の書斎を再現した記念室が設けられ、旧蔵書は一般公開されていた。2008年、右京中央図書館の開設に伴い、桑原の記念室は同館に移されることとなったが、旧蔵書は京都市図書館全体の蔵書との重複が多いとして正式な登録がなされず、また保管スペースがないとして別の図書館の倉庫に移された上、2015年に廃棄処分された(遺族にも相談はなかった)。2017年にこのことが判明、廃棄を承認した担当部長の処分とともに公表された。→ウィキ

 桑原武夫1904-1988 昭和時代のフランス文学者,評論家。明治37年5月10日生まれ。桑原隲蔵(じつぞう)の次男。アランやスタンダールの研究・翻訳,俳句第二芸術論で知られる。昭和23年京大人文科学研究所教授。のち所長として「ルソー研究」「フランス革命の研究」などの共同研究を推進。33年チョゴリザ遠征隊長をつとめるなど,多方面で活躍。54年文化功労者。62年文化勲章。昭和63年4月10日死去。83歳。福井県出身。京都帝大卒。著作に「文学入門」「人間素描」など。【格言など】私は「これ一筋」というのが嫌い →コトバンク

 「くろねこの短語」2017年4月28日ー北朝鮮危機ほったらかしでGWは外遊三昧の政治屋集団&共謀罪でジャーナリスト・メディア関係者が記者会見。後は行動あるのみ。街に出ろ、ジャーナリスト諸君!仏文学者の桑原武夫の遺族が京都市に寄贈した蔵書1万冊が、なんとまあ廃棄されていたってね。廃棄に至った過程で、誰も止めなかったってのは、いかにこの国が文化財に対して無頓着かってことだ。おそらく、蔵書の中には書き込みなんかもあっただろうし、それこそ文化遺産として貴重なもんだったろうになあ。古書にちょいと携わる身としては、やんぬるかなな悲報ではある。


システム手帳

1984年には日本国内でもFilofax(ファイロファックス)が正式に発売された。著名人の愛用者がしばしばマスメディア上で「便利な手帳」とするコメントを発した事から、1980年代末 - 1990年代中頃より類似製品を含めて急速に愛好者が増加した模様。1985年にジャーナリストの山根一眞が書いた「スーパー手帳の仕事術」(ダイヤモンド社刊)が日本で最初のシステム手帳Filofaxの解説本と言われる。日本で言われる「バイブルサイズ」を最初に日本で流布したのは山根で、欧米では使われていない単語である。なお、日本初の国産システム手帳は、1968年に経営コンサルタントの奈良総一郎が考案した「システム・ダイアリー」である。→ウィキ




紀田順一郎 資料

蘇鉄/京都駅構内の蘇鉄(今は無い)




□「京都」資料


八重山の蘇鉄