『琉文手帖』(1999年5月)「沖縄近代文化年表」の明治44年6月のところに、首里旧城正殿(女子工芸学校)、地震(6-15)や暴雨風(6-18)のため天井破損とある。6月29日には今村明恒東京帝大助教授、北琉球大地震のため京城丸で来沖とある。

いまむらあきつね【今村明恒】 1870‐1948(明治3‐昭和23)
明治,大正,昭和にまたがって活躍した日本の代表的な地震学者。旧鹿児島藩士今村明清の三男に生まれる。1894年帝国大学理科大学物理学科卒業。その後陸軍教授となり帝国大学助教授を兼ね,また震災予防調査会委員となる。1923年東京帝国大学教授,29年地震学会を創立し会長となる。31年帝大教授を退職,文部省学術研究会議地球物理学部長となり,また帝国学士院会員。1905年統計的見地から関東地震を予言し大森房吉と大論争したことは有名。⇒コトバンク

□1995年8月 加藤祐三『沖縄でも地震は起きる』ボーラ―インク
○沖縄は阪神と同じプレートー阪神と沖縄は大きく見て地質構造学的に同じような位置にあり、阪神で起きるような地震は沖縄でも起きる。・・1882年7月25日の午前1~2ごろ、沖縄本島南部を中心に地震による大きな被害が発生していたことが最近明らかになった。この地震は琉球大学法学研究科の大学院生、森宣雄君から情報提供を受けて調べた結果わかったもので、信頼するに足る互いに独立したいくつかの文書から、この被害地震の存在が確認された。・・この地震による被害は那覇がとくに多く、首里城の石垣が90メートルにわたって崩れ、那覇で石垣が500カ所、文献によっては600カ所で崩れた。これは震度5の地震である。・・

2011年3月19日ー東北・関東大地震・大津波・原発大事故
 3月18日ーアメリカ政府は福島第一原発から80キロ以内のアメリカ人に対し避難を改めて勧告したという。先日のカン総理」とアメリカ大統領の電話会談は「どうしょうも無い」ということだったのか
3月19日ー『沖縄タイムス』「震災死者6911人ー『阪神』超え戦後最悪」「原発事故レベル5 福島第一 スリーマイル級」、『琉球新報』「犠牲者6911人」「評価『レベル5』スリーマイル同水準」。テレビでは特にNНKが相変わらずネクタイを締め身だしなみを整えたアナウンサーやコメンティタ―が冷静沈着に発言し全く危機感は感じられない。まあ見ていて楽観的になり精神衛生的には良いかもしれない。民放は日常の番組となりコマーシャルも多い。

 テレビ放送は原発大事故は東京消防庁が目立ち自衛隊が印象は薄い。自衛隊員の安全確保優先で救助作業を行っているらしい。しかしこれで核戦争が起こったとき、どう対処するか心配になる。ここはやはり国民の安全を優先にすべきである。国民」は兵器の所持は禁止されているのだから。カン総理はアメリカの黒人大統領と電話で会見したそうだが「思いやり予算」(1995年ー2714億円、・・・2010年ー1881億円)は要らないという話なのか。今も沖縄上空を飛ぶ軍用機の燃料もただちに被災者に回すべきだ。

 3月20日ー那覇は今日も暑く汗ばんでいる。市内は車で溢れかえって、スーパーは商品であふれている。こういう亜熱帯の島に無機的な軍事基地が一等地を占めている沖縄島!。何時まで基地は居るつもりなのか。新聞も評論家もガス抜きばかりせず真摯に取り組んでほしいものだ。東北・関東大震災は地震だけでなく大津波、人災の原発大事故。加えて、無情にも雪が降る。原発の大事故では自衛隊は核戦争では役に立たないのが明確になった。テレビや本で稼いでいる田母神とかいう自衛隊幹部は後輩にどういう教育をしたのか問われる。カン総理が自民党総裁に入閣を要望したが断られたようである。原発は元々は自民党時代から進められたもので自民党総裁も結果責任を取るべきだ。

 3月23日ーテレビは石原軍団やタケシ軍団が覇権を争っている。世はまさに「国難」である。にも関わらず、ネクタイを締めた原発の専門家と称するコメンティタ―が出演料を稼いでいる。そんな暖房の利いたスタジオで喋るヒマがあれば現場に行きアドバイスなりで協力すべきであろう。テレビも節電のため出来るだけ消そうではないか。そして新聞や週刊誌を見よう。

1963年ー岡本太郎「妖怪ー放射線の怖ろしさは誰でも知っている。ましてや日本人は現実的に被害をこうむり、恐怖の実感は身にこたえているはずなのだが、誰でも、いやなことは敬遠し、なるべく忘れてしまおうとする。それに奇妙に宿命論者だ。だから案外のんびりしている。」
1967年
5月ー『スペース・デザイン』岡本太郎□藝術と遊びーわれわれはひたすらに、生きるために生きている。さらに残酷にいえば、すべての生命はその帰結である<死>に向かっている。生きるということ自体、遊びではないか。

1995年2月6日『朝日新聞』「窓ー中国の人々にとっても、今度の地震はひとごとではない。神戸には多くの華僑や留学生らが住んでいる。そのうえ、今から19年前、河北省唐山を襲った大地震の記憶がまだ生々しいからである。唐山地震は午前3時すぎに起こった。石や煉瓦を積んだだけの民家は全滅し、死者24万人、重傷者8万人を出した。・・阪神と唐山。この二つの大地震から、日本も中国も、それぞれに教訓を引き出すことができないだろうか。」

□2003年1月1日『日本経済新聞』「失くしたものはー街は『無』があふれていた。無気力、無反応、無関心、無目的、無作法、無表情、無常識、無責任、無自覚、無自己、無抵抗、無意識、無批判、無能力、無学力、無教養、無節制、無定見、無思想、無プロセス」

2005年1月7日『琉球新報』の社説に「スマトラ沖地震・津波被災は死者15万人以上という未曽有の自然災害となった。負傷者は50万人、被災者は5百万人にも達する。米軍の津波救援は被災国のすきを利用し、軍備強化を狙う。これでは『火事場泥棒』と同じではないか。」とある。今回例のメアもドサクサにまぎれ日本担当に戻ったようだ。
2011年3月18日ー『琉球新報』社説
 効果的な人道支援を行うのに、国境や官民、軍の立場の違いなど言っている場合ではない。しかし、ここぞとばかりに軍の貢献を宣伝するとは、どういう神経なのか。東日本大震災への米軍の災害支援に絡めて、在日米軍が普天間飛行場の「地理的優位性」や在沖海兵隊の存在意義などをアピールしている。強い違和感を覚える。在沖米総領事館は、沖縄から基地従業員を含む海兵隊所属の約480人や普天間、嘉手納両基地所属ヘリ、第31海兵遠征部隊の兵員2200人が災害支援で被災地へ向け派遣されたと発表した。
 未曽有の大震災に伴う死者や行方不明者の捜索、被災者救援は急務だ。原発事故に伴う放射能への被ばくリスクがある地域で救援に取り組む人々には敬意を払いたい。しかし、災害支援は売名行為ではない。人道上の見地から本来、見返りを期待しない、崇高な精神でなされるべきものだろう。在沖米海兵隊は「普天間基地の位置が、第3海兵遠征軍の災害活動に極めて重要であることが証明された」「普天間基地が本土に近いことは極めて重要」と普天間飛行場の地理的優位性を強調する。悲しみに打ちひしがれる死者・行方不明者の家族や被災者への配慮はないのか。そもそも近傍の基地ではなく、被災地から遠く離れた普天間基地がなぜ重要なのか。地震発生から3日経ての出動なのに「即応」でもあるまい。

 米軍の説明は、独り善がりで筋が通らない。政治的打算に基づく言動は、県民、国民の米外交に対する信頼回復にとって、かえってマイナスだろう。「沖縄はごまかしとゆすりの名人」などと差別発言をして更迭された米国務省のケビン・メア前日本部長を東日本大震災の日米間の調整担当に充てたのも不可解だ。メア氏は発言発覚後も学生が作成した発言録について「正確でも完全でもない」と非を認めず、今もって県民に謝罪をしていない。日本の「和」の文化を「ゆすり」と同一視する差別発言をしながらこれも撤回せず、災害支援で復権を目指すつもりか。発言の撤回も反省もない人種差別主義者の復権など願い下げだ。はっきりさせよう。米軍がどのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設は沖縄にいらない。






□→「パリ・南仏 コートダジュールの日記」
(略)そもそも今事故が起きている原発は、アメリカのコピー品なのです。
アメリカ人がアメリカで原発を作るために描いた設計図が元なのです。
アメリカでは地震は一部西海岸地域などをのぞいてまれです。
原発は大量の水を必要としますので海の近くにあることが多いですが、アメリカでは東海岸に多く、川や湖の近くでも建設されています。日本は、津波の危険が常にある海沿いです。
もともと日本とアメリカでは、地形も気候も異なります。
そのアメリカの原発を、日本に移植しただけなのです。

もちろんその後、補強はしたでしょう。でも基本設計からすでに、今回のような事態を想定して作られていないのです。

似たような例は、ボーイングです。ほとんどの国でナショナル・フラッグ・キャリアなるものを持っています。イタリアならアリタリア、ドイツならルフトハンザなど。
でも、ボーイングの機体を修理できるのは、ボーイングのアメリカ人技術者だけです。事故や不具合があると、ボーイング社から修理チームが派遣されてきます。
ま た、機体の詳細を説明できるのは、ボーイングのアメリカ人だけです。例えば、直径5センチの鋲が12センチおきに30個うってあるとします(あくまで例えです)。 なぜ5センチの鋲なのか、なぜ6センチでも4センチでもないのか、なぜ11センチや13センチ置きじゃないのか、なぜ28個でも32個でもないのか。それ らには全て理由があるはずです。理由を知っているから修理できます。理由を知っているから、改良してバージョンアップできます。でもそれを知っているのはボーイングの人間だけなのです。「自国の飛行機」などと偉そうに言っても、その国の人間はボーイ ングの機体にほぼ何もできません。

これと原発は似ています。まったく同じとは言えません。ボーイング社が完全な秘密主義なのに対し、アメリカの原発会社と日本の会社は技術提携をしています。また、2006年に東芝が、世界最大手の原発メーカーの一つであるウエスチングハウス社を買収しました。私はこのニュースを聞いたときに、単な る企業間の買収ではなく、日本国家の要請であると思いました。そのような意見は私だけのものではありません。このように状況は時代とともに変わっています。福島第一原発が建設された70年代と現代を見れば、その変化はかなり大きいものでしょう(原発に限った事ではありませんが)。

独自で開発技術をもつことの重要さ。
これを私が住んでいるフランスは知り抜いています。だからこそ、原発も核も(この2つは根本で似ています)TGVもエアバスも、独自のものを持とうと努力してきたのです。(エアバスの部品はフラ ンス製だけではなく、広くヨーロッパの国から調達されています。日本製も一部分ありますが、私の記憶が正しければアメリカ製はなかったはずです)。

日本が独自技術をもっているのは新幹線です。なので、地盤が弱く山が多い日本に適したものとなっています。そして事故の無さを誇っています。逆にフランスのTGVをあれだけの早さで日本で走らせる事はできません。あれはヨーロッパ大陸という地盤の固いところだからできるのです。

さらに別の問題があります。福島原発第一は古いです。70年代に建設されました。原発の耐用年数は30−40年と言われています。なので今、「古くなった原発をどうするか」という人類が歴史上もったことのない悩みを抱えています。色々理由をくっつけていますが、各国がとっている主立った結論 は「だましだまし使う」です。だから、ドイツの首相が今回の事故が起きた後に「ドイツの原発を延期使用する計画を、棚上げにする」というような事をいった のです。福島原発の古さが大きな問題の一つである事を、わかっていたのです。

「想定外だった」と言っています。
元々設計の段階で、日本の気候にあった津波だの地震だの想定されて作られていないのですから、そりゃ想定外に決まっています。
それならなぜ、そのようなものを日本に作ったのでしょう。
広島、長崎という唯一の被爆国でありながら、なぜ原発をつくったのでしょう。
理由は一つではないでしょう。でも主な理由は利権の構図だからです。
原発では金儲けができるからです。
法律で、電力では、コストに対して×パーセント(確か5%以下。数字がはっきりしなくてすみません。以下は5%として書いています)しか利益を出してはいけないことになっています。「数%だけか。そんなに儲けていないんだな」 なんて思われがちですが、ここに大きな裏があります。つまり1000万円かければ5%ならば50万円もうけてよい、100億円かければ5億円もうけていい、1000億円かければ、50億円もうけていいのです。
普通の企業ならば、100億円だの1000億円だの、投資するとか何かを買うなんて、大ごとです。簡単にできるものではありません。でも、電力は公益事業です。100億円かけようが1兆円かけようが、電気代として徴収すればいいのですから関係ないのです。100億円なら、100億円+もうけていい5億円=105億円が電気代になるわけです。200億円なら10億円もうけていい(210億円が電気代)、300億円なら15億円(315億円が電気代)もうけていいわけです。よく言われますが、日本の電気代は世界トップレベルで高額です。
このように原発は、そもそもが利権の構図なのです。どんなに原発にコストがかかろうが、アメリカから買おうが、100億円で買ったって1千億円で買ったって、関係ないので す。払うのはわたしたち日本国民の一人ひとりの税金(電気代)なんですから。高ければ高いほど儲ります。儲る日本人とはだれのことでしょう。 原発を推進してきた政治経済界の人たちです。
このようにして日本の原発政策は推進されてきたのです。

アメリカかフランスか(ロシアか)、もっと効率的な冷却方法や軍隊の機動の仕方はもっていないのでしょうか。私は日本よりはもっているのではというように思えるのです。なぜならこの2国は、原発(と核。核兵器含む)を独自に開発できる技術をもっていて運用している国だからです。地震+津波+事故のマニュアルがあるのかどうかは知りませんが、それでも日本よりは、、、と想像するのは、それほど無理があることとは思えません。彼らからの協力は既に申し出ていられているのではないか(福島原発(4)に書きました)
御巣鷹山の時は米軍の協力申し出を日本政府は断ったと言われています。

地震や津波は天災ですが、原発は100%人災と私は思っています。
技術者は政治を考えて技術を開発する責任があると思います。(これはなかなか難しい問題なのですが・・・)。
生死をにぎる技術を運用するのは政治家です。
そして政治家を選んでいるのは、民主主義国家である以上、わたしたちです。一人ひとりに責任があります。