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島袋全発は、1930年8月に世界社の饒平名智太郎や南島研究会同人の比嘉時君洞、渡口政興、原義人、金城朝永らの協力を得て『那覇変遷記』を刊行。全発は自序に「即、那覇はもと中山の真和志間切の一部落たる港畔の一寒村であったのが、長虹堤築かれ那覇どまりと呼ばれた。港湾の繁昌につれて、若狭町を凌ぎ漸次拡張して那覇四町となり、近世に至り、又その邑落の起源を異にする久米村、泊を併せ、牧志・垣の花を呑み、逆に昔の真和志一円を包含するの概があり、之を一面から日へば那覇発展記であり反面から観れば真和志縮小記となる」と記している。東恩納寛惇は戦後に発行した『南島風土記』で「ツジは方語頂上の義なりと云う事、既に島袋全発氏の提唱する所で、伊波普猷氏亦これに賛同している」と書いている。

 
左から初版、1966年4月ー琉球史料研究会、1998年4月ー沖縄タイムス社