7月5日前後のウェザーニュースを見ると、今夜は京都など近畿で1時間に100mmに達する大雨のおそれ 、兵庫県・加古川支流で氾濫危険水位超える 。北海道で再び大雨 土砂災害や河川氾濫に警戒 とか、週末にかけて歴史的大雨の恐れ多発的な土砂災害・河川氾濫に警戒、 沖縄・宮古島で1時間100mmの猛烈な雨の ニュース。改めて、東京オリンピックや大阪万博・カジノ、辺野古核基地より、今、目前の自然大災害に備えよを強調したい。台風8号も接近中だ。

 地震大国ニッポン。火山列島ニッポン!!
本日午前8時前、関西で震度6弱の強い地震があった。とテレビ各社が報じていた。また、関西電力(9503.T)は、美浜・高浜・大飯の3原発で異常はない。NHKは、福井県の敦賀原発1号機、2号機についても、異常は感知されなかった、とも。連れ合いが東大阪の息子夫婦にメールを送ろうとしたら、息子の妻から「地震がありましたが、二人とも影響ないですので安心を」とのメール。ネットでは「さきほど、アベ氏はTV画面にでてきて 意味判らんことムニャムニャ言ってましたが‥肝心要の大阪府知事に大阪市長は出てこない。せめて、ひと言、コメントなり出してみたらいかがですかぁ~。まだ、寝てんのかい? 」などなど大阪チジや市長の地震対応の批判が飛び交っている。→7月1日『産経新聞』松井一郎知事も、地震発生から約1時間半後に開かれた第1回災害対策本部会議には渋滞の影響で間に合わず、午前10時10分ごろ府庁に到着。

 若狭湾は原発銀座(17基の原発があり、今なにかと話題の高速増殖炉”もんじゅ〟もある)であるが、オキナワは台風銀座。またオキナワは超クルマ社会でクルマで溢れ返って停滞だらけ。北京の大気汚染は笑えない。なおかつ米軍・自衛隊の基地銀座(使い古されているが『基地の中にオキナワがある』というのもある)でもある。狭い与那国や、宮古、八重山にも自衛隊は島を守る(皇軍は守らなかったどころか、投降し捕虜になったのも多い)という美名のもとに、新たに「基地」をつくろうとしている。安保下では自衛隊基地には当然のように米軍機もやってくるので第2第3の普天間基地となるのは目に見えている。自衛隊基地をつくるのであれば、米軍と小指、ではなく手を切って自前の自衛隊にしてもらいたい。まぁ無理か。
 若狭湾の先端に突き出た常神半島の民家の裏庭にある、およそ樹齢1,300年の大ソテツ。国指定天然記念物です。日本海側で最も北にあり、大きく古いものはとても珍しいといわれています。根元から樹高4.5〜6.5mの支幹5本と、樹高1.5〜3.0mの支幹8本に分かれ、その全幹の周囲は5.2mあります→常神の大そてつ 国指定天然記念物

1991年7月 日本旅文庫『琵琶湖・若狭湾』昭文社

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儀間比呂志「ソテツ」
 1994年3月 松本三益『自叙』□戦争に反対した人ー(略)1941年(昭和16年)あの真珠湾攻撃で太平洋戦争がはじまる直前の10月、久場マカト(68歳)、宮城ツラ(77歳)、新垣カマ(68歳)の3人の女性が御先神という宗教結社をつくって、お先神が真の神で、天皇は御先神の子孫であって下民の資格しかない、と古事記の天孫降臨の建国神話を否定しています。これは国体を否定し、皇室の尊厳をきずつけたということで、治安維持法違反で検挙されています。(略)ここでは、こんな事も弾圧の対象にされたという意味で理解していただきたいと思います。

久場カマド(1972年12月19日死去、99歳)「御先神教」
久場カマド
1925年8月8日ー久場カマド「御先神教」(伊計島に降臨した神)を那覇久米町で開教、若狭は久米に隣接する。

 1927年1月1日ー出口王仁三郎、波上神社に参拝。2日は首里城見物、那覇市公会堂で講演、会場で御先神教の久場カマドが神がかりとなり大声を発す。

久場カマド(1873年~1972年12月19日)
久場を教祖とする那覇市在の宗教結社「御先神(うさちがみ)」の教義内容が、「真の神は御先神で、天皇はその子孫であって下民の資格しかない」と唱えたことから久場は国体を否定し、皇室の尊厳を冒涜するものとして、1941(昭和16)年10月2日、治安維持法違反により検挙された(1942年 那覇地方裁判所で治安維持法第八條違反により懲役2年、4年間執行猶予)

 園比屋武御嶽石門

沖縄県那覇市にある拝所(うがんじゅ)の石門。首里城の守礼門と歓会門の中間にあり、石門と後方の山地を総称して園比屋武御岳という。石門は永正16年(1519)に建立。昭和8年(1933)国宝に指定されたが、沖縄戦の戦禍を被り大破した。戦後、修復され、昭和47年(1972)重要文化財。平成12年(2000)「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録された。→g辞書
 戦後最初は山田真山により修復されたが、後に西村貞雄によって修復された

  2011年3月19日ー東北・関東大地震・大津波・原発大事故
 3月18日ーアメリカ政府は福島第一原発から80キロ以内のアメリカ人に対し避難を改めて勧告したという。先日のカン総理」とアメリカ大統領の電話会談は「どうしょうも無い」ということだったのか
3月19日ー『沖縄タイムス』「震災死者6911人ー『阪神』超え戦後最悪」「原発事故レベル5 福島第一 スリーマイル級」、『琉球新報』「犠牲者6911人」「評価『レベル5』スリーマイル同水準」。テレビでは特にNНKが相変わらずネクタイを締め身だしなみを整えたアナウンサーやコメンティタ―が冷静沈着に発言し全く危機感は感じられない。まあ見ていて楽観的になり精神衛生的には良いかもしれない。民放は日常の番組となりコマーシャルも多い。
 テレビ放送は原発大事故は東京消防庁が目立ち自衛隊が印象は薄い。自衛隊員の安全確保優先で救助作業を行っているらしい。しかしこれで核戦争が起こったとき、どう対処するか心配になる。ここはやはり国民の安全を優先にすべきである。国民」は兵器の所持は禁止されているのだから。カン総理はアメリカの黒人大統領と電話で会見したそうだが「思いやり予算」(1995年ー2714億円、・・・2010年ー1881億円)は要らないという話なのか。今も沖縄上空を飛ぶ軍用機の燃料もただちに被災者に回すべきだ。
 3月20日ー那覇は今日も暑く汗ばんでいる。市内は車で溢れかえって、スーパーは商品であふれている。こういう亜熱帯の島に無機的な軍事基地が一等地を占めている沖縄島!。何時まで基地は居るつもりなのか。新聞も評論家もガス抜きばかりせず真摯に取り組んでほしいものだ。東北・関東大震災は地震だけでなく大津波、人災の原発大事故。加えて、無情にも雪が降る。原発の大事故では自衛隊は核戦争では役に立たないのが明確になった。テレビや本で稼いでいる田母神とかいう自衛隊幹部は後輩にどういう教育をしたのか問われる。カン総理が自民党総裁に入閣を要望したが断られたようである。原発は元々は自民党時代から進められたもので自民党総裁も結果責任を取るべきだ。

 3月23日ーテレビは石原軍団やタケシ軍団が覇権を争っている。世はまさに「国難」である。にも関わらず、ネクタイを締めた原発の専門家と称するコメンティタ―が出演料を稼いでいる。そんな暖房の利いたスタジオで喋るヒマがあれば現場に行きアドバイスなりで協力すべきであろう。テレビも節電のため出来るだけ消そうではないか。そして新聞や週刊誌を見よう。

 1963年ー岡本太郎「妖怪ー放射線の怖ろしさは誰でも知っている。ましてや日本人は現実的に被害をこうむり、恐怖の実感は身にこたえているはずなのだが、誰でも、いやなことは敬遠し、なるべく忘れてしまおうとする。それに奇妙に宿命論者だ。だから案外のんびりしている。」
1967年5月ー『スペース・デザイン』岡本太郎□藝術と遊びーわれわれはひたすらに、生きるために生きている。さらに残酷にいえば、すべての生命はその帰結である<死>に向かっている。生きるということ自体、遊びではないか。

 1995年2月6日『朝日新聞』「窓ー中国の人々にとっても、今度の地震はひとごとではない。神戸には多くの華僑や留学生らが住んでいる。そのうえ、今から19年前、河北省唐山を襲った大地震の記憶がまだ生々しいからである。唐山地震は午前3時すぎに起こった。石や煉瓦を積んだだけの民家は全滅し、死者24万人、重傷者8万人を出した。・・阪神と唐山。この二つの大地震から、日本も中国も、それぞれに教訓を引き出すことができないだろうか。」

□2003年1月1日『日本経済新聞』「失くしたものはー街は『無』があふれていた。無気力、無反応、無関心、無目的、無作法、無表情、無常識、無責任、無自覚、無自己、無抵抗、無意識、無批判、無能力、無学力、無教養、無節制、無定見、無思想、無プロセス」

 2005年1月7日『琉球新報』の社説に「スマトラ沖地震・津波被災は死者15万人以上という未曽有の自然災害となった。負傷者は50万人、被災者は5百万人にも達する。米軍の津波救援は被災国のすきを利用し、軍備強化を狙う。これでは『火事場泥棒』と同じではないか。」とある。今回例のメアもドサクサにまぎれ日本担当に戻ったようだ。
 2011年3月18日ー『琉球新報』社説
 効果的な人道支援を行うのに、国境や官民、軍の立場の違いなど言っている場合ではない。しかし、ここぞとばかりに軍の貢献を宣伝するとは、どういう神経なのか。東日本大震災への米軍の災害支援に絡めて、在日米軍が普天間飛行場の「地理的優位性」や在沖海兵隊の存在意義などをアピールしている。強い違和感を覚える。在沖米総領事館は、沖縄から基地従業員を含む海兵隊所属の約480人や普天間、嘉手納両基地所属ヘリ、第31海兵遠征部隊の兵員2200人が災害支援で被災地へ向け派遣されたと発表した。
 未曽有の大震災に伴う死者や行方不明者の捜索、被災者救援は急務だ。原発事故に伴う放射能への被ばくリスクがある地域で救援に取り組む人々には敬意を払いたい。しかし、災害支援は売名行為ではない。人道上の見地から本来、見返りを期待しない、崇高な精神でなされるべきものだろう。在沖米海兵隊は「普天間基地の位置が、第3海兵遠征軍の災害活動に極めて重要であることが証明された」「普天間基地が本土に近いことは極めて重要」と普天間飛行場の地理的優位性を強調する。悲しみに打ちひしがれる死者・行方不明者の家族や被災者への配慮はないのか。そもそも近傍の基地ではなく、被災地から遠く離れた普天間基地がなぜ重要なのか。地震発生から3日経ての出動なのに「即応」でもあるまい。
 米軍の説明は、独り善がりで筋が通らない。政治的打算に基づく言動は、県民、国民の米外交に対する信頼回復にとって、かえってマイナスだろう。「沖縄はごまかしとゆすりの名人」などと差別発言をして更迭された米国務省のケビン・メア前日本部長を東日本大震災の日米間の調整担当に充てたのも不可解だ。メア氏は発言発覚後も学生が作成した発言録について「正確でも完全でもない」と非を認めず、今もって県民に謝罪をしていない。日本の「和」の文化を「ゆすり」と同一視する差別発言をしながらこれも撤回せず、災害支援で復権を目指すつもりか。発言の撤回も反省もない人種差別主義者の復権など願い下げだ。はっきりさせよう。米軍がどのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設は沖縄にいらない。



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1999年3月27日夜・末吉宮遷座祭/左ー新城栄徳、石川和男氏、末吉安允氏

 識名宮は琉球八社と呼ばれた由緒ある社の一つです。社号は琉球神道記(一六〇八年)には「尸棄那権現」、琉球国由来記(一七一三年)には「姑射山権現」と記されています。尚、前者には「縁起亦明ナラズ。熊野神ト見ヘタリ。石窟惟霊地也」と祭神のことが記されています。さらに近世沖縄における熊野三山、いわゆる権現信仰としては末吉宮は熊野新宮に、普天満宮は熊野那智(飛龍)に、識名宮は熊野本宮に見立てて信仰されていました。→識名宮





園比屋武御嶽石門










識名宮の西村貞雄氏の作品を見る。


 龍脈ー地中を流れる気のルートのこと。大地の気は山の尾根伝いに流れると考えられており、その流れが龍のように見えることから「龍脈」と呼ばれる。風水では、この「龍脈」の気が噴き出すポイントである「龍穴」に住むと、一族は永きに渡って繁栄できると考えられている。 →コトバンク

 鎌倉芳太郎は那覇の若狭についてその著『沖縄文化の遺宝』の中で古事集を引いて「思うに若狭(北陸)はその地勢、畿内に接して摂津と表裏し、小浜①は日本海の港津として難波の津に比扁する位置にあり、古来日本海における外国貿易の起点となっていたが、15世紀の初頭以来南蛮船も着船し、この地の代官も書をもって朝鮮国と通交しており、小浜から出て東シナ海に向かい、琉球に新しく出来た那覇港に、貿易物資生産のための若狭の居留地が造成されてとする推定も可能」という。

①小浜市には【オバマを勝手に応援する会】がある。

□「最古の琉球絵図」には那覇の浮島のところに日本人・江南人・琉球人が居住とある。北陸の若狭湾に突き出た常神半島の先端に樹齢1300年といわれるソテツがある。半島には対馬暖流の影響か暖地性植物が多いという

1998年10月 目崎茂和『図説風水学』東京書籍
○風水の考え方の一つに、龍脈説がある。気の湧き出るところが龍源で、そこから川筋や山並みがつくる龍脈に沿って気が流れていく。○人の気が集まった状態を「人気がある」と言う。人の気を得るためには、気の流れをつかまなければならない。

荒俣説(荒俣宏・南方熊楠記念館名誉館長)