1933年12月ー東恩納寛惇は一中時代の同級生の比嘉盛珍(元内務省土木技師)、島袋慶福(陸軍少尉)、漢那憲英(海外協会)、崎浜秀主(商校長)、糸数青盛(那覇市税務課)、及び旧友の照屋那覇市長、島袋二高女校長、志喜屋二中校長、胡屋一中校長、當間那覇市助役、城間恒淳、千原成悟、山田有登、古波倉博士、新嘉喜倫篤らの諸氏と、久米蔡氏堂に立ち寄り仲良くカメラに収まって後、波の上医院のよ平名さんの案内で那覇でも1,2位を争うという自慢のよ平名家の庭で談話に耽った。