№23[2011年5月12日] 「直ちに影響があるとは?」
東日本大震災・福島原発災害から2カ月。この間ショック続きで心身ともに調子が悪い。被災者のことを考えると何ともだらしないことだと自戒するが、同じような方は全国にも多いのではないか。これまでも毎朝の仏壇の御茶湯は欠かさないようにしてきたが、今は復旧復興、原発災害の収束を真剣に願う日々が続いている。安全や平穏を祈るという心はこういうことだったのかと改めて思ったりしている。しかし、原発災害は深刻だ。何よりも放射能に関する情報公開が、細切れで、これまで見たこともない数字記号、専門用語など素人にはわかりづらい。記者会見での危険度についての説明がなく、一番肝心な点についての情報がない。

報道機関も何をしているのか、政府や東電の受け売りばかり、この点についての明快な報道がない。「直ちに影響がある状況ではない」という官房長官の表現などは、専門家によると「直ちに影響がある」というのは「放射能で焼け死ぬ」ということらしいから恐れ入る。放射能被曝の影響は、放射線の強度と被曝の時間、細胞の成長時期、個人の肉体的条件など、何年か経過してガンになったりするものだ。そうなら、将来を含めて安全だとか、大丈夫ということではないといけない。事態の深刻さを小さく見せようとする、責任回避の政治的表現らしいが、何という政府かと思う。また、政府の言う安全基準は国際的にみて非常識なものらしい。特に放射能の影響を受けやすい胎児、幼児、児童の安全確保は何にもまして重要だ。この基準を検討した内閣参与が、学者として、また自分のヒューマニズムからして許せないと抗議辞任した。

官房長官は研究者間の意見の違いだと言い訳をしていたが、辞任した研究者のいうのが国際基準だというから、自ら任命した参与の意見を無視したことになる。政治は事故や災害から国民の生命財産を守ることが最優先の責務だが、どういう料簡なのだろう。政権としての責任感がマヒしてしまったのか。その結果、政府や東電の情報操作が国民の不安につながり、ひいては国際的な不信を誘発して、国内外での風評被害を拡大してしまっている。放射能は、空気や潮流に乗って地球全体に拡散するもので、国際社会ひいては人類の未来を決定づける世界共通の問題で、当事国一国の災害の問題にとどまらない。ましてや一東電という会社の経営存続、一政権・内閣の存続の問題でもない。日本の政治のおかしさを思うと、不安は増すばかりで体調も悪化しそうだ。

真栄里泰山「はがきエッセイ№10」
今日2月3日は旧暦元旦、旧正月。私の旧正年賀状も20年になる。明治のご一新で日本は太陽暦を採用して「脱亜入欧」の近代化をしたが、今でも中国、韓国、台湾、ベトナム、モンゴルなど日本の周辺諸国はほとんどが旧正月(春節)を祝う。この時期アジアでは故郷に向かう十数億人もの人口移動現象が起る。ベトナム戦争のころは「テト(旧正)攻勢」もあった。
沖縄では西暦正月を「大和正月」といった。日本最初の植民地として近代化を大和化として受け止めたわけだ。戦後の米軍統治下でもそれが{祖国日本の文化}として新正月運動が強化され、旧正月はじめ旧暦文化が否定されてきた。しかし、今なお沖縄はお盆、十六日、清明、部落行事など旧暦文化が根強い。今度糸満市では旧暦文化体験隊が誕生し、旧正月の若水とりが復活した。白銀堂での御拝みも多かった。
旧暦はアジアのリズムである。その一員としての沖縄の旧暦文化をもう一度見直したいものだ。

真栄里泰山はがきエッセイ
№21(4月13日)  新しき明日の来るを信ず 
四月十三日は啄木忌。今年は石川啄木が逝って百年。岩手の啄木記念館では没後百年記念啄木忌資料展も始まった。啄木は、北海道から沖縄まで全国各地に一六六もの歌碑が建立されており、多くの人に愛されている。苦悶する魂の純粋で率直な表現、志を果たせず屈折する心など、その歌の魅力は誰しもが共感する青春の心そのものだからなのだろう。啄木のみずみずしい感受性は、大逆事件や社会主義への関心、閉塞状況の時代への鋭い批判精神となったが、啄木の魅力は、やはりふるさとへの思いを歌った歌にある。
啄木が「ふるさとの山に向かひて言ふことなし、ふるさとの山はありがたきかな」と歌ったふるさと東北は、今、東日本大震災で未曾有の被害を受け、福島原発災害に苦闘している。災害に黙々と耐え、互いに支え合う東北の人々には国内外から尊敬や賛辞も寄せられているが、愛するふるさとを追われるように避難民として出ていく人、出ていくことができない人など、その揺れ動く心は察するに余りある。しかし、今はこの試練に耐え、乗り越え、未来を見つめていきたい。
一九七七年に建立された日本最南端の沖縄の啄木歌碑には「新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に嘘はなけれど―」の歌が刻まれている。この歌は啄木と同人であった山城正忠と国吉真哲(灰雨)の沖縄短歌史における友情と決意の記念の歌であるが、今度は、この啄木の歌を沖縄から東北へのメッセージにしたいと思った次第である。(沖縄啄木同好会)
※ 球陽山真教寺は、〒900-0036沖縄県那覇市西2-5-21
 電話・fax 098-868-0515 住職 田原法順 
宗祖 親鸞聖人 宗派 浄土真宗大谷派 本山 東本願寺(京都府) 
本尊 阿弥陀如来  

2011年憲法講演会 ◆5月3日(火)5
 午後1時30分〜4時
◆那覇市民会館大ホール
 ◆入場料 一般:700円 学生:500円
      高校生以下:無料
主催:沖縄県憲法普及協議会
   沖縄人権協会
   日本科学者会議沖縄支部後援:沖教組/沖縄県高教組/沖縄県マスコミ労協/コープ
   おきなわ/琉球新報/沖縄タイムス/FM沖縄/沖縄
   テレビ/ラジオ沖縄/琉球朝日放送/琉球放送/週刊
   レキオ/週刊ほ〜むぷらざ/沖縄ケーブルネットワーク  徐 勝 ソ・スン。
 1945年京都生。東京教育大学卒。1971年、ソウル大学校大学院に留学中に韓国軍保安司令部によって国家保安法違容疑で政治犯として逮捕され獄中生活。1990年に釈放。立命館大学法学部教授(比較人権法、現代韓国の法と政治)。立命館大学コリア研究センター長を歴任。東アジアにおける重大な人権侵害とその回復、および同地域における和解と平和を研究している。
 主な著書に「徐勝の東アジア平和紀行ー韓国、台湾、沖縄をめぐって」(かもがわ出版)、「愛はおそれない」(朝日新聞出版部)、「誰にでも故郷はあるものだ」(社会評論社)、「獄中19年」(岩波新書)など。 徐 勝 (ソ・スン)さん
(立命館大学特任教授)