真和志村天久(現那覇市)で生まれる。金沢医学専門学校卒業。1908年那覇泊で医院開業。33年『沖縄日日新聞』を引き受け、『沖縄日報』と改題して発刊。社員や記者の中には、のちに東京で活躍した古波蔵保好、宮良高夫や『琉球新報』社長になった親泊政博、同じく社長になった池宮城秀意がいた。