東京人の伊高浩昭が著『双頭の沖縄』の中で、本書の著者の安里英子をウタキ研究者として「おきなわの戦後の終了はいつなのかと訊かれるが、米軍基地がたくさんあって恒常的な戦争状態にあるため、ポスト戦後という実感はない」とその発言を紹介している。また、伊高は沖縄人の未来への鍵は「心と自然の固有の豊かさを再現させるべく努力することではなかろうか」とも述べ安里と同じ結論に達している。

安里が1977年、「まちづくり・むらづくりとは何かを考える」として雑誌『地域の眼』を創刊し、沖縄のシマを訪ね歩いて得た土地勘も本書のバックボーンのひとつであり、副題の「沖縄のたましい」は沖縄のこころと同義であろう。本書はその具現者のひとり、歌人・桃原邑子を所々に登場させている。評者が戦前の新聞掲載の桃原夫妻作品を送ったことに対して、桃原邑子は礼状で「どっさりと届きました。どれも、どれも私の記憶にないものばかり、活字になったものは永久に消えないんだー言葉は消えてしまうけれど、活字になったら日本が亡びない限り消えないもの」と記し少女のように喜んでいた。 

昨今は「沖縄のこころ」などに根拠を示せと難癖をつける手合いも出てきて異臭を放っている。特に「イチャリバチョーデー」であるが、これは1909年8月、沖縄毎日新聞に笑古・真境名安興が集めた沖縄俚諺の中に「行逢我兄弟(いちぇーわちょうだい)」とあるから古い、むろん「兄弟は他人のはじまり」というのもある。

本書の後半で「軍隊、米兵によるレイプ事件」を扱っている。そのペン先が乾かないうちに今回の北谷町美浜のレイプ事件、著者の行動は素早く女性グループと共に抗議しているのがテレビに写っていた。同事件で小泉・田中内閣のハッタリ性も暴露された。

勝連盛英

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1937年4月ー『沖縄教育』勝連盛英(沖縄県立女子工芸学校長)「首里に於ける廃藩置県前の教育制度」

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首里市図書館

□話の卵ー旧城下龍潭池田畔に近代的明朗さを誇るスレート葺の瀟洒な首里市図書館は既に工事完成し今や開館を待つばかりである。初代館長には我那覇朝義氏、書記に富原守清、金武朝健両氏任命され職員も揃った。

・・・しかし建物は立派に出来上がったが、今度は肝腎の蔵書がないので、同市では各方面知名の士に書籍の寄贈方を依頼したところ県内やまたは遥々東京在住の県人から寄贈本が届きつつある。

数年前に物故した当時のタイムス記者故末吉麦門冬氏の蔵書が遺族により首里市に寄贈されてあったのが、数日前に同図書館に移された。それがザット5百冊あり我那覇氏は目下これが整理に汗だくとなっている。書籍の種類は和漢の書から文学書、英書、俳諧、社会科学、郷土関係書等多方面に亘っている。

其の中には大正前期から昭和初年に至るまでの新聞や雑誌から切り取ったスクラップブックも交じっている。・・・また中途で執筆を中止したらしい貴重な遺稿も多数発見され真面目な学究としての故人の風格が躍如として偲ばれるものである。