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小学4年の頃、琉球史の手引きが新垣孫一の『琉球発祥史』(宮城久栄序文/新垣孫一氏は我が知念村が生んだ先輩で多趣味の人である。音楽、舞踊、狩猟、投網、図画、園芸、等何でも好きで上手である)や『系図のてびき』であった。知念村文化協会1993年発行の『斎場の杜』に新垣孫一が紹介されている。28歳で久高小学校校長、柳田國男との出会いで郷土研究。40歳で知念村村長、牛乳屋、散髪屋、銭湯まで営む今でいうところのマルチ人間だった。同誌には孫一との写真で尚裕夫妻、川平朝申らの写っているのもある。2001年2月、沖縄コレクター友の会の真喜志康徳氏と共に孫一の後継者とも云うべき新垣源勇氏宅を訪ねた。
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写真左が新垣源勇氏、新城栄徳




1963年3月 窪田道全『如件』〇免武登能阿摩美姑神渡来開闢/古語から見た彦火々出見の命/国王首里天孫子/舜天王/玉城天孫子/セーハ御嶽/稲の始まり/稲が出来たことについて感ずること/皆さんへのお願い/川降りについて/終わりに