護憲の理由
「押しつけられた憲法は、改めるべし」という議論の流行したことがある。しかし日本国民の立場からみれば、現憲法が占領軍から押しつけられたように、明治憲法も国民が選挙したのではない官僚政府から押しつけられたものである。(略)国民生活に浸透した政治的伝統は、それがあきらかに破滅的な結果(たとえば15年戦争)に到るものでないかぎり、みだりに改変を計るべきものではない。

今日の世界には、このまま放置すれば人類の将来を脅かすだろう大きな問題がいくつかある。たとえば環境破壊・人口爆発・南北格差・民族主義紛争など。どの問題の解決にも国際的協力の必要なことはいうまでもない。と同時に、どの問題も軍事力によっては解決されない。(略)

改憲は議会の発議による。周知のようにワイロ・ウラ金・脱税・利権で国民の政治不信が戦後の頂点に達した今このときは、議会が改憲を発議するのに適当な時期であろうか。当面の急務は、おそらく改憲ではなくて、積年の腐敗の体系を、少なくともいくらか実質的に浄化することであろう。(1993年3月24日『朝日新聞』)

加藤周一 かとう-しゅういち
1919-2008 昭和後期-平成時代の評論家。
大正8年9月19日生まれ。東京帝大医学部在学中から,押韻定型詩の文学運動「マチネ・ポエティク」に参加。昭和22年福永武彦,中村真一郎と「1946―文学的考察」を発表する。26年医学留学生として渡仏し,西欧文化を体験。33年医業を廃し,以後,カナダ,ドイツ,アメリカ,日本などの大学で日本の文学や美術を講じつつ,文学,美術,政治などの評論活動をおこなう。55年「日本文学史序説」で大仏次郎賞。63年東京都立中央図書館長。平成4年立命館大学国際平和ミュージアム館長。6年朝日賞。平成20年12月5日死去。89歳。東京出身。著作はほかに評論「雑種文化」,自伝的回想録「羊の歌」,小説「運命」など。(→コトバンク)