奈良の大佛(盧舎那仏)の手のレプリカと新城あけみ


神戸・能福寺の大佛
初代の大仏は今時大戦中の昭和19年(1944年)5月に解体、金属回収供出され、また、翌年3月には神戸大空襲により伽藍は全焼したとのこと。現在の大仏は平成3年5月に関係者の努力により再建されたもの。ところでこの大仏の寄進者の中に映画解説者の故淀川長治氏や画家の故東山魁夷氏の名前が見えます。淀川長治氏についてはこの近くで生まれ、少年時代、よくこの能福寺の境内で上映されていた活動写真を見に行っていたという経緯があったそうです。なお、東山魁夷氏についても、横浜生まれながらも、3歳から18歳までの15年間を神戸で過ごしたということ故の寄進だそうな。→「たんぶーらの戯言」


岐阜大仏(ぎふだいぶつ)は、岐阜県岐阜市の黄檗宗金凰山正法寺にある大仏です。 日本三大大仏の一つと称されることもあります。岐阜県重要文化財指定。
特徴
釈迦如来の大仏。像高13.7m、顔の長さ3.63m、目の長さ0.66m、耳の長さ2.12m、口幅1.31m、鼻の高さ0.36m。
最大の特徴は、日本最大の乾漆仏である事です。周囲1.8mのイチョウを真柱として、木材で骨格を組み、 竹材を編んで仏像の形を形成しています。この竹材の上に粘土をぬり、一切経、阿弥陀経、法華経、観音経等の経典が書かれた 美濃和紙を張り付けて漆を施し、さらに金箔を施してつくられています。 経典は当時の住職が読み一枚一枚貼られています。この事から、別名を「籠大仏(かごだいぶつ)」といいます。 全身が金箔で覆われ、穏やかな顔とあいまって独特の雰囲気があります。奈良の大仏や鎌倉の大仏と異なり乾漆仏の為、 損傷に対して脆いといいます。 この大仏の製作に大仏製作では一般的な銅ではなく竹を使用しているのは、岐阜提灯や岐阜和傘など岐阜の文化が 関係してると云われています。 →「岐阜観光、com」


別府大仏
コンクリート製の大仏の草分けとして昭和2年に完成した愛知県の聚楽園大仏(18.8メートル)と並ぶ貴重な大仏だ。国際観光地別府の象徴として人々に愛されてきた、かどうかは知らないが長い間別府に君臨し続けたのは間違いないこの大仏は大変残念な事に老朽化により平成元年取り壊されてしまった。 昭和をきっちり生き抜いたコンクリ大仏の大先輩に敬意を表しつつ、現在は姿を消してしまった別府大仏のかつての姿(特に内部)に迫ってみようと思う。→「珍寺大道場」