1914年11月 同人誌『五人』末吉麦門冬「芭蕉の恋ー(略)彼等二人の間に男色の関係のあったといふことは今日から見る程不自然なものではない。鎌倉以来我国には衆道といふことが武家間には非常に盛んであった。足利義政公は  常盤山とはにはさかずいはいはつつじ/春の日数をたづねてもとへ  云々と云はれた。南浦文集に昔々物語を引いて曰く  昔は衆道といふ事有て一四五六、七八の男に生まれ付よきは勿論大躰の生付にても念者といふもの持たぬ若衆は一人もなし。云々(以下略)」


写真前列右から池宮城積宝、山口全恭、渡久地政憑、野村安茂。後列右から末吉麦門冬、嘉手川重利、當眞嗣合、屋嘉宗恭、仲吉良光

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末吉麦門冬

左から真境名安興、伊波普猷、末吉麦門冬(末吉安久画)

石川正通□先輩追慕ー布袋腹に酒杯乗せて踊りたる麦門冬の珍芸懐ふ







麦門冬・末吉安恭の筆跡