□本巻は「近現代の差別を考え、その克服の道を探る」として赤坂憲雄、川村湊らのよく知られた執筆陣に交じって仲間恵子が「ヤマトゥのなかのウチナーンチュ」、鄭暎惠が「『在日韓国朝鮮人』とは誰か」を発表している。後者は「『在日韓国朝鮮人』を他者化し定義する権限をもつ普遍的な位置などどこにも存在しない」「それでも『在日韓国朝鮮人』と呼ばれるステレオタイプが存在しうるとしたら、その理由は何か」を論じて興味あるが、ここでは触れない。

仲間も同様の趣旨で「ヤマトゥに生きるウチナーンチュを一括りに述べることはできない」「『琉球人』『沖縄人』にどのような意味を与えるのかは、ウチナーンチュ自身が決めることである」と論を簡潔、具体的に展開させている。

評者は旧「沖青友の会」メンバーの大阪ウチナーンチュたちから、沖縄で「沖縄差別を究明しろ」とよく言われるが、沖縄ではヤマトゥンチュは少数派で新聞を見ると「子供がヤマトゥンチュゆえ、小学校でイジメられている」という母親の投書もよく出る。が、何よりウチナーンチュ自身が沖縄差別の象徴の「核基地」にならされている。

ことに大阪では少数派のウチナーンチュの親に生まれた2世、3世はさらに複雑で沖縄のウチナーンチュ(父親はアメリカ人)からも「ウチナーンチュらしくないウチナーンチュ」と無神経に言われる始末である。仲間は関西沖縄文庫を主宰している2世の金城馨と、沖縄関係資料室主宰の故西平守晴を紹介し「ウチナーンチュが築いた資料室が大阪に存在するということは、偶然のことでなく、約百年にわたる在阪ウチナーンチュの歴史になかにおいて必然だったのではないだろうか」「2世の私は、自覚をもって沖縄と向き合うようになってから先人が遺してくれた資料を少しずつ紐解いている途中にある」とし自分探しはこれからも続くとある。