私はこれより各時代に於ける言葉の、沖縄語と同じく、若しくは似ている所のものを時代順に挙げて、沖縄語は日本語なりと云ふ証拠を示したい。先づ奈良朝時代の言語を代表するものとして、萬葉集から抜き出して見やう「わがききし耳によくにるあしかひのあなへくわかせつとめたふべし」のあなへくは、びっこひくと云ふ意味で、即ち沖縄語のなへぐに當る。「葦北の野坂の浦に船出してみ島にゆかむ波立つなゆめ」のなゆめは現に吾等が日常使用している「あんしなゆみ、かんしなゆみ」のなゆみと同じ意味である。沖縄語に心元ないと云ふことを「くくてるさ」と云ふが其の語源はわからない、茲に萬葉にこれと似た言葉がありはあるが、まだそれが直ちに同一のものであると云ふことは断定が出来ない。「春日山かすみたなびきこころくくてれる月夜に独かもねむ」のこころくくは心憂くの意であると解され、てれるは月夜にかかるものとすれば「こころくくてれる」と「くくてるさ」と一緒にすることは出来ないが、唯こころくくくくくくてるさくくは同一であるとしてもよい。


1923年2月 沖縄県立図書館『図書館報』

2014年4月24日