06/28: 世相ジャパン 2026

大濱 聡7ー3
■八重山民謡の第一人者、大工哲弘氏を囲む「四大会」。
同郷(石垣)にして同年生の4名、それぞれ名字に「大」がつくことが名前の由来。
2度目のlunch会に、ふたりの共通の友人が所用で石垣から那覇に来ているとのことで飛び入り参加。
■大工氏とは小中高校ともずっと一緒だったという大田静男氏。
初対面だったが、八重山研究では先輩の三木健氏を継ぐような泰斗として以前から知っており、著書『八重山の戦争』『八重山戦後史』などで郷土の歴史を学ばせてもらった。近刊は『八重山の1945年』(みすず書房)。
偶然にも彼も「大」がつくところから、「五大会」となった。
■大工氏、高校時代に「歌道」を歩んで60年になることから、来年3月に国立劇場おきなわで記念のコンサートを開催するとのこと。
元民放ディレクターでこれまで何度か大工コンサートの構成・演出を手がけてきた大濱雅彦氏に加え、不肖大濱も手伝うことになった。皆、まだ気力十分。


7月1日、第70回(2026年度)沖縄タイムス賞の贈呈式と祝賀会(ザ・ナハテラス)。西村貞雄さんを囲んで

大濱 聡■·7月1日、第70回(2026年度)沖縄タイムス賞の贈呈式と祝賀会(ザ・ナハテラス)へ。文化部門で彫刻家の西村貞雄氏(83)・陶芸家で沖縄民藝協会会長の島袋常秀氏(78)、体育部門で沖縄尚学高校野球部監督の比嘉公也氏(45)・琉球ゴールデンキングスの前ヘッドコーチの桶谷大氏(48)、社会活動部門で元県知事公室長の高山朝光氏(91)ら6個人と1団体に正賞が贈られた。
■高山さんの受賞理由は「平和行政に尽くし、国際交流に貢献した功績」。
元職場で副局長を務められた大先輩でもあり、大田昌秀知事に乞われて県知事公室長・政策調整官に就き、「平和の礎」建立にも関わられた(共著に『「平和の礎」はいかにして創られたか』)。沖縄ハワイ協会会長~顧問(著書に『ハワイと沖縄の架け橋』)、「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」副会長など、90歳を過ぎてもなお多数の組織のリーダーとして活躍されていて、敬服し指標となる存在です。




2026年6月 島袋和幸『上里春生を語る会』第1号

大濱 聡 ■6月27日
■6.25付「沖縄タイムス」の3面(総合)を開いて驚いた。
「防衛装備工場 国有化へ」「皇室典範改正 要綱を了承」「安保3文書改定提言」「日本国旗損壊罪法案」「衆院議員定数削減法案 『比例45減』法案提出」(共同)――初耳の「ーー国有化」報道や、問題の多い事案がずらり並んでいるではないか。
■自維政権の野党、国民、皇室を無視、軽視しての暴走(?)路線。野党といっても第3、第4、第5自民党的な党もあるようなのでどう転ぶか先行き不透明である。
■1997年の国会で、自民党ながら野中広務氏が「大政翼賛会のような形にならないように、若い皆さんにお願いをしたい」との演説と、
「安倍総理は憲法改正をしたいと言っていたが、僕は反対です。私みたいに戦争に行って、戦争で死なないで帰ってきた人間は再び戦争になるような道は歩むべきではないと。これが私の信念です」(演説後のぶら下がり)と毅然と言われた言葉が忘れられない。
■戦争を知らない世代が政治の中枢を占めるようになっている現況は、何だか危うい。

大濱 聡 ■6月23日「沖縄 慰霊の日」ーー恒例、「艦砲ぬ喰ぇー残さー」の歌碑が建つ広場で開催される読谷村楚辺区の〈「艦砲ぬ喰ぇー残さー」平和コンサート〉。今年で7回目を数える。
■区・村内外の出演者が18時から予定を30分押して3時間半、歌い通し。
■読谷村は81年前の4月1日、米軍が沖縄本島に上陸した地。掲げたテーマ「平和・不戦の誓いを楚辺より発信」は、確実に区・村内外からの参加者の心に刻まれたに違いない。
06/25: 世相ジャパン 2026
06/21: ニシムイの美術村




父の日 6ー21 父の日/ニシムイで孫と遊ぶ、末吉陶房ー末吉安允氏
ヒデの沖縄日誌 2017-10 ニシムイ/末吉陶房ー末吉安允氏、ヒデ
1996年3月 『新生美術』11号 「座談会・ニシムイの美術村あれこれ」星「仲嶺康輝さんの話やその記録では、昭和初期の東京の下落合には、有名な画家たちのアトリエがあって、その中に愛順さんは美校時代、一軒家のアトリエを借りていたそうですね。・・・」
1948年 アクトン少佐、松岡政保、山田真山、屋部憲、名渡山愛順ー首里ニシムイ建設で米軍部長をまじえて話しあう松岡工務部長→1979年3月『沖縄戦後史 アメリカ世の10年』月刊沖縄社
2016年1月 沖縄県立博物館・美術館『ニシムイ 太陽のキャンバス』
2015年6月13日~2016年3月13日 沖縄県立博物館・美術館「ニシムイ 太陽のキャンバス」



写真ー金城安太郎氏と石垣さん親子(末吉麦門冬娘)

右から新城栄徳、金城安太郎氏、ハンナ博士
県立博物館・美術館×県立図書館 コラボ企画「ニシムイ展 太陽のキャンバス」関連展示、『金城安太郎』琉文手帖1号もあった。
2016年2月2日~2月7日 那覇市民ギャラリー「那覇市収蔵品展ーニシムイ関連と那覇市出身作家」


1984年頃、私は沖縄の近代美術史に関心があって、金城安太郎さんや、具志堅以徳さんに聞き書きをしていた。その時に浦崎彦志氏がニシムイについて調査していることは知っていた。当方は現代美術には関心が薄かったので、画廊などで浦崎氏に会っても余り会話はしなかった。それでも少しは雑談で彫刻などの話は記憶に残っている。本書には写真が多用しているので、写真・現代美術史ともなっている。惜しむらくはキャプションの無いのが多い。これは沖縄県立美術館の学芸員の宿題になっている。
2015年6月 浦崎彦志・仲井間憲児『わが心の美術村 にしむい 幻の西森美術館』浦崎彦志
写真左から画家の久場とよさん、画家の金城安太郎氏、芭蕉布の平良敏子さん、著者で医者・画家の浦崎彦志氏、画家の城間喜宏氏



2024-11-15
06/08: 世相ジャパン 2026









6月7日 若狭公民館「第63回 粟国郷友会定期総会」舞踊/上原としえさん、糸数君江さん(玉城流扇寿会)、伊佐和子さん。ゲスト/坂井浩二那覇市議会議長

大濱 聡 ·6-7
■東京沖縄県人会が創立70周年を迎え、6日にホテルニューオータニ東京で記念式典&祝賀会が開催された。会員数が千人を突破したという。まことにめでたい。おめでとうございます。
私も3度の東京勤務(15年)で末席を汚していた時期があった。
■1980年、県人会が初めて取り組んだ第1回沖縄フェスティバル「‘80沖縄でーびる 討論・芸能・映像の11時間」は沖縄から取材に出向き、11時間の要所をロケ、ダイジェストを放送した。
東京転勤になっていた1982年の第2回は、スタッフとして舞台進行を担った。
■創立30周年(1986年)の記念誌に一文(「東京で沖縄を見つめていたころ」)を書かせてもらったこともいい記念になっている(拙著『我が内なる沖縄、そして日本~ある放送人が見つめた昭和・平成史~』所収)。あれから40年……。
■100年目指して、ますますのご発展を祈念しています。





仲松 健雄 ·一般社団法人東京沖縄県人会創立70周年記念 第70回定時総会・記念式典・祝賀を、6月6日にホテルニューオータニ東京「芙蓉の間」で開催????約400名の方々にご参加いただき、大盛況でした.






