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関西の孫/ユンタンの孫

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仲松 健雄 (一社)東京沖縄県人会 会長·1月18日·東京沖縄県人会が主催する「新年会2026」を大手町サンケイプラザホールで開催✨参加者が200名を超えて大盛況

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大濱 聡■本日(1.20)の「沖縄タイムス」、共同電の〈第2次トランプ政権1年/力の支配 先鋭化/「ドンロー主義」規範無視〉という見出しの記事が目についた。
1.17「琉球新報」には「ドンロー主義」への痛烈な皮肉が。

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1月15日 川崎の屋良朝信さんとジュンク堂、平和通りの古美術なるみ堂でフランス・バリから来たお客さん。沖縄美ら島財団の鶴田大さん、店主の翁長良明さん

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大濱 聡  1ー13
■1.9付「沖縄タイムス」に掲載の九州・沖縄県紙交換企画「開運ウマくいく」④「諏訪神社 神馬像」(長崎市)。
長崎出身の彫刻家・北村西望(平和祈念像作者)の最晩年(102歳)の大作である。東京時代、井の頭公園内にあるアトリエを取材したことがある。
■長崎時代、住まいと職場の間に諏訪神社があったので時々、寄り道をした。境内で行われる「長崎くんち」は4年間、生中継で立ち会った。3年前、久しぶりに訪れた。
■読谷に住むようになってからの初詣は専ら普天満宮だが、ここ数年は正月三が日の混雑を避けて落ち着いてから行くようにしている。「一年の計は元旦にあり」は逃しているが、「思い立ったが吉日」ともいう。

 サイトウ・1 月7日  新春早々T大統領(最近は言論統制が厳しく、以後 T氏とします)は世界をお騒がせしております。T氏は麻薬撲滅の名のもと、ベネズエラに手を出し、まるでプーチン大統領がウクライナを襲っと同じ手法のお騒がせです。T氏のモクロミは、最終的にはべネゼエラの膨大な埋蔵量の石油にあると思われます。今日6日のワシントンからのニュースでは「アメリカのトランプ大統領は6日、ベネズエラの石油事業をめぐり、アメリカの石油企業と近く面会することを明らかにし、石油利権の確保に改めて意欲を示しました。」とあります。
 15年前にI T大手会社の招待で、1週間ベネズエラ・カラカス沖に在ります、主に避暑地で生計をたてて居る、オランダ領キュラソー島に行った時に、ベネズエラ経由で行きましたが、その時に見たマラカイボ油田やカラカス沖の石油は世界最大の3000億バレル以上の原油埋蔵量で、その埋蔵量は世界一と聞き、驚いたものです。
 ベネズエラの話が出たついでに、今日はキュラソー島の話題です。キュラソー島は地図で見ると探せないほどの小さな島で、ベネズエラ・カラカス沖に有り、種子島とほぼ同じ面積を有し、ベネズエラの北の沖合い60kmに位置していて、人口15万人ほどで、この島は避暑地と観光と、酒好きはご存知のラム酒をベースに、キュラソー産オレンジの果皮を用いたリキュールであるキュラソー酒の産地として有名キュラソー酒の生産地でもあります。
 1985年、オランダの会社、ロイヤル・ダッチ・シェルがキュラソー島の石油精製所を閉鎖し撤退するために、ベネゼエラにわずか1ドルという、冗談のような破格の安値で売ったという、稼働しない工場が有りました。17世紀にはアフリカからの黒人奴隷を一時この島に上陸させ、キュラソーは奴隷選別地でもあったと言います。身体の大きい黒人奴隷はアメリカへ送られ、身体の小さい奴隷はキュラソーに残されたたために、キュラソー島の黒人は今も身体の小さい傾向が有ると観光ガイドは言っていました。
 戦時中にはヒットラーに追われていたユダヤ人に、多くのビザを発給した、日本のシンドラーと言われた、リトアニアの在カウナス日本国領事・杉原千畝氏はユダヤ人のために、日本国通過ビザを発行し、その結果ユダヤ人難民の数千人の命を救うことになります。この逃亡のためのビザは「キュラソー・ビザ (Curaçao visa)」と呼ばれ、途中経由地をオランダ領のキュラソー島にし、アメリカや上海へ向かうためのユダヤ人が、一時上陸中継地とした歴史が有り、その時にこの島に残ったユダヤ人が今でも多く住んでいます。キュラソー島は年間雨量がとても少なく、人々の使用する水は人工的に海水から作られていて、水道水がとても高価だと観光ガイドは零していました。この島には中学までしか無く、高校、大学はベネゼエラへ行くとのことです。唯一の子どもの夢が、メジャーリーグの野球選手かサッカー選手になることで、子どもたちの草 野球が盛んに行われていました。
 2025年のノーベル平和賞が、ベネズエラの民主化闘争を主導するマリア・コリナ・マチャドに授与されましたが、1年以上国内に潜伏して逮捕を逃れ、出国禁止命令を受けている彼女は2025年12月10日、ノーベル平和賞を受賞を出席するために、ベネズエラを船で脱出後、キュラソー島で飛行機に乗り換えてノルウェーに向かったと言われています。キュラソーの利益を代表する在ベネズエラ・オランダ大使館は、脱出行の関与を否定してますが、無事にオスロに到着できるのかが注目されたましたが、命をかけた脱出劇のすえ、式典には数時間遅れたもの無事オスロにたどり着いたとのことです。今後のベネゼラがどの様になるか、注目したいものです。
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山城 明 いいねうるま市 1月2日