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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
孫以上に接した島袋慶福翁
有力な一門の後に「家譜」記録の無い百姓(無系)のわが門中についてふれるのは気が引けるが、先の戦争で士族の「家譜」資料も大方消滅したので事情は同じだ。わが門中のことは『沖縄を深く知る事典』にも書いてあるので簡単にふれる。中学生のころ、近所に島袋慶福翁が居られ会話した。

島袋翁は1900年に沖縄県中学校を卒業、同窓に東恩納寛惇、漢那憲英などが居た。翁が1953年、神御清明祭の墓前で曹氏門中総代として読み上げた祭文の中に「曹氏4代、前平敷親雲上慶隆様が24歳の時検地のため粟国島に御出張になり同地御滞在中(約半年)に粟国にも御子供が出来て現在でも大へん子孫繁盛しておるように聞きます」とある。

島袋翁は私がその同門だと分かると孫以上に親しく接してくれた。私の祖父蒲はヤンバル船の船頭で那覇港から山原へ日用品を運び、帰りは材木やタムンを積んできた。父三郎は三重城近くで生まれた。55年前の今日、私は粟国島でゲンカラーオバーによって取り上げられこの世に出た。『沖縄タイムス』と同じ年になった。
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Posted by: ryubun02
「脱清人」の子供たち

昨年、母校の粟国小中学校に中国産の石像「金次郎像」が寄贈されたという。戦前あった金次郎像は1937年に設置されたものだ。私は金次郎といえば本屋「安木屋」の軒先にあった像を思い浮かべる。沖縄尚学高校ロビーの金次郎像は35年に明視堂の山下悳三が那覇市内の8小学校に寄贈したものの一つであろう。山下は17年にも真教寺幼稚園児に飛行機などの玩具80個を贈っている。なお悳三の子息・山下育三氏は那覇市で老舗「鶴丸弁当」を経営している。

金次郎こと二宮尊徳はペリー来琉の3年後に70歳で亡くなった。尊徳の高弟・富田高慶が尊徳伝をまとめ『報徳記』とし天皇に献上され宮内省から刊行された。尊徳のもう一人の高弟に岡田良一郎がいる。その息子・岡田良平が文部大臣になり学校教科書に尊徳教材が増えることになる。明治神宮宝物館の尊徳像の作者は岡崎雪声という。1910年10月の『萬朝報』に二宮尊徳幼児の像とし「岡崎雪声氏は我邦10大徳教家の尊徳銅像を5百体に限り35圓で銀座生秀館より配布」とある。

岡田良平の実弟・一木喜徳郎は1894年に旧慣調査と人心動向の調査で来沖。その「取調書」に「藩政復旧ノ論徒タリ而シテ彼等黒党頑固党開化党ノ3派ニ分レ」と記して脱清者の一人として浦添朝忠を挙げる。新聞に「浦添朝憙直筆の扁額が見つかる」の記事があった。沖縄県立博物館の入口にある浦添朝憙書の扁額「徳馨」は平山敏治郎大阪市立博物館長が仲介役となって大阪天満宮から寄贈されたものだ。

浦添朝憙40歳のときの子が前記の浦添朝忠だ。朝忠は清国から帰ると奈良原知事を自宅に招き沖縄料理で懐柔。1910年の沖縄県立沖縄図書館の開館に際し蔵書『資治通鑑』『源氏物語』ほか七百冊を寄贈。首里の「孔子廟」存続にもつくした。義村朝義も清国福州で病没した父・朝明の蔵書八百冊を寄贈している。同じく中国で客死した幸地朝常の息子・朝瑞も中国から帰沖し「尚財閥」の商社「丸一」の支配人として沖縄実業界で活躍した。

沖縄県立沖縄図書館の1913年のころの二宮尊徳関連蔵書を見ると、修身及教訓のところに留岡幸助『二宮翁と諸家』、富田高慶『報徳記』、吉田宇之助『報徳記続編・済民記』、斎藤高行『二宮先生語録』などが見える。ちなみに図書館の蔵書印は「沖縄県立沖縄図書館」から「沖縄県立沖縄図書館之印」と変わり、昭和になって少し大きくなる。前出浦添朝忠の蔵書印は「浦添御殿」「壮猶堂」、義村は「義村御殿」「雲淵堂」などが捺している。
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Posted by: ryubun02
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2002年ー沖縄県産本の集い(琉球朝日放送キャスター・三上智恵さん、中村一枝さん、島袋彩子さん)/写真左からRBCアナウンサー島袋彩子さん、新城栄徳、中村一枝さん(『琉球新報』「南風」にエッセイを連載中)


 彼(仲井眞知事)はなにも、ひとり勝手に知事になったのではない。2006年には34万7303人が、2010年には33万5708人が、彼に票を入れているのだ。(略)そんな人物を選んでしまう見る目のなさについては、有権者の落ち度としか言いようがない。それはそのまま、この国を戦争に向けて転がしていく総理(アベ)を選び出してしまう日本国民の浅はかさと同じである。残念ながら、有権者の民度に見合う政治家しか選挙に当選しない。

 「大城敬人にいつも言うの。ダイナマイト持ってこいって、何するの、文さん?ダイナマイトでも腰に巻いて政府の前に行ったほうがいいんじゃないかって」これは映画の中での島袋文子おばあの台詞だ。/私は辺野古の海から天に向けて立ちのぼっていく龍のかたちをした雲を見た。文子おばあも、自分を乗せて天高く駆けていく龍を見たと話していた。
2015年6月 三上智恵『戦場ぬ止みー辺野古・高江からの祈り』大月書店 

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