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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

2014年7月15日『沖縄タイムス』「学友の近況つづり25年 渡口彦邦さん、名護中6期結ぶ」

渡口彦邦(渡口萬年筆店)さんの見た「世界のウチナーンチュ大会」
2011年10月12日「前夜祭パレード」
渡口 彦邦 写真2

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Posted by: ryubun02
『阿波連本啓生誕110周年記念公演プログラム』作成中です。

阿波連本啓氏が死去/琉舞の伝承・創作に功績 2001年1月14日 『琉球新報』
戦前戦後を通じて精力的に琉球舞踊の保存伝承と創作に情熱を傾けた阿波連本流啓扇会家元、阿波連本啓(あはれん・ほんけい)氏が13日午後4時37分、虚血性心疾患のため那覇市立病院で死去した。97歳。那覇市首里出身。自宅は那覇市首里山川町一ノ17。告別式は16日午後3時から4時、那覇市首里寒川町一ノ二、安国寺で。喪主は長男本勇(ほんゆう)氏。

本啓さんは13歳の時、御冠船踊りの伝承者・川平里之子親雲上朝美に師事。以来、80年余にわたって琉舞の道を歩んできた。創作舞踊の分野で大きな功績を残した。作品数は50演目を超える。戦前の無声映画時代、松竹の専属役者として活動した時期もある。

出身地の首里をこよなく愛し、首里の庶民の古い風俗も創作の主題にした。
1996年、93歳の高齢で芸歴75周年記念公演を開催。軽快な動きで八つの創作を上演し、大勢のファンを魅了した。主な作品に「築城」「郷土子守歌」「桃売り乙女」「鏡」「綱引き」などがある。92年県文化功労賞、96年に第32回新報賞を受賞した。

□新城栄徳「みどり印刷で来年用の名刺。琉文21の下方に『琉球から地球へ』の文字を小さく入れている。」


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Posted by: ryubun02
詳細を表示 10月18日

自然から人間への警鐘か。
これらの奇形は、福島原発事故後に発見された。

 『【福島原発】各地で発見された植物・動物の画像【奇形】』
http://matome.naver.jp/odai/2131868875945910701?page=3

 ※全ての事象が原発事故に関係のあるものとは分かりません。
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null木脇啓四郎画(粟国恭子さん情報)

1889年ー石澤兵吾は琉球王府貝摺奉行所や絵図奉行所から沖縄県庁が引き継いだ図案・仕様帳等の書類を整理、画家の佐渡山安豊や沖縄県農業試験場雇の木脇啓四郎に琉球漆器図を写生せしめて東京の東陽堂から『琉球漆器考』として刊行した。この画家の一人・木脇啓四郎は鹿児島大学の原口泉さんらのまとめた『萬留』の著者と同一人物であった。木脇には沖縄滞在中に描いた『花草真写図』や沖縄風景画が沖縄県立図書館に、沖縄人物図が鹿児島県立図書館に残っている。

10/04: 唐手誌

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2003年5月『うらそえ文藝』第8号ー船越義彰「解らないことを調べるー撃壌とウンラーギー/古資料収集家の新城栄徳氏から古い新聞紙のコピーが送られて来た。大正丙辰(大正5年、1916年)元旦の紙面で船越義珍翁の漢詩が掲載されている。義珍翁は空手普及の先達として知られているが、私にとっては従兄弟伯父にあたり、昭和15年から18年にかけて、雑司ヶ谷の松濤館に通い、その謦咳に接したのであるから、おおいに興味をそそられた。ただし私の松濤館通いは空手の稽古のためではなかったー」。(→グーグル/ヤフー画像「冨名腰(船越)義珍」)→琉文21「冨名腰(船越)義珍」

後田多敦さんのHP「海邦小国」に空手界を代表する人物・喜屋武朝徳(チャンミーグヮー)の嘉手納でのシンポウムのことが記されている。朝徳の父親が琉球国末期に琉球国の外交などを担った喜屋武朝扶。後田多さんの人物研究テーマの一人である。下記の本の表紙に朝扶が写っている。

後田多敦『琉球救国運動ー抗日の思想と行動』出版社Mugen(電話FAX098-863-2562)
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表紙は維新慶賀使の写真である。前に後田多氏に貰った「外務省資料」(アジア歴史センター)に一行の動向が記されている。それによると写真は1872年「9月10日午前11時に三使(伊江王子・宜野湾親方・喜屋武親雲上)並びに安田親雲上、浅草内田九一宅へ行き像影を写す。堀江少録同伴」とある。内田は明治天皇の肖像写真で知られている。三使に隋行し上京したのは山里親雲上(長賢、那覇市泊小学校に頌徳碑がある)、翁長親雲上、與世田親雲上、上江洲親雲上、伊波親雲上、仲嶺親雲上、安田親雲上、比嘉親雲上、喜舎場筑登之、花城里之子、親泊里之子、真壁里之子、豊村里之子、當真筑登之、仲村渠筑登之、屋嘉比筑登之、松嶋子、仲宗根子、東恩納子、仲山子、東江、宮城、島袋、仲本、備瀬、嶋袋、金城、又吉、新垣、國吉、與那嶺、知念、宮城、仲宗根と記されている。


写真左から後田多敦さん、出版社社長、神坂次郎氏、新城栄徳

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