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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

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泥沼・東京の出版社から出ているルポライター佐野真一の『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』には仲井真沖縄知事がクソミソに書かれている。知事が抗議したとの話はないから事実であろう。当の知事は相変わらずポーカーフェイスで棒読みの会見で話題となっていたが、最近も変わらず飛ばし読みまでする。佐野が描いているのはホンネの沖縄戦後史、佐野はウラ社会にも詳しくその人脈を駆使し情報を集め本書が成り立っている。無論、ホンネの世界はコンビニで売られているヤクザ美化週刊誌やエロ週刊誌でも日常茶飯事に紹介されている。何かコトが起こるたび専門家と称する大学教授のタテマエ論でお茶を濁す新聞も最近はネットの陰(現実)の部分も指摘するようになった。新聞のコラムに新都心にある美術館を泥中の蓮華に例える文を見た。つまり、新都心のあまりにも最悪最低な欠陥構造、エコといいつつクルマ、パチンコ屋やゲーム屋で溢れかえり、高層ビルが次々と建ちならぶ。健康上も精神的にも悪そうな泥沼化(都市化)したクソミソ環境を「泥中」だと云うのだ。

□→「岡留安則の幻視行日記 - 噂の真相」
「琉球新報は一面トップで「辺野古は『不可能』」と大々的に打ち、沖縄タイムスは一面トップで「光市母子殺害 死刑確定」を持ってきて、二番手で「アセス知事意見175件 沖縄防衛局に提出」とやった。このところ、沖縄タイムスがスクープで奮起し、琉球新報に肉薄する紙面づくりをみせているが、一面トップのタイトル付という読者への見せ方も大切だという事を痛感する。(略)26日には野田総理がじきじきにやってくる予定だが、野田総理に秘策などあろうはずもなく、これまでの民主党代表や閣僚と同じく、ひたすら辺野古を哀願するだけだろう。子どもの使いじゃないのだから、沖縄県民が受け入れ可能な腹案くらい持って来い、だ。でないと、再び県庁前には「怒」のプラカードが乱立するはずだ。」 
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2月24日 沖縄県が首里城公園近くの第32軍司令壕(旧日本陸軍守備隊)に設置予定の説明板文案から「慰安婦」「日本軍による住民虐殺」の文言削除を決めたことに、沖縄戦の無知をさらけ出した(単に知りたくないのが本音だろうが)仲井真カジノチジが何さまののつもりか、専門家でもないのに「わたしの判断」と記者に答えていた。大田元知事の「沖縄戦研究」に学ぼうとしない沖縄戦無知のダメチジには「名誉醜い日本人」の称号を進呈する。明日はその「醜い日本人」の代表が来るという。それには上のカードを呈したい。今後は沖縄戦抹殺に対しマスコミのキャンペーンが見どころになる。商業紙だからと言って遠慮してはならない。ここはかつて佐藤総理の毛嫌いした新聞の存亡(存在価値)を賭けて威力を発揮し「削除撤回」まで糾弾すべきだ。これまで新聞テレビは大学教授や評論家を動員し沖縄戦のタテマエ報道に終始、問題は一向に変わらず今日のように最悪の事態を招いた。佐野眞一氏の顰に倣い本音で仲井真知事の半生から洗い直し徹底的に糾弾すべし、である。

2012年3月8日ーカジノ知事は足元の県政「識名トンネル虚偽契約問題」で、沖縄県民代表の議会の意志を押し切る県政史上かつてない対応をとろうと(タイムス社説)している。新報の社説に「不当経理が発覚した3年前、沖縄県は会計経理に対する認識の甘さをわび『組織としてのチェック体制の見直し』を掲げた。しかし今回、巨額の虚偽契約が発覚したにもかからず、その後、新たに5件の不正受給も見つかっている。」と「ずさんなお役所仕事」と決めつけている。まったくもって如何わしいカジノ県政である。沖縄県民に5億7886万円も損害を与えている。

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首里城の城郭内へ入る第一の正門で、俗に「あまへ御門(あまえうじょう)」といいます。「あまへ」は古い言葉で「よろこび」を意味しており、「歓会」はその漢訳になります。第二尚氏尚真王代(1477~1526)に創建されたといわれるこの門は、中央部に木造の櫓があります。
 沖縄戦で焼失しましたが、1974年(昭和49)に復元されました。□→「首里城公園」

02/25: 名称不明

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02/22: 五人展

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1957年5月ー佐久本嗣康『沖縄郷土史年表』
この年表は小学4年のときに出会ったもので大分難しかったが島袋全発先生校閲というのが印象にある。当時は郷土史資料を持っているだけで満足しときおりザッと見るだけで内容は詳しくは知らなかった。その内容は古代史、吾が祖先の歩み、沖縄の孤立、南洋貿易を始める、両属政治、現実に即した明るい歴史を作れ、鳥井龍蔵氏の人類学的研究、年表、俚諺集、沖縄戦概略史となっている。この年表の最初のものは1949年12月に沖縄出版社(崎原久)から謄写版で出ている。1974年4月、石野三樹(朝季)と『沖縄歴史年表ー戦前、戦後ー復帰』を出した。この年表には山田真山が「推賞のことば」を寄せ、佐久本氏が40年前の真人園の同志であったことを記した。

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『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ)は、1712年(正徳2年)頃出版された日本の類書(百科事典)。

編集者は大坂の医師寺島良安で、師の和気仲安から「医者たる者は宇宙百般の事を明らむ必要あり」と諭されたことが編集の動機であった。中国の『三才図会』を範とし、いわば絵入りの百科事典である。全体は105巻81冊に及ぶ膨大なもので、各項目には和漢の事象を並べて考証し、図を添えた。本文は漢文で解説されている。

三才図会をそのまま写した項目には、空想上のものや、荒唐無稽なものもあるが、著者が医師(もちろん漢方医)であるだけに、東洋医学に関する記事は非常に正確で、鍼灸師の中には、これをもっとも信頼できる古典と見る人もいる(→ウィキペディア)

02/20: 栄喜久元

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□栄喜久元
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1960年10月ー『与論島の民謡と生活』/1964年12月ー『奄美大島 与論島の民俗』

2012年3月30日ー沖縄県立博物館・美術館「田中一村展ー琉球弧で開花した美の世界」
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田中一村の絵によく蘇鉄が描き込まれている。一村の蘇鉄の絵は幻想的というか神秘的でもある。

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ロートシュー『医療の原理』より引用

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1911年版『ネルソン百科全書』にチャンと我琉球の事が書いてあるのである。(略)

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「富士山」撮影・山田勉氏□(社)日本写真家協会会員 〒900-0033 沖縄県那覇市久米1-1-14 電話098-868-3841

2月2日、沖縄県立図書館から平成23年度・新収蔵資料展のハガキが来た。ハガキには山田有彜の美人画が載っている。

赤が山田有彜/下右が山田有彜の美人画

2009年7月 『琉球絵画展~琉球王朝から近代までの絵画』沖縄文化の杜(金城美奈子)/2012年2月 『沖縄県立図書館 新収蔵展』

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2012年2月22日午後6時30分
琉球レコードコレクターの仲里康秀氏(携帯090-3322-9908)の蓄音器操作で、伊佐川世瑞「瓦屋節」、赤嶺京子「鳩間節」、新崎まさ子「かなよう節」、多嘉良朝成「時局センスル」、糸数カメ「遊ビソンガネ節」「花風節」、前川朝昭「ジントヨー節」、平良良勝・宮里サダ子・宜保ツル子「女郎グンボー」、親泊興照・宮城能造「中城情話」のレコードを観賞した。解説は志村学芸員。ときおり我謝館長も解説。沖縄文化の杜企画班も来ていた。


2011年8月20日ー琉球古典音楽雑感
本日5時半、那覇グランドオリオン通りの「しんあい でんき」(携帯090-3322-9908)を訪ねると、店主の仲里康秀さんから、昭和初期の大型蓄音機で金武良仁の戦前の「琉球古典音楽・昔蝶節」「下出述懐節」、幸地亀千代(琴・幸地ナヘ)の戦後の「二揚仲風節」を聴かせてもらった。古典音楽は眠たくなるもt思っていたが食わず嫌いだとわかった。
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本日はヤマトの「建国記念日」らしい。那覇では辻の旧二十日正月/はちか・そーがち、があるので写真家の山田勉氏と同行して見に行った。14時に辻新思会のメンバーが、海蔵院(花の代)、志良堂御嶽、祝女井戸、石被、いんだかりの火神/ひぬかん、軸/じく、辻むら開祖之墓を巡拝した。そして、じゅり馬行列が舞い踊った。会場には上江洲安明氏、真喜志康徳氏、壺屋焼物博物館の学芸員、建築家の普久原朝充氏、芸能研究家の与那覇晶子さん、オキナワグラフ記者ら大勢の写真家が来ていた。


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写真左からー平良米夫氏、与那覇晶子さん、新城栄徳、山本彩香さん、下地隆司氏 □→「志情(しなさき)の海へ」

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生誕100年・大嶺政寛
大嶺政寛(1910年2月10日~1987年12月20日)那覇久米町生まれ。
「赤瓦のセイクァン」で知られ、沖展の設立・運営の中心的メンバー。終始沖縄画壇をリードした。政寛の絵は弟の政敏によれば「一見、写実画のように見えるけれども、実は心象風景である」とし、それは「彼(政寛)における沖縄の心は、御岳(うたき)の心をとおして直接に迫ってくる」ものがあるとする。

1929年ー沖縄県立第二中学校卒業。/1930年ー沖縄県師範学校本科二部卒業、美術教師として伊江島に赴任。/1931年ー那覇尋常高等小学校訓導/1932年ー那覇市立商業高等学校美術教師嘱託。4月ー春陽会初入選。/1934年10月ー山里勝子と結婚。/1937年3月 仲地紀晃/仲地紀彦『私達の父』□大嶺政寛「蘇鉄」/1939年9月ー山形屋で第四回目の個展。1940年ー春陽会賞受賞。/1942年ー沖縄県立第一高等女学校兼沖縄師範女子部教諭。4月ー春陽会会友。7月18日『朝日新聞』大嶺政寛「画題になる南島風物」。/1943年ー第六回文部省展に「首里風景」入選。





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1947年ーアメリカ陸軍の部隊司令部で通訳兼運転手をしていた大城精徳は、このころ柳光観、大嶺政寛(越来部落)と出会う。/1949年7月2日ー沖縄タイムス創立一周年事業として崇元寺の本社で沖縄展覧会が開催。大嶺政寛、名渡山愛順、大城皓也、山元恵一の4氏が絵画の審査にあたった。作品も出品した。以後、沖展の発展に尽力する。/1956年10月ー沖縄美術家連盟結成/1979年6月ー沖縄タイムスホール「沖縄に生きる・大嶺政寛の世界展」/1988年5月『新生美術』<特集・大嶺政寛追悼アルバム>

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明治橋


大嶺政寛「壺屋風景」


大嶺政寛「壺屋風景」(60号)第21回春陽会

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