Archives

You are currently viewing archive for May 2012
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

浦崎春雄・美代子御夫妻

琉球国由来記による嶽名並に殿名の村呼称

九嶽
嶽名             地域        村呼称     備考

ガダノコ御嶽        西          ウガン     ウガン、クバムイと同体
八重の御イベ       西          八重大中   エーウフナカ(通称イビガナシー)
テラチ御嶽         西          マチュー 
ヲノコ御嶽          浜          ウフタキ 
中ノ御嶽          浜           ナカタキ
ハイノ御嶽          浜          ヘータキ  
シマイ御嶽          西          アナガー
アラバ御嶽         西
ヤカン御嶽         西           スイミチ

五殿
殿名             地域         村呼称     備考
八重ノ殿           西          エーヌ殿
泊リノ殿            西         トゥマイヌ殿   トゥマンナー殿ともいふ
安次冨ノ殿          西         アサトゥヌ殿   安次冨はアストと読む
垣奴殿            東          ガーチヌ殿 
浜奴殿            浜          アダンナヌ殿
ババノ殿(由来記にはない)

私は1983年、母の兄・玉寄貞夫が仲里秀雄元粟国村長と『粟国民謡集』を出すというので編集協力した。その過程で久茂地の浦崎春雄氏宅にも同行した。

1987年9月ー高阪薫『沖縄の祭祀ー事例と課題』三弥井書店
1988年4月、尼崎市の中沢章浩氏から高阪薫編の『沖縄の祭祀』が贈られてきた。以前に甲南大学地域文化研究会のメンバーが粟国の民俗調査に行くというので、那覇の浦崎春雄氏を紹介したことがある。本書の目次は第1章・渡名喜島「島直シ祭祀/第2章・粟国島ヤカンウユミ/第3章・八重山の豊年祭/第4章・シヌグとウンジャミ/調査活動年誌となっている。また、那覇市の国際通りで、夏休み家族で散策していた中沢氏親子にも偶然出会ったこともある。那覇市議会議会史の小渡清孝氏と尼崎の中沢宅(尼崎市常光寺1-18-10)を訪ねたこともある。尼崎には沖縄県人会兵庫県本部がある。

1991年12月 比嘉康雄『異界の神ヤガンの来訪「ヤガンウユミ・粟国島」』二ライ社
□浦崎春雄氏(68歳)の話では、ヤガンウユミは明治か大正ごろまでは連綿として続けられていたが、神職者不在などの理由でいったんとだえてしまった。祈願だけの行事は昭和7、8年ごろまでハナグシクヌルがおこなっていた。しかし、これもヌル没後とだえた。戦後になって祈願だけは区長などによって再びおこなうようになった。  

昭和23年ごろ、当時村長だった仲里秀雄氏の「ヤガンウユミを復活せよ」の命を受けて、そのころ役所に勤めていた浦崎春雄氏がヤガンウユミを覚えていた照喜名ウシさん、当時80代(ユナンサー家の娘)から数カ月にわたって祭祀の内容を聞き書きし、それを当時の神職者に教えて復活した。

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
編集王・松岡正剛「千夜千冊/第五百十一夜【0511】2002年04月04日」に長山靖生(歯科医)の著『偽史冒険世界』1996 筑摩書房から木村鷹太郎を引いて紹介されているので抄出する。詳しくは「千夜千冊」まで。
木村鷹太郎、愛媛県宇和島に生まれ、明治21年に上京して明治学院に入って島崎藤村・戸川秋骨らと同級生となり、英語弁論大会で一等になったものの、言動にすこぶる異様なものがあってヘボン校長から退校処分をくらった。ついで東京帝国大学歴史科に入り、哲学科に移って西田幾多郎と同級になった。ここまでは信じがたいというほどではない。キムタカは大学を出ると、『道徳国家及東亜問題上排仏教』を著して、仏教には現実社会を変革する意欲がないと痛烈に非難し、返す刀で『キリスト教公認可否問題』で天皇を戴く日本にはキリスト教は不要であるとぶちあげた。これでちょっとおかしくなってきた。陸軍士官学校の英語教授の職をえたが、ここでもあまりに学校との意見があわずにすぐ辞めている。そのかわり、英語力をいかしてバイロンを翻訳し、英語からの重訳ではあったが、一人で日本初の『プラトーン全集』個人完訳にとりくんだりもした。こういう"偉業"に平気でとりくむところは評判がよく、岩野泡鳴と文芸批評にあたったり、与謝野鉄幹・晶子の媒酌人になったりもした。井上哲次郎もそういう木村を支援する。

ところがキムタカは、明治44年に発表した『世界的研究に基づける日本太古史』という大著で、ついにとんでもないことを言い出したのである。イザナギとゼウスを、オオクニヌシとダビデを、タケイカヅチとモーゼを比べ、高天原をアルメニアに、出雲大社をメコン川流域に比定し、神武天皇の東征はアフリカ西海岸からの発信だったとしたばかりか、大半の世界文明は日本が起源であるという破天荒な妄想を一挙に披露したのだった。 そればかりでなく、みずから「日本民族研究叢書」と銘打ったシリーズで、ここに紹介するのも憚りたいほどの、『神武帝の来目歌はビルマ歌』『日本民族東漸史』『トマスモア「ユウトピア国」は我が日本津軽』『天孫降臨史の世界的研究』などと題しては、あたりかまわぬ日本=世界同根説をまきちらした。なかにはホメロスの『オデュッセイア』は『平家物語』や『太平記』を下敷きにしたものだなどという、噴飯仮説がわんさとまじっていた。長山靖生は、こうしたカルト的な歴史観にとりあえずは"空想史学"といううまい呼称をつけている。キムタカ自身は自分の歴史観を「新史学」と言った。

 
 本書に登場する"空想史学"は、世界に伍する日本を強調しようとして、次々に勇み足というか、過剰な妄想に踏み出していったものばかりである。この「列強に伍する日本」というグローバル・イデオロギーは、もとはといえば明治国家そのものが抱えたヴィジョンでもあり、また悲願でもあった。それが日清・日露の勝利の美酒と三国干渉などの悔しさとが混じっていくうちに、しだいに国民思想に流れこみ、そこに"空想史学"の兵(つわもの)たちが、それなら歴史をさかのぼって日本の正当性を訴えてみましょう、国民の渇望に応えてみましょうと考えたわけである。

 しかし、そこに喜劇も悲劇も待っていた。史実の捏造という暴挙に歯止めがかからなくもなっていった。 たんなる個人の妄想なら、それでもよかった。そんな小説はごまんと世の中にある。しかしこの暴走は"フィクション"であることより"ノンフィクション"であることを望みすぎたため、本書の著者が指摘するように、どこかで八紘一宇の思想や関東軍のアジア政策に絡み(略)ドイツやロシアから巻きおこった「黄禍論」に対する憤懣やるかたない反論の暴走とも関係していった。 しかもキムタカたちは、その後の日本に陸続とあらわれつづけていたとも言わざるをえない。いや、今日になおキムタカ現象の跡は断ってはいない。 いま、世間で議論されている歴史教科書問題から憲法問題まで、首都圏移転問題から北方領土問題まで、われわれはこれらをいったいフィクションにしているのか、ノンフィクションにしているのか、どうやらあたらめて考えたほうがよさそうである。 
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
null

05/24: 喜如嘉

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
null

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
null

null

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
最近、アメリカ人と通訳を通じて話す機会が多い。彼らは一様にマフィアは在る、と言っていた。FBIのフーバーは生前『そんなものは存在していない』と強弁していた。平凡社の百科事典も同様の意見だが、一般社会では周知の事実としているのは、日本も同様だ。私などは英語は全く解せないが常盤 新平のマフィア紹介で相当に親しんでいる。




ウィキペディアにも詳しくマフィアが解説されているが、警察関係の雑誌でもアメリカマフィアについて解説が載っている。ジュンク堂に行くと「あなたは原発に賛成、反対」というコーナーがあった。本屋にとっては本はいつかは売れるだろうが、売れて利益をもたらしてくれる本が良い本で、売れないのは悪い本だ。

最近、「戦後最大の思想家」「知の巨人」と云われた人物が死んだ。沖縄の新聞でも取り上げられていた。「しんぶん赤旗」でも死亡記事が載っていた。本屋に行くと「ヤクザ専門週刊誌」でもその死を悼んでいた。私の友人は、かつてこの人物の全集も揃えたぐらい傾倒していたが「原発発言」で耄碌したと悲しんでいた。



このドクサイチジ、雑誌では「橋下を総理に」と持上げられたり逆にボロクソ批判されたりしている。基本的には自分の部下(市職員)たちを手足のようなロボットにしたいというのが見え見えや。職員の刺青問題に触れるとは英雄気取りだが、かつての何処かの「市長射殺事件」の二の舞となるのは必至。そこいらは大阪府警がチャンと警戒しているはずなんやけど・・・?。市長をテレビで売り出した友達、島田紳助はんはどないしているやろか。
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
吉栄会
沖縄本部ー三代目家元 屋良常雄研究所 沖縄県宜野座村宜野座368(宜野座高校向・屋良三線屋内) ☎098-968-8829
那覇支部ー野村流教師 屋良流師範 新垣睦美研究所 ☎098-968-8829

写真右から仲里康秀氏、翁長直樹氏、新城栄徳、真喜志康徳氏、屋良常雄氏、新垣睦美さん

関西支部ー関西支部長 上地礼子研究所 兵庫県尼崎市梶ヶ島18-9 ☎06-6488-0196
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
中村文雄氏の『語り継ぐ めーぎぃらま)・渡嘉敷村字前島』が発刊されました。沖縄の離島に関心のある方の必読本です。本代1000円、送料200円です。連絡先は〒901-3500渡嘉敷村字前島76番地 携帯090-8290-6361

慶良間3
2012年ー中村文雄『語り継ぐ めーぎぃらま)・渡嘉敷村字前島』大和印刷(大城盛和)東京都千代田区岩本町2-5-2 電話03-3863-3236

null
中村文雄氏
渡嘉敷村前島出身 1938年南洋群島トラック島生まれ4歳に引き揚げ前島で育つ。14歳に那覇市へ集団移住。定年後に無人島の故郷前島復興を目指し夫婦で再移住。<前島復興住民の会会長>


□2012年5月17日『沖縄タイムス』「前島に『有人島』の証しー出身者・中村さんが記録本出版」

» Read More

05/13: 事典

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
null
新城あけみの「欧州看護視察団」のベルギー土産である。□小便小僧(しょうべんこぞう)は、放尿する少年を模した像、噴水。 同様のものは世界各地に存在するが、ここでは起源とされているブリュッセルに設置されているものを中心に述べる。1619年にフラマン人彫刻家ジェローム・デュケノワ(Jérôme Duquesnoy)により製作された。現在設置されている像はレプリカであり、オリジナルの像は1960年代に紛失した。近くにかがんで放尿する小便少女の像もある。(→ウィキペディア)

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
私は最近ヴェネツィアから来た女性を那覇案内したことでヴェネツィアに興味を持った。

来沖したヴェネツィア生まれのヤシン嬢

ネット検索すると野村望氏のHPに「先日『安藤忠雄建築展 2009 対決。水の都 大阪VSベニス』を見に行った。そこで知ったこと、感じたこと、調べたことなどを、記憶のうすれない間に書き留めておくことにする。図1はその案内のチラシで、上下に大阪とベニス(ヴェネツィア)の航空写真が使われている。中之島を中心に水都大阪の復活を目ざしたプロジェクトを提案する安藤氏は、水の都の本家本元ベニスで、2006年完成の「パラッツォ・グラッシ」と本年6月に完成の「プンタ・デラ・ドガーナ」という二つの再生プロジェクトを担当している。彼はベニスの再生プロジェクトで得たものを、水都大阪復活のプロジェクトに生かそうとしているのかもしれない」と大阪との比較が出ていた。
null
1994年8月ー『望遠郷5 ヴェネツィア』ガリマール社・同朋舎出版/2005年12月ー『ナショナルジオグラフィク海外旅行ガイド ヴェネツィア』日経ナショナルジオグラフィク社

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
ジュンク堂那覇店で『大阪春秋』春号を入手。大阪で発行されている雑誌が那覇でも入手できる時代になった。付録が「第五回内国勧業博覧会観覧必携 大阪全図 附録神戸」で、本誌に桃山学院史料室の西口忠氏の解説がある。また「通天閣の100年 鉄塔と街の歴史」も載っていた。関連して、4月末のテレビで東京のスカイツリーでテロなどの避難訓練の模様が放映され参加者が「かなりきつかった」と云うていた。このスカイツリーのテロに比べたら「東京タワー事件」など児戯だ。那覇でもモノレール駅に「テロ厳戒中」と盛んに煽っていた。

null
今日は「憲法記念日」で天気も非常に良い。博物館・美術館の「ソテツで遊ぼう!」に行く。近くの陸橋の下で科学教会の金城牧師が布教のパフォーマンスで音楽に合わせて踊っていた。